CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« ボランティア募集 | Main | 差別とは…»
プロフィール

条例の会・仙台さんの画像
条例の会・仙台
プロフィール
ブログ
 全 体 会 議 
 定期 ニュース 
会議日程と報告
最新記事
検索
検索語句
カテゴリアーカイブ
リンク集

ジオターゲティング
Google

Web全体
このブログの中
最新コメント
https://blog.canpan.info/jyourei/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/jyourei/index2_0.xml
【募集】事例大募集!差別、虐待をされた、又は、こんな良い対応をしてもらえた、そんな事例を送ってください [2016年08月02日(Tue)]
条例の会仙台 各位
皆さん、こんばんは


以下、DPI日本会議からの情報です
DPIでは、差別、虐待をされた、又は、こんな良い対応をしてもらえた、そんな事例を募集しています

差別・虐待体験がある方は、ぜひDPIに寄せて下さい。国の政策の意見となります。
また、知り合いにも、事例募集の広報をして頂けると助かります

宜しくお願い致します


--------------------------------------------------

こんにちは、DPI日本会議事務局長の佐藤聡です。

昨年も差別事例をDPI事務局まで
お送りくださりありがとうございました。
2年間で670件も事例が集まりました。

事務局では、事例を1つ1つ分析し、
毎年3月に成果報告会を行っております。

成果報告会で報告した、事例分析の結果、
一部の事例については、下記ご覧ください

▽2014年度 事例分析報告資料
http://goo.gl/w1qUKm

▽2015年度 事例分析報告資料
http://goo.gl/pldRrM

この事例が、昨年の対応要領対応指針づくりで大活躍しました。
実際にいまの日本で、こういった差別があるという
具体的な提案をすることによって、多くの人が理解してくれるのです。
差別事例は宝だなと思いました。

差別解消法は残念ながら100点満点ではありません。
1.差別の定義が不十分(間接・関連差別が明記されていない)
2.合理的配慮の提供が民間は努力義務にとどまる
3.紛争解決の仕組みが不十分

この3つの課題を改善することが必要です。
2019年に第一回の見直しが予定されており、ここで素晴らしい法律に
バージョンアップさせていくことが次の大きな目標です。

DPIでは、これから様々な企画を実施していきたいと思っております。
そしてやっぱり差別事例です。これを毎年継続して集めて、見直しにつなげていきたいと思います。
ということで、今年も事例を大募集します!
ウェブ上からも事例を記入できます。

さらに、合理的配慮の事例も大募集します。
「こういう配慮をしてもらって非常に良かった」という事例を集めて、
どんどん提案していきたいと思います。

じゃんじゃんお送りください!
差別事例は法律をバージョンアップさせる宝です。ぜひとも多くの事例をお送りくだいますようお願い申し上げます。

▽チラシ(ワード)
http://dpi.cocolog-nifty.com/website/work2/1.15jirei_tirasi.docx

--------------------------------------------------
       事 例 大 募 集!
差別、虐待をされた、又は、こんな良い対応をしてもらえた
     そんな事例を送ってください
--------------------------------------------------

■事例送付方法
1.ウェブフォームからの入力
 下記、アクセスし、事例を入力下さい

 ▽差別・虐待・合理的配慮不提供の事例 入力フォーム
  https://goo.gl/llgxK6

 ▽合理的配慮の好事例 入力フォーム
  https://goo.gl/Sv5u2M

2.メール、またはファックスでの送付
 下記フォーマットに事例をご記入の上、DPI日本会議
 (メール:tenji.begin@dpi-japan.org又はファックス03-5282-0017)まで
 お送り下さい

 ▽事例記入フォーマット(ワード)
  http://dpi.cocolog-nifty.com/website/work2/2.15jirei_format.doc

 ▽事例記入フォーマット(記入例、ワード)
  http://dpi.cocolog-nifty.com/website/work2/3.15jirei_format_ex.doc



