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高松市市街地に植栽されたクスノキの生育状況と生態系サービスの推定 [2021年10月14日(Thu)]
2021年9月に開催された第52回オンライン大会で優秀発表賞(研究交流発表部門)を受賞された小宅由似さんからの投稿が届きました!

高松市市街地に植栽されたクスノキの生育状況と生態系サービスの推定
小宅由似(香川大学)


この度は、優秀発表賞(研究交流部門)を頂きまして光栄に存じます。発表に際し多くのご助力・ご助言を頂いた共同発表者の皆様に御礼申し上げます。また、討議期間中におきましては多くのご意見・ご示唆を頂き、ありがとうございました。

 私を「緑化法面の植生のうつりかわり」の調査をやっている人と認識して頂いている方もいらっしゃると思います。が、昨年今年と市街地植栽ばかりを取り扱っていたためか、あ法面屋やめたの?と聞かれることが増えてきました。
 個人的には一貫して「”いい森林”を増やしたい」という思いで研究しています。”いい森林”へのたどり着き方(Oyake et al. 2020)や作り方(小宅ほか 2018)、そもそも”いい森林”とは?(第52回日本緑化工学会大会 研究集会03「目標植生の置き方について考える」)などを考えていますが、最近「”いい森林”を維持/創出した方が良い」との考えは思っているほど世間一般には広まっていないのでは、と思うようになりました。
 そこで、”いい森林”維持/創出すると何が良いのかを示す一環として、今回のような「樹木の生態系サービス評価」の研究を手掛けるようになった、というのが、街路樹や公園植栽を調査するようになったいきさつです。

前置きが長くなりましたが、今回の発表内容について紹介いたします。

授賞ポスターはこちら!
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1.研究背景
 高松駅東側から栗林公園を結ぶ幹線道路「中央通り」の中央分離帯には、かつて市民によってクスノキが植栽されました(「日本の道100選」研究会 2002)。しかしこのクスノキの樹高成長が悪く下枝が交通標識の視認性を下げることから、大型車運転手と並木景観を維持したい地元住民の間で「剪定論争」が約20年も続きました (竇ほか 2000)。その後、先立って学会賞(功績賞)を受賞されました増田拓朗先生(香川大学名誉教授)が中心となって行った土壌改良のかいあって、クスノキの樹高成長は改善傾向にあり(増田 2020)、現時点では「剪定論争」は下火となっています。
 ここで私は、管理がおろそかになりクスノキの樹勢が弱れば「剪定論争」再燃のリスクがあるのではないか?と考えたのです。クスノキ並木景観保全に向けて更なる価値づけの必要がある、つまり最近手掛けている生態系サービス評価を試みる良い機会だと思いました。
 そこで、2021年現在のクスノキの生育状況を調査し、新たな価値づけとして生態系サービス評価を試みることを今回の研究目的に設定しました。更に、管理差によってクスノキの生育状況・生態系サービスがどのように異なるのかを検討すべく、近隣にあるが管理状態の異なるクスノキ植栽もあわせて調査することにしました。

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写真 中央通り中央分離帯植栽 (2021年5月25日 紺屋町交差点歩道橋より撮影)

2.研究手法
 調査対象は中央通りの中央分離帯植栽190本(うち、最南部の26本は2006年に新たに植栽されたもの)、これに隣接する国道11号線中央分離帯植栽19本、中央公園の植栽29本としました。
 調査対象木の生育状況(表-1)のデータを樹木構造解析システム(中谷ほか 2020)に投入し、大気環境改善機能を評価しました。更に、大気環境改善効果の単価が示されている、C、SO2、NO2について、貨幣価値の試算を行いました。

表-1 毎木調査項目
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3.高松市街地におけるクスノキの生育状況
 調査対象の平均樹高は全体としては、土壌改良時の目標樹高に満たない結果で、植樹帯ごとに樹高のばらつきがあることもわかりました(紙面の都合上、グラフを横向きに変更しております)。

