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日本科学協会が"今"やっていること

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中国の若者の“感知日本”−「笹川杯作文コンクール2013」審査結果 [2013年12月10日(Tue)]
 日中関係は依然として厳しく、政府間交流は停滞した状況にありますが、当協会は、政治情勢に関わらず、寧ろ“こうした時期こそ民間交流を”との姿勢で図書寄贈、「作文コンクール」、「日本知識大会」と様々な形で対中国プロジェクトを継続してきました。
 とは言え、日中情勢には抗うことのできない大きな影響力があり、当協会のプロジェクトにも少なからず影を落としてきました。

 「笹川杯作文コンクール―感知日本―」は、2008年の事業開始以来、当協会、中国青年報社、人民中国雑誌社の三者共催により、中国語版と日本語版の2つの「コンクール」を併行実施し、中国の若者の日本理解の深化や関心の喚起を図ってきました。

 しかし、本年度においては、日中情勢の影響により、残念ながら中国語版「コンクール」の開催を見送らざるを得ず、人民中国雑誌社とともに行う日本語版「コンクール」の単独開催となってしまいました。

 5月に募集を開始し、10月末に締め切りましたが、中国全土の21省、市、自治区から合計1,727点の応募がありました。日中関係が最も緊迫していた昨年度の応募が778点であったことから考えれば、応募意欲も大分回復してきており、主催者側としては胸をなでおろしているところです。

 本年度の全応募作品を対象に厳正な審査を行い、入賞作品18点を決定し、先日(11/26)、「人民中国」webサイトで公表しました。 優勝に輝いたのは、ハルビン工業大学の孫琳さんと佳禾外語培訓学校の李翌寧さんです。

 この「コンクール」の応募者の多くは、中国の大学で日本語を学んでいる学生達ですが、昨年来の日中情勢が、彼らに少なからぬ困難をもたらしてきたことは間違いありません。
 こうした状況の中で、この日本語版「コンクール」が、中国の日本語学習者にとって、日本語学習の目標、励み、心の支えであったなら、この「コンクール」を継続してきた意味は非常に大きいと思います。

 日中緊張状態における民間文化交流の意義について、当協会と認識を共有し、本年度の「コンクール」をより一層重視してこられた人民中国雑誌社、そして多くの大学関係者の方々に深い敬意を表したいと思います。

 また、並々ならぬ熱意をもって「コンクール」の開催(特に広報面)に尽力し、応募作品の大幅回復に貢献された人民中国雑誌社の孫立成主任には、深く敬意を表したいと思います。

 今回は、優勝作品2点を紹介しますので、中国の若者が日本語で綴った“感知日本”を感じ取っていただければと思います。日本語の原文をそのまま掲載しています。
 他の入賞作品も、「人民中国」webサイトでご覧いただけます。

★2013年度のテーマ
「中日の未来のために私たちができること」


中日の未来のために私たちが出来ること


ハルビン工業大学 孫琳

1.jpg 「真の国際社会では、皮膚の色、民族、言語などとは関係なく、皆平等に取り扱われることが求められ、山形の市民も、外国人を特別視するのでなく、平常心で接する時代が早く来るように心から願っている。」

 これは、日本に留学している間、『山形紀行』という本から読んだ言葉である。平和というのはいつまでも世界民衆が求める主題だと思う。だから、山形の市民だけでなく、全世界の人々も国際の限界を超えて、お互いに理解すべきだろう。

 中日は一衣帯水の隣国であり、昔から頻繁な交流が行われていた。今、釣魚島(尖閣諸島)の問題で、中日間の関係は一層深刻になってきたが、長い目で見たら、直ちにこういう状況を変えて、友好関係を結び続けることはとても大事だと思う。両国がお互いに現状をよく知った上、お互いの文化、習慣を理解し、尊重することはとても重要だと思う。

 では、中日の未来のために私たちは何ができるだろう。
 私は中学校から日本語を勉強してきて、日本語と、日本と、もう10年間以上関わってきた。日本にも2回行ったことがあって、自ら日本という国を感じ、日本人と接した。大学生の私は政治の問題に何もいえないのだが、日本人の中でとても親切で、中国人と友好関係を結びたい人はたくさん存在していると実感した。何を言っても、民衆には罪がない。だから、私たちから両国間の相互理解に力を入れるべきだ。

1.理性愛国
 中国人の中には、反日感情を持っていて、侵略の痛みという『感情の記憶』は癒えない人もきっとまだ残っていることも事実だと思う。それに、最近釣魚島(尖閣諸島)の問題で、両国間の関係も一層深刻になってきた。中国でも、日本でも、いろんな矛盾で乱暴な振る舞いをした人がいた。確かに、それらの人は愛国の心を持っているが、扱う方法を間違えている。事実は事実である。誰でも以前の歴史を抹消することは出来ない。

 中国人の私にとっては、昔の残酷な現実を思えば、きっと心が痛くなるのだが、ずっと恨みを持って、両国の間の発展や、平和に悪影響を与えることもよくないと思う。だから理性を持って、国を愛する必要があるのだ。中国に来ている日本人でも、中国で発展している日系企業でも、中国と友好関係を作るという理念を持っているだろう。だから、中国人は、もっとこういう人、こういう企業を歓迎すべきだ。逆にしても同じである。日本人も日本にいる中国人、日本マーケットを開拓しようとする企業を歓迎すべきではないのか。

