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先輩研究者のご紹介 中嶋 梨花さん [2026年07月06日(Mon)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「細胞質雄性不稔性ジャガイモ品種の稔性回復」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、筑波大学大学院理工情報生命学術院生命地球科学研究群生物資源学科学学位プログラム(助成時)の中嶋梨花さんからのお話をお届けします。

<中嶋さんより>
 この度はこのような執筆の機会をいただき、関係者の皆様に心より感謝申し上げます。私は現在、東京大学大学院生命科学研究科の博士後期課程に在籍し、植物のミトコンドリアについて研究しています。
 ミトコンドリアは真核生物(動物、植物、菌類などすべての多細胞生物と多くの単細胞生物)の細胞内にある細胞小器官です。ミトコンドリアは生物の生存に必要なエネルギーであるATP(アデノシン三リン酸)を生産する重要な存在です。遺伝情報であるDNAは多くが細胞の核にありますが、ミトコンドリアは独自のDNA、ミトコンドリアDNAを保持しています。ミトコンドリアDNAは核DNAに比べてDNA量は少ないですが、ATP生産に関わる重要な遺伝情報です。ミトコンドリアDNAに変異(塩基の置換や挿入、欠損)が生じると、動物ではミトコンドリア病と呼ばれる疾患につながることもあります。植物も同様で、ミトコンドリアDNAが植物の成長や生育に様々な影響を与えています。私は2023年度の笹川科学研究助成をいただき「細胞質雄性不稔ジャガイモ品種の稔性回復」について研究しました。細胞質雄性不稔とは植物のミトコンドリアDNAにコードされている遺伝子が原因で異常な花や花粉ができる現象です。ジャガイモでは多くの品種が細胞質雄性不稔であるため、植物が花を咲かせても受粉ができず種子ができません、そのため育種が困難で種イモによる繁殖が必要です。私はこの問題を解決するため、いただいた助成金で花粉や原因となる遺伝子の解析を行いました。研究の成果は2026年に論文として発表することができました。
写真1 ジャガイモの花(左)と果実(右).png   図1細胞質雄性不稔の概念図.png
写真1: ジャガイモの花(左)と果実(右)           図1:細胞質雄性不稔の概念図

【申請を検討している方へ】
 私が笹川科学研究助成に申請したのは学部4年生の時で、翌年の修士1年生の時に助成をいただきました。今振り返ると、当時は研究を始めたばかりで、もちろん業績もありませんでした。ただ、この研究はとても面白いし、将来的になにか大きな発見につながっているのではないかと思っていました。笹川科学研究助成は私のように業績や経験がなくても研究テーマの面白さや斬新さを評価してもらえます。良いアイデアがあるけれど研究をする予算がない、研究実績がないといった方にはぜひチャレンジしていただきたいです。

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写真2:日々の研究の様子

論文情報
Nakajima R, Sanetomo R, Shirasawa K, Ariizumi T, Kuwabara K. Relationship between open reading frame 320, a gene causing male sterility in tomatoes, and cytoplasmic male sterility in potatoes. Plant Cell Physiol. 2026 Apr 14;67(3):289-300. doi: 10.1093/pcp/pcaf157. PMID: 41288592.

<以上>

 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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先輩研究者のご紹介 小平 友大さん [2026年06月29日(Mon)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「メタン発酵消化液とバイオ炭の共施用による環境負荷低減型営農技術の確立」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、(現)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(助成時:創価大学大学院理工学研究科・博士課程学生)の小平友大さんからのお話をお届けします。

<小平さんより>
【助成研究の内容】
私の研究は、有機物の分解処理後に得られるメタン発酵消化液(以下、消化液)と、有機物の炭化後に生成されるバイオ炭を土壌に共施用するという、環境負荷を低減した有機営農技術の開発に取り組みました。窒素肥料は作物生産に欠かせない一方で、土壌中に施肥された窒素の大部分は地下水への流亡や、温室効果ガスとして大気中へ放出され、肥料効果の減少だけでなく環境負荷の原因となります。そこで私は、有機性廃棄物から得られる消化液とバイオ炭を活用し、窒素を土壌中に長く保持できないかを調べました。
具体的には、異なる温度で作製したバイオ炭の性質を分析し、アンモニウム態窒素や硝酸態窒素をどの程度保持できるかを評価しました。また、土壌に消化液や尿素肥料とともにバイオ炭を加え、土壌中で窒素がどのように変化するかといった動態について調査しました。更に得られたデータをもとに、土壌中の窒素移動を数値モデルで解析しました。

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写真1.日々の研究の様子

その結果、バイオ炭の炭化温度によって窒素を保持する仕組みが異なり、肥料の種類によっても土壌中の窒素動態が大きく変化することが明らかとなりました。この研究はその後、国際学会での発表や国際学術誌3本の論文掲載にも繋がり、現在の私の研究活動の大きな基盤となっています。

