地域活性化を取り組まれている『tigiri』さんが弊団体「かいろう基山」の代表者である私、松原幸孝を取材させて欲しいとの依頼がありましたので快く受けました。
取材の様子をテキスト化しましたのでどうぞご覧ください。
かいろう基山のこと、代表の松原幸孝のことを少しでも知っていただくきっかけになれば幸いです。
対談インタビュー日 2021/09/11
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−松原さんのお歳を伺ってもよろしいですか?
現在、70歳です。
−「かいろう基山」に入られる前は、自衛隊にいらっしゃったそうですね。
はい。防衛大学校(防大)を卒業後、陸上自衛隊に入りました。防大時代を含めると、定年を迎えるまで35年間勤務していました。
−部署はどちらだったのですか?
陸上自衛隊機甲科(注)(昔の「騎兵隊」に相当)に配属され、最初は戦車部隊で勤務しました。その後、幕僚(注)や部隊長などを務めました。
※(注)機甲科
戦車部隊と偵察部隊があり、主に戦車の正確な火力、優れた機動力及び装甲防護力により、敵を圧倒するとともに、情報収集を行う。
※(注)幕僚
司令部・本部で、作戦等の企画立案・実施に関し指揮官を補佐する幹部
−松原さんは、「仕組み」を作るのがとてもお上手ですね!
えっ、そうですか!?ありがとうございます。そんなことを言って頂くのは初めてです(笑)
−自衛隊にいた時は様々な計画を立てられたのですか?
はい、その通りです。
−その中で何か思い出深いエピソードなどありますか!?
そうですね。自衛隊最後の勤務になりますが、駐屯地業務隊長を務めていた時の話です。当時、駐屯地の残飯が多いことが気にかかっていました。特に金曜日の夕食が多いのです。独身自衛官は、皆、宿舎生活で、土日が休みの時は金曜の夕から外出や外泊をします。外で食べられるので、駐屯地で食べずに外出するわけです。それで残飯が多い。(食事は申請制)。非常に勿体無いと思いました。裏を返せば美味しくないから食べない訳で、それならば、食べないと損だと思える美味しいものを作ってやろうと心に決めました。
−具体的にはレシピや調理法を変えたのですか?
いえ。レシピや調理方法は全く変えていません。変えたのは、唯一、「家庭で出されるような作りたての温かいご飯(=食事)を出す」ということだけです。
実は、厳密にいうとこれは違反行為に当たります。自衛隊では食中毒のリスクを避ける為、検食を数時間前にして、大丈夫なものを提供するようにしています。
その為、隊員達が食べる頃には出来たてから時間が経ってしまっています。勿論冷めないように保温ジャーに入れて保管をしていますが、味はやはり落ちます。それで「出来たての温かいご飯(=食事)」が出せるようにと取り組ませました。現金なものですぐに変化が現れ始めました。金曜日の夕食の残飯が減ったのです。毎食の残飯もどんどん少なくなっていきました。外出者も食事をしてから外出するようになりました。このように目に見えて変わっていったことが面白かったし、嬉しかったですね。
それと地元の美味しい米を食べられるようにしたのも大きいですかね。単価が高いので、自衛隊の予算で買えるように地元に協力して頂きました。お米が美味しければ、味噌汁だけでも十分ですものね。
−「かいろう基山」は自衛隊ご出身の方が多いと伺いましたが。
はい。「かいろう基山」は自衛隊OBが12名、JR OBが 1名の計13名のメンバーで2004年に立ち上げられました。現在毎日出勤するメンバーの年齢は75〜6歳ですが、自衛隊出身者より民間企業の方の方が多いですね。
−松原さんは、発足後に参加されたのですよね?
はい。「退官後の長い人生、陸上自衛隊で培かった能力をどう生かすか」と考えてた時に、「森が危ない。」という言葉に出くわしました。それで森林ボランティアをやっていた時に先輩から「かいろう基山」を紹介されました。入会して知ったのですが、実は、もうそろそろ解散しようかと思っていたそうなんですが、「あんたが来るなら、もう1年やろう。」ということになり、今に続いています。
−松原さんは、「かいろう基山」の諸葛孔明だと伺いました。
はい(笑)。初代理事長の平峯一郎さんから「かいろう基山の諸葛孔明になって欲しい」と、その想いを託されました。
まず、取り組んだことは、先輩達のやりたい事をヒアリングして、それをイメージ化しました。そして、5年後の「かいろう基山」の姿をメンバーに伝えました。もちろん、先輩達は自分のやりたい事が形になっているので、大賛成です。私はいつまで経っても、一番年下です(笑)。
−NPO法人ならではの悩みがあると伺いました。
はい。NPO法人全体に言える問題ですが、団体の多くは設立後5〜6年で解散してしまいます。その主な要因は2つあります。1つは「自分達は、社会の為に役立つことが出来た」という達成感。もう1つは資金不足です。
その為、同じような活動内容の団体が出来ては消え、また出来ては消えを繰り返しています。最初から団体を立ち上げるとなると、不要な労力がかかる上、蓄積されたノウハウを引き継ぐことが出来ません。大変勿体無い話しですよね!?とても残念に思います。
実は、「かいろう基山」も私が入った時は、まさに解散の一歩手前でした。殆どのメンバーは70歳で活動をスタートさせ、魔の5年目を迎えていたのです。しかし、「あんたが来るなら、もう1年やろう。」ということになりました。お陰様でもうすぐ18年になります。
−コロナ禍をきっかけに、考え方に変化があったと伺いました。
はい。私は、長い間、「自立=なんでも自分で出来ること」だと考えていました。しかし、ある日、そうではないという事に気づかされたのです。
きっかけは、コロナ禍で奮闘する或る料亭の物語をテレビで観た時のことでした。大変格式のあるお店でしたが、やはりコロナの煽りを受け客足が遠退き苦しい経営状態に陥っていました。しかし、「何とかこの危機を乗り切ろう」と、初めてのお弁当販売にチャレンジしたのです。お店の心配をよそに「待っていました」と言わんばかりに地元の人達や取引先の方がどっと買いに押し寄せました。その光景を観て、「地域に愛され、根ざす」とは、まさにこういうことなのだと胸に響くものがありました。そして、「自立=地域の力を借りること」だと考えるようになったのです。「かいろう基山」も「地域の皆様に愛されて支えられる」団体を目指して頑張っています。
−今後の構想をお聞かせください。
まず、「かいろう基山」の知名度を上げていきたいと考えています。まだ、基山町の3,4割の人にしか知られていないと思いますので。
そして、「美しい里山作り」を目指しています。その為には、まず、(森林を侵食する)竹を切る必要があります。現在、竹を伐採して綺麗にした里山が5.3ha程あるのですが、ぜひ、そこを町民の皆さんに使って欲しいと考えています。実際に森に足を運んでもらうことで、間近で「竹害」を見て、知ってもらうことが出来ます。そして、少しでも多くの方に理解を得て、活動に参加して欲しいと願っています。
−後継者不足に悩んでいると伺いました。
はい。メンバーは皆高齢なので、一人でも二人でも60代前半の方が来てもらえるようになりたい。また、私の後継者となる若い方を雇用できるようになりたいと願っています!