◆締め切り:9月30日(金)◆

◇お問合せ先
〒101-0054
東京都千代田区神田錦町3-11-8
武蔵野ビル5階
認定NPO法人DPI日本会議
担当:田丸(たまる)、鷺原(さぎはら)、笠柳(かさやなぎ)
電話:03-5282-3730、ファックス:03-5282-0017
メール:tenji.begin@dpi-japan.org


以上
情報までに

事務局
「条例の会 仙台」に寄せられた差別体験事例数(2010年10月20日 時点) [2011年08月22日(Mon)]
「条例の会 仙台」に寄せられた
差別体験事例の数

2010/10/20 時点



■差別事例 11分類(件数)

教育 16
労働 7
商品及びサービスの提供 18
公共交通 19
建築・道路・トイレ 16
福祉 10
医療 9
情報保障 3
不動産の利用・取得 14
選挙及び政治参加 5
その他 20

(総数 137件)



■差別の温床事例 4分類(件数)

いじめ 7
偏見 38
無理解 49
その他 37

(総数 131件)



■虐待事例 5分類(件数)

身体的虐待 5
経済的搾取 6
性的虐待 4
精神的虐待 18
放置 3

(総数 36件)



■寄せられた事例の合計

・差別事例 11分類 137
・差別の温床 4分類 131
・虐待事例 5分類 36

(総数 304件)
「条例の会仙台」に寄せられた差別体験事例 (1/3) [2011年08月19日(Fri)]
「条例の会仙台」に寄せられた差別体験事例 (1/3)

2010/10/20 時点


差別事例の11分類


1.教育

・小学校の時、学芸会や運動会に参加させてもらえず、いつも親と一緒に見学をしていた。

・中学校にエレベーターを設置して欲しいと教育委員会に要望したが、「障がいのある子どもは養護学校に行くので必要ない」と言われた。

・高校の時、「親の付き添いがないと修学旅行にいけない」と言われ、行かなかった。

・7歳で小学校へ行けなかった。

・聴覚障がいの友人が大学のプレゼンで手話通訳を使いたいと大学へ言ったが、大学としては通訳を雇えないと断られてしまった。

・幼稚園に行けなかった。

・地域の高校へ行きたかったが、設備がないと教育委員会から断れらた。

・養護学校に入学する時に地元の学校へ入ることが出来ず、車で1時間掛けて学校まで通った。

・聞こえない人は大学へ行けない。

・学校の体育の時間はいつも見学をさせられていた。

・就学時に入所した方が良いと就学判定会議に判断されたが、判定した人は誰もその入所施設を見たことがなかった。

・制度そのものに差別がある。学校に入れないのは何故?義務教育なのだから、公幾を受けさせることはできないのか?

・動けなくても普通の学校に通えるようになれば、心ある子どもに育つのではないか。親自身が近所に知られたらどうしよう、と隠しがちである。

・親がどこかに謝りに行くと、子どもたけではなく保護者自身も障がい者かと聞かれた。

・兄弟と同じ学校に通えなかったのが、差別として考えると大きかった。県内に無く、県外の学校に通って、親・兄弟・友達と離れていったのが辛かった。

・クラスメイトに知的障がい児がいた。いじめとか色々あった。社会人になった時、子どもの時の事が、こうゆう事だったのかと分かった。

・その子にその作業は無理なのでさせないでください。

・兄弟と同じ学校に入れず養護学校に行けと言われた。

・学校で教師が友人に自分とは遊ぶなといって、その友人も自分のところに遊びに来なくなった。

・(小学校の教員の経験から)各クラスから児童会役員の候補者を出すことになった。なりたくない子どもたちが知的障害のある子を候補者に選ぶことがあった。(それに有効な指導ができなかった自分の反省として今も心に残る)

・医師から「働けないよ」と言われる(精神)

・差別ではないかも知れないが、学校からの帰宅に移動支援が使えず不都合と感じている親子が多い。

・息子さんくらいの障がいの重い子がうち(地域の学校)に来ても何も学べないでしょ」と言われた。結局地元の学校をあきらめた。

・小中学校へのエレベーター設置(ここ10年位のところでは、設置されてきたが8割9割は未設置)