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写真2.口頭発表の様子

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写真3.ポスター発表の様子

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写真4.開催地付近の壮大な湖:Great Salt Lake

【申請を検討されている方へ】
私は修士2年生の時、博士課程に進学して研究者を目指す覚悟を決めました。しかし、その第一歩として申請した日本学術振興会特別研究員DC1は非常に厳しい結果で返ってきました。当時は、「自分は研究者としてやっていけるのだろうか」と強く落ち込み、研究者としての将来へ絶望した気持ちを抱えていました。
その時に、私を救ってくれたのが笹川科学研究助成でした。申請時点で私は論文を1本も発表しておらず、「採択は難しいかもしれない」と思いながら申請書を提出しました。それでも私の研究計画を評価していただき、採択の知らせを受けた時には、「こんな自分でも研究者として挑戦して良いのかもしれない」と、未来に対して初めて前向きな気持ちを持つことができました。
助成金によって、大学院入学以来の夢であったアメリカ土壌学会(世界最大規模の国際学会)で研究発表を行うこともできました。世界中から優秀な研究者が集まる場で自分の研究を発表し、評価された経験は、私の視野を大きく広げ、研究者として生きていく覚悟をさらに強くしてくれました。これらの成果は博士論文の核をなす主要な研究成果となり、2026年の博士(工学)学位取得へと繋がりました。現在は(国研)農研機構で土壌・リモートセンシング・機械学習等を組み合わせた、我が国が推し進めている「スマート農業」へ貢献する新たな研究へと発展しています。この助成が、現在の研究活動や私の研究者人生の大きな出発点になったと感じています。

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写真5.博士号取得(右:筆者,左:指導教授)

これから申請を考えている方には、実績が十分でないと感じていても、ぜひ挑戦してほし
いです。大切なのは、現時点で完璧な研究者であることではなく、自分の研究で何を明らかにしたいのか、そしてその先にどのような面白くなる未来があるのかを、自分の言葉で誠実に伝えることだと思います。その申請書作成の過程で、更に研究内容を整理することにも繋がります。笹川科学研究助成は、特に経験の少ない発展途上の研究者の挑戦を本気で後押ししてくれる助成だと感じています。自信をもって申請し、未来を切り拓いて共に世界の舞台で活躍していきましょう!!

【助成を受けての出版論文】
Kohira, Y., Fentie, D., Lewoyehu, M., Wutisirirattanachai, T., Gezahegn, A., Addisu, S., Sato, S. (2024). Mitigation of ammonia volatilization from organic and inorganic nitrogen sources applied to soil using water hyacinth biochars. Chemosphere, 363, 142872. https://doi.org/10.1016/j.chemosphere.2024.142872
Kohira, Y., Fentie, D., Lewoyehu, M., Wutisirirattanachai, T., Gezahegn, A., Addisu, S., Sato, S. (2025). Elucidation of ammonium and nitrate adsorption mechanisms by water hyacinth biochar: effects of pyrolysis temperature. Environmental Science and Pollution Research, 32, 762–782. https://doi.org/10.1007/s11356-024-35808-z
Kohira, Y., Fentie, D., Lewoyehu, M., Wutisirirattanachai, T., Gezahegn, A., Addisu, S., Kurosawa, N., Sato, S. (2026). Contrasting mechanisms of biochar–nitrogen interactions under inorganic and organic fertilizers: Integrated evidence from incubation, volatilization, leaching, and apparent nitrogen partitioning. Science of The Total Environment, 1043, 181941. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2026.181941

<以上>

 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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先輩研究者のご紹介 稲葉 勇人さん [2026年06月23日(Tue)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「ティラノサウルス類の残存タンパク質の多角的解析から確立する、
信頼性が高い化石タンパク質の検出方法」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられ
た、丹波市立たんば恐竜博物館 教育普及専門員 / 岡山理科大学大学院 総合情報研究科
数理・環境システム専攻の稲葉勇人さんからのお話をお届けします。

<稲葉さんより>
 この度は、執筆の機会をいただき、関係者の皆様に心より感謝申し上げます。現在の私
は、丹波市立たんば恐竜博物館にて教育普及専門員を務めながら、岡山理科大学の大学院
生として化石に残されたタンパク質の研究を続けています。

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写真1.たんば恐竜博物館

 「化石」は、「石に化ける」と書きます。このため、読者の方は、骨や歯などが完全に「石」になったものを、化石として思い浮かべるかもしれません。しかし、一部の化石は、完全な「石」ではなく、当時の生き物の成分を保存している場合があります。その成分の代表例が、タンパク質です。
 私たちの体にもあるタンパク質は、一つひとつのアミノ酸が並んで構成されています。そして、その並び方は生き物によって少しずつ異なります。このため、今の動物では、アミノ酸の並び方を調べることで、研究対象がどの動物に近いのか、どのような進化の道をたどってきたのかを考える手がかりになります。一方、絶滅した動物では、多くの場合、化石の形に基づいて仲間分けや進化が考えられています。私は将来的に、恐竜などの絶滅動物を形だけでなく、化石に残された分子情報をもとに進化や分類を考えられるようにしたいと思い、この研究に取り組んでいます。

