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2019年12月31日

第8回 茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)

“あるがまま”を大事にする音楽
“めいめい”という感覚こそ日本文化の根底にあるもの



前回の「日本の伝統音楽は、楽譜を基準にメロディ・リズム・ハーモニーで統一するスタイルではない」という背景には、「そろえないことをよしとする文化があったから」と話す茂手木氏。それを掘り下げていくと、日本の音を考えるアイデンティティに深く結びついてくるのではないでしょうか。
(取材:ごとうあいこ)

 
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 私たちは、四季の移り変わりの中で、季節の音を意識しながら過ごしています。『源氏物語』や『枕草子』などには、風の音、水の音、虫の声、自然の音の描写がたくさん出てきますが、こうした自然の音への共感が楽器にも取り入れられて、音楽作品の基盤を支えています。

最初に話しましたが(※第7回の記事)、国立劇場でドイツの作曲家、シュトックハウゼンが新作雅楽を作ったときに、面白いことがありました。雅楽の楽太鼓は打つたびに、桴を差し込む金具部分がビリビリと振動するのですが、日本人の私たちは全く気にならないこの音を、シュトックハウゼンは「耳障りなので鳴らないようにガムテープで固定してほしい」と言うのです。西洋の“ミュージック”に雑音はいらないんですね。

 けれども、日本の楽器は、三味線なら「サワリ」という、棹の糸巻きに近い所に少しだけ突起を作って複雑な音が出るようになっていますし、歌舞伎の大太鼓では、右桴(バチ)で太鼓を打つ時に、わざわざ左桴を革面に触れるように当てて、ビリビリいう音を出すんです。これは、日本人が自然音を好む感覚ですね。風の音や雨音など、自然音にはシャーッとかザーッという、まざりものがたくさんあります。まざりもののない音も出せるのに、尺八などは意図的に息音を混ぜた音色を出し、まるで風が吹くような音にするのです。日本の寺社の鐘の音だって複雑な音色に仕上がっていますし、読経でも声明でも、みんなの声が違うからありがたみが出るといわれます。

 日本語の「自然」という言葉は、もともと「じねん」と発音し、「おのずから」という意味で、人間も自然の一部だと考えていました。ですから、「一人ひとりのあるがままの声」を活かすことや、風や雨の音のような雑音を含む音を音楽に取り入れることも当然だったのでしょう。日本の伝統音楽は、このように、「あるがままを良し」とする文化が根底にありますから、合奏や合唱が「そろわない」のではなく、個々の声質や音から音への進み方について、「そろえない」という感覚でやってきたんだと思います。

 かつて、工業デザイナーの秋岡芳夫さんが言及していましたが、日本人はそれぞれ自分の好みを持っていて、それが個々に異なる茶碗や箸の形や色、模様に表れるというのですね。最近ではそろいのものを使う家庭も多いようですが、“めいめい茶碗”という言葉があるように、家族でも違う柄やサイズ、また色や模様の異なる茶碗を一人ひとり選んで使うという文化があります。この、“めいめい”という考え方を音楽に当てはめたときに、しっくりきました。日本の伝統音楽は、“めいめい”文化を代表しているんだと。しかし明治時代に西洋式の音楽教育が始まったことにより、日本も“めいめい”から“均一”統一”という動きに変わっていきます。

 西洋音楽ではメロディ・リズム・ハーモニーを尺度として基準となる音があり、音程や縦の拍子を合わせることが重要視されます。ピアノで弾かれた音に自分の声を合わせなくてはいけない。リズムをとって合わせないといけない。これができないと「音痴」の烙印をおされてしまい、音楽が楽しめなくなってしまう。

 日本の伝統音楽は、その人の出やすい声で、その人流の表現の仕方を大事にします。長唄で唄方(歌い手)と三味線・笛(篠笛)・打楽器で演奏する場合は、まず唄方が声を出し、その声を聴いて三味線の基本音を決めて調弦し、続いて笛はどの音域のものが良いか持っている笛の束から選びます。篠笛は、半音ずつ違う音域の笛を10本以上準備しているのが常です。楽器ではなく、人に合わせる。まず「人ありき」です。それが日本の伝統音楽の良さなんですよね。

