2020年9月に開催された第51回大会(岩手Web大会)で優秀ペーパー賞を受賞された西野さんからの投稿が届きました!異なる温度条件におけるベニシダ,オシダ,イヌガンソクの胞子発芽と前葉体成長西野文貴
この度は第51回日本緑化工学会大会において,論文部門にて優秀ペーパー賞を頂くことができ大変光栄です。まず,指導教官である福永健司教授と橘隆一教授に厚く御礼申し上げます。本稿を執筆するに当たり,統計手法等を御教授いただいた東京農業大学非常勤講師の相澤健実先生をはじめ,実験にご協力頂いた大畠功暉氏,関係者に深く感謝申し上げる。また,web討議期間中にご質問頂きました皆様にも感謝申し上げます。昨年に引き続き受賞をいただいたことで,自分の研究に自信がつきましたが,決して驕ることなく力戦奮闘し時代を変えたいと思います。この場をお借りし,私の研究内容を紹介させて頂きます。
1. はじめに シダ植物は日本に約700種生育し,様々な生活形や耐性などを持つことで多様な環境に適応してきたと考えられる。シダ植物は胞子を用いて繁殖する。胞子が発芽する環境要因については温度,光などがあげられ,定着には地形の起伏,土壌の質や湿度など微環境の影響を受けやすい特性があるとも指摘されている。
シダ植物はオシダなどのように生活形や葉形などが独特なだけでなく,耐陰性に優れた種が存在し,室内緑化または新たな緑化素材としての利用が期待されている。シダ植物が緑化に利用されることで,新しい景観の創出や種多様性に貢献することが考えられる。
シダ植物の増殖方法については株分けが主流とされるが,オシダやイヌガンソクなど根茎が匍匐しない種類は株分けが難しい。他の増殖方法としてカルスを用いた実験が行われているものの,実験設備の確保や順化などの面から野外栽培などは困難と考えられる。したがって,シダ植物の増殖方法には胞子を用いた栽培が有効と考えられる。スギナの胞子の発芽可能温度域は15〜30 ℃,最適温度は20 ℃と温度による発芽の違いが確認されている。また,一般に在来シダ植物の胞子の発芽は22〜25 ℃前後が適し,前葉体は15 ℃以上で成長し,30 ℃以上だと抑制されると報告されている。しかし,温度条件の影響について種ごとの胞子の発芽率の推移や前葉体成長に関する具体的な数値や差異は明らかになっていない。
実験は緑化に関係する種類を対象とし,温度勾配機内に5つの恒温条件を設定し,胞子の発芽試験と前葉体成長の測定を行うことで,胞子発芽と前葉体成長に適する温度条件を明らかにすることを目的とした。
2. 実験方法 供試植物は従来から緑化植物として利用されているオシダ科オシダ属のベニシダ(
Dryopteris erythrosora (D.C.Eaton) Kuntze.),独特の葉形や耐凍性を有し今後の緑化植物として期待されているオシダ科オシダ属のオシダ(
Dryopteris crassirhizoma Nakai.),コウヤワラビ科コウヤワラビ属のイヌガンソク(
Onoclea orientalis (Hook.) Hook.)とした。
胞子の殺菌はクリーンベンチ内で行った。殺菌には12%次亜塩素酸ナトリウム(株式会社松葉薬品)を希釈して,1%次亜塩素酸ナトリウムを作成し,これを胞子の入ったスクリュー瓶に10 ml入れ5分間攪拌した。胞子は浸漬後,ろ過して滅菌水で3回洗浄した。培地はスクロースが添加されていないムラシゲ・スグーグ培地の粉末培地(日本製薬株式会社)を使用した(以下MS培地)。培地のpHは5.75±0.05に調整したのち,寒天粉末を濃度0.7%になるよう加え,オートクレーブ(121 ℃,20分間)で滅菌処理を行った。