実は、昨年、大卒の方から求人の問い合わせをもらいましたが、資金不足で人を雇うことが出来ませんでした。一般的にボランティア団体職員は賃金が低い傾向にあります。例えば月給18万円で、その後ずっと昇級しないといった具合に。「結婚出来ない、子供も作れない」となると、優秀な若い人材が入って来ても長続きしません。それに森の仕事は重労働ですので、「無償ボランティア」だとどうしても長続きしません。「有償」だと来る人もいるし、長続きすると思うのです。そんなことを考えると年間1200万円程稼ぎたいと考えています。
−伐った竹で「竹パウダー」を作っていると伺いました。
はい。「竹パウダー」は資源化事業(竹資源を地域の中で循環できるようにしていく事業)の一環として取り組んでいます。
竹製品は安価なプラスチック製品に押され、昔のように使われなくなりました。また、同様に筍も中国から安価なものが輸入され、昔のように掘られなくなりました。
そこで、伐った竹を違う形で活用できないかと考えていた時、たまたま手にした農業誌の「竹パウダー」の記事に目が留まりました。それで、農家の方に「竹パウダーを使ってもらい、美味しい野菜を作ると共に農薬を使わないで健康に暮らせる生活へとシフトして欲しくて、「竹パウダーで地域づくり」と資金作りで自立化を目指そうとセブン−イレブン記念財団の環境市民活動助成に申し込んだのです。メインはあくまでも里山保全活動ですが、お陰様で活動助成を受けることが出来ました。それでも竹パウダーを使う農家は少なく、資源に活用できた竹は、伐った竹の僅か数%で、残りは伐った場所に残置するという状況でした。それでも資源化事業を継続していました。平成27年度に国の地方創生事業を使った県事業に採択され、次のステップへと進展することができました。今度は伐った竹をたくさん使うことを考えました。役場担当課長のアドバイスで、畜舎の敷料に竹をチップにしたものを敷いてみたらどうかというのです。これだとたくさん竹を使うのではとなり、この事業にチャレンジすることになりました。竹をチップにする粉砕機を買うことが出来、やってみるとその効果は絶大でした。伐った竹を次々と竹チップに加工していきました。この竹チップを敷料(牛の寝床に敷くもののこと)の中に入れるとより多くの竹を消費することが出来ます。敷料には牛の糞や尿が混じっているので、これを発酵させると堆肥になります。出来た堆肥は、畑の土壌改良剤や生ごみコンポストの基材(微生物を住み着かせる材)として使うことが出来ます。こうして、私たちは厄介物の竹を価値ある物に変えて、放置された竹林を解消するための「竹の循環システム」を作り上げました。
−竹チップ入り堆肥についてお聞かせください。
はい。美味しい野菜を作るためには、まず土作りが欠かせません。しかし、一般的な化学肥料では、即効性というメリットはあるのですが、長く使っていると土地が痩せるというデメリットもあります。また、病虫害を防ぐために用いられる農薬は、作業者(主に高齢者が従事)が散布するのと同時に、自分でも吸い込んでしまい健康被害につながってしまいます。私は、この2つの問題を竹チップ入り堆肥を使うことで解決出来ると考えました。始めは農家さんからは懐疑的に見られ協力を得られなかったので、「ならば!」と実証実験に乗り出しました。30年間放棄された畑に竹チップと竹炭で作った堆肥を撒き、「サラダかぼちゃ」を植えました。結果は見事、2年目から豊作となりました。竹チップ入り堆肥を使うことで、竹微生物が土中の微生物を活性化させた結果、土壌がふかふかになったり、水はけがよくなったりして「サラダかぼちゃ」を元気に育ち易くしてくれたのです。こうして、竹チップ入り堆肥は結果を出すことで、近隣農家さんの信頼を勝ち取り、今では大ファンになって頂いています。
自衛隊の定年退職者を中核に、70歳前後の方々が平成16年1月に設立した団体です。
現在では企業OBの方々が主体で、多士済々の方々の団体となっています。