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先輩研究者のご紹介 永田 賢司さん [2024年03月25日(Mon)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2021年度「脂質-転写因子複合体による植物表皮分化制御系の起源に関する研究」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、東京大学大学院総合文化研究科助教永田 賢司さんからのお話をお届けします。

<永田さんより>
 2021年度笹川科学研究助成によるご支援を頂きました,東京大学大学院総合文化研究科助教の永田賢司と申します。私は,主に植物の体を取り囲む組織である表皮に着目し,その発生機構を遺伝子レベルで分子的に調べる分子発生遺伝学を専門にして研究を行っております。

 植物の表皮というとあまりピンとくる方は多くないかと思います。ヒトでいうところの皮膚を研究していると言えば,わかりやすいでしょうか。「“皮膚”の研究を,わざわざ植物でしてるのか」と,なんだか地味で面白くのない研究をしているように思われるかもしれません(実際,決して派手ではありませんが)。しかし,植物の生き様にとって“皮膚”はとても大事なのです。

 ヒトは嫌なことがあったら,大抵のことは自分の力で解決することが出来ます。例えば,外にいる時に雨が降ったならば,走って屋根のある場所に移動できるでしょう。もしくは,傘を持っていれば傘をさして雨をしのぐこともできます。しかし,植物はどんなに嫌なことがあっても,自分が根を生やしてしまった場所から逃げ去ることなどできないのです。そんな中,植物が出来ることといえばただひたすら耐えることです。ただ,植物はヒトと異なり,環境に応じて自らの体の形や性質を柔軟に変化させること(「可塑性」といいます)で,嫌なことをうまくやり過ごすことが出来る力を持っています。表皮は,植物がこの可塑性を発揮するときに,重要な役割を果たしていることが知られています。私は,このように重要な役割を持つ表皮の発生機構(How?)を遺伝子レベルで分子的に理解することによって,ヒトと違う植物の”生き様”(Why?)を理解したいと考えて,日々研究を行っています。

永田_笹川ブログ.jpg

 図 大学構内に生えていた植物。
   3月某日,その場から動くことなく,コンクリートの隙間でじっと雨を受けている。


 笹川科学研究助成では,一年間にわたって若手研究者の私に研究遂行のためのご支援を頂きました。助成期間中は日本科学協会の方からとても丁寧なサポートがあり,予算の執行等も戸惑いなく行うことが出来ました。また,我々若手には魅力ある研究計画書を執筆することも習得するべき重要なスキルの一つでありますが,財団のホームページには非常に参考になる選考総評が掲載されています。どのような視点で審査が行われ,どのような研究テーマが採択されるのかを詳細に公表しているということは,審査員の先生方が我々若手の成長を第一に考えたうえで,丁寧な審査を行っていただいていることのあらわれだと感じます。こうした面で,初めて申請する研究助成として私は皆さんに笹川科学研究助成をお勧めしたいと思います。

 最後に,改めまして研究のご支援を頂きました日本科学協会の皆様に深く感謝申し上げます。
<以上>


 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
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先輩研究者のご紹介 安倍 悠朔さん [2024年03月18日(Mon)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2021年度「単一粒子計測法を用いた多孔質体内部におけるナノ粒子の拡散運動の解明」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、早稲田大学大学院の安倍 悠朔さんからのお話をお届けします。

<安倍さんより>
 みなさんは多孔質体というものをご存知ですか?多孔質体というのは内部に小さな穴がたくさんあいている材料のことです。そして、多孔質体は内部にたくさん穴が開いていることに起因するユニークな特性を多数持っています。身近な例を挙げると、スポンジは内部にたくさんの穴を持つので多孔質体の一種なのですが、スポンジが水をたくさん吸う理由はスポンジ内部の小さな穴に水がたくさん入り込むからです。身近なところにも多孔質体ならではの面白い現象があふれているのです。
 私は多孔質体のこのような面白さに惹かれて、2021年度に笹川科学研究助成をいただいて、多孔質体内部において小さな粒子がどのように動くのかを可視化する研究に取り組みました。具体的には、多孔質材料の中に蛍光粒子を入り込ませて、蛍光粒子の動きを顕微鏡とカメラを使って追跡することで、粒子の運動を可視化しました。なお、この計測法は計測対象内を運動する個々の粒子を追跡する計測法であることから、単一粒子計測法と呼ばれています。
 図1の(a)は研究で用いた多孔質体の電子顕微鏡写真です。穴がたくさん空いていることがよくわかります。そして、図1(b)が本研究のイメージ図です。粒子が穴の中に入ったり、出てきたりする様子を可視化することで、粒子の運動の特性を明らかにすることができます。