培地は滅菌処理後にクリーンベンチ内にて滅菌プラスチックシャーレ(直径50.7 mm,高さ14.7 mm)に15 ml分注し,常温になるまで放冷した。放冷後,殺菌した胞子をマイクロピペットで吸い取り,培地上の5ヵ所が等間隔になるように1滴ずつ播種した。播種後のシャーレは恒温10 ℃・15 ℃・20 ℃・25 ℃・30℃に設定した温度勾配機(東京理化器械 EYELA MTI-202)内に設置した。温度勾配機内の光量は3,300 lux(明期16時間・暗期8時間)とした。胞子発芽の観察には実体顕微鏡(OLYMPUS SZ61)を使用した。発芽は撮影画像の胞子から緑色の原糸体が突出した時点とした。胞子播種後90日,心臓形に発育した個体,各温度条件から30個体を無作為に5シャーレから採取した。採取した前葉体は白色の紙に定規(最小目盛りは1 mm)と一緒に貼り付け,3,366×2,514,300 dpiの解像度にてスキャン(.tiff)を行い,画像処理ソフトImageJ(National Institutes of Health, Bethesda, Maryland, USA)を用いた画像解析により,前葉体の部分のみを面積の測定範囲として抽出を行い,前葉体以外の部分が抽出された場合は修正を行った。
3. 結果 各温度条件の胞子の発芽率の推移を図-1,平均発芽日数と最終発芽率を表-1に示す。ベニシダで発芽が最初に確認されたのは30 ℃区の4日目,最も遅いのは10 ℃区の20日目で16日間の差があった。48日目以降,発芽率に変化は見られなかった。48日目で最も高い発芽率は15 ℃区で48.3%,最も低い発芽率は20 ℃区で40.8%となった。最終発芽率は48日目の全温度条件区間において有意な差は認められなかった。
オシダで発芽が最初に確認されたのは20 ℃区,25 ℃区,30 ℃区の4日目,最も発芽が遅いのは10 ℃区の20日目で16日間の差があった。最終発芽率は28日目で全温度条件区において100%を示し,全条件間で有意な差は認められなかった。
イヌガンソクで発芽が最初に確認されたのは25 ℃区と30℃区で8日目,最も発芽が遅いのは10 ℃区の34日目で26日間の差があった。90日目以降,発芽率に変化は見られなかった。イヌガンソクの平均発芽日数は64日目の測定より長期間欠測したため,64日までの発芽数から算出した。最終発芽率は90日目で10 ℃区と15 ℃区を除いて有意な差が認められた(p<0.01)。
播種後90日目の前葉体の様子,前葉体の表面積の値を表-1に示す。表-2の前葉体の写真は滴下した胞子が成長し,前葉体の集塊した状態となる。前葉体の大きさは目視による観察だと,集塊の中心部と縁辺部では大きな差は見られなかった。中心部の前葉体は寒天培地に対して上に伸長し,縁辺部では水平に成長していたが,定量的な判定は行っていない。
ベニシダの表面積の最小は15 ℃区と30 ℃区で2.1 mm2,最大は25 ℃区で19.2 mm2となった。また,20 ℃区,25 ℃区において平均10 mm2の表面積となり,15 ℃区,30 ℃区と比べ約1.5倍以上の差が確認された。
オシダの表面積の最小は25 ℃区で1.3 mm2,最大は20 ℃区で22.9 mm2となった。また,20 ℃区において面積が平均11.2 mm2で,15 ℃区,25 ℃区と比べておよそ2倍以上の差が確認された。また,オシダは30 ℃では前葉体の形成はなかったが,原糸体が前葉体になるまでに枯死した。
イヌガンソクの表面積の最小は25 ℃区で1.7 mm2,最大は20 ℃区で23.1 mm2となった。また,20 ℃区において平均8.5 mm2の表面積となり, 15 ℃区,25 ℃区と比べ約1.5倍以上の差が確認された。また,30 ℃区の温度条件区においては前葉体の形成が一部確認されたが,計測が難しい状態であった。