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写真2. 一部の化石は、ゆっくりと溶かされると、徐々に柔らかくなります。より詳細な分析を実施すると、アミノ酸の並び方まで推測できます。

 しかし、笹川科学研究助成に応募した当時の私には、論文業績が全くありませんでした。また、「化石にタンパク質が残る」ということ自体が、恐らく読者の方に馴染みの無いことのように、研究分野としても発展途上です。そのような状況の中で採択通知をいただいた際には、自分の業績ではなく、この研究の面白さや将来性を認めていただいたように感じて、嬉しかったです。また、周りの先生方や後輩たちも一緒に喜んでくれました。
 採択後、まず印象に残っていることは、研究者交流会に参加したことです。普段の学会では近い分野の研究者と話しますが、この会では、異なる分野に取り組む同年代の大学院生と交流することができました。自分の研究の面白さや悩みなどを語り、「奨励賞を目指そう」と盛り上がったことも覚えています。異なる分野で研究に向き合う仲間に出会えたことは、大きな刺激になりました。
 助成開始後は、概ね計画通りに研究を進めることができました。助成金は、日々使用する実験用品だけでなく、試料採取のためのモンゴル・ゴビ砂漠での恐竜化石の発掘調査、モンゴルの研究所での標本調査、化石から抽出したタンパク質の解析、学会発表のための旅費など、研究の進行に合わせて幅広く活用させていただきました。特に、発掘調査や標本調査に参加できたことは、私の研究にとって大きな意味がありました。化石に残るタンパク質の研究は、ほとんどを実験室で過ごします。このため、発掘現場や研究所で化石と向き合った経験は、化石の残り方や、化石を産出する地層の状態など、試料の地質学的な背景を知ることに繋がり、後の実験室で得られたデータを考える上でも重要な情報になりました。
 しかし、研究を進めていく中で、当初予定していたカナダでの発掘調査には、参加できなくなりました。このときには、研究計画および助成金の使用用途の変更について、柔軟かつ寛大なご対応をしていただけました。このため、当初の目的を保ちながら、安心して研究を進めることができました。

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写真3.日々の実験の様子

 助成終了後には、この助成によって進めることのできた研究成果をもとに、化石からタンパク質を可視化し、抽出する手法の開発に関する論文を発表できました。応募当時には論文業績の無かった私にとって、この成果は研究者としての大きな一歩と感じています。そして現在は、丹波市立たんば恐竜博物館にて、恐竜や化石の魅力を多くの方に伝える仕事もしています。幼い頃から大好きな恐竜に、研究と教育普及の両面から携わることができている現在は、助成によって、研究を継続できたことも大きく影響していると思います。当時の私に、温かいご支援と挑戦の機会を与えてくださった笹川科学研究助成の皆様に、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
 私自身の経験から、笹川科学研究助成の採択では、業績や肩書きなどではなく、純粋な研究の面白さを高く評価してくださると思います。これからの応募を考えている方は、自分自新の研究の可能性を信じて、ぜひ挑戦してみてください。

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写真4.モンゴルの発掘調査にて発見した恐竜の骨化石

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写真5.論文発表時の様子


<以上>


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Posted by 公益財団法人 日本科学協会 at 13:56 | 笹川科学研究助成 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
先輩研究者のご紹介 村上 千明さん [2026年06月19日(Fri)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「新タイプの哺乳類ホスホリパーゼC酵素群の発見と機能解析
−ジアシルグリセロール代謝の新機軸−」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、愛知県がんセンター研究所・研究員(助成時:千葉大学国際高等研究基幹・特任助教)の村上千明さんからのお話をお届けします。

<村上さんより>
 私の研究対象は「脂質代謝」です。脂質は栄養素として利用されるだけではなく、細胞の内と外を隔てる細胞膜の主成分であり、生理的機能(代謝、免疫、神経伝達等)を調節する重要な役割を担うものもあります。私はそのような脂質の1種である「ジアシルグリセロール(DG)」の代謝に注目して研究を行っています。DGを作る酵素(タンパク質)の1種としてホスホリパーゼC(PLC)が知られています(図1)。現在までに発見された哺乳類のPLCは特定のリン脂質(PIP 2 )しかDGを作る反応の材料(基質)に用いません。一方、哺乳類には他のリン脂質を基質とする別種のPLCの存在が予想されており、多様なDGの代謝経路が存在する可能性があります。しかし、どのタンパク質がその働きを担っているのか長年不明でした。特にリン脂質のPCやPEを基質とするPLCの酵素活性の上昇が動脈硬化症や免疫応答に関係することが報告されていますが、どのタンパク質がその酵素活性を担うのか分かっていないことから、生体内における詳細な機能の解析ができずにいました。
 私はDG代謝酵素の研究を進める中で、未知のPLCの探索に取り組み、新タイプの哺乳類PLCを発見しました。さらに、発見した新規PLCと類似したアミノ酸配列を持つタンパク質中から別種のPLCを複数発見しました(参考文献参照)。これらの一連の研究成果によって、国際生化学分子生物学連合(IUBMB)の管理する国際的な酵素データベースに、新たな哺乳類PLCが約40年ぶりに正式に登録されました。今後は、発見した新規PLC酵素群がどのような生命現象に関与するのかを明らかにすることを目標に研究を続けていきます。