 今は、とかくリズムとか、西洋楽器とのセッションとかそういう方面にかっこよさを求める傾向があるので、もう少し日本の音そのものにも目を向けてほしいと思います。私は、昔の楽器をたくさんコレクションしています。集めた楽器には、昔の音が残っていますが、高度成長期以降に作られた楽器の音色と明らかに違うんです。私のコレクションは美しい装飾や、由緒いわれのある特別な楽器ではなく、庶民の生活の中にあった音を出す道具が多いですが、これらは、江戸時代から明治頃の一般の人々がどのような音色や音質を好んでいたかの証拠になります。当時の録音が残っているわけではないので、実物はとても貴重です。実際の音を聴くことで、今に繋がる共通点も見つけられるし、新しい発見にも繋がっていくのです。
  
 日本の楽器を使って、日本の音楽をただ奏でているだけでは、単なる伝承にすぎません。昔の楽器で、教わった通りに演奏しているだけでは何の変化もなく、伝承の域を超えることはできないのです。そこに問題を投げかけて、新たな伝統の在り方を感じさせるような演奏でないと、なかなか感動も生まれない。創造する伝統という観点でいえば、伝統とは、同時代にも説得力を持って訴えかけることのできるものだと思います。そしてさらに、未来にどうあるべきかという本質的なところにまで踏み込んで挑戦して欲しいですね。

(了)

茂手木 潔子(もてぎきよこ)
日本の伝統音楽研究を専門とする。文楽義太夫節、民俗芸能・仏教や歌舞伎下座音楽の楽器、越後酒屋唄の研究を通して、日本の音文化に共通する特徴を「めいめい」のキーワードをもとに研究している。
著書『文楽 声と音と響き』『浮世絵の楽器たち』『酒を造る唄のはなし』『おもちゃが奏でる日本の音』など。論文「義太夫節の学習法」「近松の文章の音楽性をめぐって」「北斎と馬の鈴」など。
2017年4月〜2019年3月まで「季節の音めぐり」と題したエッセイを、当財団ブログに連載。https://blog.canpan.info/shikioriori/
山梨県笛吹市出身。現在、聖徳大学教授 上越教育大学名誉教授 日本大学芸術学部非常勤講師。「創造する伝統賞」の前身である「日本伝統文化奨励賞」の第2回受賞者。

2019年11月30日

第7回 茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)

楽器を通じて表現される音作りの考え方こそ大事にしたい
生きるための唄が伝えるダイナミックな伝統のかたち



いろいろな音が混じり合う、雑味のある音こそが日本の伝統音楽の原点ですが、楽譜やメロディ・リズム・ハーモニーの普及で、音楽は変化してきました。かつては日本のあちこちで唄われていた ”生きるための唄の文化”もまた、消えつつあるのです。
(取材:ごとうあいこ)


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 私は日本の音楽を専門に研究していますが、現在の日本の音楽教育では、西洋音楽が音楽や楽器の基準になっています。日本音楽や日本文化をこの西洋音楽の基準に当てはめていこうとすると、日本音楽の表現方法や音作りの考え方では、なかなか入る場所がないんですよね。世界には、実に様々な価値観を持った音楽が存在していて、国によって文化が異なることと同様に、音楽の表現方法も様々なのです。

 日本の音楽は、もともと即興性に溢れ、場に応じて演奏を自由自在に対応させることもできました。しかし、いわゆるクラシック音楽の楽譜ありきの価値観で演奏してきた人は、メロディ・リズム・ハーモニーを神様みたいに崇めていて、それを忠実に守ろうとするんですね。ルールの中に楽器や声を当てはめ、メロディ・リズム・ハーモニーを壊さないように音楽を作る。そもそも、日本の伝統音楽では、メロディ・リズム・ハーモニーを必須とした音楽づくりをすることはなかったのですから。

 楽器もそうです。例えば、バリにはガムランという民族音楽がありまして、村ごとにその地域の人々が集まって演奏します。家族や親戚で集まったときなどは、家の台所用品を持ち出して、ガムランのように演奏できてしまうそうです。フライパンなど音を鳴らせるものを寄せ集めてガムランをする。専用の楽器を持っていなくても、方法論があるから、フライパンでもガムランになるんです。こんなふうに、仮に楽器がなくても方法論がしっかりあれば、音楽を作り出すことができるわけです。伝統を継承するということは、たとえ楽器がなくても音楽づくりの方法論を生かして伝統の響きやリズムを表現することだと思います。

