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先輩研究者のご紹介 佐藤 初さん [2024年05月20日(Mon)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2020年度「掃除魚に擬態するニセクロスジギンポの繁殖生態と擬態機能解明」、2021年度「掃除魚に擬態するニセクロスジギンポの卵食における協力行動」、2022年度「ニセクロスジギンポにおける保護擬態の効果の実験的検証」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、広島大学大学院統合生命科学研究科 博士後期課程3年の佐藤 初さんからのお話をお届けします。

<佐藤さんより>
幼少期の頃から魚が好きでした。小学生の夏休みに和歌山県のタイドプールで採集した美しいチョウチョウウオの幼魚は、今でも忘れない1匹です。このような経験から、サンゴ礁のある沖縄の海には強い憧れを持ってきました。現在では、沖縄県北部の瀬底島にある琉球大学熱帯生物圏研究センター瀬底研究施設に滞在してサンゴ礁魚類の行動生態を研究しています。

サンゴ礁には他の魚の体表に付着した外部寄生虫を取り除くホンソメワケベラ(ベラ科)という魚がいます。そのような習性から、ホンソメワケベラは掃除魚と呼ばれ多くの魚の健康状態を改善する有益な魚として認知されています。しかし、魚の中には掃除魚のふりをして利益を得る魚もいます。私が研究しているのは、ホンソメワケベラにそっくりなニセクロスジギンポ(イソギンポ科)です。(図1)

図1.png
<図1:擬態種ニセクロスジギンポ(上)と掃除魚ホンソメワケベラ(下)>


ニセクロスジギンポは、ホンソメワケベラに似ていることで(1)油断した魚の背後から鰭をかじる“攻撃擬態”と(2)肉食魚から捕食されにくくなる“保護擬態”の両機能を得ると言われてきました。しかし、これらの仮説は驚くほどに検証されてこなかったのです。そこで、私たちの研究チーム(佐藤初・坂井陽一・桑村哲生)は、瀬底島での潜水調査や水槽実験から、この魚の擬態の機能をはじめとする基礎生態を調べてきました。今回はその成果のほんの一部を紹介させていただきます。

私の研究スタイルは、多くの方が想像する研究者像とは少し違うかもしれません。白衣の代わりにウエットスーツ、実験器具の代わりに防水デジカメと記録用の耐水紙を腰にぶら下げ、水中マスクとシュノーケルをつけて海に出ます。1匹1匹識別した個体を毎日観察して、今日は何を食べたとか今日はこんな面白い行動が見れたとかを記録していくわけです。

研究を始めると、すぐにあることに気が付きました。ニセクロスジギンポは、日中の大半を集団で生活していたのです。さらに観察を続けてみると、ニセクロスジギンポは、ロクセンスズメダイ(スズメダイ科)が岩に産みつけた卵を集団で捕食していたのです。スズメダイの親は、卵を食べられまいとニセクロスジギンポを追いかけ回します。しかし、必死の防衛も虚しく、あっという間に巣を取り囲まれ卵を食べられてしまいました。(図2)


図2.jpg
<図2:ニセクロスジギンポが集団でロクセンスズメダイの卵(紫色)を捕食する>


この光景を初めて目撃した時に、「擬態よりもこっちの方が面白い」と思いました。掃除魚のふりをして鰭をかじるのではなく、どうして集団でスズメダイの卵を食べるのだろうか?多くの図鑑には「ニセクロスジギンポは、掃除魚に擬態して主にうろこや鰭をかじる。」と書かれています。しかし、野外での実態はかなり違ったのです。そこで、私は卵食行動に注目して調査を続けてきました。すると、ニセクロスジギンポの卵食の実態が次々と分かってきました。

まず、卵食のターゲットとして狙われるのは、いずれも岩やサンゴ、海藻の表面に卵を産みつけるスズメダイ科魚類でした。スズメダイ科の大きな特徴は、自らの卵を親が保護する(多くの場合オスが子育てを担う)という性質です。卵保護行動は多くの魚類で見られる子の生存率を高める戦略ですが、この性質のおかげで、ほとんどの魚にとってご馳走とも言える栄養価値の高い卵を捕食から守っているのです。

ニセクロスジギンポの集団サイズは平均すると4〜5匹ですが、最大で15匹の集団を見たことがあります。個体は毎朝、卵食に向かいます。スズメダイの巣をいくつか偵察したのち襲撃が始まります。全体としての成功率は、例えば2019年の調査では約78%でした。しかし、成功率は狙われるターゲットの種によってばらつきがあり、20%程度の難敵もいました。ひとたび襲撃に成功すると、腹が大きく膨れるほど卵を食べることができます。

集団の効果を調べるため、ニセクロスジギンポがスズメダイの親魚から追いかけられた回数とニセクロスジギンポが巣に侵入できた回数を計測してみました。すると、集団サイズが増加すると、スズメダイの親から受ける個体あたりの攻撃回数が低下し、侵入成功回数は増加するという相関関係が明らかになりました。(図3)