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図1 ホスホリパーゼCとリン脂質

参考文献・情報 (*, 責任著者; #, co-first author)
1. IUBMBに登録された新規PLC(酵素番号EC 3.1.4.62, 2024年登録承認)URL:https://enzyme.expasy.org/EC/3.1.4.62
2. Murakami C.* et al: Human PHOSPHO1 exhibits phosphatidylcholine‐ and phosphatidylethanolamine‐phospholipase C activities and interacts with diacylglycerol kinase δ. FEBS Letters,599, 1169-1186 (2025)
3. Murakami C.* et al: Multiple activities of sphingomyelin synthase 2 generate saturated fatty acid- and/or monounsaturated fatty acid-containing diacylglycerol. Journal of Biological Chemistry, 300, 107960 (2024)
4. Suzuki, R.#, Murakami C.#, * et al. Human sphingomyelin synthase 1 generates diacylglycerol in the presence and absence of ceramide via multiple enzymatic activities. FEBS Letters 597 2672–2686 (2023)
5. Furuta M. #, Murakami C.#, * et al. Diacylglycerol kinase ζ interacts with sphingomyelin synthase 1 and sphingomyelin synthase-related protein via different regions. FEBS Open Bio 13 1333-1345 (2023)


【申請を検討されている方へ】
 笹川科学研究助成との縁は学生時代に始まります。学部4年生(2015年応募、当時は郵送申請)の時から何度も応募し、不採択通知にあった審査コメントを読みながら申請書を書き直す日々でした。博士課程進学時(2018年度採択、この年から電子申請に移行しました)に初めて採択され、私の人生初の研究助成金となりました(その後、特別研究員DC1採用のため辞退)。当時は未知のPLCの発見の糸口も掴めずに博士課程へ進学する私にとって、大きな励みとなりました。
 その後、学位取得後に任期付きの教員になった際に再び採択されました(2023年度採択)。当時は任期付きでしたが、独立した研究者として複数の学生と技術補佐員で研究チームを立ち上げ、本研究に取り組んでいました。笹川科学研究助成をきっかけに始めた研究から、学生が筆頭著者の原著論文(文献4、5、他2報投稿中)、国際学会や国内学会の発表が生まれ、指導学生が日本生化学会の若手優秀発表賞を受賞しました。また、一緒にプロジェクトを進めた技術補佐員は、本研究から発展させた研究成果を基に論文博士を申請する予定です。このように、本研究を通じて多くの学生・スタッフが成長する機会を提供することができました。
 笹川科学研究助成の採択研究課題の多くは大学院生が提案したものです。私のように、任期付きの教員が助成金を活用することによって、時間的な制約があっても人材の育成や新たな挑戦への後押しに繋げることもできます。学生時代の採択とは違った立場で再びご縁が巡ってきたことを深く感謝しています。
 笹川科学研究助成金は35歳以下なら申請可能です(詳細は募集要項をご確認ください)。若手の任期付き教員も、大きな志を持ってチームで研究を発展させ、後進の育成にもつながる研究構想をご提案いただけたら幸いです。いつの日か、笹川科学研究助成の採択者の同窓としてお会いできることを楽しみにしています。

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図2 助成終了後に本研究に関して複数の団体から表彰されました。家族も増えました。

<以上>


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先輩研究者のご紹介 杉村 晴菜さん [2026年06月12日(Fri)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「反芳香族アプローチによる有機近赤外発光色素の創生」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科物質創成科学領域機能有機化学研究室の杉村 晴菜さんからのお話をお届けします。

<杉村さんより>
 私は大学院時代に有機合成化学を専攻し、その中で特異な芳香族性を示す化合物の合成に取り組んできました。ベンゼンなどの芳香族分子は通常安定な化合物ですが、共役系に二電子を加えると性質が反転し、反芳香族化合物となります。反芳香族化合物は不安定で合成が困難だとされる一方で、興味深い電子特性を示すことが期待されています。2023年度笹川科学研究助成では、反芳香族イソフロリンの金属錯体合成、および発光特性の評価に関する研究に対し、ご支援いただきました。研究内容を簡単にご紹介します。