・学生時代親の付き添いを強制され、毎日母親が学校にいく介助をしていた。




2.労働

・仕事は時間との闘いだ。よって雇用問題がある。(就職をする場が制限されている)

・今の作業所に来る前、牛乳配達のアルバイトをしていました。障害を隠していました。いい年をした男性が牛乳配達なんてという相手の思いも分かり、「何があるかしらんけど、3ヶ月でやめんといてや」と初めに言われました。

・会議の雑談時に内容が分からない。特に周囲の人が笑っている時には孤独を感じる。

・会社の会議や研修で手話通訳をつけてくれない。

・就職面接の際、「うちの職場はエレベーターがないので、車椅子の人は採用できない」と言われた。

・10代の頃に、うつ病。就職活動中「健康である人」とあるので、嘘をつくのが申し訳ない。

・作業所に通う成人女性賃金よりも、給食費や移動にかかる費用の方が多く、働いているのにそれはおかしいと感じる。

・ふれあいワークフェアなどの面接会の場でも「知的障害の方は採用しません」と言われる。

・仕事がない。知的で50歳をすぎると受け入れも指導先もない。

・就労にあたり、障碍者雇用枠の求人で「身体障害の人」と伝われていた(求人にはのっていない)




3.商品及びサービスの提供

・映画館の売店で物を買い、「席まで運んでもらえますか?」と聞くと、「うちではそのようなサービスは行なっていません」と言われた。

・保険に「障害がある」というだけで入れない場合がある。また、障害があって取れない資格がある。

・研修の打ち上げの店選びの際、まだ入れるはずなのに店員に「いっぱいです」と言われてしまった。

・お店に入るとき段差があったので、「手伝ってください」と言ったら、入店を拒否されてしまった。

・ボランティアサークルでの合宿時、ある重度の知的と身体を持つ女の子が参加するなら宿泊は無理だと断られた。

・買い物をしていたら、店の人から悪くなりかけた品物をカゴに入れられた。

・駅の食堂で「車椅子は大変だから入らないで下さい」と言われた。

・通り道や入り口の前に自転車があり、通れないことがあった。

・スロープがあるのに、プランターなどがあり意味が無い。

・遊園地で「車椅子の方は入れません」と言われた。

・近くのレストランは段差があって、いつも入る時従業員が見ているだけで手伝ってくれない。

・ファミリーレストランに車椅子の方と大勢で予約を取ろうとすると、「スペースが無いので無理です」と言われ、断られた。(その店は200席以上もあるのに)

・居酒屋にて、健常者スタッフが「8名お願いします」と言うと「どうぞ」と言われたのに、車椅子数台を見たら断られてしまった。

・レストランのメニューに写真が載っていない為、文字が読めない方はメニューが選び辛かった。

・本屋で車椅子の障がい者が本を選んでいたら、「こんな狭いところに車椅子で入ってくるな」と怒鳴られたそうです。

・自閉症の子を持つ母親が飛行機を利用した際、シートベルトを子供が極端に嫌った為、膝の上に乗せて抱いていたところ、客室乗務員から利用を断れた。(ニュースで見た話)

・行先の店に昼の時間帯に行ったら、忙しいからと断られた。

・レストランや受付で本人が話しているにも関わらず、相手が介助者と話す事がある。もっと自分を見てほしい。最初から無視した態度が見られ腹が立つ。

・飲食店に階段がなく、店員に入店を断られた。

・医療的ケア 導尿があると幼稚園で受け入れしてくれないところがある。受け入れてくれても導尿のある時間には保護者がいかねければいけない。

・コンサート同額のチケット代を支払っているのに、車椅子対応になっていない為にいつも後部座席の見にくい席になってしまう。

・しょうがいのある方が介助付きで銭湯に行ったら他の客に「ここは健康な人の来るとこだよ」と言われた。

・ひとり暮らしの高齢者の方が緊急通報システムを頻回に押すということで、本人に断りなく(1時的ではあるが)システムを切られてしまった(市からの相談)

・お店にエレベーターがない。

・旅行の時、車椅子の方と泊まりに行くとき、事前に予約の電話をすると「バリアフリーになっていない」とよく言われる。


 


