先輩研究者のご紹介 尾山 匠さん
[2025年06月23日(Mon)]
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2022年度「低密度分布に応じたハゼ科魚類の性表現の可塑性に関する研究」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、広島大学大学院統合生命科学研究科の尾山 匠さんからのお話をお届けします。
<尾山さんより>
私が研究しているミジンベニハゼは、体長2–3cm程の小型で、鮮やかな黄色い体色の海水魚です(写真1)。その見た目の可愛さから、レジャーダイバーの間ではアイドルのような存在になっています。そんなミジンベニハゼですが、かわいいだけではなく非常に興味深い生態を持っていることが分かってきました。今回はその研究成果の一部をご紹介いたします。
ミジンベニハゼは、海底にポツンとある貝殻や瓶に生息しており、ペアで繁殖します。一方で、フィールドで観察していると単独個体も散見されます。この単独個体が繁殖するためには、他個体とペアを形成する必要があるはずですが、もし出会った相手が同性だった場合は、その出会いは無駄になってしまうのでしょうか。ただし、もしミジンベニハゼが性を変えることが出来れば、そんな状況にも難なく対応できるはずです。そこで、私たちの研究チームは、ミジンベニハゼがオスからメス、メスからオスどちらへも性転換できる双方向性転換をみせると仮説を立て、飼育実験と野外観察による研究をスタートさせました。
研究対象種が性転換するかどうかを確かめる最も単純な方法は、オス同士、メス同士を同居させる飼育実験をすることです。この実験で正常な繁殖による受精卵が確認できれば、少なくとも片方の個体は性転換したことが分かります。そこで、水槽内で同性のミジンベニハゼ2個体を同居させる実験を行いました。その結果、2週間から1か月ほどでオスの同居とメスの同居どちらの水槽でも正常なペアでの産卵行動と受精卵が確認できました。つまり、仮説通りにミジンベニハゼが双方向性転換をすることが明らかになったのです。
生涯に雌雄双方の性を機能させうるものを雌雄同体と呼びます。魚類における雌雄同体は約500種で知られており、その中でも双方向性転換は、現在までに70種ほどで報告されています。よって、ミジンベニハゼが双方向性転換をするということ自体は珍しいことではありません。しかし、繁殖に欠かせない生殖腺構造を観察すると、ミジンベニハゼには他の魚ではあまり見られない特徴が存在することが明らかになりました。
写真2は組織切片によるミジンベニハゼの生殖腺の断面を示しています。繁殖ペアにおいてオスとして機能していた個体はすべて、発達した精巣と未熟な卵巣が見られる「オス型」の生殖腺を保持していました。一方で、メスとして機能していた個体からは、2タイプの生殖腺の発達状態が確認されました。1つ目は卵巣が発達し、精巣が未熟な「メス型」、2つ目は卵巣と精巣どちらも発達した「同時成熟型」です。さらに、「同時成熟型」は単独で飼育した個体からも観察されました。しかし、メスと単独個体は、わざわざ発達した精巣を維持する必要は無いように思えます。ではなぜメスと単独個体が「同時成熟型」の生殖腺を保持していたのでしょうか?
この謎を解明するために、鹿児島県のフィールドで野外観察を実施したところ、「同時成熟型」の生殖腺を保持するメスと単独個体は、ペアの解消や新たなペアの形成といった社会変化を頻繫に経験していることが分かりました。つまり、ミジンベニハゼのメスと単独個体は、繁殖相手が変わっても次の相手の性にかかわらず、すぐに繁殖を開始できるように、発達した卵巣と精巣どちらも準備していたのです。また、同性の個体がペアリングした際には、双方向性転換により繁殖可能なペアが形成されることも確認しました。このように、ミジンベニハゼは、双方向性転換と同時成熟型の生殖腺という特徴を活かし、すみやかに繁殖ペアを成立させていたのです。ミジンベニハゼは、魚類の中でも最も柔軟な性様式の一つを示す種であることが明らかになりました。
私は博士進学前に社会人として働いており、このミジンベニハゼを対象とした研究を発展させるために退職し、博士課程に進学しました。当時は研究費の確保に対する不安も大きかったですが、笹川科学研究助成に採択していただいたことにより、必要な研究環境の整備やフィールドワークを行うことが出来ました。また、申請書の作成を通して、自身の研究を客観的に捉えて文章化することは、研究はもちろんのこと、その他の活動にも生かすことのできる貴重な経験となっています。応募を検討されている方々は、ぜひ挑戦してみてください。
最後に、研究を支援し、親切にご対応いただきました日本科学協会の皆様に感謝申し上げます。
尾山 匠
参考文献
Oyama T, Sonoyama T, Kasai M, Sakai Y, Sunobe T (2023) Bidirectional sex change and plasticity of gonadal phases in the goby, Lubricogobius exiguus. J Fish Biol 102:1079–1087. doi:10.1111/jfb.15363
Oyama T, Sunobe T, Dewa S, Sakai Y (2024) Fluctuating population density of the goby, Lubricogobius exiguus, during the breeding season with artificial nests at Oto Beach, Kagoshima, southern Japan. Ichthyol Res. doi:10.1007/s10228-024-01001-y
Oyama T, Sunobe T, Sakai Y (2025) Functions of bidirectional sex change and simultaneously hermaphroditic phase gonads in the monogamous goby, Lubricogobius exiguus. Ethology. doi: 10.1111/eth.70001
