今年一番の驚きは、自分の出自の一部が明らかになったことだ。
実は、DNA分析による自分の来歴チェックを申し込んだ。来年度の授業ネタにするためだ(といういうことを言い訳に、かねてから興味あったことを実行に移した)。口内を綿棒で擦ってアメリカに送った。「届きました」「分析が始まりました」とメール連絡が来た。
興味をもってくれた朴先生に「もしかするとオレのほうが韓国人度が高いかもしれないよ」などと話して笑いあった。私は「中国20%, 朝鮮10%・・・」などという結果が出るものと想像した。そして、とうとう「結果が出ました」というメールが来た。
結果は抱いていたイメージとは異なり「日本97.1% 中央アジア2.9%」というものだった。
中央アジアというのは下図を指す。
「2.9%なんて少ない」と一瞬思ったが、よく考えると違う。
父母で50%
祖父母で25%
曾祖父母で12.5%
高祖父母で6.3%
そして5代前で 約3% なんと近いことか。
5代前といえば、150年も離れていない。鎖国中の1830年頃にカザフスタンあたりから来た人が高祖父母の親なのではなかろうか。
母方の祖母は身長が高く、日本人離れした目鼻立ちをしていた。戦時中「おまえのお母さんは鬼畜米英だろ」と言われた母は「ドイツ系だ」と嘯いたという。その祖母の母親は生まれてすぐに能登半島から江戸の商家に養子に出された(男女の双子であったことが理由だと聞いた)。その双子を得た高祖父母のどちらかがハーフだったのではないか。と姉弟と話し合った。
サビーナ・アルティンベコワ選手のような人が私の高祖父の母親だったのだ(わはは)。
カザフスタンに行ってみたい。