 私たちの身のまわりには野菜や果物、肉など色のついた物質が多くみられます。これらの色はヘムやクロロフィルといった天然色素に由来しています。ヘムやクロロフィルの骨格はポルフィリンと総称され、窒素原子を含む五員環が環状に4個結合した構造を持ちます。ポルフィリンは芳香族性をもつ非常に安定な化合物です。色素や触媒として幅広く用いられています。
 私の注目したイソフロリンは、ポルフィリンの合成中間体として提案された化合物です。イソフロリンはポルフィリンと同じ骨格をもちますが、二電子加わって反芳香族性を帯びるために不安定であるとされてきました。私は合成前駆体ポルフィリンに電子求引性置換基を導入し、イソフロリンを安定に合成することに成功しました(図1)[1]。笹川科学研究助成では、さらに研究を発展させ、イソフロリン金属錯体の合成、およびイソフロリンの発光特性を評価しました。得られた成果は国際学術論文として発表しております[2]。

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図1 反芳香族イソフロリンとその前駆体ポルフィリンの化学構造と溶液写真

 笹川科学研究助成には博士前期課程2年在籍時に申請しました。それまで目の前の実験で手いっぱいだった私にとって、申請書類の作成過程は、自分の研究の意義を深く理解し、次の展開を考える、素晴らしい機会となりました。研究者としての大切な訓練となり、採択いただいたことで研究を続ける自信にもなりました。申請を迷っておられる方は、ぜひチャレンジされることをお薦めします。

 博士課程修了後、私は奈良先端科学技術大学院大学に助教として着任し、反芳香族化合物の本質的な性質を理解しその謎に迫る研究を続けています。このように生涯の研究テーマと言える研究対象に出会えたことも、日本科学協会の皆様に素敵なご縁をいただき、様々ご支援いただいたからです。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

[1] H. Sugimura, K. Nakajima, K. Yamashita, T. Ogawa, Eur. J. Org. Chem. 2022, e202200747.
https://doi.org/10.1002/ejoc.202200747
[2] H. Sugimura, K. Nakajima, K. Yamashita, Asian J. Org. Chem. 2025, 14, e202400550.
https://doi.org/10.1002/ajoc.202400550

<以上>


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先輩研究者のご紹介 伊 蒙楽さん [2026年06月04日(Thu)]
こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「戦時期台湾知識人の中国叙述:汪精衛政権と満州国政権を中心に」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、中央大学理工学部の伊 蒙楽さんからのお話をお届けします。

<伊さんより>
笹川科学研究助成を受けたのは2023年度でした。
それ以前の数年間、新型コロナウイルス感染症の影響により、台湾文学を研究する
私にとって不可欠な台湾および中国での資料調査を行うことができず、研究は2〜3年
ほど停滞していました。そのような状況の中で笹川科学研究助成に採択していただい
たことは、研究活動を再開する大きな契機となりました。
私の研究は、1937年から1945年までの戦時期を対象とし、中国大陸や満洲で生活し
た経験を持つ台湾知識人の文学作品を通じて、彼らがどのように「中国」を認識し、
表象したのかを考察するものです。助成金の支援により、2023年には南京、蘇州、杭
州、台北、ハルビン、長春、瀋陽などを訪れ、各地の档案館や図書館で資料調査を行
うことができました。日本国内では入手が難しい資料にも接することができ、研究を
大きく前進させる貴重な機会となりました。

写真2 台湾中央研究院.jpg
「図1 黒竜江省档案館」

写真1 黒竜江省档案館.png
「図2 台湾中央研究院」

研究成果として書評や学会発表を行い、研究ノートも発表することができました。
さらに、これらの成果は博士論文の重要な一部となり、2025年の博士学位取得へとつ
ながりました。
振り返ると、笹川科学研究助成は単なる研究費の支援にとどまらず、停滞していた
研究を再び動かし、現地調査、研究発表、そして博士論文完成へとつながる大きな原
動力となりました。研究者としての第一歩を踏み出すことができたのも、この助成の
おかげです。
最後に、この場をお借りして、研究をご支援いただきました日本科学協会と同会の
皆様に心より感謝申し上げます。

<以上>
 

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先輩研究者のご紹介 榮 航太朗さん [2026年05月26日(Tue)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「光合成と菌寄生の両方で炭素を獲得する混合栄養植物は根滲出物を土壌に放出して有益細菌を誘引するのか?」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、三重大学 大学院生物資源学研究科 森林微生物学研究室 教育研究分野 博士後期課程の榮 航太朗さんからのお話をお届けします。

