2021年9月に開催された第52回オンライン大会で優秀発表賞(研究交流発表部門)を受賞された小宅由似さんからの投稿が届きました!高松市市街地に植栽されたクスノキの生育状況と生態系サービスの推定小宅由似(香川大学)
この度は、優秀発表賞(研究交流部門)を頂きまして光栄に存じます。発表に際し多くのご助力・ご助言を頂いた共同発表者の皆様に御礼申し上げます。また、討議期間中におきましては多くのご意見・ご示唆を頂き、ありがとうございました。
私を「緑化法面の植生のうつりかわり」の調査をやっている人と認識して頂いている方もいらっしゃると思います。が、昨年今年と市街地植栽ばかりを取り扱っていたためか、あ法面屋やめたの?と聞かれることが増えてきました。
個人的には一貫して「”いい森林”を増やしたい」という思いで研究しています。”いい森林”へのたどり着き方(Oyake et al. 2020)や作り方(小宅ほか 2018)、そもそも”いい森林”とは?(第52回日本緑化工学会大会 研究集会03「目標植生の置き方について考える」)などを考えていますが、最近「”いい森林”を維持/創出した方が良い」との考えは思っているほど世間一般には広まっていないのでは、と思うようになりました。
そこで、”いい森林”維持/創出すると何が良いのかを示す一環として、今回のような「樹木の生態系サービス評価」の研究を手掛けるようになった、というのが、街路樹や公園植栽を調査するようになったいきさつです。
前置きが長くなりましたが、今回の発表内容について紹介いたします。
授賞ポスターはこちら!
1.研究背景 高松駅東側から栗林公園を結ぶ幹線道路「中央通り」の中央分離帯には、かつて市民によってクスノキが植栽されました(「日本の道100選」研究会 2002)。しかしこのクスノキの樹高成長が悪く下枝が交通標識の視認性を下げることから、大型車運転手と並木景観を維持したい地元住民の間で「剪定論争」が約20年も続きました (竇ほか 2000)。その後、先立って学会賞(功績賞)を受賞されました増田拓朗先生(香川大学名誉教授)が中心となって行った土壌改良のかいあって、クスノキの樹高成長は改善傾向にあり(増田 2020)、現時点では「剪定論争」は下火となっています。
ここで私は、管理がおろそかになりクスノキの樹勢が弱れば「剪定論争」再燃のリスクがあるのではないか?と考えたのです。クスノキ並木景観保全に向けて更なる価値づけの必要がある、つまり最近手掛けている生態系サービス評価を試みる良い機会だと思いました。
そこで、2021年現在のクスノキの生育状況を調査し、新たな価値づけとして生態系サービス評価を試みることを今回の研究目的に設定しました。更に、管理差によってクスノキの生育状況・生態系サービスがどのように異なるのかを検討すべく、近隣にあるが管理状態の異なるクスノキ植栽もあわせて調査することにしました。

写真 中央通り中央分離帯植栽 (2021年5月25日 紺屋町交差点歩道橋より撮影)
2.研究手法 調査対象は中央通りの中央分離帯植栽190本(うち、最南部の26本は2006年に新たに植栽されたもの)、これに隣接する国道11号線中央分離帯植栽19本、中央公園の植栽29本としました。
調査対象木の生育状況(表-1)のデータを樹木構造解析システム(中谷ほか 2020)に投入し、大気環境改善機能を評価しました。更に、大気環境改善効果の単価が示されている、C、SO2、NO2について、貨幣価値の試算を行いました。
表-1 毎木調査項目
3.高松市街地におけるクスノキの生育状況 調査対象の平均樹高は全体としては、土壌改良時の目標樹高に満たない結果で、植樹帯ごとに樹高のばらつきがあることもわかりました(紙面の都合上、グラフを横向きに変更しております)。

図-1 高松市市街地内クスノキ植栽の植樹帯別の平均樹高ならびに枝下高
発表ポスターの図2を改変・加筆
中央通りでは、最北部と最南部で樹高が低くなる傾向がみられ (図-1)ましたが、最南部は新たに植栽された26本のため、植栽時期の違いを考慮する必要がありました。また、国道11号線、中央公園についても、樹高が低い傾向が示されました。

図-2 高松市市街地におけるクスノキ植栽の樹木活力度スコア (地理院地図より作図)
発表ポスター 図1に加筆, フキダシ内は各調査区間における平均スコア(±標準偏差)
樹木活力度スコアをみると、2006年植栽が最北部のクスノキと比べて遜色ない活力度を示しました(図-2)。このことから、2006年植栽個体の樹高の低さは植栽時期の違いによるものと判断できました。一方で国道11号線、中央公園の樹木活力度スコアは、中央通りと比べて低い傾向がみられ (図-2)、これらの箇所は中央通りほど適切な剪定がされていない様子がみられました。
いずれにしても、中央通りのクスノキの生育状況は近隣のクスノキ植栽と比較して良好でした。最北部では樹木活力度が低い傾向がみられましたが、高松駅に近くなることによる交通量の多さに起因した管理圧の強さ、湾岸部に近づいていることなどが原因として考えられます。これらは他の道路植栽についても調査を行い、改めて考察したいところです。
4.高松市街地におけるクスノキの生態系サービス評価 中央通りのクスノキによる大気環境改善効果は、1本あたり平均で年間132.8円相当と評価され、国道11号線(年間56.0円/本)、中央公園(年間76.5円/本)よりも高い生態系サービスを有することがわかりました(表-2)。中央通りのクスノキの良好な生育と高い生態系サービスは、適切な剪定などの良好な植栽管理によるものと考えられました。
中央通り全体のこれまでの炭素蓄積量は769,199円相当、大気環境改善効果は年間25,224円相当にのぼりました。さらに、CO、O3、PM2.5などの代替価格は日本ではまだ示されておらず、これらの評価を加えればさらに評価額が上がります。また、雨水流出抑制・暑熱緩和機能などや、景観的価値も評価対象にできるはずで、今後はこれらも貨幣価値評価を行うことが課題です。
表-2 高松市市街地におけるクスノキ植栽の生態系サービス評価額

※ 大気汚染物質: CO, SO2, NO2, O3, PM2.5
※ 大気汚染物質除去量の評価額は代替価格が提示されているSO2, NO2の合計値
※ 炭素蓄積量は調査区間全体の評価値、年間炭素固定量・大気汚染物質除去量は1本あたりの平均値を示す
最後になりましたが、中央通りの調査に際しお取り計らいを頂きました四国地方整備局の皆様、中央通り中央分離帯植栽に関する資料・ご助言を頂いた増田拓朗先生、現地調査の協力を頂いた香川大学創造工学部 環境緑化工学研究室の皆様に厚く御礼申し上げます。
本研究は一般財団法人百十四銀行学術文化振興財団からの助成を受けて実施しました。また、解析の一部は科研費(18H02226)の助成により実施しました。