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図-1 高松市市街地内クスノキ植栽の植樹帯別の平均樹高ならびに枝下高
 発表ポスターの図2を改変・加筆

 中央通りでは、最北部と最南部で樹高が低くなる傾向がみられ (図-1)ましたが、最南部は新たに植栽された26本のため、植栽時期の違いを考慮する必要がありました。また、国道11号線、中央公園についても、樹高が低い傾向が示されました。

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図-2 高松市市街地におけるクスノキ植栽の樹木活力度スコア (地理院地図より作図)
発表ポスター 図1に加筆, フキダシ内は各調査区間における平均スコア(±標準偏差)

 樹木活力度スコアをみると、2006年植栽が最北部のクスノキと比べて遜色ない活力度を示しました(図-2)。このことから、2006年植栽個体の樹高の低さは植栽時期の違いによるものと判断できました。一方で国道11号線、中央公園の樹木活力度スコアは、中央通りと比べて低い傾向がみられ (図-2)、これらの箇所は中央通りほど適切な剪定がされていない様子がみられました。
 いずれにしても、中央通りのクスノキの生育状況は近隣のクスノキ植栽と比較して良好でした。最北部では樹木活力度が低い傾向がみられましたが、高松駅に近くなることによる交通量の多さに起因した管理圧の強さ、湾岸部に近づいていることなどが原因として考えられます。これらは他の道路植栽についても調査を行い、改めて考察したいところです。

4.高松市街地におけるクスノキの生態系サービス評価
 中央通りのクスノキによる大気環境改善効果は、1本あたり平均で年間132.8円相当と評価され、国道11号線(年間56.0円/本)、中央公園(年間76.5円/本)よりも高い生態系サービスを有することがわかりました(表-2)。中央通りのクスノキの良好な生育と高い生態系サービスは、適切な剪定などの良好な植栽管理によるものと考えられました。
 中央通り全体のこれまでの炭素蓄積量は769,199円相当、大気環境改善効果は年間25,224円相当にのぼりました。さらに、CO、O3、PM2.5などの代替価格は日本ではまだ示されておらず、これらの評価を加えればさらに評価額が上がります。また、雨水流出抑制・暑熱緩和機能などや、景観的価値も評価対象にできるはずで、今後はこれらも貨幣価値評価を行うことが課題です。

表-2 高松市市街地におけるクスノキ植栽の生態系サービス評価額
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※ 大気汚染物質: CO, SO2, NO2, O3, PM2.5
※ 大気汚染物質除去量の評価額は代替価格が提示されているSO2, NO2の合計値
※ 炭素蓄積量は調査区間全体の評価値、年間炭素固定量・大気汚染物質除去量は1本あたりの平均値を示す

 最後になりましたが、中央通りの調査に際しお取り計らいを頂きました四国地方整備局の皆様、中央通り中央分離帯植栽に関する資料・ご助言を頂いた増田拓朗先生、現地調査の協力を頂いた香川大学創造工学部 環境緑化工学研究室の皆様に厚く御礼申し上げます。

 本研究は一般財団法人百十四銀行学術文化振興財団からの助成を受けて実施しました。また、解析の一部は科研費(18H02226)の助成により実施しました。
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植生工の雨滴に対する侵食防止効果の新たな評価手法の検討 [2021年10月13日(Wed)]
2021年9月に開催された第52回オンライン大会で優秀発表賞(論文・技術報告部門)を受賞された五郎部生成さんからの投稿が届きました!

