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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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長門国一宮 住吉神社に行きましたA南参道・西参道・社叢 [2020年07月31日(Fri)]
前回の続き

南参道
南の大鳥居。
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厳島神社。
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説明板「国宝「本殿」造営・寄進六五十年」。
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説明板「長門一の宮住吉神社社叢」。
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由緒書。
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楼門。
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国登録有形文化財です。
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1901(明治34)年に建てられました。
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狛犬。
マスクをしています。
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西参道
鳥居(明和六年(1769))、灯籠(寛政十一年(1799))、社号「住吉神社」、手水鉢(文化十一年甲戌(1814))。
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あちらこちらに幡「守護大名 大内弘世公 本殿造営・寄進六五〇年」が立てられています。
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神庫。
神紋の水巴がついています。
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神籠石(こうごいし)。
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宮地築(きづき)始(はじめ)紀念碑
東の斎宮(いわいのみや)の旧跡と相応ずるもの
東に祀る祭りの庭のしるしである



検非違使社。
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鐘楼。
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銅鐘は新羅時代のもので、重要文化財ですが、ここにはさげられておらず、宝物館に収蔵されています。
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この建物は、四方囲いの吊鐘堂で垂直に立つ四本の太柱は豪壮、古記録に天文八年(一五三九)毛利元就が拝殿・鐘楼を修造とある。
四隅に突出た挙鼻の刳形文様に室町時代の古式様相をとどめている。なお、古鐘(重要文化財・銅鐘は高麗時代初期・約九百年前)宝物殿収蔵 
高さ 一四二、二センチ 口径 七八、五センチ 厚さ 五センチ 重さ 八〇〇キロ 
渡来された銅鐘では巨大なもの。



西神門。
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東社叢
厄割玉お祓い所。
厄割玉を厄割石に投げて割ることにより厄を落とします。
投げる場所は、「厄」により、地面の石版で決められています。
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鳥居。
蛭子神」の神額があり、「天保十三年(1842)四月吉日  奉寄進 一ノ宮氏子」と彫られています。
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田尻社・若宮神社、蛭子社、七社。
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高元社。
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稲荷神社。
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御神霊樹 大楠。
案内板「御神霊樹 大楠」。
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石柱「武内大臣手植楠」。
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今は立っていませんが、以前はこのような説明板が立っていたようです。
武内宿禰命は孝元天皇(人皇第八代)の曽孫で、景行、成務、仲哀、応神、仁徳の五朝に仕えたといわれる。仲哀天皇の従って熊襲を征ち、天皇が崩御になると、神功皇后をたすけて、新羅を服えるなどの偉功があった。本社では第三殿に祀られている。その手植の楠の古株から新根が生え、根廻りは六〇メートル余にも及ぶ大木となっている。

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東神門の辺りにありました。
誰を祀っているのでしょうか?
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次回に続く
住吉神社で修復された本殿板戸絵を拝観しました@ [2020年07月30日(Thu)]
前回の続き

下関市立美術館で「国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 」を観た後は、修復された本殿板戸絵を観に住吉神社に行きましたぴかぴか(新しい)

板戸絵は、国選定保存技術保持者である馬場良治氏により復元されたそうです。


「ここより先には入らないでください」と表示がありますが、今回は日頃一般の人が入ることのできない「ここより先」に入ることができますわーい(嬉しい顔)
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本殿を囲む菱格子の透塀からコーン見え、そこが拝観場所です。
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神職の方にお祓いしていただき、塀の中の神域 内庭に入りましたひらめき
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大内菱と毛利の一文字三星の入った蟇股もチエックしましたexclamation×2
そして、いろいろなところに大内菱が使われているのを確認できて大感激揺れるハート 
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次回に続く
中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」Bモーツァルト「交響曲第39番」 [2020年07月29日(Wed)]
前回の続き

最後は、吉田秀和が「朝日新聞」に連載していたコラム「音楽展望」(2008年3月20日朝刊13面)「中也の目 時に悩み抜き苦しみ 祝いの夜は優しげに」という「中也の目」まつわるエッセイから、モーツァルト「交響曲第39番」です。
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吉田秀和は、成城高校時代に中也からフランス語を習っていました。

吉田が大学生だった1930年代前半頃、成城高校の教師 阿部六郎の家でバッハ「パッサカリアとフーガ」をストコフスキー編曲・指揮のレコードで聴いた時の中也の

怒りとも憎しみともつかない、あるいは両方のこもった、激しいものの燃えている目、まなざし

そして、

彼は、時々ぎらぎら光る強い目をした。

と、中也の「秋」の一節をあげています。


  
   
   V

草がちつともゆれなかつたのよ、
その上を蝶々がとんでゐたのよ。
浴衣ゆかたを着て、あの人縁側に立つてそれを見てるのよ。
あたしこつちからあの人の様子 見てたわよ。
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
お豆腐屋の笛が方々で聞えてゐたわ、
あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、
――僕、つてあの人あたしの方を振向くのよ、
昨日三十貫くらゐある石をコジ起しちやつた、つてのよ。
――まあどうして、どこで?つてあたし訊きいたのよ。
するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、
怒つてるやうなのよ、まあ……あたし怖かつたわ。

死ぬまへつてへんなものねえ……



1933(昭和8)年12月3日、 中原中也(26歳)は、遠縁の上野孝子と結婚し、東京四谷の花園アパートに住み始めます。
吉田(20歳)は、中也が結婚したと聞き、花園アパートを訪ねます。結婚祝いをするという吉田に対し、中也は

じゃレコードを買ってくれ。でも新しいものは高いから中古でいい。一緒に神田に行って選ぼう

と選んだのが、

モーツァルトの三十九番変ホ長調の交響曲。確かワインガルトナー指揮のコロムビア盤だった。もちろんSPの十二インチ盤。
 
3枚組のセットを脇に、アパートに戻って手回しの小さい蓄音機で孝子を入れて三人で聴きました。

中原とても真面目な顔をして聞いていた。その目は優しかった。

中也は酔って機嫌が良い時はよく自作の詩とかヴェルレーヌの詩とかに自流のふしをつけながら朗読したものですが、この時も、朗読をしたそうです。ただ、吉田は、何の詩だった思い出せず、もしかしたら、「ベトちゃんかシュバちゃんか」ではなかったか、と。


  お道化うた

月の光のそのことを、
盲目少女めくらむすめに教へたは、
ベートー※(濁点付き片仮名ヱ)ンか、シューバート?
俺の記憶の錯覚が、
今夜とちれてゐるけれど、
ベトちやんだとは思ふけど、
シュバちやんではなかつたらうか?

霧の降つたる秋の夜に、
庭・石段に腰掛けて、
月の光を浴びながら、
二人、黙つてゐたけれど、
やがてピアノの部屋に入り、
泣かんばかりに弾き出した、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?

かすむ街の灯とほに見て、
ウヰンの市まちの郊外に、
星も降るよなその夜さ一と夜、
虫、草叢くさむらにすだく頃、
教師の息子の十三番目、
頸の短いあの男、
盲目少女めくらむすめの手をとるやうに、
ピアノの上に勢ひ込んだ、
汗の出さうなその額、
安物くさいその眼鏡、
丸い背中もいぢらしく
吐き出すやうに弾いたのは、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?