画像1.jpg

     図1. (a) 多孔質体の電子顕微鏡写真,
        (b) 単一粒子計測法による多孔質体内部の計測イメージ図
       (引用文献に掲載の図を一部改変)

 図2は単一粒子計測法の計測結果です。粒子の軌跡の色を、運動の速さを示す拡散係数という値の大小によって塗りわけています。粒子によって色が様々であることから、同じ多孔質体内を運動する粒子でも、それぞれの粒子によって運動の速さが全然違うことが分かるのではないかと思います。また、個々の粒子に注目してみると、穴の中に閉じ込められている粒子や、穴の外で激しく運動している粒子など、多孔質体内部ならではの粒子の運動を可視化することができました。

画像2.jpg

     図2. (a) 単一粒子計測法で可視化した粒子の軌跡,
        (b)-(d) 拡散係数ごとに色分けした個々の粒子の軌跡の拡大図
       (引用文献に掲載の図を一部改変)



 そして、本研究成果を2023年度に海外発表促進助成をいただいて、アメリカ物理学会の流体力学部門年次大会(APD Division of Fluid Dynamics 76th Annual Meeting)にて発表しました。図3は本学会の会場の写真です。世界各国から3,500名以上の研究者が集うこちらの学会で、研究成果を発表すると共に、研究成果を国際的に広めるためのディスカッションを行いました。

画像3.jpg
図3. アメリカ物理学会 流体力学部門年次大会の会場の様子(ワシントンD. C. にて開催)


 笹川科学研究助成および海外発表促進助成は、私のような研究助成いただける機会が少ない大学院生にも門戸を開いています。また、笹川科学研究助成による研究活動そのものへの支援に加えて、海外発表促進助成による海外での研究成果の展開に対する支援までしていただける点も大変魅力的です。革新的な研究にチャレンジしたいと思っている大学院生も是非チャレンジして、研究を大きく飛躍させるチャンスにしてもらえたらと思います。私自身、日本科学協会の支援によって研究を飛躍させることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

引用文献:Y. Abe, N. Tomioka and Y. Matsuda, “Nano-particle motion in a monolithic silica column using the single-particle tracking method”, Nanoscale Advances 2024.

<以上>


 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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Posted by 公益財団法人 日本科学協会 at 13:01 | 笹川科学研究助成 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
先輩研究者のご紹介 武田 精一郎さん [2024年03月18日(Mon)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2021年度「多様な体サイズと生息環境への適応放散を可能にした有蹄動物の指・趾機能の解明」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、東京大学大学院農学生命科学研究科の武田 精一郎さんからのお話をお届けします。

<武田さんより>
 2021年度に笹川科学研究助成に採択いただきました、東京大学大学院農学生命科学研究科の武田と申します。今回は、研究助成を受けた研究の内容と、助成申請・採択時のことについてお伝えできればと思います。
 偶蹄類はウシ・シカ・ラクダ・キリン・イノシシなどが含まれるグループなのですが、偶蹄類は常に人でいうつま先立ちのような状態で、指の先端にある蹄が地面に接して立っているという特徴があります。蹄は硬いため平らな地面を速く走ることに向いているのですが、その代わりにモノを掴むといった器用な運動はできません。しかし、木に登るヤギや、ダムの垂直な壁に立つアイベックスの画像を見たことがある人もいると思います(「種名 壁」、などのワードで検索すれば出てくるはず。)。本来蹄では切り立った崖などの地面をしっかりと掴むことが求められる場所での移動は不得意なはずなのですが、彼らがそれをできているということは指に秘密があるのではないか、と思ったのが申請した研究課題の目的ときっかけです。