日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日は、2022年度「低密度分布に応じたハゼ科魚類の性表現の可塑性に関する研究」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、広島大学大学院統合生命科学研究科の尾山 匠さんからのお話をお届けします。
<尾山さんより>
私が研究しているミジンベニハゼは、体長2–3cm程の小型で、鮮やかな黄色い体色の海水魚です(写真1)。その見た目の可愛さから、レジャーダイバーの間ではアイドルのような存在になっています。そんなミジンベニハゼですが、かわいいだけではなく非常に興味深い生態を持っていることが分かってきました。今回はその研究成果の一部をご紹介いたします。
ミジンベニハゼは、海底にポツンとある貝殻や瓶に生息しており、ペアで繁殖します。一方で、フィールドで観察していると単独個体も散見されます。この単独個体が繁殖するためには、他個体とペアを形成する必要があるはずですが、もし出会った相手が同性だった場合は、その出会いは無駄になってしまうのでしょうか。ただし、もしミジンベニハゼが性を変えることが出来れば、そんな状況にも難なく対応できるはずです。そこで、私たちの研究チームは、ミジンベニハゼがオスからメス、メスからオスどちらへも性転換できる双方向性転換をみせると仮説を立て、飼育実験と野外観察による研究をスタートさせました。
研究対象種が性転換するかどうかを確かめる最も単純な方法は、オス同士、メス同士を同居させる飼育実験をすることです。この実験で正常な繁殖による受精卵が確認できれば、少なくとも片方の個体は性転換したことが分かります。そこで、水槽内で同性のミジンベニハゼ2個体を同居させる実験を行いました。その結果、2週間から1か月ほどでオスの同居とメスの同居どちらの水槽でも正常なペアでの産卵行動と受精卵が確認できました。つまり、仮説通りにミジンベニハゼが双方向性転換をすることが明らかになったのです。
生涯に雌雄双方の性を機能させうるものを雌雄同体と呼びます。魚類における雌雄同体は約500種で知られており、その中でも双方向性転換は、現在までに70種ほどで報告されています。よって、ミジンベニハゼが双方向性転換をするということ自体は珍しいことではありません。しかし、繁殖に欠かせない生殖腺構造を観察すると、ミジンベニハゼには他の魚ではあまり見られない特徴が存在することが明らかになりました。
写真2は組織切片によるミジンベニハゼの生殖腺の断面を示しています。繁殖ペアにおいてオスとして機能していた個体はすべて、発達した精巣と未熟な卵巣が見られる「オス型」の生殖腺を保持していました。一方で、メスとして機能していた個体からは、2タイプの生殖腺の発達状態が確認されました。1つ目は卵巣が発達し、精巣が未熟な「メス型」、2つ目は卵巣と精巣どちらも発達した「同時成熟型」です。さらに、「同時成熟型」は単独で飼育した個体からも観察されました。しかし、メスと単独個体は、わざわざ発達した精巣を維持する必要は無いように思えます。ではなぜメスと単独個体が「同時成熟型」の生殖腺を保持していたのでしょうか?
この謎を解明するために、鹿児島県のフィールドで野外観察を実施したところ、「同時成熟型」の生殖腺を保持するメスと単独個体は、ペアの解消や新たなペアの形成といった社会変化を頻繫に経験していることが分かりました。つまり、ミジンベニハゼのメスと単独個体は、繁殖相手が変わっても次の相手の性にかかわらず、すぐに繁殖を開始できるように、発達した卵巣と精巣どちらも準備していたのです。また、同性の個体がペアリングした際には、双方向性転換により繁殖可能なペアが形成されることも確認しました。このように、ミジンベニハゼは、双方向性転換と同時成熟型の生殖腺という特徴を活かし、すみやかに繁殖ペアを成立させていたのです。ミジンベニハゼは、魚類の中でも最も柔軟な性様式の一つを示す種であることが明らかになりました。
私は博士進学前に社会人として働いており、このミジンベニハゼを対象とした研究を発展させるために退職し、博士課程に進学しました。当時は研究費の確保に対する不安も大きかったですが、笹川科学研究助成に採択していただいたことにより、必要な研究環境の整備やフィールドワークを行うことが出来ました。また、申請書の作成を通して、自身の研究を客観的に捉えて文章化することは、研究はもちろんのこと、その他の活動にも生かすことのできる貴重な経験となっています。応募を検討されている方々は、ぜひ挑戦してみてください。
最後に、研究を支援し、親切にご対応いただきました日本科学協会の皆様に感謝申し上げます。
尾山 匠
参考文献
Oyama T, Sonoyama T, Kasai M, Sakai Y, Sunobe T (2023) Bidirectional sex change and plasticity of gonadal phases in the goby, Lubricogobius exiguus. J Fish Biol 102:1079–1087. doi:10.1111/jfb.15363
Oyama T, Sunobe T, Dewa S, Sakai Y (2024) Fluctuating population density of the goby, Lubricogobius exiguus, during the breeding season with artificial nests at Oto Beach, Kagoshima, southern Japan. Ichthyol Res. doi:10.1007/s10228-024-01001-y
Oyama T, Sunobe T, Sakai Y (2025) Functions of bidirectional sex change and simultaneously hermaphroditic phase gonads in the monogamous goby, Lubricogobius exiguus. Ethology. doi: 10.1111/eth.70001
<以上>
日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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