植生工の雨滴に対する侵食防止効果の新たな評価手法の検討
五郎部生成(北見工業大学)


この度は第52回日本緑化工学会大会の論文・技術報告部門にて、優秀発表賞を頂戴し大変光栄です。これもひとえに、指導教員である中村大准教授の親身なご指導があったからこそです。また、web討議期間中にご質問を頂いた皆様にも心より感謝申し上げます。
今から本研究について簡単ではありますが紹介していこうと思います。

1.はじめに
植生工はのり面に植物を繁茂させ、根系を侵入させることで表層地盤を補強する工法であり、雨水による侵食を防止する効果が期待できる。本研究では、植生工が有する侵食防止効果を明らかにすることを目的として、草本植物を生育させた土供試体に対する侵食抵抗試験方法について検討を行った。

2.実験条件と方法
本研究では砂質土を締固めた土供試体と、これにケンタッキーブルーグラスを散播して植物根系を発達さ せた根系含有土供試体を作製した。また,根系含有土供試体には試験前に茎葉を根元でカットしたものと、茎葉を残したもの(茎葉部有土供試体)がある。各供試体は直径60 mm、高さ130 mm の円柱形で、締固め度 Dcは85%と95%の2 種類である。図-1は侵食抵抗試験装置の模式図である。供試体は上下を逆にして設置し、下方のノズルから水をストレートに上方へ向かって噴射して侵食を発生させた。試験は0.02 MPaと0.04 MPaの2種類の水圧で行った。試験前後および試験中の任意の時間に X 線 CT スキャンを行い、供試体内の侵食状況を非破壊で観察した。
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3.試験結果および考察
図-2は各供試体の侵食抵抗試験終了時におけるX線CT スキャン画像の一例である。画像では土が灰色、侵食でできた空洞部分が黒色で示されている。この画像中の黒色部分が最も深く侵入した箇所を侵食深として読み取った。図から、土供試体では侵食は水流の方向に真直ぐ進行し、貫通していることがわかる。一方、根系含有土供試体、茎葉部有土供試体では侵食孔がボトル状に形成され、侵食が止まっていることがわかる。図-3はX 線CT画像から読み取った侵食深の経時変化である。図-3(a)から、土供試体は短時間で貫通しており、貫通までにかかる時間はDcが小さく、水圧が高いほど短くなっていることがわかる。この傾向は図-3(b)の根系含有土供試体においても概ね同様であることが確認できる。一方で、図-3(b)の茎葉部有土供試体ではDcが小さく、水圧が高いケースであっても、侵食深が小さい供試体もみられた。このことから、本研究の実験条件であれば Dcや水圧の影響を受けないほど、茎葉の侵食防止効果は極めて大きいと解釈できる。

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4.まとめ
本研究で実施した試験方法によって、植物根系を含む土の雨滴に対する侵食抵抗をある程度定量的に評価できるようになったと考えられる。この試験方法は植生工の雨滴に対する侵食防止効果を評価する手法として、極めて有効であると言える。


今回の受賞が初めてで大変嬉しい気持ちで一杯ですが、これからも決して驕ることなく精進していこうと思います。最後になりますが、この場で研究を紹介させていただきありがとうございます。

北海道胆振東部地震で発生した表層崩壊地における初期の植生回復と地域資源活用緑化/山田夏希 [2021年09月29日(Wed)]
2021年9月に開催された第52回オンライン大会で優秀発表賞(論文・技術報告部門)を受賞された山田夏希さんからの投稿が届きました!

北海道胆振東部地震で発生した表層崩壊地における初期の植生回復と地域資源活用緑化
山田夏希(北海道大学)


 この度は第52回日本緑化工学会において, 優秀発表賞を受賞することができ大変光栄です。本研究は“地域資源”, “SDGs”をキーワードとして行いました。NPOやボランティア, 地域の方々にご協力いただきながら, 震災発生後の崩壊斜面の倒木の処理, 試験に用いる木柵工の作成から防鹿柵の設置まですべて手作業で行いました。力を貸していただいた関係者の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。また, 研究から論文執筆まで, ご指導いただきました森本淳子准教授, 中村太士教授, 孫田敏様をはじめとする方々に感謝申し上げます。初めての論文執筆, 発表でしたが, 本学会で多くの方からのご質問や意見をいただき大変勉強になりました。この場をお借りし, 簡単にではありますが私の研究内容をご紹介させていただきます。