崖.JPG
図1:崖にいるヒマラヤタール(ヤギの仲間)。

 そこで、山岳地帯に生息するヤギの仲間と、平地に生息するウシの仲間の指を、CT画像と骨格標本の計測によって比較してみました。その結果、山岳地帯に生息するヤギの仲間の方が中手指節関節・中足趾節関節と呼ばれる指の付け根にあたる関節に間隙があること、その関節の間隙によってヤギの仲間は指と指の間がより開くことが分かりました。山岳地帯に生息するヤギの仲間は、指が開くことによってちょっとした出っ張りにも指をひっかけることができるために、崖でも移動ができるのはないかということが考えられます。

CT画像.jpg
図2:前肢の指を開いた状態のCT画像。
右:オオツノヒツジ(山岳地帯に生息)。左:アラビアオリックス(砂漠に生息)


 これが助成を受けて進めた研究の概要なのですが、このような基礎的な研究は助成の応募ができる場所が多くありません。そんな中、笹川科学研究助成は分野を問わず基礎的な研究でも申請・採択が叶うため、とてもありがたく嬉しかったです。また、採択後に分野別の選考総評が出るのですが、そこで自分の申請書の内容が触れられていたのは大きな自信になりました。
 助成金は、他の博物館にある標本の計測のための旅費が主な使い道でした。所属する大学の博物館のみでは使用できる標本に限りがあるため、外部機関の標本を見せてもらう必要があります。その移動費を気にせずに調査に行けるのは非常にありがたかったですし、助成のおかげで調査のお願いをしやすくなったことで、博物館の方々とのつながりが増えたことも嬉しい副産物でした。
 笹川科学研究助成は、自分のやりたい研究を理解し、その熱意が伝わればどんな研究内容でも採択の可能性がある素晴らしい助成だと思っています。助成の応募が出せる場所がないけどこの研究は面白いんだ!という思いのある人は応募を強く勧めたいです。
 改めまして、このような研究の機会をくださいました日本科学協会の皆様、並びに研究協力者の皆様に深く感謝申し上げます。

<以上>


 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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先輩研究者のご紹介 藤田 純太さん [2024年03月11日(Mon)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2021年度「舞鶴湾における両側回遊性エビ類の実験分子生態学的研究:次世代シークエンス解析による海洋幼生分散の推定」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、京都府立福知山高校・教諭の藤田 純太さんからのお話をお届けします。

<藤田さんより>
 私は、2021年度日本科学協会 笹川科学研究助成において、「学術研究部門『海に関する研究』」で採択いただきました。高校生を相手に日々教育活動を展開する立場ですので、本来であれば教育実践上の研究課題を設定するべきと思われるかもしれませんが、現行の学習指導要領では、高校現場でも生徒主体の探究活動を推進するように示されており、近年、「総合的な探究の時間」という授業内で探究学習が活発に行われています。

 私は、学生時代より遺伝子解析で生物の生態特性を調べる分子生態学をコンセプトとした研究を行なってきました。分子生物学と生態学の境界領域に位置しており、ツールとして遺伝子を扱いますが、分野としてはマクロ生物学に属します。

 今回ご紹介するのは、川と海を回遊するエビのお話です。ミゾレヌマエビという小型の淡水エビで、南西日本の河川下流域を中心に生息する種類です(図1)。本種は、成体は河川で過ごし、メスは5〜6月頃に抱卵、約一カ月の抱卵期間を経て、ふ化した幼生はそのまま川を流下、発生が進んで稚エビとなると、川の淵を歩いて遡上し、河川生活に戻るという生活環を送ります。このように河川での生態はよく調べられていますが、ミゾレヌマエビの流下幼生は海洋ではほとんど採集されず、幼生期をどこでどのように過ごすのかは謎に包まれています。

