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先輩研究者のご紹介 信田 尚毅さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2023年度「グリーンで安全な酸化反応を実現する電極メディエータの開発」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、横浜国立大学大学院工学研究院准教授(助成時)の信田 尚毅さんからのお話をお届けします。 グリーンで安全な酸化反応を目指して 横浜国立大学 大学院工学研究院 准教授 信田尚毅 私たちの身の回りにある医薬品や機能性材料の多くは、「酸化反応」と呼ばれる化学反応を経て合成されています。しかし、従来の酸化反応では、有害な試薬を使ったり、大量の廃棄物が生じたりすることが課題となってきました。そこで注目されているのが、電気を使って化学反応を進める「電解合成」です。電気は必要なときに必要な分だけ反応を進めることができ、環境にやさしく、安全な反応設計が可能になります。 本研究では、「グリーンで安全な酸化反応を実現する電極メディエータの開発」をテーマに、笹川科学研究助成の支援を受けて研究を進めてきました。 電解合成では、電極から直接分子に電子を出し入れするのではなく、「電極メディエータ」と呼ばれる分子を介して反応を進めることがあります。 このメディエータは、電極と反応分子の仲介役として働き、反応を穏やかに、選択的に進める重要な役割を担います。研究開始当初、私たちは「電子の受け渡しそのものを助けるタイプのメディエータ」を想定していました。ところが研究を進める中で、まったく予想していなかった現象が見えてきました。 実験を詳しく調べていくと、開発したメディエータは、電気を流して酸化されたときにだけ、相手の分子と弱く引き合う性質を示すことがわかりました(図参照)。この引き合いは「ハロゲン結合」と呼ばれるもので、磁石のように強く結合するわけではありませんが、分子同士の位置関係をうまく整える働きを持っています。重要なのは、このハロゲン結合が「電気を流したときだけオンになる」という点です。これまで、ハロゲン結合そのものは知られていましたが、電気化学的にオン・オフを切り替えられるメディエータは前例がなく、本研究で初めてその可能性が示されました。 このメディエータは、反応相手の分子を一時的に引き寄せ、反応しやすい形に整えます。その結果、強い試薬を使わなくても、穏やかな条件で効率よく反応が進むことがわかりました。まるで、無理に押すのではなく、正しい位置にそっと導くことで反応を成功させているような仕組みです。この考え方は、今後の電極メディエータ設計において、「どのように電子をやり取りするか」だけでなく、「分子同士をどう近づけ、どう整えるか」という視点の重要性を示しています。 本研究の成果は、Journal of the American Chemical Society誌に論文として発表することができ、また論文誌のカバーピクチャーに採択いただきました。当初の想定とは異なるメカニズムにたどり着いたことは、研究の難しさであると同時に、基礎研究ならではの面白さでもあります。今回見いだした「電気で切り替えられるハロゲン結合」という考え方は、今後、より安全で環境にやさしい化学反応の開発につながると期待されます。 笹川科学研究助成の支援によって、自由な発想で研究を進めることができたことに、心より感謝しています。 <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
先輩研究者のご紹介 高屋 浩介さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2023年度「深層学習で挑む新たな個体及び交雑種判別手法:情報科学と野外調査でオオサンショウウオの保全に貢献する」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、京都大学大学院農学研究科(助成時)の高屋 浩介さんからのお話をお届けします。 <高屋さんより> 人工知能(AI)の飛躍的な進歩により私たちの社会が大きく変わり始めています。私はこのAIの技術を生物多様性の保全に応用する研究を進めています。笹川科学研究助成をいただき、2本の研究成果を発表することができたので、ご紹介させていただきます。 【研究@AIをオオサンショウウオの個体識別に応用した研究】 野生動物を守るためには、対象となる種が野外でどのような生活をしているのか調べる必要があります。また、年齢や性別によって行動が変わる場合もあるため、様々な方法で個体を識別して観察する必要があります。例えば、鳥類では古くから足環が用いられており、両生類では小型のタグを体内に埋め込む手法などが用いられてきました。従来の方法でも対象種への負担を減らす配慮はなされてきましたが、私はAIの画像認識技術を動物の個体識別に応用できないだろうかと考えました。 オオサンショウウオは日本固有の特別天然記念物であり、絶滅が心配されています。オオサンショウウオの模様は個体ごとに異なるため、この違いを利用したAIによる個体識別に挑戦しました(図1)。具体的にはオオサンショウウオの写真を撮影し、個体ごとの模様の違いをAIに学習してもらいました(図2)。解析の結果、一定の撮影条件下においては、高い精度で個体識別をできることが分かりました。この方法は写真を撮影するだけなので、対象種に与える負担を最小限にできます。また、オオサンショウウオのような長寿命の生き物は(まだ研究中ですが60年以上生存した記録も報告されています)、1人の研究者が生涯を通じて追跡調査することが困難です。そこで、寿命に制約のないAIを活用することで、世代を超えた長期的なモニタリングが可能となります。また、市民科学でも本技術の応用が期待されます(図3)。