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先輩研究者のご紹介(LEE KANGさん) [2021年07月19日(Mon)]
 こんにちは。科学振興チームの豊田です。
 本日は、2020年度に「酸性紙図書の長期保存技術の確立:紙の自然劣化を正確に予測できる新規加速劣化試験法の提案」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、東京学芸大学教育学部自然科学系文化財科学分野所属の、LEE KANGさんから最近・助成時の研究について、コメントを頂きました。

<LEEさんより>
 近代の西欧で生産された書物には紙の製造工程で硫酸アルミニウムを添加するため、紙が酸性を示す「酸性紙」になります。そして酸性紙の低いpHと不適切な環境管理は書籍用紙の物性を急速に低下させてしまいます。酸性劣化した図書の中には歴史的価値の高い記録資料が膨大に残っていますので、これらを長期間保存することは世界的にも大きな課題となっています。もし、紙の寿命が予測できれば、紙の強度を維持できる期間が分かりますので、厳密に保存管理することで寿命を延ばせます。
 紙の劣化挙動を観察するためには高温、高湿度の過酷な条件下で加速劣化試験を行うことが一般的です。しかし、どのような条件下でどれくらいの期間加速劣化を行えば紙の自然劣化速度を正確に予測できるかについては不明です。閉じた図書の中で経年により有機酸が蓄積される状態を再現するとして米国議会図書館では2001年にチューブ内に紙を密封して恒温条件で加速劣化する方法(ISO 5630-5)を開発していますが、多種の紙に同じ劣化条件を適用しても紙の自然劣化速度を定量的に推定することまでは難しいです。そこで、紙資料の実際の保管環境を模した加速劣化条件を適用した試験法に改良するために、個別の紙中の水分量に着目してチューブ中の湿度条件を変えることで紙資料の寿命を定量的に予測する方法を考えました(図1)。
 加速劣化を行い、アレニウス・プロットを作成し、紙の自然劣化速度を算出すれば、初期物性値が推定できるため、劣化条件が正しければ製造当時の初期値と一致することになります。しかし、製造当時の初期値の分かる紙サンプルを入手することは難しいことです。そこで、@異なる環境で保管された4種の同じ図書 (The dark flower)と、A同じ環境で保管されていた年代の異なる同じ紙質の雑誌 (山岳)を入手しました (図2)。これらの資料に加速劣化を行い、アレニウス・プロットを作成して初期値を推定した結果、概ね類似した初期値に集束する結果となりました。以上のように、紙の保管環境に応じて水分量を調整することでより精度の高い寿命予測が可能になることが示唆されました。

チューブ法による加速劣化試験の様子.jpg
図1 チューブ法による加速劣化試験の様子

The dark flower.jpg 山岳.jpg
図2 実験に用いた自然劣化した紙資料

 この研究テーマは大学院時代から基礎研究を行っており、その成果を基に行ったものです。この研究を続けられるように研究費を助成してくださった日本科学協会に深く感謝を申し上げます。コロナの危機の中で研究スケジュールにも変動が生じ、予算計画を見直さないといけない状況でもご丁寧に相談にのっていただき、安心して研究に専念することができました。これからも研究成果を国内外へ広く発信していき、後続研究にもつなげて多くの紙文化財の保存に寄与できればと思います。
<以上>

 データの電子化が進んできましたが、図書館などに行けばわかるように、今でも書籍などの紙の資料は、たくさん使われています。そういった貴重な資料が失われないようにするためにも、研究を続けていただきたいと思います。陰ながら応援させていただきます。

 日本科学協会では過去助成者の方より、近況や研究成果についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Posted by 公益財団法人 日本科学協会 at 13:04 | 笹川科学研究助成 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)