1. はじめに
 表層崩壊の要因は豪雨, 地震, 火山活動など様々である。相次ぐ表層崩壊は多くの人々の生活に影響を及ぼし, また生態系をも変容させてきた。表層崩壊が発生した場合, さらなる侵食と崩壊の防止を目的として山腹工事を行うことが一般的である。侵食防止機能が期待される緑化植物は, 山腹工事において多く用いられてきた。しかしその中心は外来草本であり, これらは地域生態系に大きな影響をもたらすことが明らかになってきた。そこで近年では, 従来の手法が見直され, 郷土種や木本など, 地域生態系の保全や森林の多面的機能を重視した手法へ転換されつつある。環境に配慮し, 地域性の資源を用いた山腹緑化はSDGs (Sustainable Development Goals) の観点からも重要である。本研究では北海道胆振東部地震で発生した緩斜面の表層崩壊地において, 現場の地域資源を用いた木柵工と郷土種の草本・木本を利用した山腹緑化の有効性を評価することを目的とした。

2. 材料並びに方法
 調査地は北海道勇払郡安平町早来の二次林に発生した2つの表層崩壊地である。防鹿柵や木柵工, 緑化植物, 自然侵入促進工の組み合わせによって6種類の処理を設定し, それぞれ6反復とした。すなわち, 処理区画は表層崩壊地に何も処理を行わなかった“Control”, 防鹿柵を設置した”Df(Df; deer fence)“, 防鹿柵と木柵工を設置した“ DfWf (Wf; wood fence)”, 防鹿柵と木柵工と緑化植物を設置した”DfWfP (P; plant)”, 防鹿柵と木柵工と緑化植物とヤシマットを設置した“DfWfP+P (+P; palm mat)”, 防鹿柵と木柵工と緑化植物と藁マットを設置した”DfWfP+S (+S; straw mat)”である。
 環境調査として土壌含水率, 照度, 土砂移動量を計測し, 箱ひげ図により比較を行った。
Kruskal-Wallis検定及びPairwise Permutation検定で各区画の植被率, 自然侵入の植物に関して実生数と種数, 緑化植物に関して活着率と成長率を調べた。DCAで種構成の違いを調べた。

3. 結果・考察
 防鹿柵の有無で植被率に差はなく, 防鹿柵の効果は実証されなかった。DCAの結果より, 木柵工の有無で自然に侵入した植物の種構成に違いがあり, ControlとDfは, 遷移初期種, 遷移中期種を多く含んでいた。それ以外の四つの区画は, ControlとDfに比べて遷移後期種を多く含んでいた。植被率は, 緑化植物を使用した処理区画で高い傾向があり, 初期緑化を迅速に進めるためには, 緑化植物の導入が有効であると考えられた。また, 自然に侵入した植物の実生数と種数は各処理区画で有意な差は見られなかったことから, 本研究で用いた郷土種の緑化植物は, 自然に侵入する植物の定着を阻害しなかった。土砂移動量は, DfWfP+P, DfWfP+Sの処理区画で低い傾向があり, ヤシや藁などの天然素材を主とする自然侵入促進工は侵食防止材として機能することが分かった。

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図-1 土壌含水率, 照度, 土砂移動量の箱ひげ図

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図-2 各処理区画全体の植被率と, 自然侵入の植物の実生数と種数における箱ひげ図

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図-3 自然侵入の植物におけるDCA 結果
抽出された第1 軸,第2 軸で表現されている。楕円は各処理の種構成の95%確率楕円で,処理の種類ごとに色分けしている。各点は植物種を示す。