図3.png
<図3:侵入成功率および被攻撃頻度の集団サイズとの関係>


これは、集団で襲撃することでスズメダイから受ける個体の攻撃リスクを低下させ(希釈効果)、侵入成功率を高めるという集団捕食による利益を示唆しています。ニセクロスジギンポたちは、いわば防衛された資源を効率良く略奪するために集団を作っていたのです。しかし、集団の利点はそれだけではありませんでした。

これは、1年で水温が最も高い9月のことでした。多くのスズメダイは、水温が高くなりすぎると一時的にメスの産卵が中断することがあります。そのような中でも熱心に産卵していたのがミツボシクロスズメダイです。ミツボシはサンゴの発達したリーフよりもやや沖の砂地に点在する小岩の表面に卵を産み付けていました。しかも、スズメダイ科の中では珍しく両親が卵を防衛しており、簡単には襲撃できない難敵です。

3匹のニセクロスジギンポは、ミツボシの巣の襲撃を試みます。しかし、両親が二重で巣を防衛しており、ミツボシの視界に入るだけで激しく追いかけ回されるので接近すら許されません。両者の激しい攻防の末、面白い瞬間が訪れます。

ニセクロスジギンポたちは、巣の近くにある岩の表面を匍匐前進して素早く接近し、窪みに身を隠しました。ミツボシに見つからないよう岩を利用したのです。さらに、3匹の中の1匹が岩の窪みから顔だけを出してミツボシの行動を監視したのです(!)。私はこの個体の役割を“Watcher(監視役)”と名付けました。残りの2匹は頭を下げて身を隠す“Hider(潜伏、隠れ役)”となりました。すると、ミツボシが“Watcher”の存在に気が付き攻撃を開始します。“Watcher”はすぐさま身をひるがえして逃避を開始すると、それに釣られたミツボシは“Watcher”を追いかけました。“Hider”たちはミツボシが通り過ぎると素早く窪みから飛び出して一瞬の隙を突き巣に突入しました。このような、やりとりを繰り返してミツボシの防御体制を崩したニセクロスジギンポたちは、3匹とも卵の捕食に成功することができました(下記のサイトから一連の行動パターンをご視聴いただけます:http://www.momo-p.com/showdetail-e.php?movieid=momo240411at02a)。

このように、ニセクロスジギンポは単に集団をつくるだけでなく、集団内の他の個体と一時的に役割を分担して協力することで様々なスズメダイの襲撃に成功するのです。卵を守りたいスズメダイと、卵を食べたいニセクロスジギンポの間で起こった軍拡競争を示唆する魅力的な例でしょう。ニセクロスジギンポは、これまで鰭をかじる“ずる賢い魚”と呼ばれてきましたが、実際には徒党を組んでスズメダイの巣を襲撃し、親に守られた卵を集団捕食する“かなり賢い集団”だったのです。

では、一体どうして擬態が維持されるのか?魚類で最も精巧と言われるほど巧妙な擬態が進化したのはなぜか?スズメダイの卵を食べるという行動が進化したのはなぜか?次から次に湧いてくる疑問や好奇心が、私の研究に対する原動力です。これからも、フィールドワークを主体としてサンゴ礁魚類の生物学を解き明かしていきたいと考えております。

最後に、これから笹川科学研究助成へ応募する方へ。

私は、笹川科学研究助成への応募を通じて自分の研究に対する理解を格段に深めることができました。また、様々な尺度で自身の研究を俯瞰することで初めて分かる「面白さ」を審査員に伝えることの大切さも学びました。選考総評に書かれている審査員の方々の丁寧なコメントは大変勉強になりました。これらの経験は、現在の自分にとって有利に働いており、結果的に応募して良かったと思っています。

笹川科学研究助成の特徴は、成果が出るのに時間がかかるフィールド研究や、陽の当たりにくい分野の研究でも正当に審査して評価していただけるという点です。実際に私が初めて採択していただいた際の申請時点における業績は学会発表1回だけでした。また、研究助成金の使い道に関しても正当な理由があれば柔軟に変更することができました。当時、とても親切に対応してくださった日本科学協会の事務局の皆様にはこの場を借りて感謝を述べたいと思います。ありがとうございました。

佐藤 初

笹川科学研究助成を受けて出版された論文
Sato H. Sakai Y. & Kuwamura T. (2021) Effects of group behavior in the predatory raid on damselfish nest by the false cleanerfish, Aspidontus taeniatus. Ethology 128: 77–84. (Ethology誌で2021年に出版された論文のうち最多ダウンロード論文として表彰)
Sato H. Sakai Y. & Kuwamura T. (2023) Cleaner fish coloration does not always reduce predation risk: testing the effect of protective mimicry in the false cleanerfish, Aspidontus taeniatus. Biological Journal of the Linnean Society, blad163.
Sato H. Sakai Y. & Kuwamura T. (2024) Temporary division of roles in group hunting for fish eggs by a coral reef fish. Journal of Ethology https://link.springer.com/article/10.1007/s10164-024-00812-w

<以上>


 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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Posted by 公益財団法人 日本科学協会 at 09:42 | 笹川科学研究助成 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)