3月17日(火)、山口市大殿地域交流センターで、
山口の朗読屋さんによる
「福田百合子が『外郎の家』を語る朗読会Part16」に参加しました



福田百合子先生のご挨拶。


山口の朗読屋さんの岡村さん、椙さん、水本さん、田中さんによる
『外郎の家』(福田百合子/著 毎日新聞出版 1987.3) より
第四章「木目」のリレー朗読。

章タイトルの「木目」は、外郎の台の木目。
福七神の
じろうじんの頭が
のびて のびて
波になり 渦になり
また 山になり 谷になり どんな台だったのか、想像が膨らみます。
福田先生の自著の解説は、やっぱり素晴らしい!

田中さんによる大型紙芝居
『いなむらの火』(大型紙しばい防災シリーズ)(川崎大治/脚本 降矢洋子/絵 童心社 2005.6)の実演。
急なプログラムの変更で、田中さんは初見だったとのこと。

絵を描いた
降矢洋子さんは、画家、版画家、絵本作家、そしてアンチアパルトヘイトなどの活動家でもあり、昨年10月に亡くなられました。降矢ななさんのお母様です。
実演されたのは大型紙芝居でしたが、普通サイズの紙芝居『いなむらの火』(いのちを守る防災かみしばい じしん・つなみ・たいふう)(川崎大治/脚本 降矢洋子/絵 童心社 2011.6)もあります。
「稲むらの火」は、江戸末期の1854(嘉永7/安政元)年の
安政南海地震による津波での紀伊国広村(現在の和歌山県有田郡広川町)での出来事をもとにしています。
「稲むら」(稲叢)とは、刈り取りのあと脱穀するまで天日干しするために稲架(はさ)に架けて積み重ねられた稲穂のついた稲の束のことですが、また、脱穀後の藁の山も「稲むら」と言うことがあります。
1896(明治29)年、
小泉八雲(Lafcadio Hearn ラフカディオ・ハーン)は、英語で
"A Living God" を著しました。ボストンのホートン・ミフリン社(HOUGHTON, MIFFLIN & CO.)から出版された来日後の第四作品集
"Gleanings in Buddha-Fields : STUDIES OF HAND AND SOUL IN THE FAR EAST"(「佛の畠の落穗――極東に於ける手と魂の硏究」(「仏国土での落穂拾い――極東に於ける手と魂の研究」))の巻頭に置かれた作品です。
画像は、インターネットアーカイブ(Internet Archive)で公開されています。
"Gleanings in Buddha-Fields : studies of hand and soul in the Far East"電子テキストは、プロジェクト・グーテンベルク(Project Gutenberg)で公開されています。
"Gleanings in Buddha-Fields : studies of hand and soul in the Far East"
翻訳は、国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開(保護期間満了)されていています。
『小泉八雲全集 第6巻』(第一書房 昭12)「佛の畠の落穗」「第一章 生神」高台に住む村長の浜口五兵衛は地震のあと沖合の波が退いていくのを見て津波の発生を予感しました。しかし秋祭りの準備に追われている400人もの村人たちに危険を告げ知らせる時間的余裕はありません。そこで五兵衛は自分の田んぼの取り入れたばかりの稲むらに松明で火を放ちます。火事だと思って高台に駆けつけた村人たちはやがて眼下に巨大な津波が襲ってくるのを見ました。五兵衛の自己犠牲的行為によって命を津波から救われたことから、村人は彼を「生き神さま」として慕うようになります。
中井常蔵が翻訳・再話したものが
「稲むらの火」として、1937(昭和12)年刊行の文部省尋常科小学校5年生用の国語教科書
『小学国語読本巻十』(第4期国定教科書、サクラ読本)に掲載され、続く第5期国定教科書(アサヒ読本)の
『初等科国語六』にも引き続き掲載され、1947(昭和22)年まで用いられました。
画像が、
気象庁HPと
稲むらの火の館 資料室【稲むらの火】〜安政地震津波の顛末〜、
内閣府防災情報「過去の災害に学ぶ(特別編)津波と稲むらの火」に掲載されています。
電子テキストが、
サイト「小さな資料室」の『資料161 「稲むらの火」(『初等科国語 六』所収)』に掲載されています。
五兵衛のモデルは
濱口儀兵衛(梧陵)です。
「ヤマサ醤油」公式サイト内の
『戦前の国定教科書にものった「稲むらの火」』
に、濱口儀兵衛(梧陵)について簡潔に書かれています。
NHKアーカイブスに
「1854年 安政南海地震(稲むらの火)」があります。
有田郡広川町の養源寺に納められた
『安政聞録』を紹介しています。
内閣府防災担当 監修の
紙芝居『津波だ!いなむらの火をけすな』(桜井信夫/文 藤本四郎/絵 (財)都市防災研究所 2005)もあります。