シュバちやんかベトちやんか、
そんなこと、いざ知らね、
今宵星降る東京の夜よる
ビールのコップを傾けて、
月の光を見てあれば、

ベトちやんもシュバちやんも、はやとほに死に、
はやとほに死んだことさへ、
誰知らうことわりもない……



フェリクス・ワインガルトナー(Felix Weingartner)(1863〜1942)指揮のモーツァルト「交響曲第39番」は、
@ロンドン交響楽団(ロンドン・シンフォニー・オーケストラ、London Symphony Orchestra) 1923年
Aロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(ロイヤル・フィルハーモニー・オーケストラ、Royal Philharmonic Orchestra) 1928年4月12日
Bロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(ロンドン・フィルハーモニー・オーケストラ、London Philharmonic Orchestra) 1940年2月26日
のレコードがあるそうですが、Bは、1937年に亡くなった中也は聴くことはできません。

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今回、用意されたレコードは、Bのレコードで、中也が実際に聴いたレコードではありませんが、誰がハンドルを回したんだろう、やはり主人たる中也、いやいや若輩者の吉田・・・?想像が膨らみます。
曲調も、新婚間もない中也と孝子の幸せそうな生活が思い起させ、中也の優しい眼差しが浮かんできます。

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中也の時代の音が、長い時を経て、なお生き続けて、こうして聴くことができることに喜びを感じました揺れるハート

中原館長は来年度も、中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」を実施する、と約束してくださいましたかわいい
参加されませんか?
中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」に参加しましたAメンデルスゾーン「無言歌ニ長調 作品109」 [2020年07月28日(Tue)]
前回の続き

次は、フェリックス・メンデルスゾーン「無言歌ニ長調 作品109」です。
「無言歌」とは「言葉のない歌」(Lied ohne Worte)で、歌詞がないけれど歌のような旋律に伴奏がついた曲です。
「言葉のない歌」(Lied ohne Worte)というタイトルは、メンデルスゾーンが最初に用い、生涯にわたって作曲し、『無言歌集』全8巻(48曲)として出版されました(48曲以外にも作曲しています)。
「無言歌 ニ長調 作品109」は、他のピアノのための無言歌とは異なり、チェロとピアノのための無言歌です。
フランス人の女性チェリスト リザ・バルビエ・クリスティアーニ(1827-1853)ために作曲しました。
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チェロはパブロ・カザルス(Pablo Casals)、ピアノはブラス・ネ(Blas Net)です。
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曲を聴く前に中也の第二詩集『在りし日の歌』に所収の「言葉なき歌」を鑑賞しました。
中原館長が朗読と解説をしてくださいました。
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▲『在りし日の歌 中原中也詩集』(角川文庫クラシックス)(中原中也/著 佐々木幹郎/編 角川書店 1997.6)

  言葉なき歌

あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処ここで待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼あを
ねぎの根のやうに仄ほのかに淡あは

決して急いではならない
此処で十分待つてゐなければならない
処女むすめの眼のやうに遥かを見遣みやつてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい

それにしてもあれはとほいい彼方かなたで夕陽にけぶつてゐた
号笛フイトルの音のやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない

さうすればそのうち喘あへぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜あかねの空にたなびいてゐた


「あれ」、「ここ」などの指示語が多用されており、思いが表現されています。
「ならない」と自分に言い聞かせる表現と「けぶつてゐた」「繊弱だつた」「たなびいてゐた」などの過去形の回想が交差しています。
「けれども」「しかし」逆説の接続詞で感情の揺れ動きが伺えます。
ヴェルレーヌ(1844〜1896)の詩集『言葉なき恋歌』(Romances sans paroles)(1874)が意識されています。

SPレコードは、10インチ盤か12インチ盤がほとんどです。
最初のシューベルト「楽興の時」は10インチ盤、次のメンデルスゾーン「無言歌」は12インチ盤です。
館長は、12インチ盤は曲の途中でゼンマイが終わるのではないかどドキドキするそうです。


次回に続く
中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」@シューベルト「楽興の時 第3番 ヘ短調」 [2020年07月27日(Mon)]
7月24日(祝・金)、中原中也記念館主催の「中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」」に参加しましたぴかぴか(新しい)
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山口情報芸術センターで開催されました。
会場の多目的室からは、姫山がきれいに見えます。
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受付を済ませると、今日のテキストが渡されました。
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蓄音機は、レコードに刻まれた溝から、スチール針が小さな振動を拾い上げ、サウンドボックスで音を再生し、さらに、ホーンを通ることで音が拡大されます。
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使用する蓄音機は中原中也記念館所蔵のコロムビア製のものです。
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「やまぐち朗読Cafe」の際使われるビクター製の蓄音機のキャビネットのボディとは、
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▲「やまぐち朗読Cafe」の際使われる中原館長所有の蓄音機

木の材質も違っているようで、
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前面に張られた布もおしゃれで、全体の表情がずいぶん違います。
きっと、柔らかい木、固い木などの材質や装飾の違いが音と密接に関連するのでしょう。
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中原豊館長のお話で会は進みました。
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最初は、中也の友人 安原喜弘旧蔵で、今は寄贈され中原中也記念館の安原文庫所蔵となっているレコードから、シューベルト「楽興の時」
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「楽興の時」(がっきょうのとき、Moments Musicaux )は6曲構成のピアノ曲集ですが、今日は「第3番 ヘ短調」をチェロとピアノでの演奏で聞きました。パブロ・カザルス(Pablo Casals)(1876-1973)のチェロでニコライ・メドニコフ(Nicolaoi Mednikoff)のピアノです。
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「楽興の時 第3番 ヘ短調」は、NHKの「音楽の泉」のテーマ曲としても有名です。


【次回に続く】
国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 @ 下関市立美術館D [2020年07月26日(Sun)]
【前回の続き】

いよいよ最後のコーナーです。
鬼瓦や棟札など直接住吉神社の建物に関連する展示ですぴかぴか(新しい)
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第3章 文化財を「護り」「伝える」ということ
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14 鬼瓦
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15 鬼瓦
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16 鬼瓦
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84BFB04C-C32A-4EB3-AB4E-8C97E8574875.jpeg巴紋 
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パネル
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17 棟札 安永4年
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18 棟札 文化13年
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19 棟札 嘉永3年
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20 棟札 文久2年
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外には修復された本殿板戸絵が飾ってあります。
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▼第一殿・第二殿相の間板戸
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▼第二殿・第三殿相の間板戸 
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▼第三殿・第四殿相の間板戸 
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▼第四殿・第五殿相の間板戸 
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展覧会は、いよいよ今日までです。
今日26日まで、住吉神社の普段入ることができない神域に入ることができますexclamation×2
またとはない機会なので、お薦めしますわーい(嬉しい顔)
その際、大内菱と毛利の一文字三星の入った蟇股もチエックしてくださいねひらめき
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次回に続く
国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 @ 下関市立美術館C [2020年07月25日(Sat)]
【前回の続き】

第二章

次は住吉神社に奉納された品々の展示ですぴかぴか(新しい)
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09 金剛牡丹唐草透唐鞍
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室町時代の馬具が残っているって、すごいです。
金胴牡丹唐草透唐鞍は、重要文化財に指定されています。

大内義隆の奉納と伝えられる。唐鞍は、唐風を真似て作られた馬具で、儀式や祭りの際、馬を飾り立てるのに用いられた。室町時代の遺例として貴重である。(『山口市史 史料編 大内文化』より)



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一背 
高さ28.8p 前輪馬挾41.8p 後輪馬挾46.1p 居木幅10.9p 長さ27.6p 居木先長3.3p
海無(うみなし)鞍、手形がある。木地黒漆塗、前後の輪の外面に鍍金牡丹唐草文透板を全面に張り、外縁に青貝微塵塗を施して覆輪とし、前後輪の中央に圧出鍍金牡丹文金物を打つ。居木(いぎ)の中央に横樋がある。



銀面(ぎんめん)
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二面
1.長さ46.1p 幅21.5p / 2.長さ40.9p 幅20.3p 角高10.6p
鍍金板金製、上部に鍍金板金の角形を立て、頭部に冠形、中央に眼鼻形、下部に連円文の線彫がある。一面角形欠失。



障泥(あおり)
(したぐら)
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障泥 
一双
縦60.6p 幅66.7p
牛革製、表面に唐花唐草の墨描がある。


韉 
一双
縦39.4p 幅57.6p
木心に鍍金板を張り鍍金覆輪を施す。上切付面は、紅地絹張りの周囲に鍍金地板を廻らし鍍金圧出牡丹文を餝る。



(くつわ)
雲珠(うず)
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轡 
二口
各々鏡板径8.5p 喰長23.6p 引手長13.3p 立聞長6.06p
鍍金鏡轡、立聞共一枚板作り、鏡板下方に二孔を穿け、一孔に遊鐶を付し喰と引手を連結す。