4. 考察 平均発芽日数は,3種とも25 ℃が最も早く,25 ℃以外では発芽日数が遅れるため,早く発芽させるには25 ℃が適切な温度条件だと考えられる。しかし,3種とも10 ℃で発芽日数は遅くなるが,最終発芽率は高い値を示していることから積算温度が胞子発芽に関係していると考えられる。今回の実験では積算温度の結果を胞子栽培に応用できるかはわからなかった。今後,積算温度に焦点を当てて実験を行うことで,胞子栽培に応用できるか判明すると考えられる。ベニシダとオシダの累積発芽率は各条件間で有意な差が認められなかったため,10 ℃〜30 ℃の範囲では温度条件が発芽率に与える影響は少ないと考えられる。本研究で使用したベニシダの胞子は常温保存約150日目となり,胞子の保存が長期間または保存方法が発芽率の低下に起因していると考えられる。しかし,詳細な原因究明には至っていない。また,分布域と胞子発芽における温度条件の研究は著者が調べた限り行われておらず,研究を行うことでシダ植物の生態の解明に繋がると考えられる。
ベニシダの前葉体は,10 ℃では形成されず,成長が止まっていたが,15 ℃〜30 ℃においては形成が確認された。したがって,ベニシダの前葉体の形成には温度が15 ℃以上必要であると考えられる。オシダとイヌガンソクの前葉体は10 ℃では形成されず,成長が止まっていたが,15〜25 ℃においては前葉体の形成が確認された。また,オシダは30 ℃では前葉体の形成原糸体が前葉体になるまでに枯死し,イヌガンソクは30 ℃では一部を除いて前葉体の形成が確認されなかった。したがって,オシダとイヌガンソクの前葉体の形成には温度が15 ℃以上必要であると考えられる。ただし,30 ℃以上では前葉体の形成,原糸体の生育を抑制すると考えられる。主に暖温帯に生育するベニシダでは30 ℃でも前葉体は形成されたが,冷温帯に生育するオシダは原糸体が前葉体になるまでに枯死した。したがって,主に冷温帯に生育する種は30 ℃以上では胞子発芽するものの前葉体の形成は困難と考えられる。そのことから,分布域は栽培時における温度条件の目安になると考えられる。しかし,今回の実験では3種と対象種が少ないため,今後は対象種を増やすことで分布と温度の関係性が明瞭になると考えられる。また,ベニシダとオシダは同科同属であるが胞子発芽と前葉体成長の傾向が異なったことから,胞子栽培においては種ごとに温度条件を検討する必要があると考えられる。
5. おわりに 本研究では最終発芽率はベニシダとオシダでは10〜30 ℃で同様の結果を示し,イヌガンソクでは10 ℃が最も高い値を示し,前葉体成長においてベニシダは20 ℃もしくは25 ℃,オシダとイヌガンソクは20 ℃が最も成長したことが明らかになった。本研究の実験は5 ℃ごとに恒温条件を設定したが,今後は細かい温度設定や変温条件を組み合わせることで最適な温度条件を解明できると考えられる。胞子発芽と前葉体成長に関係する要因は胞子の形態,胞子の大きさ,散布時期,生育環境,分布する気候帯など様々である。今後は供試植物の種類を増やし,複合的な実験条件を組むことで多岐にわたる要因を明らかできると考えられる。
今回の受賞はコロナ禍の中という事もあり,色んな角度から研究を考えさせられました。研究対象のシダ植物という神秘ある生物を通して,自然科学の一端に触れられたのではないかと思っています。研究では常識にとらわれずに他の分野も貪欲に勉強したいと思います。世のため,人のためになるよう,何事にも全力で取り組み,率先垂範を心掛けたいと思います。この度は研究紹介をさせて頂き,ありがとうございました。研究に携わった皆様に改めて感謝申し上げます。