この成果はScientific Reportsに掲載されました(Takaya et al. 2023) 【研究Aオオサンショウウオの交雑個体の識別にAIを応用した研究】 外来種は生物多様性の減少の要因の1つとされています。外来種と在来種が近縁である場合、両者の間で交雑個体が生じることがあります。多くの動物では交雑個体は繁殖能力を持たないのですが、日本のオオサンショウウオと中国のチュウゴクオオサンショウウオの交雑個体には繁殖能力があることが知られています。そのため、在来のオオサンショウウオの遺伝的多様性の保全の観点から、交雑個体への対策が求められています。交雑個体を特定するためには遺伝的な解析が必要ですが、私はAIを用いて模様で交雑個体を識別できないだろうかと考えました(図4)。解析の結果、オオサンショウウオとチュウゴクオオサンショウウオを親世代に持つ個体(F1世代)では、画像から交雑個体を特定できる可能性が示唆されました。もちろん、正確な交雑個体の特定のためには遺伝的な解析が必須です。しかし、写真からある程度の精度で交雑個体の識別ができれば、野外で交雑の疑いがある個体を迅速に特定することができます。この成果はEcology and Evolutionに掲載され(Takaya et al. 2023)、2023年度の掲載論文の中で閲覧数トップ10%にランクインしました(図5)。 【申請を検討されている方へのアドバイス】 私は博士後期課程の研究で助成をいただきました。学振に採用されなかった私にとって、本当にありがたい助成でした。笹川科学研究助成がなければ、上記の研究は遂行できなかったかもしれません。特に、野外におけるサンプリングにはどうしても不確定な要素が影響します。例えば、雨で増水すれば河川での調査はできません。相手は野生動物なので、都合良く現れてくれるとも限りません(図6)。その点、笹川科学研究助成は研究上必要であれば使用用途を柔軟に変更できるため、他の助成制度と比較して、研究者にとって非常に助かるものでした。また、学振の不採択通知を受け取ると「自分の研究に意味なんてないのかな・・・」と落ち込んでしまいましたが、笹川科学研究助成に採択されたことで前を向くエネルギーもいただきました。ぜひ、応募を検討されている方は積極的に挑戦してみてください。 現在、私は島根大学に講師として着任し、オオサンショウウオだけでなく、ツキノワグマやタヌキなどの哺乳類も対象種として研究を続けています。研究ができるありがたい環境に感謝しつつ、学生や次世代の研究者の育成にも力を入れることで、これまで私が受けてきた様々なサポートへの恩返しができればと考えています。最後になりましたが、金銭的にも精神的にも温かいご支援をいただいた日本科学協会の皆様に、心より感謝申し上げます。改めて、本研究に助成をいただき、ありがとうございました。 【参考文献】 Takaya, K., Taguchi, Y., & Ise, T. (2023) Individual identification of endangered amphibians using deep learning and smartphone images: case study of the Japanese giant salamander (Andrias japonicus). Scientific Reports, 13, 16212. doi.org/10.1038/s41598-023-40814-1 Takaya, K., Taguchi, Y., & Ise, T. (2023) Identification of hybrids between the Japanese giant salamander (Andrias japonicus) and Chinese giant salamander (Andrias cf. davidianus) using deep learning and smartphone images. Ecology and Evolution, 13, e10698. doi.org/10.1002/ece3.10698 <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
先輩研究者のご紹介 伊藤 愛さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2023年度「哺乳類と両生類から探る脊椎動物の陸生適応による心室心筋細胞の力学特性の変化」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、名古屋工業大学の伊藤 愛さんからのお話をお届けします。 <伊藤さんより> 私は、脊椎動物の心臓の機能や力学特性が生息環境によってどのように異なるのかに興味があり、研究を進めています。生物の活動を支える心臓は軟組織であるため、一般的には化石として残りません。そのため、地球環境の変化とともに脊椎動物の心臓がどのように進化してきたのかを明らかにするために、現生動物の心臓から進化の道筋を探るという方針で研究を行っています。 2023年度笹川科学研究助成では、上陸によって生息環境が水生から陸生へ移行した際に、心臓の機能や力学特性がどのように変化したのかを検討する研究に対して、ご支援をいただきました。これまでの研究により、水生に比べて陸生の両生類・爬虫類の心室の壁の方が厚く、コラーゲンを豊富に含んでおり、心室が硬いということが明らかになりました(図1)。 学生という立場で申請できる研究費助成は多くありませんが、笹川科学研究助成は助成額が大きく、使用用途の制限も比較的緩やかであるため、博士後期課程で研究の幅を広げる上で、大変有難い制度でした。実際に、本助成に係る研究の論文発表のみならず、その後の研究費獲得に繋がる基盤となる研究も支えていただいたと感じています。 