・鏡板:喰の両端にある板
・喰(馬銜 (はみ) ):馬の口に入るところ
・引手:手綱をつなぐ部分
・立聞(たちぎき):面繋 (おもがい) を受ける壺金

雲珠
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二箇
1.高さ19.7p 座径16.7p / 2.高さ15.2p 座径15.2p
1.鍍金魚子地線彫四花形の座に伏鉢を置き、四葉猪目透の受花上に火焔付宝珠を据う。
2.鍍金四葉座に小刻付伏鉢、四葉猪目透受花を配し、火焔付宝珠を据う。

・鞍をつなぐ鞦の交差する部分につける宝珠の形をした飾り。辻金具(つじかなぐ)の一部


杏葉(ぎょうよう)
(しおで)
鞍褥(くらしき)残片
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杏葉
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一箇
長さ10.6p 幅6.7p
鍍金打出し葉脈線彫。

・杏葉:面繋(おもがい)、胸繋(むながい)(鞅)、尻繋(しりがい)(鞦)につける装飾具。皮または金属製で、名は形がアンズ(杏)またはイチョウ(銀杏)の葉に似ていることに由来


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二箇
長さ8.8p
鍍金茱萊形管鞖。


鞍褥
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一枚
長さ36.4p 幅23.3p
牛革製、表裏墨漆塗。欠失あり。



革鞦(かわしりがい)残片
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二條
1.長さ100.9p 幅3.6p / 2.長さ36.4p
朱塗皺革製、表に鍍金花文辻金具を打ち二片共蛇尾金具を附す。



10 鉄錆地五十八間筋下部
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室町時代中期の作であろうと推定されています。


11 紙本墨書御陽成天皇宸翰御懐紙
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後陽成天皇(1571〜1617)は儒学や和学に造詣が深く、慶長4年に勅命により木活字本『日本書紀 慶長乙亥 季春新刊』(新刊 日本書紀 神代 上下)が刊行されました。題簽の墨書名「新刊 日本書紀 神代 上下」は後陽成天皇宸筆と伝えられています。
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題簽墨書名「新刊 日本書紀 神代 上下」(国立国会図書館蔵)
 

12 住吉神社社殿図
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13 住吉神社全景図
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高島北海は、1923(大正12)年、関東大震災を機に長府に戻り、図画教師の傍ら、画業を続けながら長門峡など山口県の名勝地の開発や紹介に努めました。
山口市阿東の長門峡には、長門峡開発記念碑があり、高島北海のことが刻されています。
また、山口市の最明寺には、北海の父 山下玄良の墓があります。
IMG_1951.JPG 423AEF58-3A73-4262-B9F8-2119394B8C1C.jpeg長門峡開発記念碑



参考文献:
『日本書紀』(2巻1冊 慶長4年(1599)刊 後陽成天皇勅版 古活字版 舎人親王〔等〕/撰)
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。
『大内文化 史料編 大内文化』(山口市 2010)
  P839「金胴牡丹唐草透唐鞍」


 
【次回に続く】
国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 @ 下関市立美術館B [2020年07月24日(Fri)]
前回の続き

次のコーナーは、大寧寺と住吉神社の結びつきですぴかぴか(新しい)
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パネル
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パネル「大内氏と大寧寺」
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パネル「鷲頭氏」
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06 大内氏歴代画像
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山口市歴史民俗資料館で開催された「大内氏遺跡指定60周年記念事業 特別展「大内氏のトビラ ― 山口をつくった西国大名 ― 」」にも展示されていました。
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右下に「法橋養巌」という落款が押されています。このことから、作者は萩藩お抱えの狩野派の絵師 大楽養巌だと判明しました。
毛利氏は大内氏の追善供養をしばしば行っているので、この絵は供養の時に描かせたものだと考えられるそうです。
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琳聖太子。
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大内義隆。
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07 大内義隆画像
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08 木造住吉大明神像
025C208C-4F71-4114-81BC-94AC7A7FFDCA.jpeg7月17日付読売新聞より 
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大寧寺の奥の院である御開山堂には、千早直垂の上に袈裟を掛け、冠を戴いた髭を蓄えた老人の風貌の住吉大明神の木彫が、「當山傳法第四位當国一宮住吉大明神」と記された尊牌を前にして、開祖の石屋真梁禅師をはじめとする禅師の像と並んで鎮座しいます。江戸初期から中期の製作とされています。
長門一の宮の住吉大明神は、大寧寺三世定庵殊禅和尚の威徳を慕って説法を聴きに通い、参禅しました。仏道を修めた住吉大明神は、仏道修行の奥義を印可する菩薩大戒と錦の袈裟を授けられました。
住吉大明神は、大寧寺にとって、境内守護の鎮守の位を超える重要な神格として崇められ、今日に及んでいます。
本堂の西側には、住吉大明神が座禅したとされる座禅石があります。

湯本温泉は、住吉大明神の報恩の温泉で、1427(応永34)年に湧出しました。その伝説を裏付けるかのように今でも温泉の所有権は大寧寺にあるそうです。

EA819A50-9300-4BA7-A7C4-CEBE77B6CAD0.jpeg湯本温泉 音信川河川公園の足湯


【次回に続く】
国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 @ 下関市立美術館A [2020年07月23日(Thu)]
前回の続き

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会場は3部構成でしたぴかぴか(新しい)

第1章 大内氏と長門一宮
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パネル「第1章 大内氏と長門一宮」
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01 大内弘世書下
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複製ですが、敵対していた厚東氏の打倒を住吉神社(長門一宮)に祈り、祈願成就のあかつきには社殿を修造すると誓う文書は、弘世の息づかいが伝わるようで感動しました。

AD8FD03D-8886-4875-8C78-986E53E901F7.jpeg大内弘世像(山口市香山公園内)


パネル「西国の雄・大内氏」
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パネル「大内氏略系図」
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02 大内道階(弘世)願文案
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「住吉神社文書」は、住吉神社に伝えられた文書で、1247(宝治1)年の寄進状を最古に、鎌倉時代のもの9点、南北朝時代8点、室町時代66点、安土桃山時代〜江戸時代初め34点、計117点からなります。
「大内政弘奥書写本」「櫟木家旧蔵文書」とともに、「住吉神社文書」として山口県指定文化財に指定されています。


03 大内道階(弘世)奉加状案
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05 長門国守護職次第
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「長門国守護職次第」は、歴代長門守護のリストで、歴代守護は次の通りです。
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(略)
廿五 厚東太郎入道殿(武実)     1334〜1348    
廿六 厚東駿河権守武村       1348〜1349  
廿七 兵衛佐(ひょうえのすけ)殿直冬   1349〜1351  
廿八 厚東長門守武直        1351〜1353  
廿九 厚東長門左衛門義武      1354〜1358  
卅代 大内介弘世          1358(正平13)〜1374  
三十一代 大内左京権大夫殿義弘   1375(永和元)〜1399  
三十二 大内新介殿弘茂       1400(応永7)〜1401  
三十三 大内六郎御曹司盛見     1401(応永8)〜1431  
三十四代 大内刑部少輔殿持世    1430(永享2)〜1431
三十五代 大内新介殿持盛      1432(永享4)〜1432
三十六代 大内刑部少輔殿持世    1432(永享4)〜1441
三十七代 大内介殿教弘       1441(嘉吉元)〜1454  
三十八代 大内亀童御曹司(政弘)  1454(享徳3)〜1495
三十九代 大内権大夫殿義興
     1495(明応4)〜1528  


これをみると足利直冬が長門国守護だった時期があるのですね!
代官仁科左近大夫将監、守護代柳田太郎左衛門」となっています。
足利直冬の父は尊氏で、尊氏の同母弟 直義の養子となりました。
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『英雄百首』(国立国会図書館蔵)