4. おわりに
 緩斜面の表層崩壊地において生態系に配慮した緑化を行うにあたり, 初期の緑化の目的で郷土種, 土砂流出防止の目的で自然侵入促進工を設置することが, 森林再生に貢献すると考えられる。本研究の崩壊地に対する処理はSDGsを重視し, 天然素材を用いて,地域や遠方のボランティアの方々など多くの協力の下で行った。本研究で行った処理が初期の植生回復に及ぼす影響を検証するために, 今後も経年的な変化を観察する必要がある。

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 本研究は初期の植生回復を調査したものであり, 継続して調査を行うことで新しい発見があると思います。今後も調査を行い, 経年変化を観察していけたらと思います。
 最後になりましたが, 本研究に関わっていただいたすべての皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。


異なる温度条件におけるベニシダ,オシダ,イヌガンソクの胞子発芽と前葉体成長/西野文貴 [2020年11月01日(Sun)]
2020年9月に開催された第51回大会(岩手Web大会)で優秀ペーパー賞を受賞された西野さんからの投稿が届きました!

異なる温度条件におけるベニシダ,オシダ,イヌガンソクの胞子発芽と前葉体成長
西野文貴


 この度は第51回日本緑化工学会大会において,論文部門にて優秀ペーパー賞を頂くことができ大変光栄です。まず,指導教官である福永健司教授と橘隆一教授に厚く御礼申し上げます。本稿を執筆するに当たり,統計手法等を御教授いただいた東京農業大学非常勤講師の相澤健実先生をはじめ,実験にご協力頂いた大畠功暉氏,関係者に深く感謝申し上げる。また,web討議期間中にご質問頂きました皆様にも感謝申し上げます。昨年に引き続き受賞をいただいたことで,自分の研究に自信がつきましたが,決して驕ることなく力戦奮闘し時代を変えたいと思います。この場をお借りし,私の研究内容を紹介させて頂きます。

1. はじめに
 シダ植物は日本に約700種生育し,様々な生活形や耐性などを持つことで多様な環境に適応してきたと考えられる。シダ植物は胞子を用いて繁殖する。胞子が発芽する環境要因については温度,光などがあげられ,定着には地形の起伏,土壌の質や湿度など微環境の影響を受けやすい特性があるとも指摘されている。
 シダ植物はオシダなどのように生活形や葉形などが独特なだけでなく,耐陰性に優れた種が存在し,室内緑化または新たな緑化素材としての利用が期待されている。シダ植物が緑化に利用されることで,新しい景観の創出や種多様性に貢献することが考えられる。

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 シダ植物の増殖方法については株分けが主流とされるが,オシダやイヌガンソクなど根茎が匍匐しない種類は株分けが難しい。他の増殖方法としてカルスを用いた実験が行われているものの,実験設備の確保や順化などの面から野外栽培などは困難と考えられる。したがって,シダ植物の増殖方法には胞子を用いた栽培が有効と考えられる。スギナの胞子の発芽可能温度域は15〜30 ℃,最適温度は20 ℃と温度による発芽の違いが確認されている。また,一般に在来シダ植物の胞子の発芽は22〜25 ℃前後が適し,前葉体は15 ℃以上で成長し,30 ℃以上だと抑制されると報告されている。しかし,温度条件の影響について種ごとの胞子の発芽率の推移や前葉体成長に関する具体的な数値や差異は明らかになっていない。
 実験は緑化に関係する種類を対象とし,温度勾配機内に5つの恒温条件を設定し,胞子の発芽試験と前葉体成長の測定を行うことで,胞子発芽と前葉体成長に適する温度条件を明らかにすることを目的とした。