4.公共交通

・電車に乗るとき、必ず前か後ろに誰か乗ってくれと言われる。

・電車で連絡が間に合わず、待たされた。

・ノンステップバスなのに、降りたいバス停が坂道だからと断られた。

・車椅子席が空いていないという理由で乗りたい新幹線に乗れず、次の新幹線まで待たされた。

・ノンステップバスに乗ろうとしたら、急発進して乗ることが出来なかった。

・JRで名前を聞かれる。

・車椅子の先輩がバス停で待っていたのに、バスが停まらず通り過ぎてしまった。

・新幹線で車椅子の席は10両編成の一番後ろだけで、乗ったらドアがセンサーで閉まらず、ずっとひらいたままだった。1人分しか席が無い。

・リフトバスに乗ろうとしたら、運転手がリフトの操作が分からず乗れないばかりか、「予約しないからこうなるんだ」と言われた。

・私の持っている精神保健福祉手帳(3級)では、公共交通機関の運賃割引が受けらないことが多いので困る。

・駅にエレベーターがついていない。その駅には利府ターがあるのだが型は古く、駅員が操作方法を知らない為、恐怖であるし不安である為、1駅先の駅を利用せざるを得ない。

・東京で障がいをもった車椅子の方3人とバスを待っていたら、「混んでいるので、後のバスにして欲しい」と言われた。でも入れる場合もあった。

・友達の母親が足が不自由で、地下鉄に乗るときに途中まではエスカレーターもあるのに、途中からはエレベーターもなく階段で困ってしまった。

・施設に入っている人が予約したバスに乗ろうとしたら無視された。

・市営バスに車椅子の方と一緒に乗ろうとバス停で待っていたが、バスが来て運転手に「車いすの方は乗れない」と言われ、そのまま行ってしまった。

・視覚障がいのある方が、バス乗車拒否された。

・バスの3日前の予約が不便。田舎ならなおさら。

・翌日の予約を夜19:00頃に連絡をしたら「もっと早く連絡よこせ」と言われた

・地下鉄の駅に行ったら「お昼休みで弁当を食べているのでお昼過ぎたら来い」と言われた。

・バスへの乗車の際、車椅子の固定方法が運転手の方がわからなく介助の方が押さえていてくださいと言われた。

・公共交通乗車時、運転手がリフトの使い方がわからずスムーズに乗れなかった。(言い訳をしていた)

・バスの予約。なんで車椅子に乗るとき予約をしなくちゃいけないの?

・車椅子の方はバスに乗るのに時間がかかる。リフト付きバスの操作は非常に時間がかかって待っている人は車椅子があたかも待たせているかのようだ。

・バスに乗車拒否され、走りさられた。

・知的障害の方は、地下鉄を待つといってもどれくらい待つのかイメージができないので、イライラする。

・電車の掲示板が高くて見えずらい。

・路線バスの昇降が不便。ノンステップバスが少ない。

・市営バスを車椅子の方と一緒に利用しようとバス停で待っていたが入ってきたバスの運転手の方に「予約してもらわないと困る」と何度も言われた。

・地下鉄券売機及び自動改札口でボタン表示が小さい(合理的配慮)


 
「条例の会仙台」に寄せられた差別体験事例 (2/3) [2011年08月19日(Fri)]
「条例の会仙台」に寄せられた差別体験事例 (2/3)


5.建築・道路・トイレ

・日頃生活をしていて階段があまりにも多すぎる。

・飲食店等で、入り口に車止めや柵があるので、通ることが出来ないし、車椅子が入れないようになっている。

・映画館の座席などが車椅子だと端っこです。真ん中の席などでは映画を観ることが出来ない。

・身体障害者用駐車スペースの位置が店舗から遠いことがある。

・歩道の傾き

・ホテルなどでエレベーターの開閉スピードが早くて困った。

・公園などに設置されている乗用車進入禁止用ポールが車椅子利用者の通行を妨げている。

・ATMの段差は不便に感じることが多い。

・トイレの電気のスイッチが高いところにあってつけられなかった。

・個人の食堂は、まだまだスロープがなく、車椅子で食事を取れる場所が少ない。

・仕事で外に出る機会が多く、建物の階段や段差などを不便に感じる。

・美味しいパフェ屋さんがあるが、エレベーターが無いので、車いすの方は行けない。

・行きたいお店の入り口が狭く、入ることができない。

・市役所の介護用トイレが狭くて使えなかった。

・外出先で吸引をした際、店の隅で吸引した。処置介助をする場所や休憩所が無い。

・ショッピングセンターや駅などのトイレに介護用ベットがない(赤ちゃん用はあるが)