左兵衛佐直冬  梓弓 われこそあらめ ひきつれて 人にさへうき 目をぞ見せつる


弘世については展示されていましたが、それ以降の歴代守護の住吉神社関係記事を一部抜粋すると、

【義弘】 御社参永和元(1375)年三月廿一日
【盛見】 応永八年ヨリ御管領、同九(1402)年三月九日社参
【持世】 永享四(1432)年壬子六月九日御社参
     永享十二(1440)年庚申四月二日当社上葺御遷宮時、持世御出仕
【政弘】 左京大夫殿教弘御社参 享徳四(1455)年乙亥四月廿二日
      同廿四日有御 参宮

     亀童御曹司御社参 
      長禄三(1459)年乙卯二月二十一日 
      同時教弘殿様同道有

     左京大夫殿政弘御社参 文明十(1478)年戊戌十二月六日
【義興】 御社参 明応六(1497)年丁巳正月廿二日 午剋

と社参を欠かさなかったようです。

また、「長門国守護職次第」の系統は、展示してあった住吉神社に伝わる長門一宮本の他、三系統があります。
@長門一宮系本
A長門二宮系本
B山口内藤家系本
C長府上田家系本
このことからも、長門一宮本の展示はとても興味深く、ぜひ、来場され、実物をみていただきたい、と思います。
ただ、全部が開示されていなかったのは、少しばかり残念でした。
 
    

参考文献:
『続群書類従』 第4輯ノ上 補任部 巻第九十一「長門国守護職次第」(塙保己一/編)
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。
『山口県文書館研究紀要』第1号(1972.3)
  「長門守護代の研究」(田村哲夫)
『英雄百首』(緑亭川柳(5世川柳)/編 歌川(橋本)貞秀/画 山口屋藤兵衛 1844(天保15))
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開(保護期間満了)されています。



次回に続く
疫病除け呪文「きしおつ」が刻まれた地蔵尊を拝みに仁保上郷に行きましたA [2020年07月22日(Wed)]
前回の続き

※「きしおつ」は、漢字で「キ(竹かんむりに車へんと”疑”のつくり部分)シ(竹かんむりに厮)乙」と表記しますが、漢字辞典等に該当する字がないので、前回同様「きしおつ」とします。

「きしおつ」について書物で調べてみました。
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『日本石仏図典』(日本石仏協会/編 国書刊行会 昭和61.8)のP70に、

 きのと(漢字で「キ(竹かんむりに車へんと”疑”のつくり部分)シ(竹かんむりに厮)乙」表記)
 土地の博学の住僧である大久保見瑞氏はこれを「きのと」と読まれた。
すなわち十干の乙(きのと)である。『漢字類編』によれば「乙は骨器の形、」乙は乙形の骨ベラで、糸の乱れを解くものであろう。乱はおさめると読むべき字である」という。
 右の意に従えば「きのと」(きのと)と自然石に刻んで路傍に建てているのは、博学の僧が、これの呪力によって村を悪霊の侵入から塞ぎ、平和に治ることを祈念したものであろう。〔大護八郎〕


「きのと」と読ませて、末尾に埼玉県秩父郡皆野下日野沢にある石塔の写真が併せて記載されています。その石塔は、明らかに仁保にある石仏と同じ「きしおつ」の字を読むことができます。
『山口市の石仏・石塔(4)―宮野・仁保―』(山口の文化財を守る会/編 山口市教育委員会 2012.3)のP189「仁保の地蔵」No.104には上記の記事が採用されています。 


大阪府立中之島図書館に『保古帖』という幕末大阪のスクラップブックといえるものがあります。この巻六に、浪華翠栄堂刊行の一枚刷りに仕立てられて、納められています。
『ふるさと山口』(平成24年6月 通巻33号)(山口の文化財を守る会 2012.6)に所収されている内田伸「呪文を彫った石仏」には、この刷り物の写真が掲載されています。


「きしおつ」
〇この「きしおつ」の三字を紙に書かきて門戸に張はれば、疫鬼悪病あくびやうを除よけと云。是は群談採余ぐんだんさいよに曰、唐土もろこし予章よしやうの南に粟渡ぞくとといへる処あり、宋の乾道けんだう八年の春、一人の僧来り渡子わたりもりに告つげていふ、追付おゝつけ此処へ異相なる者五人来るべし、彼等を渡しなば忽ち災わざはひあるべしとて、此符を与へ去る、渡子怪しく思ふ処へ、果はたして黄きなるころもを着し愧あやしき籠を負おひたる者五人来りて船に乗のらんとせしかば、驚破すはやと思ひ拒こばみて渡さず、彼の者は急ぎわたらんと争ひけるうち、已前いぜんの僧与へし符を出いだし見せしがは、恐れまどひて、各おのおのおひを捨て逃にげさりけり、其笈を開き見るに、小ちいさきくはんを数百入たり、渉人わたしもり其棺を残らず焼やきすてける、扨さて其符を書て人々に伝へ与ふ、其後津渡わたしの南に当あたれる地は疫病流行はやりて、人多く損じ死する物半なかばに過すぎたり、亦北にあたる予章の方は病やめる者一人もなしとぞ、夫それより此符の奇瑞きずいあることを感じ、所々に伝へ門戸に張はりて悪病の難を逃れしと云々
〇去る午むまひつじの二年ふたとせ、続つづいて悪病流行せし時、専もっぱら此符を人家の門戸に張はりて、禍を逃れし人少すくなからず、然れども、此符の来由わけを知る人稀なり。故に、今是に其大畧りやくを述しるして、已来倍ますます世上に用ひて災害わざはひを避さけ玉はんことを偏ひとへに願事爾しかり。
安政七庚申春
   浪華 翠栄堂松川安信誌 施印
 

@「きしおつ」の三字を紙に書いて門戸に張れば、疫病除となる。
A中国の粟渡というところの渡し守が、旅の僧から「きしおつ」というお札を授けられたので、五人の疫病の神の渡ろうとするのをしりぞけることができたとの由来がある。
B安政5年から6年にかけて、家々の門戸にこのお札を張って、悪病の難をのがれた。
と書かれています。

『疫神と福神』(大島建彦 三弥井書店 2008.8)の「「きしおつ」という呪符」の項には、『保古帖』にある「きしおつ」の一枚刷りについて取り上げ、
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「きしおつ」のいわれは、いかにも中国の故事のように記されているが、やはり日本人の生活に即したものであったといってよい。

として、類似事例を紹介しています。
また、本書では、

小林主水藤原広宗門人小山平馬藤原於春
  大山祇命
   安政二年十月上旬
極弖汚毛滞無礼波穢者有羅之内外乃
玉垣清浄登申寿
 「きしおつ」  疫神除符
         新田岩松満次郎様御許


という「疫神除符」が紹介され、写真も掲載されています。群馬県高崎市に伝わるものだそうです。
安政二年」(1855年)といえば、仁保に彫られてものと同じです。
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内田伸によれば、今のところ
@『保古帖』に所収された浪華翠栄堂刊行の一枚刷り「きしおつ」
A群馬県高崎市に所在する「疫神除符」
B埼玉県秩父郡皆野下日野沢にある石塔に刻まれた「きしおつ」
の三例あるのみで、地蔵菩薩に彫った例は、金坪以外には知られていないといいます。

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疫病除け呪文「きしおつ」が刻まれた地蔵尊を拝んだ帰りは、金坪の村社と疣地蔵を拝んで帰りましたぴかぴか(新しい)