 私は、大森貝塚を発見したエドワード・シルベスター・モースが日本滞在中に見聞きした当時の音楽や音文化についても研究をしています。彼が残したコレクションから19世紀の日本の庶民の暮らしについて読み解くと、伝統的な音文化について記述があり、これがとても興味深い。とにかく一番書かれているのが、日本ではどこに行っても人々が唄を唄っているということ。仕事をしながら唄うという文化に驚いているんですね。江戸時代には定着していた出稼ぎ、鳥追いの唄とか、木遣唄、酒屋唄とかね。こういう作業唄って日本にとても多かった。作業唄は、人に聴かせるための音楽ではなくて、体を動かす動作のタイミングや時間を計ったり、単純作業の辛さを紛らわせたりするものだったのです。日本にはたくさんの民謡がありますが、民謡の起こりは作業唄がほとんどです。

 作業唄の中でも、私がここ10年以上研究をしているのが、越後の酒屋唄。酒造に携わる人々が、お酒を造りながら唄う唄で、唄うことは「唄半給金」と言われるほど、酒造業には必要不可欠でした。酒屋唄には、決まった楽譜や歌詞はなく、即興で歌詞を作って唄うこともできます。声色や音程がバラバラでも構わないし、声が揃わなくてもいい、言葉とリズムがはっきりしていれば旋律や音程は二の次です。一人ひとりの発声が違うことで、親方は、唄声を聴いて、みんなが現場にいるかどうか確認し、一人ひとりのコンディションまでチェックできるのです。酒蔵での仕事は過酷なので、蔵人たちは桶を洗いながら故郷に残した家族への思いを唄ったり、眠気で六尺桶の中に落ちないように、そして沈みがちな自分の気持ちを鼓舞するように唄います。言ってみれば、彼らは生きるために唄を唄ってきたのです。

 酒造りは万葉時代からあったけれど、こういうふうに唄い出したのは、江戸時代あたりだったようです。酒造技術が発達して、団体作業で酒造りが行われるようになり、それで作業唄も発展してきました。唄の歌詞には、八百屋お七の話を取り入れたり、江戸の街の名前を入れたりしてアレンジされました。伝承方法は耳コピーですから、師匠や親方が唄う様子を何度も見て、聴いて、それで覚える。これは、作業唄に限らず、歌舞伎も、能も、文楽も同じで、楽譜や教本よりも、口頭伝承が普通。日本の伝統的な音楽の教育方法はみんなそうでした。楽譜ありきではなく、音楽が先。音楽を体得する過程で、常に変化に対応できるような力を育てる訓練がなされるんです。

 毎日繰り返し、何度も聴いているうちに、メロディや拍子が自分の中に入ってきて、そこから自分がその仕事をするようになった時は、もう唄えるようになっている。それと同時に、いろんな人のパターンも覚えているから、臨機応変にアレンジもできる。だから、歌舞伎でも、浄瑠璃でも、役者や演奏者の組み合わせによって曲調や歌詞が多少変わっても対応できるんです。楽譜をベースに構成される西洋音楽では勝手に楽譜を変えることはできませんから、大きな違いですね。例えば、オペラの音楽では全部決まったことをそのままやるので、人が変わったからといって音楽が省略されたり、付け加えられたりということはありません。

 酒屋唄は、日本人の唄に対する本来の表現方法を代表していると思います。楽譜がない、歌詞も決まっていない中、即興的に唄を作る一人ひとりが、作曲家であり、作詞家であり、演奏家でもある。日本には、こういうふうに庶民の間で流行った音楽でとても素敵なものが多くありました。上流階級の人が趣味で奏でる楽器や教養のための音楽とは一線を画すもので、生きるため、必死の状態で唄うエネルギーに胸を貫かれる。芸術といっていいかはわかりませんが、これも伝統の一つ。ダイナミックな伝統のかたちだと思うのです。

(3へ続く)