図1 2024-03-06 01_05_42.jpg
図1 ミゾレヌマエビ


 本研究では、遺伝子を使って、河川間の分散を推測してみようと計画しました。遺伝子といっても機能的な側面ではなく、DNA塩基配列を個体間で比較し、塩基がどの程度違うかによって、幼生の移動分散性を調べる方法をとります(図2)。

図2 2024-03-06 01_05_47.jpg
図2 遺伝的組成から幼生の生息環境を推測


 私は、学生時代にミトコンドリアDNAを使って本種の遺伝的多様性を調べましたが、今回はより解像度高く幼生分散を調べるために次世代シークエンス解析にチャレンジしました。高校生には(教師にとっても)、ビッグデータを処理するのは敷居が高いですが、なんとか無事に成果を出すことができました。

 対象種が河川生物の研究では、遺伝子を扱っていても、川のフィールドワークが研究の醍醐味です。たも網で川べりの水生植物を調べることを「ガサガサする」と表現します。「ガサガサ」すると、対象外の様々な生き物が採れるので、高校生に生物を好きになってもらうには「ガサガサ」は欠かせません。ところが、時代はコロナ禍の真っ只中。コロナの罹患者数が少ない時期を見計らって、フィールドワークに出かけ、なんとか予定していたサンプル数を確保することができました(図3)。

図3 2024-03-06 01_05_48.jpg
図3 高校生による標本収集


 分子生態学が専門の私ですが、高校の探究活動の一環で他分野の研究テーマにもチャレンジしており、近年では環境DNAによる群集解析や細菌類の培養実験、細菌叢解析なども行なっています。笹川科学研究助成でバイオインフォマティクスを勉強する機会をいただきましたので、ビッグデータを使った他の解析方法にも活かすことができています。

 最後に、本申請課題は、私の学生時代の研究テーマを発展させたものです。青春を捧げた研究の続編に助成いただいたことは感慨深く、学生時代を思い出しながら、生徒と共に研究活動を行うことができました。心より感謝申し上げます。日本科学協会、読者の皆様の更なるご発展を祈念いたします。

<以上>


 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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Posted by 公益財団法人 日本科学協会 at 13:30 | 笹川科学研究助成 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
先輩研究者のご紹介 新家 寛正さん [2024年03月05日(Tue)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2021年度「“未知の水”から紐解く水の特異物性の謎」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、東北大学多元物質科学研究所・助教の新家 寛正さんからのお話をお届けします。

<新家さんより>
 2021年度笹川科学研究助成学術研究部門にてご支援頂きました、東北大学多元物質科学研究所の新家(にいのみ)です。今回は、ご支援のもと明らかにすることができた、普段の生活でみなさんが当たり前のように接している液体である“水”に関する奇妙な事実をご紹介させて頂きます。
 みなさんは、水について深く考えたことはあるでしょうか。液体と言えば水、というほどに水はありふれた液体ですので、なんとなしに特徴のない液体のように思われるかもれません。ところが、そのような直感とは裏腹に、実は、水は他の一般的な液体とは異なる性質を示す特殊な液体であることが科学的に知られています。例えば、一般的な液体の密度は温度が下がるとともに単調に大きくなっていくのに対して、水の密度は4oCで極大を示し氷が形成する0oCでは4oCの時よりも密度が小さくなります。このような特異な性質の上で、わたしたちの環境は彩られています。水の特異性の起源を説明する上で、水の“液体構造”の多様性が重要であると考えられています。ここで、液体に構造なんてあるのか?と思われるかもしれません。ここでいう構造とは、個々の水分子同士の幾何的な関係のことを指します。液体ですので、その幾何関係は時間的にも空間的も揺らいでおり、結晶構造のように堅固に分子同士の幾何関係を決めることはできませんが、揺らいでいる中でも平均として分子同士が好む幾何関係があります。このような関係を液体構造と呼んでいます。4oCから0oCへと温度が下がるにつれて密度が小さくなる理由は、氷が水に浮かぶという事実が示すように、氷の密度が水の密度よりも小さいことと関係しています。氷は水分子が水素結合ネットワークによって正四面体構造として秩序化した結果現れる状態であり、液体の無秩序な状態よりも分子が疎な状態にあるため、その密度は水よりも小さくなります。温度が0oC、すなわち、水が氷へと結晶化する温度へ近づくにつれて、水が正四面体様の秩序だった構造を取る傾向が顕著となるため、密度が小さくなると考えられています。ここでお気づきかと思いますが、水は無秩序な状態と秩序だった正四面体様の状態を取り得るということになります(図1)。これが水の液体構造の多様性です。このような多様性と特異な性質との関係の詳細は後述させて頂きますが、このような背景から水の液体構造の多様性に関する研究は重要視されています。