2. 実験方法
 供試植物は従来から緑化植物として利用されているオシダ科オシダ属のベニシダ(Dryopteris erythrosora (D.C.Eaton) Kuntze.),独特の葉形や耐凍性を有し今後の緑化植物として期待されているオシダ科オシダ属のオシダ(Dryopteris crassirhizoma Nakai.),コウヤワラビ科コウヤワラビ属のイヌガンソク(Onoclea orientalis (Hook.) Hook.)とした。
  胞子の殺菌はクリーンベンチ内で行った。殺菌には12%次亜塩素酸ナトリウム(株式会社松葉薬品)を希釈して,1%次亜塩素酸ナトリウムを作成し,これを胞子の入ったスクリュー瓶に10 ml入れ5分間攪拌した。胞子は浸漬後,ろ過して滅菌水で3回洗浄した。培地はスクロースが添加されていないムラシゲ・スグーグ培地の粉末培地(日本製薬株式会社)を使用した(以下MS培地)。培地のpHは5.75±0.05に調整したのち,寒天粉末を濃度0.7%になるよう加え,オートクレーブ(121 ℃,20分間)で滅菌処理を行った。
 培地は滅菌処理後にクリーンベンチ内にて滅菌プラスチックシャーレ(直径50.7 mm,高さ14.7 mm)に15 ml分注し,常温になるまで放冷した。放冷後,殺菌した胞子をマイクロピペットで吸い取り,培地上の5ヵ所が等間隔になるように1滴ずつ播種した。播種後のシャーレは恒温10 ℃・15 ℃・20 ℃・25 ℃・30℃に設定した温度勾配機(東京理化器械 EYELA MTI-202)内に設置した。温度勾配機内の光量は3,300 lux(明期16時間・暗期8時間)とした。胞子発芽の観察には実体顕微鏡(OLYMPUS SZ61)を使用した。発芽は撮影画像の胞子から緑色の原糸体が突出した時点とした。胞子播種後90日,心臓形に発育した個体,各温度条件から30個体を無作為に5シャーレから採取した。採取した前葉体は白色の紙に定規(最小目盛りは1 mm)と一緒に貼り付け,3,366×2,514,300 dpiの解像度にてスキャン(.tiff)を行い,画像処理ソフトImageJ(National Institutes of Health, Bethesda, Maryland, USA)を用いた画像解析により,前葉体の部分のみを面積の測定範囲として抽出を行い,前葉体以外の部分が抽出された場合は修正を行った。

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3. 結果
 各温度条件の胞子の発芽率の推移を図-1,平均発芽日数と最終発芽率を表-1に示す。ベニシダで発芽が最初に確認されたのは30 ℃区の4日目,最も遅いのは10 ℃区の20日目で16日間の差があった。48日目以降,発芽率に変化は見られなかった。48日目で最も高い発芽率は15 ℃区で48.3%,最も低い発芽率は20 ℃区で40.8%となった。最終発芽率は48日目の全温度条件区間において有意な差は認められなかった。
 オシダで発芽が最初に確認されたのは20 ℃区,25 ℃区,30 ℃区の4日目,最も発芽が遅いのは10 ℃区の20日目で16日間の差があった。最終発芽率は28日目で全温度条件区において100%を示し,全条件間で有意な差は認められなかった。
 イヌガンソクで発芽が最初に確認されたのは25 ℃区と30℃区で8日目,最も発芽が遅いのは10 ℃区の34日目で26日間の差があった。90日目以降,発芽率に変化は見られなかった。イヌガンソクの平均発芽日数は64日目の測定より長期間欠測したため,64日までの発芽数から算出した。最終発芽率は90日目で10 ℃区と15 ℃区を除いて有意な差が認められた(p<0.01)。