2025年4月より、名古屋工業大学に助教として着任し、現在も同様のテーマで研究を継続しています。先日、ニュージーランド・オークランド(図2)で開催されたThe 13th Asian-Pacific Conference on Biomechanicsという学会では、本助成により得られた知見を発展させた最新の検討結果を発表しました。世界中の研究者との活発な議論を通じて、多くの新たな視点を得ることができました。 周囲の博士後期課程に進学予定の修士学生や博士後期課程の学生にも、本助成制度を積極的に勧めています。申請書を書くことは、自身の研究を客観的に見つめ直す良い機会になりますし、さまざまな能力が鍛えられます。私自身、応募当時は研究助成の申請書を書き慣れていなかったので、大変勉強になりました。これを読んでいる方も、ぜひ挑戦してみてください。 最後になりますが、研究の道を歩み始めたばかりの私に温かいご支援と挑戦の機会を与えてくださった日本科学協会の皆様に、心より感謝申し上げます。 <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
先輩研究者のご紹介 松代 雄太さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2023年度「鉱山集積場の植生遷移を促進するススキにおける内生菌が関与した耐性機構の解明」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、筑波大学大学院・生命地球科学研究群・環境学学位プログラム 博士後期課程2年の松代 雄太さんからのお話をお届けします。 <松代さんより> 2023年度笹川科学研究助成でご支援いただきました、筑波大学大学院・博士後期課程2年の松代雄太と申します。私たちの研究室では、鉱山跡地における植物とその内生菌(植物内部に生育する微生物)の相互関係を、野外観察や化学分析、組織解剖学的解析により解明することを目的とし研究を行っています。助成頂いた研究課題では、鉱山跡地に自生するススキとその根に生息する内生菌に着目し、研究を行いました。この場で、研究内容の概要について簡単にご紹介致します。 調査地の鉱山跡地(図1)は土壌に高濃度の重金属を含有し、また、地表を覆うものがなく直射日光を直接受けることから、地温変化が大きく、最高地温も高い環境となっています。このことから、調査地は重金属と高温ストレスが同時に存在する複合ストレス環境であると考えられます。ススキは日本各地の鉱山跡地に生育する先駆植物で、調査地においてもパッチ状に生育しており、ススキの根からは新種の内生菌Aquapteridospora sp.が分離されました。本研究では、調査地の重金属と高温の複合ストレス環境において、内生菌Aquapteridospora sp.がススキの生育に与える影響を明らかにするため、接種試験を行いました。結果として、内生菌を接種したススキ実生の方が、接種していないススキ実生と比べて生長が促進され、重金属や高温ストレスに対する耐性が増強されたことが明らかとなりました。現在、本研究の論文を投稿するため、準備を行っています。 笹川科学研究助成に採択された時、私は博士前期課程2年生でした。博士後期課程に進学して研究を続けたいという思いがあった一方で、特筆した研究成果などはなく、進学の決断ができずにいました。そのような中で、笹川科学研究助成に採択頂いたことが励みとなり、現在も研究を続けることができています。申請書の作成は博士前期課程1年生の時でしたが、比較的早い段階で研究を客観的に捉え、どのような点が学術的に面白いのか、どのように書けば多くの人に研究の面白さが伝わるのか、について考える機会を得たことは、私自身にとって有意義な経験となりました。学部生から申請できる、窓口の広い笹川科学研究助成だからこそ得られたものだと思います。また、採用後の助成金の管理を行ったことも、本助成を通して得られた有意義な経験であったと思います。一つの物品を購入するまでにどれだけの人が関わり、どれだけの書類が必要なのかを知ったことにより、研究ができることの有難さを再認識することができました。進路を迷っていた私にとって、笹川科学研究助成は人生を左右する大きな転機となりましたが、結果に関わらず、多くの人にとって人生を好転させるきっかけになるのではないかと思います。興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、迷わず挑戦することをお勧めします。 最後になりますが、研究をご支援くださいました日本科学協会の皆様に改めて心より感謝申し上げます。 <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
先輩研究者のご紹介 池下 雅広さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2023年度「円偏光燐光を示す常温液体キラル白金錯体の創成」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、日本大学生産工学部応用分子化学科の池下 雅広さんからのお話をお届けします。 <池下さんより> 2023年度笹川科学研究助成でご支援いただきました、日本大学の池下 雅広です。このたびは、執筆の機会をいただき、関係者の皆様に心より感謝申し上げます。今回は、本助成を通じて得た経験を共有し、今後申請を検討されている方々の一助となれば幸いです。 まず、今回の助成対象となった研究内容について簡単にご紹介いたします。私たちの身のまわりには、ディスプレイや照明、センサーなど、光を操る技術が数多く用いられています。なかでも近年注目されているのが、「円偏光」と呼ばれる、回転を伴って振動する特殊な光です。