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図1. 水の液体構造における多様性. (左)指向性を持つ水素結合を基にした正四面体構造. (右)等方的なvan der Waals相互作用に基づいた無秩序状態.

 私は、結晶成長学を専門として研究を続けて参りました。水がどのような過程を経て氷へと結晶化するか明らかにすることを動機として、高圧氷IIIと呼ばれる、水を圧縮することで結晶化する氷(普段みなさんが目にする氷は氷Ihと呼ばれていますが、それとは結晶構造が異なる氷です。)と水の界面を光学顕微鏡で観察してみました。すると、実に奇妙な現象を目の当たりにしました。図2に顕微鏡像を示します。水と氷III結晶の界面で液滴が形成する様子がおわかりになるかと思います。周囲は水で満たされているのにも関わらず、その中で別の水滴が形成しています。周囲の水とは分離した別の“未知の水”が液滴の形で現れたということになります。水同士が、まるで水と油のように分離するという、実に奇妙な現象が顕微鏡その場観察で直接的に捉えられたのです。私たちは、この未知の水を同素不混和水と命名することにしました。水と同素不混和水が分離するからには、そこには何か理由があるはずです。現在のところ、その理由は水と同素不混和水の液体構造が互いに異なるためと私は考えています。

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図2. 同素不混和水を初めて捉えた光学顕微鏡その場観察像とその模式図. (A) 超純水の中で成長する高圧氷IIIの偏光顕微鏡その場観察像. (B) 観察像A中の灰色の四角で囲まれた領域Bの拡大像.  (C) 観察像B中の黒色の四角で囲まれた領域Cの拡大像. これらの観察像から模式図で表されるような水と高圧氷IIIの界面に水から分離する別の未知の水が液滴状で形成する様子がわかる. 図はAmerican Chemical Societyの許可を得て掲載(Niinomi et al., J. Phys. Chem. Lett. 2020, 11, 16, 6779–6784).

 氷IIIと水の界面で同素不混和水が現れるとなると、私たちにとって馴染み深い氷である氷Ihや他の異なる結晶構造を持つ高圧氷で同素不混和水が同様に生成するか、その一般性を確かめたくなるのは自然のことと思います。私は、水と共存できる氷である氷Ih、V、VIの界面を同様に観察してみました。すると、観察した全ての氷と水の界面で同様に同素不混和水が現れ、同素不混和水の生成には一般性があることが分かりました。図3に氷や高圧氷の結晶化する条件とその場観察像と同素不混和水の模式図を示します。ご覧のように、同素不混和水が様々な形態と動力学を伴い生成することが明らかになった点も特筆すべきではありますが、ここで強調させて頂きたいのは、氷Ihと高圧氷は、それぞれ、水に対して低密度および高密度であり、それぞれの界面に現れる同素不混和水には密度を指標にした多様性が存在する可能性が示唆された点です。密度が異なるということは液体構造に多様性が存在するということとなります。