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 播種後90日目の前葉体の様子,前葉体の表面積の値を表-1に示す。表-2の前葉体の写真は滴下した胞子が成長し,前葉体の集塊した状態となる。前葉体の大きさは目視による観察だと,集塊の中心部と縁辺部では大きな差は見られなかった。中心部の前葉体は寒天培地に対して上に伸長し,縁辺部では水平に成長していたが,定量的な判定は行っていない。
 ベニシダの表面積の最小は15 ℃区と30 ℃区で2.1 mm2,最大は25 ℃区で19.2 mm2となった。また,20 ℃区,25 ℃区において平均10 mm2の表面積となり,15 ℃区,30 ℃区と比べ約1.5倍以上の差が確認された。
 オシダの表面積の最小は25 ℃区で1.3 mm2,最大は20 ℃区で22.9 mm2となった。また,20 ℃区において面積が平均11.2 mm2で,15 ℃区,25 ℃区と比べておよそ2倍以上の差が確認された。また,オシダは30 ℃では前葉体の形成はなかったが,原糸体が前葉体になるまでに枯死した。
 イヌガンソクの表面積の最小は25 ℃区で1.7 mm2,最大は20 ℃区で23.1 mm2となった。また,20 ℃区において平均8.5 mm2の表面積となり, 15 ℃区,25 ℃区と比べ約1.5倍以上の差が確認された。また,30 ℃区の温度条件区においては前葉体の形成が一部確認されたが,計測が難しい状態であった。

4. 考察
 平均発芽日数は,3種とも25 ℃が最も早く,25 ℃以外では発芽日数が遅れるため,早く発芽させるには25 ℃が適切な温度条件だと考えられる。しかし,3種とも10 ℃で発芽日数は遅くなるが,最終発芽率は高い値を示していることから積算温度が胞子発芽に関係していると考えられる。今回の実験では積算温度の結果を胞子栽培に応用できるかはわからなかった。今後,積算温度に焦点を当てて実験を行うことで,胞子栽培に応用できるか判明すると考えられる。ベニシダとオシダの累積発芽率は各条件間で有意な差が認められなかったため,10 ℃〜30 ℃の範囲では温度条件が発芽率に与える影響は少ないと考えられる。本研究で使用したベニシダの胞子は常温保存約150日目となり,胞子の保存が長期間または保存方法が発芽率の低下に起因していると考えられる。しかし,詳細な原因究明には至っていない。また,分布域と胞子発芽における温度条件の研究は著者が調べた限り行われておらず,研究を行うことでシダ植物の生態の解明に繋がると考えられる。
 ベニシダの前葉体は,10 ℃では形成されず,成長が止まっていたが,15 ℃〜30 ℃においては形成が確認された。したがって,ベニシダの前葉体の形成には温度が15 ℃以上必要であると考えられる。オシダとイヌガンソクの前葉体は10 ℃では形成されず,成長が止まっていたが,15〜25 ℃においては前葉体の形成が確認された。また,オシダは30 ℃では前葉体の形成原糸体が前葉体になるまでに枯死し,イヌガンソクは30 ℃では一部を除いて前葉体の形成が確認されなかった。したがって,オシダとイヌガンソクの前葉体の形成には温度が15 ℃以上必要であると考えられる。ただし,30 ℃以上では前葉体の形成,原糸体の生育を抑制すると考えられる。主に暖温帯に生育するベニシダでは30 ℃でも前葉体は形成されたが,冷温帯に生育するオシダは原糸体が前葉体になるまでに枯死した。したがって,主に冷温帯に生育する種は30 ℃以上では胞子発芽するものの前葉体の形成は困難と考えられる。そのことから,分布域は栽培時における温度条件の目安になると考えられる。しかし,今回の実験では3種と対象種が少ないため,今後は対象種を増やすことで分布と温度の関係性が明瞭になると考えられる。また,ベニシダとオシダは同科同属であるが胞子発芽と前葉体成長の傾向が異なったことから,胞子栽培においては種ごとに温度条件を検討する必要があると考えられる。

5. おわりに
 本研究では最終発芽率はベニシダとオシダでは10〜30 ℃で同様の結果を示し,イヌガンソクでは10 ℃が最も高い値を示し,前葉体成長においてベニシダは20 ℃もしくは25 ℃,オシダとイヌガンソクは20 ℃が最も成長したことが明らかになった。本研究の実験は5 ℃ごとに恒温条件を設定したが,今後は細かい温度設定や変温条件を組み合わせることで最適な温度条件を解明できると考えられる。胞子発芽と前葉体成長に関係する要因は胞子の形態,胞子の大きさ,散布時期,生育環境,分布する気候帯など様々である。今後は供試植物の種類を増やし,複合的な実験条件を組むことで多岐にわたる要因を明らかできると考えられる。