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風篠村の山中よりここに遷座しました。
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棟札も集められています。
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庚申様。
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厳島神社。
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河内大明神、大歳大明神。
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仁保88ケ所 大師様二五番。
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仁保88ケ所 大師様二七番・二八番。
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引地村のあちらこちらの山裾に点々として鎮座していた神仏を集めたものです。
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笠森様。
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八王子神社。
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阿弥陀如来。
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石仏・石塔も集められています。
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地蔵。
丸彫半跏像。高さ63cm。
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清明金剛童子。
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右の清明金剛童子。
自然石。62cm。「文政七(六)未歳」「八月吉日敬白
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左の清明金剛童子。
自然石。64cm。「文政七甲年」 
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手水。
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「疣地蔵」という看板があります。
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金剛地蔵堂。
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「金剛地蔵」と表示されていますが、疣地蔵として信仰されています。
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いぼができた時本人が祈願しても治らないけれど、他人に頼んで祈願してもらうとすぐとれると言われています。
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高さ28cmの光背型浮彫の小さな地蔵です。
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左右の2体は弘法大師像です。
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仁保の名所の写真が飾られています。
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参考文献:
『山口市史 史料編 民俗・金石文』(山口市 2015)
  「史料編 民俗」P452〜3
『ふるさと山口』平成24年6月(通巻33号)(山口の文化財を守る会 2012.6)
  P1〜6「呪文を彫った石仏」(内田伸)
『日本石仏図典』(日本石仏協会/編 図書刊行会 昭和61.8)
  P70「きのと」(大護八郎)
『疫神と福神』(三弥井民俗選書)(大島建彦 三弥井書店 2008.8)
  P188〜193「「きしおつ」という呪符」
『保古帖』(巻六)(大阪府立中之島図書館蔵)
  「きしおつ」
『ふるさと仁保』(仁保自治会 2017)
  P51
『山口市の石仏・石塔(4)―宮野・仁保―」(山口の文化財を守る会/編 山口市教育委員会 2012.3)
  P182,188,189「仁保の地蔵」No.82,No.102,No.104  
  P324「仁保の庚申」No.23,No.24
国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 @ 下関市立美術館@ [2020年07月21日(Tue)]
7月19日、下関市立美術館で開催されている「国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社 ― 護り伝えられた文化財」を観に行きましたぴかぴか(新しい)

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(2020年7月17日付読売新聞)

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 全国的に内乱が続いていた14世紀の南北朝時代、激しい争いを勝ち抜き周防・長門両国を統一したのが、大内弘世です。弘世は敵対していた厚東氏の打倒を住吉神社(長門一宮)に祈り、祈願成就のあかつきには社殿を修造すると誓っていました。厚東氏に勝利した弘世は、誓いどおり社殿造替に着手し、応安3年(1370)に完成させます。このとき建てられたのが国宝住吉神社本殿であり、九間社流造の千鳥破風をもつ特徴的な連結社殿は、弘世が造替した当時の面影を今に伝えています。
 この本殿については、平成21〜22年度に文化庁・山口県・下関市の補助で保存修理が実施されるなど、保護のためにさまざまな努力が重ねられてきました。さらに、本殿とともに住吉神社に伝来する文化財は、文化財を後世に伝えようとした多くの先人の努力を物語っています。
 本展は、国宝住吉神社本殿の造替650年を記念し、住吉神社に伝わる文化財を紹介することで、文化財が持つ力とその保護に対する理解を深めるものです。


るんるん会 期るんるん 2020年7月7日(火)〜7月26日(日)9:30〜17:00(入館は16:30まで)
るんるん休館日るんるん 7月13日、14日、20日
るんるん会 場るんるん 下関市立美術館 第4展示室(1階)
るんるん観覧料るんるん 無料
るんるん主 催るんるん 宗教法人住吉神社
るんるん共 催るんるん 下関市教育委員会
るんるん協 力るんるん 下関市立歴史博物館

新聞記事とチラシを見て、勇んで下関へ!
国宝の棟札や長門市深川湯本の大寧寺に安置されている住吉神の木像、最近になってオランダで見つかった江戸時代の社殿図、重要文化財の室町時代の儀式用の馬具など、住吉神社ゆかりの20点が展示してあり、地域や歴代の統治者との関係などを伝えていて、なかなか見応えのある興味深い展覧会でしたひらめき

お土産までありました。
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会場の外に本殿板戸の複製が展示してあり、おそるおそる「会場の外の写真を撮っていいですか?」とお聞きすると、「中もどうぞ」と、木造住吉大明神像以外の撮影を快く許可してくださましたわーい(嬉しい顔)
「個人で楽しむためだけですよね」と写真を撮っていたら、なんと、住吉神社の方に問い合わせてくださって、「「ぜひ、ブログなどにアップしてください」とのことです。」と言われました揺れるハート

次回からは、展示されていた文化財を紹介していきますかわいい
乞うご期待ひらめき

次回に続く
第18回やまぐち朗読Cafe 〜朗読と蓄音器ジャズの夕べ〜 に参加しました [2020年07月20日(Mon)]
7月15日(水)、ジャズ スポット ポルシェで開催された「第18回やまぐち朗読Cafe 〜朗読と蓄音器ジャズの夕べ〜」 に参加しましたぴかぴか(新しい)
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「with コロナ」ということで、前回同様10名限定(スタッフを入れて12名)で実施されました。最前列は空席とし、また、1つずつ席を空けて座り、マイクには各々が持参した洗濯清みのハンカチを巻いて、消毒をしながら実施されました。
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第一部 蓄音器ジャズ
前回の Capitol Records レーベルの「New American Jazz」の残りの4曲でした。
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レコードを載せ、
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ハンドルを回して、
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針をおろします。
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@ Clambake in B-Flat
clambake とは、「即興ジャズ演奏会、(特に不出来な)ジャムセッション」のことです。

A I'm Sorry I Made You Cry
  Vocal : Jack Teagarden

B Sugar

C Ain't Goin' No Place
  Vocal : Peggy Lee


第二部 自由朗読

@Tさん
夏目漱石『野分』
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AFさん
あべわかこ「生きる」(詩集『蒼い空』第5集(ポエム「福島 空の会」)より)
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BY
立原道造「魚の話」『散歩詩集』より)

或る魚はよいことをしたのでその天使がひとつの願をかなへさせて貰ふやうに神様と約束してゐたのである。
かはいさうに! その天使はずゐぶんのんきだつた。魚が死ぬまでそのことを忘れてゐたのである。魚は最後の望に光を食べたいと思つた、ずつと海の底にばかり生れてから住んでゐたし光といふ言葉だけ沈んだ帆前船や錨からきいてそれをひどく欲しがつてゐたから。が、それは果されなかつたのである。


天使は見た、魚が倒れて水の面の方へゆるゆると、のぼりはじめるのを。彼はあわてた。早速神様に自分の過ちをお詫びした。すると神様はその魚を星に変へて下さつたのである。魚は海のなかに一すぢの光をひいた、そのおかげでしなやかな海藻やいつも眠つてゐる岩が見えた。他の大勢の魚たちはその光について後を追はうとしたのである。
やがてその魚の星は空に入り空の遥かへ沈んで行つた。



C原明子さん
中原中也「夏日静閑」

暑い日が毎日つづいた。
隣りのお嫁入前のお嬢さんの、
ピアノは毎日聞こえてゐた。
友達はみんな避暑地に出掛け、
僕だけが町に残つてゐた。
撒水車[さんすいしゃ]が陽に輝いて通るほか、
日中は人通りさへ殆[ほと]んど絶えた。
たまに通る自動車の中には
用務ありげな白服の紳士が乗つてゐた。
みんな僕とは関係がない。
偶々[たまたま]買物に這入つた店でも
怪訝[けげん]な顔をされるのだつた。
こんな暑さに、おまへはまた
何条[なんじょう]買ひに来たものだ?
店々の暖簾[のれん]やビラが、
あるとしもない風に揺れ、
写真屋のショウヰンドーには
いつもながらの女の写真(かほ)。

 一九三七、八、五


現在、中原中也記念館で開催中の企画展I「〈汽車が速いのはよろしい〉― 中也の詩と乗り物」で展示されています。
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※開催期間が変更となり、11月15日(日)まで開催されます。


DSさん
林真理子『強運な女になる』 (中公文庫)より)
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EKさん
『カエルもヒキガエルもうたえる』(アーノルド・ローベル/作 エイドリアン・ローベル/彩色 アーサー・ビナード/訳 長崎出版 2010.8)より3篇
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訳者のアーサー・ビナードさんの講演会「アーサー・ビナードが下竪小路にやってくる!」が、7月20日に山口児童館であります。
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FIさん
角田光代「65歳」『口紅のとき』(上田義彦/写真 求龍堂 2012.1)より)
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京都で朗読専用劇場 rLabo.(アールラボ)がオープンするそうです。
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GTさん
三好達治「わが路ゆかむ」