・ひろびろトイレを使われている。

・お店にエレベーターがない。

・入館・入室の際、ドアストッパーがなく誰かにドアを支えてもらう必要がある。

・地下鉄のエレベーターとエスカレター少ない。車椅子の人や足の悪い人と出かけると遠回り。雨にぬれる。

・ベット付のトイレがまだまだ少ない。必要なのに。

・市議会に行くたびに4階に上がるために昇降機でのぼらなければいけず、怖い思いをしているのでなかなか行くことができない。

・議会棟にエレベーターがない(車椅子利用している議員さんが立候補したとき検討されたがその後断ち切れた)

・若林区役所の1階トイレはしょうがい児のおむつ取りかえ用などのベットがない。どうしていいの。おしっこさせるのに。




6.福祉

・親の立場から)知的障害のある子が親の亡くなった後、どう生きていくべきか考えることが多いです。

・障害者手帳では福祉基金がもらえる対象者としての2級であるが、字を書くのが困難なのにも関わらず、重複の2級になるので、パソコンの支給対象にはならないとつき返された。

・共働きの親を持つ障害者。ヘルパーさんとの1対1の生活よりも降所後(もしくは放課後)の受け皿が欲しい。

・言語障害が強くて、うまく言葉が伝わらなくてやってもらいたい事がしてもらえない。時間を掛けて言葉を聴いてもらいと施設入所者からお聞きした。

・福祉の制度設計時に当事者が話し合いに加えられないことがある。

・ある施設のショートステイを利用しようとしたら、担当者間では利用できる流れで進んでいたのに、施設内の会議に掛けられた結果「療育手帳がある方は受け入れられません」と言われた。

・30年前、熊本の地方にある療育所に見学に行った。開閉の中に一つの社会があった。そこには住居があり診療所があり、映画館や店などの娯楽もあったが、生涯隔離されて親や親戚にも合えずに生活をするハンセン病の方にあった時、これほど酷い差別はないと感じた。

・精神障害者への処遇「医療観察法」の実際

・生活保護を受ける時、区の保護課に「かかりつけ医を受診したいならそっちに住めばいい」と言われた。

・子育ての時、ヘルパーの時間を増やせるように市に言ったら、他の市に移ったらどうか?と言われた。

・差別ではないかも知れないが、学校からの帰宅に移動支援が使えず不都合と感じている親子が多い。

・医療制度の在り方。施設提供型が中心(精神)

・本人同席して程度区分調査員が本人へ「〜ちゃん」はと話しかけていた。

・施設の中で落ち着かない。本人(知的しょうがいのある方)が外に出ようとしているのを何の説明も策もなく施設に無理矢理戻そうとする。

・知的障害で筋ジスの人が入所施設を利用しようとしたら、療育手帳があるならうちは使えないよと言われた。担当者間ではOKがでて話が進んでいたのに・・・。

・仙台市の「地域生活支援事業」への対応の中にしょうがいの方の自立を推進させない市の施策を見ます。少しも入所施設から地域生活への移行が見えない。

・一生懸命作業しても1日200円のお金。知的障害者の通所施設。




7.医療

・障害を理由に受診を断れてしまった。

・先の病院で胃カメラの検査をお願いしたところ、「大丈夫です」と断れてしまった。あとの病院では「どうしてもっと早くやらなかったのか」と言われた。

・医療費負担が3割というのは大変になっています。

・入院を大部屋でしていた時に、排泄時の配慮が少なかった。

・病院へ電話で「障害者」と言ったら断られる

・しばらくぶりに入院してみると30年前に入院した時に居た人が、ずっと入院したままだった。社会的入院であり、病気と言うよりは施設症。

・精神の場合、家族は必ず隠したがる。薬の副作用で太ったり動作が緩慢になることが多々ある。見た目もあるのか、特に男性だと怖いと思われがちである。自分の息子も精神障がいである。今は近所の人が家に遊びに来たり、他者との交流を持って生活している。息子のことを通して思ったが、医療機関や教育機関の理解もあまりないように思う。