<榮さんより>
【助成研究の内容】
 私は、森林の地面近く(林床)で生きる植物を支える共生微生物の役割を研究しています。森林には、林冠を作り上げる巨樹から地面を這う草花まで、多種多様な植物が階層的に生息しています。従来、この多種共存は日光を求めてせめぎ合う競争原理で成立するとされてきました。しかし、日光のほとんどが届かない林床でも植物が生息できる理由は未解明です。今世紀に入って、林床植物のなかから根に定着する真菌類(カビやキノコの仲間)から炭素を得る種が発見されました。自身の葉で行う光合成だけでなく、根に関わる共生菌からも炭素を得る生活は混合栄養性と呼ばれ(図1)、暗い林床に適応するための生存戦略である可能性があります。近年の研究では、植物の生育には、共生菌だけでなく根周辺の細菌なども含めた微生物が協同体(コンソーシアム)として関わることが知られています。しかし真菌類から植物への炭素供給においても微生物協同体が関わるのか、その具体的な仕組みは調べられていませんでした。そこで、私は混合栄養性のツツジ科イチヤクソウ−共生菌−細菌の三者関係に迫る研究を提案し、助成を受けました。助成研究では、イチヤクソウに炭素獲得に関わる共生菌やその共生関係を支える細菌、その共生微生物を維持する植物側の機構を明らかにしました。その成果は、助成のおかげで2本の論文として出版することができました。

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「図1 混合栄養植物の炭素獲得様式の概念図」

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「図2野外調査の様子。榮さんは右下」

【助成を受けた感想】
笹川科学助成研究は、私が博士前期課程1年生時に申請し、翌年度の2年生時に助成を受けました。大学院進学のタイミングで研究分野を変えた私にとって、この申請は最初の挑戦でした。申請のために、従前の研究を整理し研究計画を突き詰める過程では、現在進行中の研究においても中核となっているアイデアを育むことができました。助成によって、高額な解析の実施や2回の国際学会での発表、学会での受賞、論文出版など貴重な経験ができました。研究を始めた早い段階において自己裁量で使える資金を得たことで、活動を自身で運営し、手法の試行錯誤が自由に行えたため、研究の管理や方針決定など俯瞰的な視座を養うきっかけにもなりました。先行投資の性格が強い笹川科学研究助成は、全く研究業績がない駆け出しの段階には貴重な支援制度だと思います。最後に、研究をご支援いただきました日本科学協会と、同会の皆様にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

【出版論文】
・Kohtaro Sakae, Shosei Kawai, Yudai Kitagami, Naoko Matsuo, Marc- André Selosse, Toko Tanikawa, Yosuke Matsuda (2024) “Effects of fungicide treatments on mycorrhizal communities and carbon acquisition in mixotrophic plants, Pyrola japonica (Ericaceae)”, Mycorrhiza, 34: 293-302, 2024.06.26
・Kohtaro Sakae, Yudai Kitagami, Yosuke Matsuda (2025) “Rhizosphere bacterial communities alter in process to mycorrhizal developments of a mixotrophic Pyrola japonica”, Microbial Ecology, 88: 28, 2025.04.14


<以上>



 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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先輩研究者のご紹介 大内 彩子さん [2026年05月12日(Tue)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「海馬−嗅内皮質回路において未来の経路情報を表現する神経メカニズムの解明」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、理化学研究所・脳神経科学研究センター・時空間認知神経生理学研究チーム・基礎科学特別研究員(現所属)の大内 彩子さんからのお話をお届けします。

<大内さんより>
 2023年度はポスドクとして4年目を迎える年でしたが、当時は業績が十分でないまま、前年度に日本学術振興会特別研究員PDの任期を満了しました。日々実験に取り組んでいたものの、なかなか成果に結びつかず強い焦りを感じていました。そのような状況下で、この業績で自分の研究費を新たに獲得することはできるのだろうかと藁にも縋る思いで笹川科学研究助成に申請したことを今でも鮮明に覚えています。本研究助成によってご支援いただいた研究内容の概要を簡単にご紹介いたします。
 私たちは、自分が今どこにいるのかを把握し、目的地までの移動を計画することができます。こうした空間認知や空間ナビゲーション機能には、海馬や嗅内皮質(きゅうないひしつ)と呼ばれる脳の領域が関わっていると考えられています。海馬は、動物が特定の場所にいるときに活動する「場所細胞」があり、主に自分の現在位置を表しています。一方、嗅内皮質には、空間を移動するときに六角形の格子状に活動する「格子細胞」があり、空間全体の地図のような役割を果たしています(図1)。

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 これまでの研究では、こうした神経細胞が「現在いる場所」をどのように表現しているかが調べられてきました。しかし、「これから向かう場所」を脳がどのように表現しているのかは不明でした。本研究では、ラットの嗅内皮質において将来の位置情報を表現する「予測的格子細胞」を発見しました(図2)。この発見により、動物やヒトがどのように目的地への移動を計画しているのか、さらに記憶と空間認知がどのように結びついているかの理解が進むことが期待されます。

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【申請を検討している方へ】
 私の場合、申請時は後に論文化されたデータもまだ得られておらず、「何か新しい発見につながるのではないか」という期待だけが芽生え始めている段階でした。このように十分な根拠がない状況では、内容が適切に伝わるか、審査において評価されるかという不安もありましたが、「このようなことが明らかになれば意義深いのではないか」と構想を深めながら申請書を作成しました。
 本採択を通じて、データが十分でないから申請書が書けないのではなく、申請書を書くという行為そのものが、自身の研究を俯瞰的に見直し、研究者としての資質を高める機会になるのだと実感しました。助成制度や各種公募においては、不採択となる場合であっても、申請の過程から得られる学びは多いと考えています。申請に迷われている方がいらっしゃいましたらぜひ積極的に挑戦していただきたいと思います。