HMさん
『草にすわる』(市河紀子/選 保手濱拓/絵・写真 池田進吾/装幀 理論社 2012.4)より詩2篇。
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 草に すわる
   八木重吉

わたしのまちがひだつた
わたしの まちがひだつた
こうして 草にすわれば それがわかる



 間違い
   谷川俊太郎

わたしのまちがいだった
わたしの まちがいだった
こうして 草にすわれば それがわかる

そう八木重吉は書いた(その息遣いが聞こえる)
そんなにも深く自分の間違いが
腑に落ちたことが私にあったか

草に座れないから
まわりはコンクリートしかないから
私は自分の間違いを知ることができない
たったひとつでも間違いに気づいたら
すべてがいちどきに瓦解しかねない
椅子に座ってぼんやりそう思う

私の間違いじゃないあなたの間違いだ
あなたの間違いじゃない彼等の間違いだ
みんなが間違っていれば誰も気づかない

草に座れぬまま私は死ぬのだ
間違ったまま私は死ぬのだ
間違いを探しあぐねて



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須藤洋平「自由なバランス」『みちのく鉄砲店』(青土社 2007)より)
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須藤洋平は、『みちのく鉄砲店』で第12回中原中也賞を受賞しました。


JZさん
樋口一葉『にごりえ』


K中原豊館長
伊藤比呂美「荒野にモノレール」『道行きや』(菊地信義/装幀 新潮社 2020.4)
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「荒野にモノレール」は、羽田からのモノレールの先頭車両で目にした東京の街に「魂を呑まれるような経験」をするお話です。

装幀も
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ページの構成もとても凝っています。 
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帰る時は、すっかり暗くなっていました。
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疫病除け呪文「きしおつ」が刻まれた地蔵尊を拝みに仁保上郷に行きました@  [2020年07月19日(Sun)]
山口市仁保上郷の金坪に、疫病除け呪文「きしおつ」が刻まれた地蔵尊(漢字は「キ(竹かんむりに車へんと”疑”のつくり部分)シ(竹かんむりに厮)乙」と表記。以下「きしおつ」とする。)があるというので、拝みに行きましたぴかぴか(新しい)

「行こう」と思ったきっかけは、『サンデー山口』第7236号 5月30日【やまぐち深発見紀行】 No.194「仁保・疫病除け地蔵尊『 (きし)乙(おつ )』と、
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人々に脅威を与える感染症。過去にコレラや天然痘などの感染症と闘ってきた人々の歴史を刻み、静かにたたずむ石仏がある。
 仁保上郷の金坪地区には、疫病除けの石仏がある。舟形をした光背を持つ地蔵で「■■(きし)乙(おつ)」「安政二歳立」と刻まれている。
この地蔵尊が建てられた江戸時代は、「美目定めの病」と呼ばれた天然痘やコレラが流行。それらの疫病から村を守るために石仏は、集落の入り口に安置されたと伝えられている。
 「疫神と福神」(大島建彦著)で紹介されている1860(安政7)年の刷り物には「此■■(きし)乙(おつ)の三字を紙に書て門戸に張ば、疫鬼悪病を除ると云」とあり、当時、厄除けの文句として使われていたことがわかる。


6月23日付読売新聞の記事ひらめき
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そして、仁保地区の方が作られたチラシが頼りです。
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この地蔵尊には「きしおつ」というの呪文が刻まれています。厄病除けの文句で中国の故事に由来しています。
江戸末期の安政2年、コレラが全国的に流行した際、疫病から集落住民を守るために建立されました。
  車(セダン)仁保地域交流センター → 金坪公民館すぐそば
       7.5km 約12分 県道123号 


宮野方面から行く場合は、道の駅 仁保の郷の手前の交差点を左折し、仁保地域交流センターの前を通り大原湖・嘉村磯多生家方面へ県道123号を進みます。
仁保地域交流センターから10分足らずで、この標識が見えたら、右折し、金坪集落へ。
他に右折の道はここぐらいです。
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右折してしばらくすると、「村社」の看板が左手に見えます。
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そのすぐ先に、金坪公会堂と
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「村社」の看板が左手に見え、そのそばに
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お目当ての地蔵尊はあります。
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地元の方の建てられた看板があるので、すぐ分かります揺れるハート
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このお地蔵様には「きしおつ」という呪文が彫られており、全国的にも珍しいものです。
「きしおつ」というのは厄病除けの文句で、中国の故事に由来しています。
江戸末期の安政2年、コレラの疫病が流行した際、疫病から村落住民を守るため建立されました。


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立像上部に「きしおつ」と彫られています。
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立像右には「安政二年立」とあります。
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地蔵菩薩はおだやかなお顔をされています。
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右手に錫杖を
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左手に宝珠を持たれています。
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鋳銭司郷土館のチラシには「きしおつ」について詳しく書いてあります。
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郷土史家内田伸氏は、石仏に刻まれた3文字を調査。「呪文」であることを解明されました。

「きしおつ」
平成20年(2008年)出版大島建彦著『疫神と福神』に読み方は「きしおつ」と書かれていることが分かった。同書から「きしおつ」は疫病よけ文句であり、大阪府立中之島図書館蔵の『保古帖』に説明が書かれている一枚刷の文書が存在するとして全文が紹介されていた。読み解くと
「中国の粟渡というところの渡し守が、旅の僧から5人の疫病神が渡るので、渡したくなければ、この符を使えばよいと「きしおつ(原文漢字)」と書かれたお札を授けられた。間もなくやってきた五人の疫病神が舟に乗せろと迫るので、お札を出して見せると、恐れおののいて退散した。その後、この渡しから向こうは疫病が流行せず病める者は一人もいなかった。」
とあった。
つまり、お札は悪い病気を防ぐ、まじないだったことが分かった。

「安政二年(1885年)立」
この頃は、コレラが流行し建立場所より奥にあった集落の人達が疫病から集落全体を守ろうと集落の入り口に建てたことが考えられる。



私も、「コロナ退散パンチ」をしっかりお祈りしましたかわいい



参考文献:
『山口市史 史料編 民俗・金石文』(山口市 2015)
  「史料編 民俗」P452〜3
『ふるさと山口』平成24年6月(通巻33号)(山口の文化財を守る会 2012.6)
  P1〜6「呪文を彫った石仏」(内田伸)
『疫神と福神』(大島建彦 三弥井書店 2008)
  P188〜193
『ふるさと仁保』(仁保自治会 2017)
  P51
『山口市の石仏・石塔(4)―宮野・仁保―」(山口の文化財を守る会/編 山口市教育委員会 2012.3)
  P189「仁保の地蔵」No.104



次回に続く
平子重経の宝篋印塔 @ 源久寺に行きましたA [2020年07月18日(Sat)]
【前回の続き】

オオガハスも今日の目的の一つだったのですが、山口県内では最も古く最も美しいといわれている「源久寺宝篋印塔」を見るのが第一目的ですぴかぴか(新しい)

源久寺宝篋印塔は、ハスに囲まれた一角にありましたかわいい

「源久寺宝篋印塔」案内板。
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山口県指定有形文化財
 源久寺宝篋印塔
   指定年月日 昭和四十八年十月十九日
   所在地   山口市仁保下郷二九一三番地
この宝篋印塔は平子重経の墓と伝えられており、鎌倉時代の特徴がよく出ている塔である。基礎の反花は複弁の中に、さらに隆起をつくり深い線を彫り、おだやかな美しさを示す。笠の隅飾は二弧で外線は軒に直立していて古風である。年号などの刻銘はないが、鎌倉後期の形式がよく現われている優秀なものである。
平子重経は源頼朝に仕え戦功によりこの地方仁保・深野など六ヶ荘をたまわり、地頭として建久八年(一一九七)に周防へ下向し仁保に居館を構えた。正治元年(一一九九)に頼朝の霊碑安置所として源久寺を建立し、源氏の繁昌長久の祈念道場とし、かつ平子家の菩提寺とした。重経は領内をよく治め二十八年間地頭として威名を四隣に示したが、元仁元年(一二二四)に没した。平子氏は後に仁保氏または三浦氏を称し、大内家、毛利家に仕えた。