・歯医者では検診を断られ、そのまま帰ってくる毎日。

・精神障がいを理由に急患を断られ、いくつもの病院をたらい回しにされた。

・医師から「働けないよ」と言われる(精神)

・受診時、医者から暴言を言われて病院を変えた。

・このおこさんは全身麻酔でないと治療できません。

・一人暮らしの高齢者の方が夜にアパートの階段から転倒し、自分で救急車を呼んだが救急隊員の方に重傷でないのに呼ばないようにと本人が怒られてしまった(ケアマネさんからの相談)

・入院時完全看護のはずが、しょうがいがあると付き添いが求められる。



8.情報保障

・映画、DVD、特に邦画は字幕がつかない。見たいのに見ることが出来ない。

・どんな時も手話通訳を付けて欲しい。学校における手話通訳者措置の必要性。

・障害を初めてもったとき、市役所に行って相談できなかった。ワンストップ。




9.不動産の利用・取得

・障害を理由に4ヶ月でアパートを追い出された。

・健常者の人も火事を起こしたりするのに障害者だからという理由で「何かあったら心配」という理由で断られた。

・グループホームの家を借りる時、地域住民らの反対にあって、借りることが出来なかった。

・アパート探しで10件以上門前払いされた。

・1人暮らしをする時に障害を理由に不動産に何件も断られた。

・1人暮らしを始める時、アパート探しを行なったが、大家さんに障害を理由に断られた。

・アパート探しの際、外見だけを見て断られてしまった。

・土地の価値が下がった。

・家を借りようとしたら、大家さんに「障害者はお断り」と言われた。

・20年前、一人暮らしをしようと不動産を30〜40件回ったが、障害者の一人暮らしはダメと断られた。一般のアパートをやっと見付けたものの、大家に「一人暮らしは危ないので出ていけ」と言われ、4か月で出された。

・息子をマンションに住ませたところ、息子が自分の病気を話した後、住民が逃げたり、管理組合で話し合いがなされた。「精神鑑定」という言葉も差別ではないかと思う。

・アパートを借りたいが障がいがあると分かると、貸し渋りに合う。

・不動産で、あなたに紹介できる物件は無いと言われた。

・幼い頃から、たくさんの差別をお腹一杯になる位まで受けてきた。生涯差別との戦いだと思っていた。一人暮らしをしているが、20件目でようやく住める場が見つかった。(両親はいなくとも、人の力を借りて行けば暮らしていける)50年前の医療技術では死んでしまう状態でも現在は助かる。障がいがあるからといって、差別を受けるべきではない。少し人よりリスクを背負って産まれて来ただけだと受け取るべきである。

・入院中の方に家さがしをしたら、断られた(理由は不明)

・不動産やで「あなたに貸せる物件はない」と門前ばらいされた。

・ひとり暮らしを始めるにあたり不動産を回っている時、障がいを持っているいうことだけで断られた。

「条例の会仙台」に寄せられた差別体験事例 (3/3) [2011年08月19日(Fri)]
「条例の会仙台」に寄せられた差別体験事例 (3/3)



10.選挙及び政治参加

・投票所で車椅子トイレに行こうとしたら、ここからは行っては駄目なので使えませんと言われたところがあった。

・特に選挙については考慮してほしいと思う。当然の権利、当たり前のことがとても難しい。上手く気持ちが伝えられない人が多くいる。

・利用者さんと投票に行った。選挙管理委員会の人が「投票できない」と言って、現地で食い下がるが却下される。後日、選挙管理委員会に意見書を提出するが、現行の法律では難しいと回答される。