 今回の受賞はコロナ禍の中という事もあり,色んな角度から研究を考えさせられました。研究対象のシダ植物という神秘ある生物を通して,自然科学の一端に触れられたのではないかと思っています。研究では常識にとらわれずに他の分野も貪欲に勉強したいと思います。世のため,人のためになるよう,何事にも全力で取り組み,率先垂範を心掛けたいと思います。この度は研究紹介をさせて頂き,ありがとうございました。研究に携わった皆様に改めて感謝申し上げます。


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オンラインアンケートを用いた看護学生の病院緑化および園芸療法に対する意識調査/渡邉藍 [2020年10月25日(Sun)]
2020年9月に開催された第51回大会(岩手Web大会)で優秀ペーパー賞を受賞された渡邉さんからの投稿が届きました!

オンラインアンケートを用いた看護学生の病院緑化および園芸療法に対する意識調査
渡邉藍(千葉大学大学院園芸学研究科 博士前期課程2年)


受賞した要旨2枚目(ポスター)はこちら!
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 この度は、第51回日本緑化工学会大会において、優秀ぺーパー賞(研究交流発表部門)をいただき、誠にありがとうございます。今年はWeb上での開催でしたが、期間中には様々な視点からコメントをいただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。簡単ではありますが、本研究について紹介させていただきます。

 既往研究より、病院緑化が入院患者の術後回復に有用であることや、園芸療法が病院勤務者のストレス緩和に有用であること等が報告されています。しかし、それらの効果を活かした緑化やプログラムが導入されている病院はまだまだ少ないのが現状です。今後、植物の効果を活かした緑を導入してもらうには、現場で働く医療従事者の病院緑化や園芸療法に対する理解が必要不可欠であると考えられます。しかし、医療従事者は夜勤など勤務形態が不規則であることや、激務であることなどから、緑の効果を理解する時間や余裕がない事が予想されます。そこで、時間に余裕があり、学ぶ環境でもある学生時代に着目し、学生時代に植物の有用性を理解してもらうことが有効ではないかと考えました。
 このような経緯から、本研究では全国の看護学生を対象に、病院緑化および園芸療法に対する意識についてオンラインアンケートを実施しました。医療従事者の中でも、看護師(看護学生)を選んだ理由は、病院緑化や園芸療法に対する理解が、看護師の職務内容や多職種連携での役割等から重要であると考えられること、また患者との距離が近い職種であることから、彼らの理解が進むことで、病院における緑の導入に繋がりやすいと考えたからです。

 病院において緑が必要な場所について聞いた結果、中庭や待合室など、「患者が利用する空間」が多く選ばれ、ナースステーションや職員の休憩室など「勤務者が利用する空間」はほとんど選ばれませんでした。現在、うつ病など精神疾患で休職する病院勤務者が急増しています。これらの対策としても、今後は「勤務者が利用する空間」への緑の導入が必要であると考えられます。そのためには、当事者である病院勤務者自身の意識を、学生時代から変えていくことが必要であることがわかりました。また、園芸療法に対する認知について聞いた結果、認知度自体は低いものの、「興味がある」と回答した学生が6割以上いることがわかりました。よって、園芸療法の認知度を上げ、導入を促進するには、学生時代の間に知ってもらう機会や場を提供することが有効であると考えられました。

 現在のコロナ禍において、医療従事者は、これまで以上にストレスフルな状況であると考えられます。そのストレスを緩和するための一つの手段として、植物の存在が病院緑化(ハード面)や園芸療法(ソフト面)といった形で広まれば、と考えております。今後も引き続き、病院における緑の研究を進めてまいりたいと思っています。
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