  
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凝灰岩製で、総高163cm、基壇を加えると215cmの高さとなります。
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最上部の相輪は、宝珠請花(うけばな)、九段の九輪(宝輪)、請花、伏鉢で、上方の九輪目と線刻の請花・宝珠は新補です。
高さは欠失部を除いて44cm。
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は軒で58cm角、高さ42cm。
笠の四隅の突起は隅飾(すみかざり)と呼ばれ、二弧輪郭付で、外線は軒に対して直立していいます。
笠の段型は下端は二段、上端は六段ですが、下から上へと高さを逓減しています。
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塔身は、30cm角、高さ33cm。
四面とも仏像や梵字など全くない無地です。
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基礎は56cm角、高さは反花の上端まで43cm。
基礎上部には反花があります。反花は背が高く、複弁反花で、その中にさらに隆起をつくったていねいなやり方で、深い線で彫り穏やかな美しさを示しています。
基礎は四面とも枠も刻してない素面です。
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基壇は塔と同じ凝灰岩で、切石を積んで二段としています。
下方の分は94cm角、高さ27cm。上方は73cm角、高さ25cm。
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平子重経の宝篋印塔の後ろには、宝篋印塔や五輪塔が集められています。
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周防国仁保荘の地頭であった平子氏(後に仁保氏と称す)には古文書が伝わっています。
平子氏は、系図では桓武平氏三浦氏を始祖としており、相模平子を本拠として平子(たいら
ご)氏と名乗り、鎌倉時代は西遷御家人、室町・戦国時代は守護大名大内氏の家臣、さらに江戸時代は萩藩士として毛利家に仕えました。
江戸時代には三浦を名乗っているので、この文書を三浦家文書といいます。
文書は、守護大内氏に従い、さらに毛利氏に従って活躍する室町・戦国時代のものが中心を占めており、現在山口県文書館に寄託されています。

三浦家は桓武平氏の流れで、建久8年重経の時、鎌倉幕府により周防国仁保庄および恒富保の地頭に任じられて以来、仁保を根拠として活動した名族。時によって平・平子・仁保とも称した。江戸時代には萩藩大組士として活動した。
中世の武家としての活動を示す平子氏本領相伝重書案以下158点と系図、三浦末家の文書23点は『大日本古文書 家わけ14 熊谷・三浦・平賀文書』(東大史料編纂所 1937)に収録されている。その他、江戸時代の萩藩士としての活動に係る文書で構成される。
山口県文書館「三浦家文書」より抜粋)

建久八年二月廿四日」(1197)に「前右大将家」(源頼朝)が平重経を「周防国恒富保并仁保荘」の「地頭」に「補任」した ことを現地の「住人」に伝えた文書もあります。

長門守護代等連署奉書」というのがあり「盛見 盛郷二阿武郡紫福郷内ノ知行ヲ充行(あてが)」という内容の文書もあります。


源久寺は、宝篋印塔の他、重要文化財1点、県指定文化財2点を所蔵しています。
文化財案内板。
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絹本着色仁保弘有像
 掛幅装で、寸法は縦76cm、横39cm。
 侍烏帽子に素襖(すおう)を着し、上畳に座した仁保弘有の像である。上方に天与清啓の賛があり寛正六年(1465)の制作と知れる。画像の筆者は不明であるが、雪舟筆ではないかといわれている。1465年は弘有の没前34年にあたり、弘有の生前の姿であり貴重である。
 弘有は、鎌倉時代に仁保地頭職として補任されて来た平子重経の後裔で、応仁の乱には大内政弘に従って上京し、大いに軍功があった。1499年に没した。
 賛を書いた天与清啓は建仁寺の91世、1463年幕府から遣明船の正使を命ぜられ、翌年周防に来ている。そして雪舟らと共に入明している。漢詩文に優れていた。

山口県文化財HP「絹本着色仁保弘有像」より抜粋)

国指定重要文化財「絹本著色陶弘護像」(龍豊寺蔵 周南市美術博物館寄託)というのがあり、こちらも雪舟とも親交の深かった以参周省が弘護の生涯をつづった賛を添えていることから、雪舟の作ではないかといわれています。写真で見る限り、二作品はよく似ているので、どちらも雪舟の作と思いたいです。
写真をアップできないのが残念ですが、興味のある方はチェックしてみてください。


参考文献:
『仁保の郷土史』 (仁保の郷土史編纂委員会/編 仁保の郷土史刊行会 1987)
  P73〜126
『大日本古文書 家わけ14 三浦家文書』(東大史料編纂所 1937)
『山口県史 史料編中世3』(2004)
「山口県文書館所蔵 アーカイブズガイド ―学校教育編―」(web版)
  「鎌倉幕府の始まり」
  武士の生活(女性の地頭)
美術家 ピビリ・ロベルトさんのお店に再び行きました [2020年07月17日(Fri)]
7月11日(日)、再び、竪小路の八坂神社前のピビリ・ロベルトさんのイタリア料理店Bさんに行きましたぴかぴか(新しい)

玄関に今八幡宮の「夏越大祓」のお守りが飾ってありました。
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今日は厨房の近くに案内されました。
厨房のロベルトが見えます。
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料理するロベルト。
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この額が気になるのですが、調べてもよく分かりませんでした。
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「国香不媚」と書いてあるのでしょうか。
「国香」は「国中で最もすぐれた香り。ならびなき香。」のことです。

庭。
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電燈の笠も手作り。
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厨房に飾られた絵。
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ロベルトの作品の数々。
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F2634085-8CEF-465F-A2FE-A2850DFEB53F.jpeg「スチール鰐」 
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ロベルトの友人の Stefano di Stasio の作品。
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この絵葉書も Stefano di Stasio の作品です。
ロベルトの出身地 Spoleto(スポレート)に住んでいます。
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Stefano di Stasio の作品集。
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奥様も著名な画家だそうです。

今日のお料理。
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ロベルトと粉川妙さん。
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花壇も、緑・白・赤のトリコローレ(Tricolore)です。
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ストリートピアノ in 道の駅「仁保の郷」 [2020年07月16日(Thu)]
今話題のストリートピアノが道の駅「仁保の郷」に設置され、そのお披露目の演奏会(7月11日、12日)があるというので、11日(土)に行ってみましたぴかぴか(新しい)

ピアノは近くに暮らす70代女性から数年前に亡くなった息子さんが子どもの頃に弾いていた思い出のものを寄贈を受けたそうです。

ストリートピアノは2階フロアに設置してあり、ストリートというには exclamation&question な場所ではありましたが、音色は館内に全体に響き渡り、来場者は聞き入っていました。

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圧倒的な表現力で弾かれていたので、お聞きしたら、プロのピアニストの方でした。
ご近所では湯田のIさんで火・木・日の19:00〜演奏しているとのこと。
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基礎に忠実で、とてもクリアな音色でした。これからの活躍が楽しみです。
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11:00からの1時間は、ソレイユトリオの演奏会でした。
曲目はるんるん
@「ルパン3世」 A日本の四季メロディー B「パプリカ」 C「サウンド・オブ・サイレンス」、「ドレミの歌」、「すべての山に登れ」(「サウンド・オブ・サイレンス」より) D「ひばり」 E「花みずき」 F「情熱大陸」 G「糸」(アンコール曲)

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ピアノの連弾もありました。
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ピアノの脇淵陽子さん。
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バイオリンの平野郁乃さん。
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フルートの吉岡歌子さん。
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ソレイユトリオの皆さんも観客の皆さんも久々の生演奏を満喫しました。