・郵便での投票を希望したら「対象外」と断られた。

・別な日に行った際、字の読み書きがそれほど達者でない利用者さんと同伴投票をお願いしたところ断られた。視覚障がいか身体的に不自由で書くことができない人でないと、認められないとのこと。

・泉区衆議院期日前投票で選べるのですかと話された。

・選挙の時に候補者の名前だけで選びにくいものになっている。

・選挙の投票所にスロープや手話通訳がなく、障害者は投票しづらい。またはできない状況である。

 
 

11.その他

・障がい者だから彼女の父親に紹介されなかった。

・初詣の際、「他の客の邪魔になるのでよけて欲しい」と言われた。自分も客なのによけなければならなかった。

・役所に行き、いつも話を聴いてくれる人が、上司が変わったことで態度が変わり、全く話を聴いてくれなかった。

・障がいがうつるから赤ちゃんに近寄るなと言われ、妹の子供を見られなかった。

・親戚の集まり、結婚式や葬式に参加することが出来なかった。

・荷物受け取りの時、インターホンが聞こえないので、配達時間は外で待っている。

・小学校の避難訓練は、いつも最後に避難していた。(本当の火事だったら焼け死んでいるんだろうな・・・と思う)

・車椅子で筋ジストロフィーの男性が結婚することになり、女性の両親に会いに行った際、「娘をどうやって養っていくか」と断られた。

・言語障害があり、電話をすぐ切られたことがある。

・マスコミ報道で何か事件が起きると精神鑑定が行われ、精神障がい者が疑われる。

・意見して健常者と変わらないが、情報入手に不便を感じる。昔ろうあ者に対する差別として法令差別があった。ろうあ者同士の結婚は、子どもが欲しくても反対され、断絶される。遺伝的なものがあるので、そういう話がある。

・「障害者だから」という、ただ1つの理由だけで、貸したくないと考えている人が多い。

・結婚する時に、夫の親戚から「子どもは産めるのか?」と言われた

・精神施設を建てる際に、行政が地域の理解を得ることを条件とするとはどういう事か。行政による差別じゃないか。住民が恐怖心を持っているため。公用地に建てる際は、住民の理解と偏見を修正していくことが必要。

・テレビ局の見学を断られた(専門スタッフがいないと言われた。必要ないと言うと、騒がれては困ると言われた)

・年末年始に実家に帰る人はいいが、帰れない子は悲しい思いをし、人に当たってしまう。1年に1回位は顔を合わせられる機会を。近所の理解もあれば、周りの方々と上手くいく。

・小学校の頃に筋ジスが発症して、動作が遅かった。体育もずっと見学していて、友達からも色々言われた。母は理解があった、父は隠そうとした。

・他の人が募金箱に行った時、精神障がい者と伝えたところ、支援者の顔色が変わり、二重差別を感じた。

・「仕事をしなくていい、結婚しなくていい」など言われてきた。凄く辛かった。好きな人ができると結婚したかった。独立(一人暮らし)もしたかった。

・メディアの取材については、自分はokだが、家族の理解がまだかなと思う。

・意思のない方はと平気で言う人。意思のない人ない。気づかないことが原因。

・でももし何かあったらご家族の方が病院へ搬送してください。

・言葉づかい

・事件事故で障碍者が起因する場合、全体を同様に見るケースが目たつ。

・接触事故の際、ぶつかった、ぶつかっていないで議論になり「こんな頭のおかしな奴の話を信じるのか」と言われている。

・報道の在り方(精神・知的)

・市役所での弁当販売時に他の事業所から「邪魔者」と言われた。

・インプットばかりではなく、アウトプットする外に自分の思いや経験を伝えるための保障も必要。

・あんたそんな仕事しててどうすんの。早くまともな仕事につきなさいとうちの親族。

・子どもたちの中で弱い立場の子を「いじめる」ケースが見かける。子どものなかでのストレス発散?

