• もっと見る

日本科学協会が"今"やっていること

お役立ち情報、楽しいイベントやおもしろい出来事などを紹介しています。是非、ご覧ください。


<< 2024年05月 >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
プロフィール

日本科学協会さんの画像
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
リンク集
https://blog.canpan.info/kagakukyokai/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/kagakukyokai/index2_0.xml
中国の大学から届いた感想文(その5) [2008年03月04日(Tue)]
中国の大学から届いた感想文(その5)A


浙江工商大学 日本文化研究所 事務員 宋 頴(引率者)


訪日の感想


 1月24日〜31日は、充実した旅の八日間でした。
それまでは、色々なことが他人の描いたものばかりでした。日本は中国国内の大都市とそっくりで違和感がない、日本は言葉にならないほど清潔だ、日本人は電車内でしゃべらず静かにしている、など。中国のことわざに、噂は当てにならない、見るものこそが本当というのがあります。今回、幸運にも「日本知識クイズ大会」の入賞した選手達と自ら日本を体験することができました。これから、見聞した中で印象深かったものを復習してみたいと思います。

 初日の日本到着は夜でした。私たちを乗せた大型バスは東京市街地へ走り、まちまちながら秩序のある公告灯が宵闇に浮かぶ様子しか見えませんでした。路上には通行人も少なく、にぎやかな喧噪があり、歓声が沸き立つ都市だと思っていた東京も、本来はやはりライトアップされた場面だけだったのだなと感じました。これが日本に着いて最初の感覚――静けさです。
 日本では午後9時になると閉店しだすところが多いので、夜は町歩きに最適とは言えないのですが、これもまた初日から感じた夜の静けさです。もちろん、この手の静かさは夜の日本の専売特許というわけではありません。日本の電車でも同じような感覚を受けました。乗客はきちんと座り、うとうとしたり、本を読んだりしていて、立っている人がたくさんいても無表情に乗車しており、会話がたまに聞こえても声を抑えたものでした。このとき乗った電車では、携帯をいじっていたり、大声を出したりといった人は見あたりませんでした。中国国内での公共交通機関では見慣れて少しも珍しくない光景なのですが。

 「静か」の他には、「清潔」という印象があります。以前から日本は清潔だと聞いていたものの、何も特に感じてはいませんでした。しかし日本の通りを歩いてみると、本当に言葉にならないのです。果物の皮や紙くずもなく、目障りな痰の跡もなく、歩道も車道も清潔でした。横断歩道や車道の中央線などが記してある他は、道路そのものの濃い色でした。路上はゴミ箱一つ見つけるのすらたいへんなほど清潔でした。テロリストに危険物を置かれないよう予防するのと関係あるのかもしれませんが、日本人には歩きながらものを食べる習慣がすくないので、通行中に捨てたいものがあったとしても、まずは持ち歩いてゴミ箱のある場所に行ってから捨てるのでしょう。しかも普通のゴミ箱には分類があります。日本人の環境意識には敬服せざるを得ません。

 日本の建物は中国と比べると「小さくて細長い」もので、建物同士の間隔も明らかにとても狭いのですが、密集して建っているのに乱雑な感じがありません。初めはこの違和感が言葉にできなかったのですが、後になって徐々に気づきました。そもそも日本の建物には明らかに中国で言う「違法建築」がないので、「ぎっしり」な印象があるのです。空間が十分に使えるかは面積の広さによるのではなく、いかに合理的に十分に利用するかにかかっています。他にも、建物として最も重要なことはやはり実用性であり、ランドマーク性が第一ということは決してありません。私たちが見学した東京大学の外観については、赤門の入り口に着いたとき、少なからぬ学生がいたるところから「東京大学」の看板を探していました。この名門校に立派な正門がないとは、しかも有名な「赤門」さえ普通の赤く塗った木製の門で何も特別さがないとは信じがたいものがありました。キャンパス内の建物は少なからぬ「年期」を漂わせていたぐらいで、何もすごいところはありませんでした。東大そのものが名を轟かせる看板だから、何も鮮やかな外観で明示する必要がないのです。この質素さには殊勝なものがあります。身の処し方もこのとおり実務的でなければと思いました。