私たちの目は光の波長から色を認識していますが、円偏光では同じ色の光の中に「右回転」と「左回転」という二種類の情報を組み込むことができます。この円偏光を自在に生み出すことができる発光材料は、3次元ディスプレイや、特定のフィルターを通すと文字や模様が浮かび上がるセキュリティー材料など、次世代の光学技術に直結する研究テーマです。 私は現所属で一貫して円偏光を発する「円偏光発光性分子」の開発に取り組んできました。特にただ発光するだけでなく、学術的に"おもしろい"と思えるような機能を見出すことを目指して研究を進めています。今回の助成では、その中でも「常温液体円偏光発光材料」の開発に挑戦しました。ここでいう「常温液体」とは、水などの液体状の媒体に溶かしたいわゆる溶液ではなく、発光する物質そのものが液体である状態を指します。発光材料をディスプレイなどに応用する際には、通常、固体の発光物質を溶媒に溶かしてから薄膜に加工する必要があります。一方で、材料そのものが液体であれば、塗布して形を整えるだけでよく、加工の簡便化やデバイス設計の自由度が大きく向上します。 これまで報告されている円偏光発光物質のほとんどは固体であり、これは分子に機能を持たせようとすると構造が大きく・硬くなり、結果として融点が高くなるためです。そこで本研究では、発光性分子に柔らかい構造要素を導入し、融点を室温以下まで下げるという設計指針を提案しました。助成の申請にあたっては、事前検討によりこの設計方針の妥当性を実験的に示していたことが、研究の実現可能性の面で評価していただけたのではないかと考えています。様々な分子設計を検討しましたが、最終的に図1に示したような物質で当初の目標を達成することができ、成果を学術論文として発表することができました。本論文はオープンアクセスにしており、誰でも無料で閲覧することができるので、ご興味ある方はぜひご一読いただけると嬉しいです(URL: https://doi.org/10.1246/cl.230177)。また、合成検討を進める中で分子設計の幅が広がり、本成果を端緒として複数の関連論文を発表するに至りました。 私は博士の学位取得後、2021年に日本大学生産工学部に助手として着任しました。2007年の学校教育法改正以降、「助手」という職位は比較的珍しいのですが、学務の負担が少なく、自身の研究基盤を整えるには非常に良い期間だったと感じています。一方で、民間財団の助成金の中には応募資格を「助教相当以上」としているものもあり、職名に多少なりとも不自由さを感じる面もありました。そうした中、笹川科学研究助成は学生から若手教員まで幅広く応募できる制度であり、当時まだ研究成果が十分でなかった私にもチャンスがあると考え、申請を決意しました(助成を受けた2023年度に助教に昇格しましたが、申請当時は“助手”でした)。本助成を受けた1年間は、着任3年目という節目で、研究成果の発信が求められる非常に重要な時期でした。そのなかで、試薬などの購入費を気にせず研究に集中できたことは、若手研究者として大変ありがたい経験でした。また、着任当初10名(教員2名、学部学生8名)だった研究室は、今年度(2025年度)には22名(教員2名、大学院生9名、学部学生11名)にまで成長し、研究室全体に活気が生まれています(図2)。この発展も、本助成を通じて研究の基盤を築けたことが大きく寄与していると感じています。現在、助成金への申請を迷っている方がいらっしゃいましたら、ぜひ積極的に挑戦してみてください。実績の有無にかかわらず、研究に真摯に取り組む姿勢を評価してくださる制度だと思います。 最後になりますが、キャリア形成の基盤を築く貴重な機会を与えてくださった日本科学協会の皆様に、心より御礼申し上げます。本助成を通じて芽生えた研究の種を、今後しっかりと花開かせられるよう、これからも全力で研究に取り組んでまいります! 笹川科学研究助成を受けて出版された論文 M. Ikeshita, T. Oka, M. Kitahara, S. Suzuki, Y. Imai, T. Tsuno “Circularly Polarized Luminescence of Chiral Schiff-base Boron Difluoride Complexes Liquefied with Polyethylene Glycol Chains” Chem. Lett. 2023, 52, 556–559. M. Ikeshita, N. Hara, Y. Imai, T. Naota “Chiroptical Response Control of Planar and Axially Chiral Polymethylene-Vaulted Platinum(II) Complexes Bearing 1,1'-Binaphthyl Frameworks” Inorg. Chem. 2023, 62, 13964–13976. M. Ikeshita, S. Watanabe, S. Suzuki, S. Tanaka, S. Hattori, K. Shinozaki, Y. Imai, T. Tsuno “Circularly polarized phosphorescence with a large dissymmetry factor from a helical platinum(II) complex” Chem. Commun. 2024, 60, 2413–2416. M. Ikeshita, M. Ichinose, T. Tsuno “Luminescent solvent-free liquids based on Schiff-base boron difluoride complexes with polyethylene glycol chains” Soft Matter 2024, 20, 2178–2184. <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