2.誠実に伝える
 人と人の間の付き合いで、最も重要なのは、誠実さと信実だと思う。国と国も人と同じだろう。留学しているうちに、日本人の多くはまだ中国の現状をよく知らないのだと気づいた。中国は近年目覚しく進歩してきているのに、ある焼き鳥屋さんに「中国って、今でもみんな自転車に乗っているの。」と聞かれたこともあった。

 中国人としての私は、もっと日本人に中国の本当の姿を知ってほしい。政治の問題にもかかわらず、どの国でも、人々の幸せが一番だと思っている。やはり平和を願っていて、国と国が仲良くしてほしい人は多いだろう。だから、私はどうしても、自分の感じた日本人の優しさ、礼儀正しさ等を中国人に伝えたい。それに、中国人の正直さと熱情も日本人に示したい。中国の本当に姿を知ってほしいし、平和を願って、友好関係を作りたいという気持ちを伝えたいと思っている。

 お互いに、誠実に接し、お互いによく理解し合うことこそ、友好関係を結ぶための第一ステージなのではないか。我々日本語学習者は留学、交流イベント、就職、旅行などの形でもっと真実な自分、真実な中国を日本の民衆に伝えよう。

3.交流を深め、相互理解
 ちょうど今年の7月、私は日本科学協会に招待され、日本を一週間見学した。東京での二日間、多くの日本大学生はボランティアとして、私たちを連れてあちこちで遊んだし、討論会、料理大会、カラオケ大会などを行って一緒に楽しんだ。みんなの親切さと情熱に強く感動した。こういう中日関係が深刻な時期こそ、こういう民衆間の交流は極めて重要だと実感した。

 今は、様々な交流や、観光旅行も盛んになってきた。日本の企業も中国で多く展開している。これらは全部交流の架け橋になると思う。どんな状況でも、こういう交流を絶えず、お互いに友好のために、手をつなぐことができれば、両者の関係はますます親しくなれるだろう。

 私たち一人ひとりの力はわずかだが、みんなの力は大きい。自分から出発して、自分から平和の理念を伝えよう。


日本との出会い


佳禾外語培訓学校 李翌寧

2.jpg 私は2010年に幸運的に日本の広島県にある大学に短期留学したことがある。短い留学生活を過ごしていたが、たくさんの暖かい思い出があり、今でもその時のことが映画のように自分の頭の中で浮かんでいる。

 初めて日本に着いた時、一人でとても寂しさを感じた。毎日一人で学校に通っていたが、周りの素晴らしい景色を観賞するどころではなく、楽しさを感じる気持ちでもなかった。退屈だとしか思わなかった。一日中、たくさんの授業を受けないといけなかったし、生活費のためにアルバイトもしなければならなかった。

 毎日四時間のバイトを終え、寝る時間を削って夜中の2時まで勉強を続けていた。週末にも徹夜しながら勉強したが、日本語のレベルが思ったよりうまく向上させることができなかった。学校でクラスメートとコミュニケーションする機会を避けていた私は誰とも接触しなくて、一人で静かなところにいるのが当時の選択だった。そのまま留学の生活が過ぎ去っていた。

 ある日、「もしよかったら、授業の後、一緒に食事でもしてくれませんか」と渡辺さんに話かけられ、「おや」と思っていた。渡辺さんと私は同じクラスである。彼女は私と友達になりたいといってくれた。日本語でうまく交流できない私を友達にしてくれるなんて、私はとても感動していた。

 その後、渡辺さんは私を自分の家に招いてくれた。私の悩みを優しく耳を傾けてくれたり、いろいろな励ましの物語を話したりしてくれた。「もし李さんは日本でこまったことがあったらどうするの?」と私に問いかけたことがある。あまり考えずに「だったら、国に帰る。」と私は答えた。

 渡辺さんはしばらく考えた後、「中国に帰るというのも一つの選択肢だが、でも中国の留学生として誇りを持って日本で勉強していてほしい。もちろん、困ったことがあったら、あきらめることは一番簡単であるが、一番難しいのはあきらめないでそれを乗り越えること、または前向きで挑み続けることである。進路が決まったものもそうでないものも関係なしに春は暦通りに来てくるんだから。」と言ってくれた。初めてこのようなことを言われた。外国人に心を開き、同じ社会の一員として受け入れてくれることがとても嬉しかった。

 たしかに、私のように短期留学あるいは、長年間留学生活を過ごしている留学生はたくさんあると思われる。そして、最初は私みたいに、日本人の学生と交流するのを避けている留学生もたくさんいるかもしれない。なぜならば、歴史などの問題ではなく、日本語が下手で、うまく自分が話たいことを相手に伝えることができなく、もし、話したことが文法と使った単語が間違ったら恥ずかしいと思うからである。

 でも、現実的に、留学生の言葉違いを見付けた時、あざ笑うのかわりに、まじめに、熱心に、留学生の気持ちを考えながら、間違ったところを正しく直してくれる方がもっと多くいる。

 今、日本と中国の関係は変わっていない。歴史は歴史として忘れることもないが、それは現在の中日友好を妨げにはならない。重要なのは現在と未来であると思う。もし、中国人と日本人がともに私のように、お互いに暖かさを感じることができたら、お互いに対する理解も深まっていくのではないかと思われる。

 中日関係に欠けているのは、中日両国住民の暖かさではなくて、欠けているのは暖かさを感じる心だと思う。

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