「ストリートピアノ」は、13日からは、定休日の水曜日を除く8:30〜17:00の営業時間内に誰でも自由に演奏ができます揺れるハート
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道の駅「仁保の郷」は賑わいを取り戻したようで、ポニーと触れ合うコーナーまでありました。
8歳の牝だそうです。
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石仏を見つけましたかわいい
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自然石に線彫りです。
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美術館学芸員が語る「館蔵品」から見る“ひとものがたり”「雪舟 600歳!」 @ きらり山口ひとものがたりセミナー [2020年07月15日(Wed)]
山口県セミナーパークで、8月22日(土)、きらり山口ひとものがたりセミナー「美術館学芸員が語る「館蔵品」から見る“ひとものがたり”「雪舟 600歳!」」が開催されますぴかぴか(新しい)

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本年は雪舟等楊の生誕600年という節目の年にあたります。
国宝 6 点を数え、日本絵画史における巨匠として誰にでも知られている雪舟ですが、意外なことに、その半生ははっきりと分かっているわけではありません。なぜ、こんなに偉いのか? このセミナーにおいては、没後の雪舟がどのように評価されてきたかをお話しながら、雪舟画の魅力をご紹介します。


るんるん日時るんるん 2020年8月22日(土)10:30〜12:00  (開場 10:00)
るんるん場所るんるん 山口県セミナーパーク 講堂
るんるん講師るんるん 河野通孝( 山口県立美術館副館長) 
るんるん定員るんるん 150名
るんるん参加費るんるん 無料

るんるん申込みについてるんるん
「ホームページ」、「携帯サイト」、「郵便はがき」のいずれかの方法で申込む。
電話・FAXでの申込は不可。
開催日のおおむね2週間前に入場整理券を郵送。
定員を超えた場合は抽選。

るんるん申込方法るんるん
四角数字1「ホームページ」
ひとづくり財団ホームページ  https://www.hito21.jp/
講演・講座一覧から選択して、申込フォームへ
四角数字2「携帯サイ ト」
2次元コードを読み取って、申込フォームへ
四角数字3「郵便はが き」
@講演・講座名と講師名、A参加希望人数(2名まで)、B氏名(ふりがな) ※2名の場合は代表者、C郵便番号、D住所、E電話番号(日中、連絡が取れる電話)を明記の上、以下の宛先へ
 【宛先】 〒754-0893 山口市秋穂二島1062
     山口県ひとづくり財団 県民学習部 生涯学習推進センター

るんるん申込期間るんるん 6月25日(木)から〜7月21日(火) ※はがきの場合は必着
るんるん主催るんるん 公益財団法人山口県ひとづくり財団
るんるん共催るんるん 山口県立美術館

かわいい講師プロフィール かわいい
1963(昭和38)年 高知県高知市出身
1994(平成6)年 早稲田大学大学院修了
同年4月 山口県立美術館研究員
2019(平成31)年〜 現職
専門は西洋近現代美術、戦後日本写真


るんるん雪舟等楊 山口県立美術館収蔵作品るんるん
かわいい「山水図巻」(Landscape)
   1474 紙本墨画 23.1×167.5 (雪舟筆部分)
かわいい「牧牛図(牧童)」(Herdsman and water buffaloes) 
   15世紀 紙本墨画淡彩 30.2×31.4
かわいい「牧牛図(渡河)」(Herdsmen and water buffalo ) 
   15世紀 紙本墨画淡彩 30.3×31.5
かわいい「束帯天神図」(Tenjin God) 
   1493 紙本墨画淡彩 102.0×47.4
読むこと、生きること 〜私の本棚をめぐって〜 @ 夢トーク in やまぐち 講演会U [2020年07月14日(Tue)]
8月19日、山口県セミナーパークで、女優・作家 中江有理さんを講師に夢トーク in やまぐち 講演会U「読むこと、生きること 〜私の本棚をめぐって〜」が開催されますぴかぴか(新しい)

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るんるん日時るんるん 2020年8月19日(水)13:30〜15:00
るんるん場所るんるん 山口県セミナーパーク 講堂
るんるん講師るんるん 中江有里(女優・作家) 
るんるん定員るんるん 150名
るんるん入場料るんるん 無料

るんるん申込みについてるんるん
「ホームページ」、「携帯サイト」、「郵便はがき」のいずれかの方法で申込む。
電話・FAXでの申込は不可。
開催日のおおむね2週間前に入場整理券を郵送。
定員を超えた場合は抽選。

るんるん申込方法るんるん
四角数字1「ホームページ」
ひとづくり財団ホームページ  https://www.hito21.jp/
講演・講座一覧から選択して、申込フォームへ
四角数字2「携帯サイ ト」
2次元コードを読み取って、申込フォームへ
四角数字3「郵便はが き」
@講演・講座名と講師名、A参加希望人数(2名まで)、B氏名(ふりがな) ※2名の場合は代表者、C郵便番号、D住所、E電話番号(日中、連絡が取れる電話)を明記の上、以下の宛先へ
 【宛先】 〒754-0893 山口市秋穂二島1062
     山口県ひとづくり財団 県民学習部 生涯学習推進センター

るんるん申込期間るんるん 6月18日(木)〜7月16日(木) ※はがきの場合は必着
るんるん主催るんるん 公益財団法人山口県ひとづくり財団

かわいい講師プロフィールかわいい
1973年 大阪府生まれ。法政大学卒。
1989年 芸能界デビュー。数多くのテレビドラマ、映画に出演。
2002年 「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞を受賞し、脚本家デビュー。
NHK BS2「週刊ブックレビュー」で長年司会を務めた。
映画『学校』、『風の歌が聴きたい』などに出演、2020年『海辺の映画館−キネマの玉手箱』が公開。
著書に『わたしの本棚』(PHP研究所)、『残りものには、過去がある』(新潮社)、最新刊に『トランスファー』(中央公論新社)など。
現在、フジテレビ系「とくダネ!」にコメンテーターとして出演中。
読書に関する講演や、小説、エッセイ、書評も多く手がける。
文化庁文化審議会委員、TBSテレビ番組審議会委員などを務めている。
印象プロデュース ヘアとメイクでアドバイス! @ まちじゅう図書館講座 [2020年07月13日(Mon)]
山口市立中央図書館で、8月10日、SARA Beauty Sight とのコラボ企画によるまちじゅう図書館講座「印象プロデュース ヘアとメイクでアドバイス!」が開催されますぴかぴか(新しい)

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当日は、SARAグループから、デザイナー、スタイリストの皆さんに中央図書館にお越しいただき、ヘアアレンジやメイクのアドバイスをしていただきます。その際、普段お使いのメイク道具などをご持参いただければ、使い方などのアドバイスも可能です。
また、カウンセリングの後は、プロのスタイリストによるヘアアレンジやメイクを実体験していただけます。
参加無料ですので、ぜひこの機会に、「印象プロデュース」を図書館で体験してみませんか?


るんるん日 時るんるん 2020年8月10日(月・祝)12:00〜16:30 
       ※30分毎入替え制 
       ※最終受付16:00 
るんるん場 所るんるん 山口市立中央図書館 交流スペース
るんるん講 師るんるん SARAグループから、デザイナー、スタイリスト
るんるん参加方法るんるん 事前申込制ではありません。お気軽にお立ち寄りください。
るんるん参加費るんるん 無料

SARA Beauty Sight は、まちじゅう図書館のサテライトライブラリー設置店です。
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冷茶のいろは @ まちじゅう図書館講座 [2020年07月12日(Sun)]
山口市立中央図書館で、8月5日、まちじゅう図書館講座「冷茶のいろは」が開催されますぴかぴか(新しい)

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お茶の鴻雪園代表の津一さんと日本茶専門店八十八代表の吉光虹太さんのお二人を講師に迎え、異なる淹れ方をした冷茶の味にどのような違いがあるか飲み比べたり、粉末茶を手軽に飲む方法について学びます。

るんるん日 時るんるん 2020年8月5日(水)11:00〜 ※1時間程度の予定
るんるん場 所るんるん 山口市立中央図書館 交流スペース
るんるん定 員るんるん 先着20名 ※要事前申込
るんるん参加費るんるん 無料
るんるん申込先るんるん 山口市立中央図書館 電話083-901-1040
るんるん主 催るんるん 山口市立中央図書館

お茶の鴻雪園は、まちじゅう図書館のサテライトライブラリーの設置店です。
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