先輩研究者のご紹介 近藤 湧生さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2023年度「メダカの学校はどうやってできる?ミナミメダカにおける「群れ」の形成過程の解明」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、大阪公立大学理学研究科動物社会学研究室の近藤 湧生さんからのお話をお届けします。 <近藤さんより> 日本で育った方でしたら、多くの方が「メダカの学校」という童謡をご存知なのではないでしょうか?「めだかの学校は川の中…♪」という歌詞で始まるこの曲のように、メダカは群れで泳ぐ姿がよく知られています。でも、この「群れ」はどのようにして形成されるのでしょうか?そして、メダカは「なわばり」を持つとも言われていますが、それはいつ、どのように作られるのでしょうか?私はこれらの疑問に答えるため、メダカの行動を野外と水槽の両方で観察するアプローチから研究を展開しています。助成期間に取り組んだのが、野外での観察です。世界中でモデル生物として実験室で研究材料として用いられているメダカですが、実は野外での生態観察はほとんど行われておらず、実際のメダカの生活、つまり「メダカの学校」の様子を調べた報告はありませんでした。野生のメダカが実際にどのような生活を過ごしているのかを観察するため、長時間の撮影手法を開発しました。GoProカメラに大容量SDカードとモバイルバッテリーやモバイル電源を組み合わせることで、24時間以上の連続撮影を可能にしました。日中は高温でカメラが停止してしまうこともありましたが、最も観察したかった夜間から早朝にかけての撮影には成功しました(図1)。 そこで見えてきたのは、実験室で観察されてきたメダカの生態とは異なる実際のメダカの生態でした。野外観察では、岐阜県岐阜市の川で2023年7月〜8月に、午後9時〜翌朝午前5時までのメダカの行動を水面上からビデオカメラで赤色光ライトを使用して撮影しました。まず、撮影した映像を解析し、産卵開始時刻の特定を行いました。メスは産卵後の数時間、お腹に数個〜20個程度の卵をぶら下げて泳ぎます。3日間分の動画において、お腹に卵をぶら下げたメスが午前0時頃から見られたことにより、深夜に産卵が開始することが分かりました。撮影期間中の日の出時刻は午前5時頃であったため、従来考えられていたよりもはるかに早い時間帯に産卵が始まることが分かりました。次に、夜間の活動パターンの解析を行いました。午後9時〜午後11時は活動量が少なく、多くの個体が休息していると考えられました。活発な行動の指標である「1個体で遊泳」の頻度は、午前0時以降に増加し、午前1時〜午前3時に高くなりました(図2a)。対して、ほとんど動かない状態である「定位行動」の頻度は、午後9時〜午後10時が最も高いことが分かりました(図2b)。また、オスの求愛行動である、メスを追いかける「したがい」と、メスの前で素早く回転する「求愛円舞」については、午前0時以降に顕著に増加し、特に午前2時〜午前3時に多いことが明らかになりました(図2c、d)。 笹川科学研究助成をいただき、本当に助かりました。特に、野外での撮影機材や個体識別用の蛍光マーカーなど、新しい研究プロジェクトを立ち上げるために必要な物品を柔軟に購入できたことが、研究をスムーズに進める上で非常に助かりました。この助成により、野外と室内を組み合わせたアプローチが可能になったことが大きかったです。現在は、引き続きメダカの生態解明に向けた野外と実験室の統合アプローチを大きく展開できました。 笹川科学研究助成は、大学院生や若手研究者が申請できる貴重な研究助成の一つです。申請書を書くという作業は確かに大変で時間のかかる作業です。しかし、それ自体が自身の研究を見つめ直し、計画を練り直す良い機会になります。仮に不採択になってしまっても、修士論文、博士論文または論文を書く際に考えたロジックは必ず生きてくるはずです。また、専門外の方にも分かるように説明する練習にもなりました。実際の研究でも、学会発表や論文執筆、または就職活動でもその時と場合に応じて、専門外の方に研究を伝える機会は多いので、この経験は非常に役立つはずです。もし研究に必要な機材や調査費用に悩んでいる方がいらっしゃれば、ぜひ挑戦してみてください。基礎研究であっても、萌芽的な研究であっても、研究の面白さと重要性をしっかりと伝えられれば、チャンスは十分にあります。 最後になりましたが、本研究をご支援くださった日本科学協会の皆様、そして研究にご協力いただいた全ての方々に、心より感謝申し上げます。 <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
先輩研究者のご紹介 青木 要祐さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2022年度「旧石器―縄文時代移行期の津軽海峡を越えた人類集団の接触―黒曜石原産地分析を中心に―」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、東北大学埋蔵文化財調査室・専門職員の青木要祐さんからのお話をお届けします。 <青木さんより> 私は、日本列島のほかロシア・韓国などを含む環日本海地域をフィールドとし、石器に使われた石材や、石器の作り方を中心に研究しています。主な研究対象としている黒曜石という石材は、溶岩が冷えて生成される火山岩の一種です。割るとガラスのように鋭い割れ口ができるため、旧石器時代〜縄文時代を中心に、石器石材として好まれました(図1)。また、生成元の溶岩ごとに化学組成がわずかに異なるという性質をもちます。私はこの性質を活かし、日本列島の各原産地で採取した原石と遺跡から出土した黒曜石製石器の元素組成を比較することで、その石器がどの原産地で産出した黒曜石で製作されたのか、を研究しています。