 最後に、研究者としての励みをくださった日本科学協会の皆様、日頃よりサポートしてくださる研究チームの皆様に、心より御礼申し上げます。

(参考文献)
・Ouchi, A., & Fujisawa, S. (2024). Predictive grid coding in the medial entorhinal cortex. Science, 385(6710), 776-784. https://doi.org/10.1126/science.ado4166
・Ouchi, A. (2026). Predictive grid cells: Future spatial representations in the hippocampal-entorhinal circuit. Neurosci Res, 227, 105053. https://doi.org/10.1016/j.neures.2026.105053

<以上>

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先輩研究者のご紹介 信田 尚毅さん [2026年04月01日(Wed)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「グリーンで安全な酸化反応を実現する電極メディエータの開発」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、横浜国立大学大学院工学研究院准教授(助成時)の信田 尚毅さんからのお話をお届けします。

グリーンで安全な酸化反応を目指して

横浜国立大学 大学院工学研究院
准教授 信田尚毅

 私たちの身の回りにある医薬品や機能性材料の多くは、「酸化反応」と呼ばれる化学反応を経て合成されています。しかし、従来の酸化反応では、有害な試薬を使ったり、大量の廃棄物が生じたりすることが課題となってきました。そこで注目されているのが、電気を使って化学反応を進める「電解合成」です。電気は必要なときに必要な分だけ反応を進めることができ、環境にやさしく、安全な反応設計が可能になります。
 本研究では、「グリーンで安全な酸化反応を実現する電極メディエータの開発」をテーマに、笹川科学研究助成の支援を受けて研究を進めてきました。
 電解合成では、電極から直接分子に電子を出し入れするのではなく、「電極メディエータ」と呼ばれる分子を介して反応を進めることがあります。
 このメディエータは、電極と反応分子の仲介役として働き、反応を穏やかに、選択的に進める重要な役割を担います。研究開始当初、私たちは「電子の受け渡しそのものを助けるタイプのメディエータ」を想定していました。ところが研究を進める中で、まったく予想していなかった現象が見えてきました。
 実験を詳しく調べていくと、開発したメディエータは、電気を流して酸化されたときにだけ、相手の分子と弱く引き合う性質を示すことがわかりました(図参照)。この引き合いは「ハロゲン結合」と呼ばれるもので、磁石のように強く結合するわけではありませんが、分子同士の位置関係をうまく整える働きを持っています。重要なのは、このハロゲン結合が「電気を流したときだけオンになる」という点です。これまで、ハロゲン結合そのものは知られていましたが、電気化学的にオン・オフを切り替えられるメディエータは前例がなく、本研究で初めてその可能性が示されました。
 このメディエータは、反応相手の分子を一時的に引き寄せ、反応しやすい形に整えます。その結果、強い試薬を使わなくても、穏やかな条件で効率よく反応が進むことがわかりました。まるで、無理に押すのではなく、正しい位置にそっと導くことで反応を成功させているような仕組みです。この考え方は、今後の電極メディエータ設計において、「どのように電子をやり取りするか」だけでなく、「分子同士をどう近づけ、どう整えるか」という視点の重要性を示しています。
 本研究の成果は、Journal of the American Chemical Society誌に論文として発表することができ、また論文誌のカバーピクチャーに採択いただきました。当初の想定とは異なるメカニズムにたどり着いたことは、研究の難しさであると同時に、基礎研究ならではの面白さでもあります。今回見いだした「電気で切り替えられるハロゲン結合」という考え方は、今後、より安全で環境にやさしい化学反応の開発につながると期待されます。
 笹川科学研究助成の支援によって、自由な発想で研究を進めることができたことに、心より感謝しています。

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<以上>


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先輩研究者のご紹介 高屋 浩介さん [2025年12月16日(Tue)]
 こんにちは。科学振興チームです。
 本日は、2023年度「深層学習で挑む新たな個体及び交雑種判別手法:情報科学と野外調査でオオサンショウウオの保全に貢献する」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、京都大学大学院農学研究科(助成時)の高屋 浩介さんからのお話をお届けします。

<高屋さんより>
 人工知能(AI)の飛躍的な進歩により私たちの社会が大きく変わり始めています。私はこのAIの技術を生物多様性の保全に応用する研究を進めています。笹川科学研究助成をいただき、2本の研究成果を発表することができたので、ご紹介させていただきます。

