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★喜多方避難者へのサービス等実施協力店の募集!★ [2011年03月18日(Fri)]

喜多方商工会議所にて
3.11「東北地方太平洋沖地震」に伴う
喜多方市避難者への喜多方市内
サービス等実施協力店の募集します。




避難者の方々を対象とした市内各企業の皆様からの付加サービス等実施協力店を下記のとおり募り、取りまとめのうえ避難者の方々へお知らせし、少しでもお役に立てればと考えておりますので、皆様の絶大なるご協力・ご支援をお願い申し上げます。

◇募集期間  平成23年3月18日(金)〜3月31日(木)※延長の場合あり

◇協力内容
  例)飲食店等での避難者への割引サービス
  理美容店での避難者への無料シャンプーサービス 等


◇実施方法
当市への避難者へ交付される被災地住民登録票を提示した避難者の方々に対し、各サービスを実施してください。

◇お申込み
商工会議所事務局宛に電話またはFAX、Eメール等により店名、サービス内容をお申し出ください。

◇そ の 他
ご不明な点がございましたら事務局宛ご連絡ください。


●店名
●代表者名
●所在地
●電話番号
●サービス内容(具体的に)
(記載例)
・被災地住民登録票ご提示の方は、通常料金より30%割引
●営業時間
●定休日
●特記事項
※期間及び時間限定等の特記事項があれば、その旨記載願います。


◇事務局・お申込先(商工会議所)
TEL:0241-24-3131・FAX:0241-25-7171
E-mail:info@aizukitakatacci.or.jp

私たちは喜多方に生かされた「人」です。、ヒトは人であって支えあう! [2011年03月16日(Wed)]

高島さんから

明日、宮城県入りの準備をしていたら
義理姉よりメールがあり

「今は、来ない方が懸命です。
 私達は、手持ちの物で、我慢出来ますので
 もう少し落ち着いたら、支援お願いします。」との事。


道路もダメで、場所によっては心ない人が、車からのガソリン略奪や空き巣が始まってるようです。また、ガソリンが入手出来るようになると、大手スパーに人が殺到し、混乱が起きる事を心配しています。被災者の心境は察しますが、こんな時こそ「大和魂」を見せる時かと思いつつ、出発の準備を進めています。

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トイレットペーパー12ロールで1千人がトイレに。

バナナ1房で10人の子供にオヤツ。

ガソリン10Lで怪我人4人を隣町に搬送。

パン1斤で1家族が食事。

ガスコンロ1本で10人が暖かいご飯。

お米5kgでオムスビ120個。

電池1個で100人がラジオ聞けます

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私たちは喜多方に生かされた「人」です。

■雨の喜多方■窯爺からランチのお誘いに旬を感じる! [2010年05月24日(Mon)]

今日は、朝から雨でベロタクシーも運休で久しぶりにたまりにたまったデスクワークです。




かと思いきや!



うれしいお誘いです

窯爺からランチのお誘いです。。。。料理

ブログ【窯爺の田舎暮らし研究所




窯爺宅に着くと、こだわりの真空管アンプから奏でる音楽を聴きながら庭を眺めていました。
その真空管アンプがコレ!






自宅厨房から、とってもいい香りがしてきます音符


でました!窯爺特製サラダ
「旬菜サラダ」です。
アスパラとチェリートマト、ベビーリーフ、新たまねぎにタイム少々





続いて
名付けて「旬菜とコシアブラのパスタ」
素材のうま味が引き出され春の香りが漂うスローフードいただきました。





あるもので作る、喜多方の農を絶品食で感じた贅沢な雨の日でした。
★ニッポンの原風景★「何でもない喜多方の美しさ」皐月の夕日 from 恋人坂 [2010年05月22日(Sat)]


絶景「何でもない喜多方の美しさ」

喜多方の田植えが全盛期を迎え残すところあとわずかとなりました。

そんな皐月の季節に雄国の中腹

恋人坂より


会津盆地が金色コンジキに輝いています星


田鏡面日(デンキョウメンビ)









★ニッポンの原風景★「何でもない喜多方の美しさ」鏡面美 from 菅原町 [2010年05月09日(Sun)]

早くも田んぼに水が入りました!



一番は!菅原町の南部の田んぼです。



毎年、ニッポンの原風景がココにあると思い6年間!

ついに、カメラに残すことができました。


思っていても、次にいったら稲穂が大きくなって水が少なくなってたりするのでタイミングをはずしていましたが、ようやくのショットです!










【菅原町の歴史】

 昔、菅原町は「塚原村」でした。
 芦名の時代、塚原館というヤカタが築かれ地域の中でも要所だった場所です。そこに、会津藩主3代目の蒲生氏郷が近江から多くの職人を連れてきました。その職人とは、漆職人でした。その多くがこの会津北方塚原の地で会津塗りの産業を起こしました。
 当時、会津若松は黒川といい、蒲生氏郷が会津に入り自分の故郷である近江日野の若松の森を懐かしんで、黒川を改め若松としました。
 今でもその当時の文化がこの喜多方菅原町には残っております。

詳しくは、マルキタ本店(北見八郎平商店)の東側石碑をご覧ください。