遺跡を残した人類の活動領域や交易範囲、集団の由来を科学的に明らかにすることができる手法です。 例えば、後期旧石器時代の終わり頃(約1万9千〜1万5千年前)に北海道から本州へ南下した人類集団が残した石器(白滝型細石刃石器群)を分析したところ、東北地方〜岐阜県に分布する遺跡のほぼ全てで、秋田県男鹿半島で産出する黒曜石が搬入されていたことを明らかにできました(図2、青木ほか2023)。北海道から南下し本州を拡散していくなかで、男鹿半島周辺が拠点的な役割を果たしたものと考えられます。これは他時期の集団には見られない傾向です。日本海沿岸を南下していく中で、大きく突き出た男鹿半島がランドマークとなった可能性も想起されるでしょう(図3)。こうした可能性の検証のため、今後も多方面から研究を進めていきます。 私は博士課程ののち、新潟大学に助教(任期付き)として着任しました。着任後、科研費の応募準備を始めたのですが、年度途中(8月)着任だったために「研究活動スタート支援」には応募できず、かといって「若手研究」等の応募には準備期間が短い、という状況でした。そうしたなか本助成に応募し、採択していただけました。科研費は不採択だったため、本助成によって研究を続けることができ、安堵したことを覚えております。その後成果を重ね、再度応募した科研費では無事採択され、現在まで研究を継続できています。2024年度末には、本助成やその後の研究成果をまとめ、単著(図4、青木2025)も刊行することができました。科研費に比べて本助成の期間は1年間と短いものの、不安定なキャリアの期間にご支援いただけたことは、年数以上に重要であったと考えています。 日本科学協会が重視されてきた、学生や任期付き研究者への支援が今後も継続、発展されていくことを祈念いたします。 引用文献 青木要祐2025『海峡を越えた旧石器人類―東北日本における細石刃石器群の技術と石材の変化』新潟大学人文学部研究叢書20 知泉書館 青木要祐・佐々木繁喜・傍島健太 2023「本州における白滝型細石刃石器群の石材獲得・消費戦略」『旧石器研究』19 pp.39-58 日本旧石器学会 <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
先輩研究者のご紹介 池田 颯希さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2023年度「コケ食ダニの多様性と進化:コケ食の起源と寄主利用パターンの究明」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、京都大学大学院理学研究科の池田 颯希さんからのお話をお届けします。 <池田さんより> ダニ類は、生命が存続できるあらゆる環境に生息するといえるかもしれません。例えば、南極の氷上で藻類を食べているダニ類もいれば、人間の眉毛の毛包に生息するダニ類もいます。私は、ダニ類の多様性がどこまで及んでいて、それがいかにして生まれたのかという点に興味を持ち研究しています。 これまでに取り組んできた課題は、コケ植物のみを食べて生きるダニ類の自然史を明らかにするというものです。以下に、研究の概要を記します。 コケ植物は、セン類、タイ類、ツノゴケ類の3つのグループからなる陸上植物です。植物体は小さく、野外ではそれぞれが密に集合して、しばしばコロニーを形成します。多くの節足動物がそれを住処として利用しますが、餌とする分類群は極めて稀と考えられています。ただし、近年ではコケ食性昆虫の発見が相次いでおり、そこに潜む未知の多様性が窺えます。 マルヒシダニ属(汎ケダニ目:ナガヒシダニ科)は、体長0.5 mmほどの赤いダニ類です。世界から約140種が既知で、その分布域は南極大陸を除く全ての生物地理区に及びます。約半世紀前、北アメリカでの調査にて、本属のうち4種がセン類専食性であることが確かめられました。この発見はダニ学の枠を超え注目されてきましたが、続く研究はほとんど無く、他にどのくらいセン類食性種がいるのか、セン類といかにして関わるのかといった問いは未解決のままでした。 そこで本研究では、西日本を中心に大規模な野外調査を行いました。その結果、36地点から10種のセン類食性種を発見しました(Ikeda et al. 2024a)。分子・形態形質に基づき分類学的な検討を行ったところ、全てが日本未記録種であると分かりました。そのうち2種は新種で、2種は極東ロシアとの共通種、1種は全北区に広域分布する種であったと報告しました(Ikeda et al. 2024b, 2025)。セン類食性種の食草利用についても興味深い結果が得られました。食草記録が十分に集まった4種のうち3種は、広範で重複した分布域をもつにも関わらず、互いに異なる系統のセン類を餌とする傾向がありました。残りの1種は、幅広い系統のセン類を食べる広食性であると推察されました。こうした成果等により、セン類食性種の見過ごされていた多様性を明らかにし、その進化史に初めて光を当てました。 〈写真2〉(a) ネズミノオマルヒシダニ [Ikeda et al. (2024b) で新種として記載]。 (b) ヤスリマルヒシダニ [Ikeda et al. (2025) で新種として記載]。 スケールバーは0.1 mm。 笹川科学研究助成は、学部生でも応募できる数少ない研究助成金の一つです。大学院進学に伴い研究室を変えた私にとって、修士一年時から自身の研究予算がある状況はとても励みになりました。また、早い段階で申請書執筆や助成金の管理を経験できたことは、その後の研究生活を支える糧になりました。助成期間中は、研究計画・予算変更にも柔軟に対応頂けたので、研究に最大限専念できました。本助成金への申請を検討されている皆様におかれましては、是非チャレンジしてほしいと思います。 参考文献 Satsuki Ikeda, Yuya Inoue, Yume Imada. 