茂手木 潔子(もてぎきよこ)
日本の伝統音楽研究を専門とする。文楽義太夫節、民俗芸能・仏教や歌舞伎下座音楽の楽器、越後酒屋唄の研究を通して、日本の音文化に共通する特徴を「めいめい」のキーワードをもとに研究している。
著書『文楽 声と音と響き』『浮世絵の楽器たち』『酒を造る唄のはなし』『おもちゃが奏でる日本の音』など。論文「義太夫節の学習法」「近松の文章の音楽性をめぐって」「北斎と馬の鈴」など。
2017年4月〜2019年3月まで「季節の音めぐり」と題したエッセイを、当財団ブログに連載。https://blog.canpan.info/shikioriori/
山梨県笛吹市出身。現在、聖徳大学教授 上越教育大学名誉教授 日本大学芸術学部非常勤講師。「創造する伝統賞」の前身である「日本伝統文化奨励賞」の第2回受賞者。

2019年10月31日

第6回 茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)

伝統とは、現代においてもエネルギーを持ち続けるもの
日本の伝統文化における音楽の原点は暮らしの響き


日本の伝統文化に息づく音。自然への憧憬や暮らしの中に溶け込んだ音は、いわゆる西洋音楽とは違う世界観で表現され、唄い、伝承されてきました。西洋音楽から日本の伝統音楽の研究に転向した茂手木潔子氏が考える音の世界。「創造する伝統」としての音楽とは。
3回にわたって連載します。
(取材:ごとうあいこ)


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 日本に元々あった音楽や、音の姿ってなんだろう。西洋音楽の教育を受けてきた私が日本の音楽、伝統音楽の研究を始めて、最初に衝撃を受けたのは、国立劇場に勤務して間もない頃でした。1977年にシュトックハウゼン作曲の新作雅楽の上演を演出家の木戸敏郎さんが手がけることになり、私は、シュトックハウゼンに作曲を依頼するための資料作りを手伝いました。楽器の音色や音域、奏法特性を五線譜で示して録音したテープを添えた資料を作ったものの、雅楽の箏の左手奏法については言及しませんでした。すると、シュトックハウゼンが作品に左手の奏法をたくさん書いてきたのです。

 雅楽の箏は、左手を使わないことは常だったので困りましたが、同時に「確かに、なぜ左手を使わないのか」という疑問が浮かび、木戸さんは様々な文献を調べたんですね。そうすると「応仁の乱のときに左手を使う奏法がわからなくなってしまったらしい」という記述が出てきました。つまり、左手を使わない奏法は、実は雅楽の伝統の伝承ではなかったんですね。これはショックでした。

 そうすると、私たちが今知っている音楽は、元々このかたちだったのかと、さらなる疑問が生まれました。元々の音楽のかたち、伝統を受け継ぐということはどういうことなのか。そう考え出した頃に出会った方々がアドバイスをくださったのですが、その中の1人である作家の辻邦生さんがこうおっしゃったんです。「伝統という言葉はフランス革命から来ていて、『伝統』や『古典』は明治になってから生まれた言葉だ」と。辻さんが考える伝統とは、「現代の中でも、いきいきと活気を持って行われているもの」であるともおっしゃいました。

 つまり、伝統には、現代にも通ずる説得力がなければならない。そして、そこには同時代性がなくてはならない。ただ、脈々と続いているだけでは単なる因襲または慣習でしかないし、いきいきしていないものは遺物なのです。例えば、歌舞伎は同じ作品であっても毎回台本を作り変えます。その時に人気の役者に合わせて再構成することもあります。正月歌舞伎など、流行り言葉をどんどん入れます。音楽も毎回、どんな音楽で組み合わせるかを再検討しますし、地方巡業などで面白い音があると、すぐに黒御簾に入れることなども昔から行われているんですね。

 音楽は、昔のものをそのまま演奏していても、今の若い人には身近でないために興味を引かない場合もあるし、「この楽器はこう使うもの」と従来の楽器奏法に縛られすぎると、新しいエネルギーが生まれない。「現代の中でも、いきいきと活気を持って行われるもの」が伝統であるなら、それが途絶えそうな時に、何を残すかといったら、私は、楽器ではなくて、音楽を創りだした発想、どんな音を出したかったかという考えを残すべきだと思うのです。箏という楽器にこだわって、箏でヴィヴァルディを演奏するよりも、ヴァイオリンで声明のようなうねる旋律を演奏する方が伝統の創造活動だと思うんですね。