文芸山口の藤田義隆さんによる随筆
「樹木のようなもの」(属識身/作)(文芸同人誌『文芸山口』2019年2月号(山口県文芸懇話会)掲載)の朗読。
NHKスペシャル「シリーズ 人体 神秘の巨大ネットワーク 第6集 “生命誕生”見えた!母と子 ミクロの会話」を観ての随筆です。
源氏物語の紫の上に言及された福田先生による解説はさすがでした

『怪談小泉八雲のこわ〜い話 1 耳なし芳一・ろくろ首』(小泉八雲/原作 高村忠範/絵・文 汐文社 2004.6)より
「耳なし芳一」の朗読劇風上演。

ナレーター(地の文)は松富さん、芳一は岡本さん、侍(家来)は島田さん、女中頭(老女)は永井さん、聴者は水本・永井さん、阿弥陀寺住職は田中さん、寺の下男達は水本さんという配役でした。
「耳無芳一の話」(
THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI)は、小泉八雲の来日後第十作品集
"Kwaidan : Stories and Studies of Strange Things"(『怪談 不思議なことの物語と研究』)(Houghton, Mifflin Company(ホートン・ミフリン社) 1904(明治37).4)に第一話として所収されています。
画像は、インターネットアーカイブ(Internet Archive)で公開されています、
"Kwaidan : Stories and Studies of Strange Things" "THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI"原著は、扉に版画風の朱印で、本文のページをめくると、左右ページの肩(左ページは左肩、右ページは右肩)に、それぞれ、朱色で「怪談」の漢字が印刷されていて、とてもおしゃれです。
電子テキストはプロジェクト・グーテンベルク(Project Gutenberg)で公開されています。
"Kwaidan : Stories and Studies of Strange Things" "THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI"
なお、小泉八雲は、"Kwaidan"が出版された年 1904年の9月26日に54歳で心臓発作により急逝しました。
戸川明三訳「耳無芳一の話」(「小泉八雲全集 第八卷 家庭版」(第一書房 1937(昭和12).1.15))は、青空文庫で公開されています。
画像は、国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開(保護期間満了)されています。
『小泉八雲全集 第8巻』(第一書房 昭12)「怪談 不思議な事の物語と研究」「耳無芳一の話」『平家物語』には、数多くの諸本(=異本のこと)が存在します。
その中に
「長門本」というのがあります。全20巻の大部です。
長門国赤間関(現在の山口県下関市)にある安徳天皇の冥福を祈願するために営まれた壇之浦の
阿弥陀寺(現在の赤間神宮)に伝来した旧国宝(現在は重要文化財で
「紙本墨書平家物語(長門本)」と呼ばれています)の写本にちなんだ名称です。平家一門滅亡の地に伝わったことから、江戸時代前期に重要視され、写本を中心に広がりました。
インターネットで簡単に観ることのできる『長門本平家物語』を三点挙げておきます。
『長府平家物語』と題簽に記された写本(写年不明 全20巻20冊 紅葉山文庫旧蔵)が国立公文書館デジタルアーカイブでインターネット公開されています。

国会図書館貴重書に、題簽には
『平家物語』と記され、表紙に金泥で草木を描き、見返しは金地亀甲文様の美麗な写本があり、国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開(保護期間満了)されています。付属として一〜二十の数字と9名の人名が記された
「筆者覚」2丁が伝来しています。
国書刊行会 編『平家物語 : 長門本』巻第1〜20(国書刊行会刊行書)(国書刊行会/編 国書刊行会 1906)の画像は、国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開(保護期間満了)されています。

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『平家物語 20巻』[20],写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2570384福田先生の『平家物語』についてのお話はもっと詳しくお聴ききしたかったです


水本さんによる紙芝居
『みいちゃんの散歩道』(介護紙芝居シリーズ)(ピーマンみもと/脚本・絵 くるんば 2024.4)の実演。歌は福田百合子先生、演奏は原田さん。


原田宏美さんによる
『過去 現在 そして・・・ 〜PAST PRESENT and〜 メロディーを奏でる言葉たち』(はたのまゆ/詩・画 2026.1)より
「クリームソーダ」(希夢香/作詞・作曲)の弾き語り。
「クリームソーダ」は、You Tubeで公開されています。
希望者で福田百合子先生を囲んで