2024a. Unveiled species diversity of moss-feeding mites (Stigmaeidae: Eustigmaeus): a research on their distribution, habitat, and host plant use in Japan. Experimental and Applied Acarology. 93(4):721–741. DOI: 10.1007/s10493-024-00954-z. Satsuki Ikeda, Yume Imada, Takafumi Nakano. 2024b. A new species of the genus Eustigmaeus (Trombidiformes: Prostigmata: Stigmaeidae) and the first record of E. extremiorientalis in Japan. Zootaxa. 5538 (3): 233–246. DOI: 10.11646/zootaxa.5538.3.2. Satsuki Ikeda, Yume Imada, Takafumi Nakano. 2025. A new species of Eustigmaeus (Prostigmata: Stigmaeidae) and the first records of two congeners, E. pseudolacunus and E. rhodomelus, from Japan. Systematic and Applied Acarology. 30(4):664–680. DOI: https://doi.org/10.11158/saa.30.4.3 <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
先輩研究者のご紹介 舩越 逸生さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2022年度「末梢筋の運動単位協調構造から解明する高齢者歩行速度低下要因」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、埼玉県立大学大学院の舩越 逸生さんからのお話をお届けします。 <舩越さんより> 笹川科学研究助成に興味をお持ちの方,日本科学協会に関連する皆様,当ブログを閲覧いただきありがとうございます.また,執筆の機会を与えてくださった担当者様にも感謝申し上げます.今回は本助成金を受けた体験談を僭越ながら皆様に共有できればと思います. 私が所属する国分研究室では,実験動物を対象とした筋骨格系のMechanobiology研究と,ヒトを対象としたKinesiology(生体力学や運動生理などを包括した分野)に関する研究を行うことで,基礎研究の成果をヒトへ応用していくことを試みています. 私の研究では,ヒトを対象として加齢に伴う歩行速度低下の要因を筋活動から解明することを目指しています.筋活動を運動単位(筋を構成する複数筋線維それぞれに接続する運動神経)レベルの発火活動で細分化し,既に計測されている表面筋電図(皮膚表層から記録される上記運動単位の活動を全て加算したもの)では明らかにすることのできない運動における神経筋活動パターンの一部を明らかにしました.特に若年健常者におけるふくらはぎの筋を構成する3筋の運動神経活動パターンが足し合わされることで,歩行中に計測される力学データ(蹴り出し力)等と関連し,かつ歩行速度に応じた変化を示しました.残念ながら,研究当時はコロナ禍であったため,高齢者を対象とした計測は行えませんでしたが,歩行速度低下要因を探るための基礎的な結果を得ることができました. 笹川科学研究助成を通して,今振り返って思うことは,端的に述べると自信を得ることができたということです.自分自身が面白いと思い始めた研究が評価されることは,どのような形であれ誇らしいものであり,研究を推進するモチベーションとなりました.また,助成金により,研究に必要な物品等の購入を自立して行うことができ,また学会発表の旅費を賄うことができるなど,資金面でも研究計画を実施していく上での大きな原動力となりました.また,コロナ禍での研究活動というイレギュラーな経験は,今後の研究生活に向けて大きな糧になったと感じています. 現在は,都内の整形外科クリニックで理学療法士として働きながら,卒業大学の修士研究員として研究を継続しております.昨年度にはスロベニアで開催されたサマースクール(Hybrid Neuro 2024)で発表するなど研究活動を継続し,研究を楽しんでおります.皆さんにも,自分が楽しいと思える研究に全力を尽くしていただければと思いますが,その過程で笹川科学研究助成の素晴らしいサポートを得て,それぞれの研究を大きく発展させていただく機会になりますことを願っております.私自身も,笹川科学研究助成に育てていただいた研究を今後も発展させ,多少なりとも社会に貢献していくことができるよう頑張っていきたいと考えております. <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
先輩研究者のご紹介 尾山 匠さん
こんにちは。科学振興チームです。