 こうした外観のショック以外にも、異なる生活習慣がいくつかありました。日本の人々が秩序を守るふるまいも忘れられないことでしょう。日本を小さなエスカレーターに喩えてみると、中国より狭くても、そこで「渋滞」に遭うことはありませんでした。東京ではエスカレーターに乗るとき、人がみな自主的に左側に立って右側を空けます。急いでいる人が通りやすくなるためで、とても秩序だっています。また、日本の道路も十分に広いとは言えないのですが、道路の渋滞やバス待ちの長蛇の列などには出くわしませんでした。もちろん、交通指導をする警察官もほとんど見あたりませんでした。東京や大阪の路上では信号の出現率が高くても車の通行速度に影響を与えていないようでした。日本に着いたとき、道路を渡るときは信号を守れと口酸っぱく言われました。ドライバーは信号で通行の可否を判断するから、信号無視をするとはねられる危険性が高くなるとのことでした。

 今回の訪日で、中国側の学生と日本の大学生数人が交流を持ちました。特筆に値するのは、私たちの訪日はちょうど日本の大学で試験期間中だったのですが、皆さんは自分からこの交流活動に応募して参加したということです。交流はチームに分かれて行なわれました。各チームの中国側教師と学生2名が日本の大学生に同行してもらい、行きたい場所(東京)に行き、一緒に乗車し、会食して、直接的な相互理解を深めました。皆さんとの交流で、日本側の学生はとても大人だと気づきました。一方では小さい頃からの教育なのかなと思いましたが、一方では彼らの社会経験から来ているものもあるに違いないと思います。なので、真面目さや優しさといった長所に気づくのは簡単でした。彼らのうちの多くが仕事も持っており、しかも従事する業務も幅広いものでした。私のチームだった高塚さんは神社に勤めたこともあるそうです。しかし、中国の大学生にはアルバイトをする人が少なく、しかもファーストフード、スーパー、衣料品店の店員か家庭教師に集中しています。あるいは、日本の学生は豊かに社会を見ているため、人との接し方がより社会人に近いというのが適切でしょうか。

 もちろん、私たち中国の学生も交流でよくやっていました。日本財団の会長を表敬訪問したときにはきちんとふるまっており、わがままや私語を抑えていました。しかし同じ年の人に会うと、距離のようなものがぐっと縮んだのか、夜に訪れた「船の科学館」では日本に着いてから見聞したことや思ったことを熱心に語り合っていました。このとき、私たちの学生も少しは大人のふるまいができました。つまり、異国の地の発達ぶりを目にすると同時に自国と自身の足りないところに気づき、謙虚に受け止めて改めていこうと思うようになったのです。勉強好きで、優れたものを自分の欠陥と比べて迅速に吸収する――これこそが私たち学生の特徴だと思います。中日の学生が相互に理解したと同時に、良好な関係を築くことができました。今回の学生交流は短いものでしたが、とても価値があったと思います。

 この他、書かずにはおけない嬉しかったことがあります。私たちの訪日団――黒龍江省、吉林省と華東地域の数大学からやってきた学生が非常に打ち解け、美しい沖縄を観光した興奮もあり、「川流会」が結成され、以降の連絡がしやすくなったことです。私たち学生が見せた活力や開拓精神にはとても感染力があったようで、すぐに同行の先生方や記者の皆さんも巻き込んでしまいました。
 たったの八日間で日本のあちこちを巡り、はかなく通り過ぎてしまったものの、毎日を充実して過ごすことができ、多くの新鮮な感触が得られました。もちろん、これは私の一方的な感覚なので客観性は足りないかもしれませんが、本当に感じたことなのです。




教育・研究図書有効活用プロジェクト室
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
コメント