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図3. 水の相関係図と様々な氷と水の界面で現れる同素不混和水の光学顕微鏡その場観察像とその模式図. (A) 水の相関係. 図中の@-Cは本研究で実施した観察の温度圧力条件を示す. 紫色で示された領域は、水を実験的に過冷却した際にその過冷却水を液体のまま保持することができない条件の領域(No man’s land). 白い丸は、理論的に予想されている水が低密度液体と高密度液体に分離する臨界点. (B)図A中の@-Cの観察条件における顕微鏡その場観察像. 条件@, A, B, Cはそれぞれ氷Ih, III, V, VI の界面を観察する条件に対応する. 図中の矢印は同素不混和水の位置を示す. 観察像Cの氷VIの同素不混和水は一般的な光学顕微鏡では可視化することができなかったが, レーザー干渉計を導入することで可視化することに成功した. 紺色の渦状の点線は同素不混和水からの干渉縞を示す. (C) 観察された同素不混和水の形態を表す模式図. 図はAmerican Chemical Society, Springer Natureの許可を得て掲載(Niinomi et al., J. Phys. Chem. Lett. 2022, 13, 19, 4251–4256., Niinomi et al., Sci. Rep. 2023, 13, 16227.).

 さて、ここで冒頭にご紹介した水の特異な性質の起源の話に戻りましょう。まだその起源がどのように説明されているか述べておりませんでしたので、その一説を簡単にご紹介します。実は、水分子が秩序だった正四面体構造を取る「低密度液体」と無秩序な「高密度液体」の2種類の異なる液体へと水が分離する温度圧力条件が存在すると仮定をすると、水の特異な性質の説明がつくことが理論的に指摘されています。一般的な感覚からすると極めて奇妙な仮定と思われることでしょう。しかし、この仮定を置くことで、ありとあらゆる水の特異な性質がエレガントに説明されるようです。では、これまでに、水が別の異なる液体へと分離する様を目撃した者はいるのでしょうか。答えは否です。この理由は、水の分離が起こる温度圧力条件がもどかしいことに実験的に到達不可能な深い過冷却を伴う低温高圧条件にあると理論的に予想されているからです。その条件を実験的に実現しようとしても深い過冷却状態にある水は瞬く間に氷へと結晶化してしまうため、液体である過冷却水として保持することができません。このような条件は、研究者の間で未踏の地―no man’s land―などと呼ばれています。これが、これまでに誰も水の低密度液体と高密度液体への分離を見たことがない理由です。
 水が低密度液体と高密度液体へ分離するか否かを巡る長い論争の中、我関せずとまことやしかに私たちの目の前にひょっこり姿を見せた低・高密度な同素不混和水は私の興味だけでなくみなさんのご興味も掻き立てるミステリアスな存在ではないでしょうか。現段階では、低・高密度な同素不混和水と低・高密度液体との関係を科学的に立証するには至っておりませんが、今後このような観点からも同素不混和水の性質や構造を明らかにしていきたいと思っております。
 末筆ではございますが、笹川科学研究助成を通じてご支援を頂いた日本科学協会に心より感謝申し上げます。昨今の研究資金獲得にかける競争は激化しており、資金獲得には研究計画における、世界情勢に基づいた戦略性、社会還元の即効性、計画に説得力を持たせるための過去の実績や具体的な準備状況などがますます厳しく問われるようになって来ているように若輩者ながら感じております。これは言い換えますと、全くの萌芽的段階にある純粋な好奇心に基づいた発想の若手基礎研究の場合、まとまった研究資金の獲得が比較的難しいということを意味します。更に厳しいことに、昨今、若手の研究ポストはそのほとんどが任期制であり、極めて短い期間で研究に目途を立てなければならず、長期的な視野に基づいた研究計画を、例え頭の中では想像できたとしても、書面に表し難い状況にあるように感じます。笹川科学研究助成の趣旨は、まさにそのような苦境にある萌芽的な若手研究を尊重する支援であり、他にはない特別な意味があります。実際に、私の研究は全くの基礎研究であり、更には研究期間前後には2度の異動が伴いました。笹川科学研究助成を通じて、多大なるご支援を頂くことで、私たちにとって極めて重要な液体である水の新たな側面を明らかにすることができました。この場を借りまして、重ねて感謝を申し上げる次第です。

<以上>

 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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