【研究@AIをオオサンショウウオの個体識別に応用した研究】
 野生動物を守るためには、対象となる種が野外でどのような生活をしているのか調べる必要があります。また、年齢や性別によって行動が変わる場合もあるため、様々な方法で個体を識別して観察する必要があります。例えば、鳥類では古くから足環が用いられており、両生類では小型のタグを体内に埋め込む手法などが用いられてきました。従来の方法でも対象種への負担を減らす配慮はなされてきましたが、私はAIの画像認識技術を動物の個体識別に応用できないだろうかと考えました。
 オオサンショウウオは日本固有の特別天然記念物であり、絶滅が心配されています。オオサンショウウオの模様は個体ごとに異なるため、この違いを利用したAIによる個体識別に挑戦しました(図1)。具体的にはオオサンショウウオの写真を撮影し、個体ごとの模様の違いをAIに学習してもらいました(図2)。解析の結果、一定の撮影条件下においては、高い精度で個体識別をできることが分かりました。この方法は写真を撮影するだけなので、対象種に与える負担を最小限にできます。また、オオサンショウウオのような長寿命の生き物は(まだ研究中ですが60年以上生存した記録も報告されています)、1人の研究者が生涯を通じて追跡調査することが困難です。そこで、寿命に制約のないAIを活用することで、世代を超えた長期的なモニタリングが可能となります。また、市民科学でも本技術の応用が期待されます(図3)。この成果はScientific Reportsに掲載されました(Takaya et al. 2023)

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図1.AIの画像認識技術を用いた個体識別  図2.研究に用いたオオサンショウウオたち


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図3.市民科学でAIを活用

【研究Aオオサンショウウオの交雑個体の識別にAIを応用した研究】
 外来種は生物多様性の減少の要因の1つとされています。外来種と在来種が近縁である場合、両者の間で交雑個体が生じることがあります。多くの動物では交雑個体は繁殖能力を持たないのですが、日本のオオサンショウウオと中国のチュウゴクオオサンショウウオの交雑個体には繁殖能力があることが知られています。そのため、在来のオオサンショウウオの遺伝的多様性の保全の観点から、交雑個体への対策が求められています。交雑個体を特定するためには遺伝的な解析が必要ですが、私はAIを用いて模様で交雑個体を識別できないだろうかと考えました(図4)。解析の結果、オオサンショウウオとチュウゴクオオサンショウウオを親世代に持つ個体(F1世代)では、画像から交雑個体を特定できる可能性が示唆されました。もちろん、正確な交雑個体の特定のためには遺伝的な解析が必須です。しかし、写真からある程度の精度で交雑個体の識別ができれば、野外で交雑の疑いがある個体を迅速に特定することができます。この成果はEcology and Evolutionに掲載され(Takaya et al. 2023)、2023年度の掲載論文の中で閲覧数トップ10%にランクインしました(図5)。

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図4.AIの画像認識技術を     図5.閲覧数上位10%に選ばれた
用いた交雑個体の判別       交雑個体に関する論文


【申請を検討されている方へのアドバイス】
 私は博士後期課程の研究で助成をいただきました。学振に採用されなかった私にとって、本当にありがたい助成でした。笹川科学研究助成がなければ、上記の研究は遂行できなかったかもしれません。特に、野外におけるサンプリングにはどうしても不確定な要素が影響します。例えば、雨で増水すれば河川での調査はできません。相手は野生動物なので、都合良く現れてくれるとも限りません(図6)。その点、笹川科学研究助成は研究上必要であれば使用用途を柔軟に変更できるため、他の助成制度と比較して、研究者にとって非常に助かるものでした。また、学振の不採択通知を受け取ると「自分の研究に意味なんてないのかな・・・」と落ち込んでしまいましたが、笹川科学研究助成に採択されたことで前を向くエネルギーもいただきました。ぜひ、応募を検討されている方は積極的に挑戦してみてください。
 現在、私は島根大学に講師として着任し、オオサンショウウオだけでなく、ツキノワグマやタヌキなどの哺乳類も対象種として研究を続けています。研究ができるありがたい環境に感謝しつつ、学生や次世代の研究者の育成にも力を入れることで、これまで私が受けてきた様々なサポートへの恩返しができればと考えています。最後になりましたが、金銭的にも精神的にも温かいご支援をいただいた日本科学協会の皆様に、心より感謝申し上げます。改めて、本研究に助成をいただき、ありがとうございました。

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図6.真夜中の河川で必死にオオサンショウウオを探す助成者


【参考文献】
Takaya, K., Taguchi, Y., & Ise, T. (2023) Individual identification of endangered amphibians using deep learning and smartphone images: case study of the Japanese giant salamander (Andrias japonicus). Scientific Reports, 13, 16212. doi.org/10.1038/s41598-023-40814-1

Takaya, K., Taguchi, Y., & Ise, T. (2023) Identification of hybrids between the Japanese giant salamander (Andrias japonicus) and Chinese giant salamander (Andrias cf. davidianus) using deep learning and smartphone images. Ecology and Evolution, 13, e10698. doi.org/10.1002/ece3.10698


<以上>


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