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共育に思う [2010年07月26日(Mon)]
共育に思う

■■ ■氏

平成元年の春に私は、拓桃養護学校から地元の岩沼南小学校へ転校した。

 脳性まひのリハビリ、治療がひと段落つき。次の学校を考えるときに地域校しか選択肢はなかった。両親は「我が子の世界を広げ、一緒に育ってほしい」、私は「兄ちゃん、弟と同じ学校に行きたい」それだけだった。

 始業式当日の放課後、教師4人と両親と私。オールキャストの中、行われたのは、校外学習・遠足、運動会・修学旅行の不参加の通告だった。今思えば、どれだけの権利侵害があるだろう。「障がいがある」というだけで突きつけられた理不尽で暴力的な提示だった。あの時、その場で母は泣いていた。私はただただ見上げることしかできなかったが、あの母の涙は一生忘れることはないだろう。その後、担任の協力もあり、結局はすべての学校行事に参加できたのではあるが。

 小学校時代のことで、書きたいと思うことは、教師のことである。小学校は校長以下、ほとんどの教師は、私の転入を快く思っていなかった。と思う。始業式の面談もさることながら、こんなことがあった。

他のクラスの友人が、ある日を境にパッタリ来なくなったことがあった。その子の担任が「及川とは遊ぶな」、とそんなことを言ったらしかった。どうしようもなく呆れる話だが、その子の担任は、無知と誤解の上にそんなことを言ったのではなかろうか?

 もう一人の教師は担任である。私が転入したとき、担任は当時の山元養護学校から着任した。担任にはいろいろ力を注いでいただいた。普通に叱り、いじめには親身に相談に乗ってくれた。時には私を背負い、教室を移動した。

 この教員の配置は教育行政としてのはからいであったが、「統合教育」を目指すうえで、考えていくべき方法であるかもしれない。

 こう書いてきてみると、当然ながら、どんな教師と出会うのかによって、大きく差が出る。「無知と誤解」と書いたが、しらないから誤った認識を持つ。差別・偏見は「無知と誤解」から生まれるのである。だから「一緒にいる」ことが重要なのである。それは社会全体に当てはまるわけであって、教師、児童・生徒であっても関係がない。
 
 まとまりがまったくないが、ご了承いただきたい。障がい児・者への理解が進まないのはなぜか。それは別学だからである。言い古しの論理であるが、何度でも書きたい。成長期の18年間を分けられてきて、18歳になったら一緒に生活しましょうなどというのがどだいムリなのである。
 
 障害者権利条約に署名した今、改めて障がい児教育を思うとき、20年経って何が変わったのだろう? という疑問がわいた。「特別支援教育」の名の下に「特別支援学校」において障がい児教育がなされ、「原則分離」は変わっていない。「原則統合」として、地域校での「特別支援」はできないのか? 宮城の将来構想は「夢」なのか? 障がい児だけの中で教育を行うのはなぜか?

 疑問は尽きないが、2つ、経験上から言いたいことがある。1つは、教師。冒頭述べたように、私の担任は養護学校から呼ばれた。障がい児教育の“専門家”である。そうした教師が障がい児の教育・成長について、どういう視座をもつのか、という点が非常に大きいように思う。発達を保障するためにどういう場がふさわしのか、ということを真剣に考え、議論してもらいたい、と強く思う。特別支援学校の教師は専門的な知識がある、経験がある。それらを大多数の普通学校教員に伝えること、これも使命なのではないか。決してムダではないのである。以前、宮城の将来構想の勉強会で意見したことがある「児童生徒同士の交流も大事だが、教師同士の交流、情報交換のほうがもっと重要だと思う」と。

 そしてもうひとつ。所属意識が強い普通校の児童生徒にとって、特別支援学校に通う児童生徒は「違う子」なのである。別学は違うひとという意識を増長させるだけなのではないか。と思う。

 障がいがある子にとっての発達とは何か? 健常者に少しでも近づくことなのか? それとも「違い」を認め合える中で育つ、過ごす関係性をともに造っていくことではなかろうか。それは、18歳からでは非常に困難だと思うのである。
以上
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