本日は、2022年度「低密度分布に応じたハゼ科魚類の性表現の可塑性に関する研究」という研究課題で笹川科学研究助成を受けられた、広島大学大学院統合生命科学研究科の尾山 匠さんからのお話をお届けします。 <尾山さんより> 私が研究しているミジンベニハゼは、体長2–3cm程の小型で、鮮やかな黄色い体色の海水魚です(写真1)。その見た目の可愛さから、レジャーダイバーの間ではアイドルのような存在になっています。そんなミジンベニハゼですが、かわいいだけではなく非常に興味深い生態を持っていることが分かってきました。今回はその研究成果の一部をご紹介いたします。 ミジンベニハゼは、海底にポツンとある貝殻や瓶に生息しており、ペアで繁殖します。一方で、フィールドで観察していると単独個体も散見されます。この単独個体が繁殖するためには、他個体とペアを形成する必要があるはずですが、もし出会った相手が同性だった場合は、その出会いは無駄になってしまうのでしょうか。ただし、もしミジンベニハゼが性を変えることが出来れば、そんな状況にも難なく対応できるはずです。そこで、私たちの研究チームは、ミジンベニハゼがオスからメス、メスからオスどちらへも性転換できる双方向性転換をみせると仮説を立て、飼育実験と野外観察による研究をスタートさせました。 研究対象種が性転換するかどうかを確かめる最も単純な方法は、オス同士、メス同士を同居させる飼育実験をすることです。この実験で正常な繁殖による受精卵が確認できれば、少なくとも片方の個体は性転換したことが分かります。そこで、水槽内で同性のミジンベニハゼ2個体を同居させる実験を行いました。その結果、2週間から1か月ほどでオスの同居とメスの同居どちらの水槽でも正常なペアでの産卵行動と受精卵が確認できました。つまり、仮説通りにミジンベニハゼが双方向性転換をすることが明らかになったのです。 生涯に雌雄双方の性を機能させうるものを雌雄同体と呼びます。魚類における雌雄同体は約500種で知られており、その中でも双方向性転換は、現在までに70種ほどで報告されています。よって、ミジンベニハゼが双方向性転換をするということ自体は珍しいことではありません。しかし、繁殖に欠かせない生殖腺構造を観察すると、ミジンベニハゼには他の魚ではあまり見られない特徴が存在することが明らかになりました。 写真2は組織切片によるミジンベニハゼの生殖腺の断面を示しています。繁殖ペアにおいてオスとして機能していた個体はすべて、発達した精巣と未熟な卵巣が見られる「オス型」の生殖腺を保持していました。一方で、メスとして機能していた個体からは、2タイプの生殖腺の発達状態が確認されました。1つ目は卵巣が発達し、精巣が未熟な「メス型」、2つ目は卵巣と精巣どちらも発達した「同時成熟型」です。さらに、「同時成熟型」は単独で飼育した個体からも観察されました。しかし、メスと単独個体は、わざわざ発達した精巣を維持する必要は無いように思えます。ではなぜメスと単独個体が「同時成熟型」の生殖腺を保持していたのでしょうか? この謎を解明するために、鹿児島県のフィールドで野外観察を実施したところ、「同時成熟型」の生殖腺を保持するメスと単独個体は、ペアの解消や新たなペアの形成といった社会変化を頻繫に経験していることが分かりました。つまり、ミジンベニハゼのメスと単独個体は、繁殖相手が変わっても次の相手の性にかかわらず、すぐに繁殖を開始できるように、発達した卵巣と精巣どちらも準備していたのです。また、同性の個体がペアリングした際には、双方向性転換により繁殖可能なペアが形成されることも確認しました。このように、ミジンベニハゼは、双方向性転換と同時成熟型の生殖腺という特徴を活かし、すみやかに繁殖ペアを成立させていたのです。ミジンベニハゼは、魚類の中でも最も柔軟な性様式の一つを示す種であることが明らかになりました。 私は博士進学前に社会人として働いており、このミジンベニハゼを対象とした研究を発展させるために退職し、博士課程に進学しました。当時は研究費の確保に対する不安も大きかったですが、笹川科学研究助成に採択していただいたことにより、必要な研究環境の整備やフィールドワークを行うことが出来ました。また、申請書の作成を通して、自身の研究を客観的に捉えて文章化することは、研究はもちろんのこと、その他の活動にも生かすことのできる貴重な経験となっています。応募を検討されている方々は、ぜひ挑戦してみてください。 最後に、研究を支援し、親切にご対応いただきました日本科学協会の皆様に感謝申し上げます。 尾山 匠 参考文献 Oyama T, Sonoyama T, Kasai M, Sakai Y, Sunobe T (2023) Bidirectional sex change and plasticity of gonadal phases in the goby, Lubricogobius exiguus. J Fish Biol 102:1079–1087. doi:10.1111/jfb.15363 Oyama T, Sunobe T, Dewa S, Sakai Y (2024) Fluctuating population density of the goby, Lubricogobius exiguus, during the breeding season with artificial nests at Oto Beach, Kagoshima, southern Japan. Ichthyol Res. doi:10.1007/s10228-024-01001-y Oyama T, Sunobe T, Sakai Y (2025) Functions of bidirectional sex change and simultaneously hermaphroditic phase gonads in the monogamous goby, Lubricogobius exiguus. Ethology. doi: 10.1111/eth.70001 <以上> 日本科学協会では過去助成者の皆様より、研究成果や近況についてのご報告をお待ちしております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 ※テキスト、画像等の無断転載・無断使用、複製、改変等は禁止いたします。
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