 そもそも、箏や三味線は中国から来ていますが、三味線などは中国の弾き方と違います。日本ではベンベンとかビンビンと響く「さわり」という仕組みを棹の上部に作って、撥で演奏しますけれども、撥を使うようになったのは、琵琶の演奏家が三味線を弾いたことからなのです。琵琶には中国から伝来した琵琶と、インドから伝わったらしい琵琶があるのですが、このビンビンいう音は、日本独自というよりは、インド系の音の影響だと考えられています。当時の人々が出したい音は、複雑な音色の音だったのでしょうね。つまり、楽器の文化というよりは、音の出し方が生活や文化に密着しているのです。私たちが受け継いできた音の作り方があって、その楽器からどういう音を出したいのか、それを奏で、作りたい音を出せるように楽器の奏法が変えられていったと考えています。

 西洋から音楽や楽譜が入ってきてからは、学校教育の音楽はドレミやハーモニーが重視されるようになりました。近年、学校の音楽教科書に掲載されている横笛は、指穴の大きさを変えてドレミに調律した笛が多く、音域も、東京以外では使わない高い音域の笛です。リコーダーと似た指使いでドレミが出せるように高めの8本調子を使うんですね。これが学校音楽を通じて全国に出回っています。東京では6本、あるいは7本を使い、東北だと通常3本か4本の低い音なんです。このように、学校教育と地域の伝統が乖離してしまうのは危険ですね。

 一方で、伝統音楽の在り方として、歴史的な重要さのみや、視覚的なスタイルを優先することで音楽そのものの本質を見失ってしまうのは本末転倒です。かつて、木戸敏郎さんが雅楽の演奏会を洋服で上演したことがありましたが、日本音楽研究者の評議員から「神聖な舞台に土足で上がるようなものだ」と猛反発がありました。雅楽の演奏では、海松装束を着るのが慣例とされていたからです。

 けれども、雅楽で海松装束を着るのは大正時代頃から決まったことであって、それも武士の服装を取り入れたもの。何より木戸さんは服装よりも、雅楽の楽器に焦点を当て、音楽そのものをクローズアップするという意図があったんですね。それなのに、「雅楽は海松装束」という先入観と、目の前に見えているものは昔から変わっていないという思い込みに縛られてしまう。「日本音楽だから演奏時には和服を着るべき」という意見は、音楽そのものの魅力が忘れられているような気がしてなりません。和服は、かつての日本人の普段着というだけ、楽器の演奏時に和服を着ることは、当時の現代性を反映していただけだとも言えるでしょう。そうすると、現代では、洋服で演奏したって構わないと思うのです。

 日本の伝統音楽で引き継ぐべきこととは、近い時代の歴史や慣習ではなくて、伝えられてきた音色や、どのように音を表現してきたのかという考え方だと思います。日本人が出してきた音、出したかった音、響き。美しいハーモニーではなく、引っ掻いたり擦れたり、いろんな音が混じり合うような響きを出す奏法から生まれる雑味のある音楽がそれでしょうか。生活の中で耳にする自然界の音を、楽器で再現していると思うのです。

(2へ続く) 

茂手木 潔子(もてぎきよこ)
日本の伝統音楽研究を専門とする。文楽義太夫節、民俗芸能・仏教や歌舞伎下座音楽の楽器、越後酒屋唄の研究を通して、日本の音文化に共通する特徴を「めいめい」のキーワードをもとに研究している。
著書『文楽 声と音と響き』『浮世絵の楽器たち』『酒を造る唄のはなし』『おもちゃが奏でる日本の音』など。論文「義太夫節の学習法」「近松の文章の音楽性をめぐって」「北斎と馬の鈴」など。
2017年4月〜2019年3月まで「季節の音めぐり」と題したエッセイを、当財団ブログに連載。https://blog.canpan.info/shikioriori/
山梨県笛吹市出身。現在、聖徳大学教授 上越教育大学名誉教授 日本大学芸術学部非常勤講師。「創造する伝統賞」の前身である「日本伝統文化奨励賞」の第2回受賞者。