・公共浴場に入浴中「あんたらこういうところに来ることできるの」と言われた。

以上
共育に思う [2010年07月26日(Mon)]
共育に思う

■■ ■氏

平成元年の春に私は、拓桃養護学校から地元の岩沼南小学校へ転校した。

 脳性まひのリハビリ、治療がひと段落つき。次の学校を考えるときに地域校しか選択肢はなかった。両親は「我が子の世界を広げ、一緒に育ってほしい」、私は「兄ちゃん、弟と同じ学校に行きたい」それだけだった。

 始業式当日の放課後、教師4人と両親と私。オールキャストの中、行われたのは、校外学習・遠足、運動会・修学旅行の不参加の通告だった。今思えば、どれだけの権利侵害があるだろう。「障がいがある」というだけで突きつけられた理不尽で暴力的な提示だった。あの時、その場で母は泣いていた。私はただただ見上げることしかできなかったが、あの母の涙は一生忘れることはないだろう。その後、担任の協力もあり、結局はすべての学校行事に参加できたのではあるが。

 小学校時代のことで、書きたいと思うことは、教師のことである。小学校は校長以下、ほとんどの教師は、私の転入を快く思っていなかった。と思う。始業式の面談もさることながら、こんなことがあった。

他のクラスの友人が、ある日を境にパッタリ来なくなったことがあった。その子の担任が「及川とは遊ぶな」、とそんなことを言ったらしかった。どうしようもなく呆れる話だが、その子の担任は、無知と誤解の上にそんなことを言ったのではなかろうか?

 もう一人の教師は担任である。私が転入したとき、担任は当時の山元養護学校から着任した。担任にはいろいろ力を注いでいただいた。普通に叱り、いじめには親身に相談に乗ってくれた。時には私を背負い、教室を移動した。

 この教員の配置は教育行政としてのはからいであったが、「統合教育」を目指すうえで、考えていくべき方法であるかもしれない。

 こう書いてきてみると、当然ながら、どんな教師と出会うのかによって、大きく差が出る。「無知と誤解」と書いたが、しらないから誤った認識を持つ。差別・偏見は「無知と誤解」から生まれるのである。だから「一緒にいる」ことが重要なのである。それは社会全体に当てはまるわけであって、教師、児童・生徒であっても関係がない。
 
 まとまりがまったくないが、ご了承いただきたい。障がい児・者への理解が進まないのはなぜか。それは別学だからである。言い古しの論理であるが、何度でも書きたい。成長期の18年間を分けられてきて、18歳になったら一緒に生活しましょうなどというのがどだいムリなのである。
 
 障害者権利条約に署名した今、改めて障がい児教育を思うとき、20年経って何が変わったのだろう? という疑問がわいた。「特別支援教育」の名の下に「特別支援学校」において障がい児教育がなされ、「原則分離」は変わっていない。「原則統合」として、地域校での「特別支援」はできないのか? 宮城の将来構想は「夢」なのか? 障がい児だけの中で教育を行うのはなぜか?

 疑問は尽きないが、2つ、経験上から言いたいことがある。1つは、教師。冒頭述べたように、私の担任は養護学校から呼ばれた。障がい児教育の“専門家”である。そうした教師が障がい児の教育・成長について、どういう視座をもつのか、という点が非常に大きいように思う。発達を保障するためにどういう場がふさわしのか、ということを真剣に考え、議論してもらいたい、と強く思う。特別支援学校の教師は専門的な知識がある、経験がある。それらを大多数の普通学校教員に伝えること、これも使命なのではないか。決してムダではないのである。以前、宮城の将来構想の勉強会で意見したことがある「児童生徒同士の交流も大事だが、教師同士の交流、情報交換のほうがもっと重要だと思う」と。

 そしてもうひとつ。所属意識が強い普通校の児童生徒にとって、特別支援学校に通う児童生徒は「違う子」なのである。別学は違うひとという意識を増長させるだけなのではないか。と思う。

 障がいがある子にとっての発達とは何か? 健常者に少しでも近づくことなのか? それとも「違い」を認め合える中で育つ、過ごす関係性をともに造っていくことではなかろうか。それは、18歳からでは非常に困難だと思うのである。
以上