CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

子どもと本をむすぶ活動をしています


検索
検索語句
<< 2020年05月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
最新記事
カテゴリアーカイブ
プロフィール

こどもと本ジョイントネット21・山口さんの画像
月別アーカイブ
最新コメント
タグクラウド
日別アーカイブ
https://blog.canpan.info/jointnet21/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/jointnet21/index2_0.xml
猿林暁月 @ 山口十境詩 [2020年05月31日(Sun)]
古熊神社の鳥居をくぐったところに
8684738E-EFAA-4EFB-BA27-D4D3BB6B248E.jpeg

『山口十境詩』の一つである「猿林暁月」 の詩碑がありますぴかぴか(新しい)
0040180E-A834-490D-9D78-A5495EAF6665.jpeg BF71C5CF-C1CD-42A9-9892-3AD8F821F597.jpeg

「猿林暁月」石碑。
A83DB377-1C37-46D5-B881-B9BFD777772E.jpeg 
9783EFF0-B3D6-442E-81BB-34244E2181F3.jpeg

猿林暁月
曙色初分天雨霜
凄々残月伴琳琅
山人一去無消息
驚起哀猿空斷腸


47A7827F-643A-473A-AD9E-A7495CAF6D19.jpeg

猿林えんりんの暁月ぎょうげつ
曙色しょしょく、初はじめて分あきらかなり
てんの霜しもをして雨らしむる、と
凄々せいせいたる残月ざんげつ、琳琅りんろうを伴ともな
山人さんじんひとたび去って、消息しょうそく
驚起きょうきすれば、哀猿あいえんむなしく腸はらわたを断


E8CBFEA1-2A90-4C4F-8A99-797D1BEB8102.jpeg

猿林の由来
あけぼのの陽光によって、ようやく晴れあがってきた。
寒気のきびしい霜の朝である。
さむざむとした残月が、玉がふれ合って
鳴る音色を奏でるように空にある。
山居していた隠者はひとたび去って以来
たよりひとつもよこさない。
夜明けにおどろいて起きれば、
野猿が悲しげに鳴く声に断腸の思いがする。


古熊猿林について
 猿林とは、古熊にあった永興寺跡から現在の古熊神社一帯の山林を指す。
 大内氏第二十三代弘幸は延慶二年(一三〇九)に臨済宗永興寺を創建したが後に荒廃した。
 大内氏の学問の源流は重弘、弘幸、弘世三代の禅宗信仰によるもので、鎌倉末期から大内氏の臨済宗信仰はとくに厚く室町以後の山口文化の根底は、大内氏と京都五山名僧との交流によって展開された。
 古熊神社は應安六年(一三七三)に大内弘世が京都北野天神を勧請し市内北野小路に鎮座していたものを、元和四年(一六一八)に毛利秀就が古熊に移した。菅原道真が祭神で本殿、拝殿ともに国指定重要文化財となっている。



古熊猿林とは、古熊にあった永興寺跡から現在の古熊神社一帯の山林を指すそうです。

椹野川に架かる赤い天神橋を渡って山の方に向かって行くと古熊神社あります。
道の両脇は田園風景だったという思い出がありますが、今は家が建ち並び様変わりしていました。
以前は確か途中に「古熊の猿林」の大きな標識があったと思いますが、それもありませんでした。

中国では、猿の鳴き声は悲しく響くとされています。
杜甫の「登高」にも

風急天高猿嘯哀   風急に天高くして猿嘯くこと哀し
風が激しく吹き、空は抜けるように高く澄み渡って、猿の啼く声が悲しい

とあります。

明使 趙秩が山口に滞在したのは、1372〜1373年のことです。
古熊神社つまり弘世の勧請した「北野天神」が遷座したのは1373(応安6)年10月ですが、それは北野小路であり、もちろん、この地にありませんでした。
弘世の父 弘幸(?〜1352(正平7/観応3))の菩提寺である永興寺はありましたが・・・・・・。

当時はこの辺りはまだまだ寂しいところだったのでしょう。
企画展I「〈汽車が速いのはよろしい〉― 中也の詩と乗り物」見学 @ 中原中也を読む会 [2020年05月30日(Sat)]
新型コロナウィルス感染拡大防止のため3月、4月、5月と中止となっていた「中原中也を読む会」ですが、6月26日(金)は予定通り開催されますぴかぴか(新しい)

781AE995-B3BD-465F-BA56-57CA937E68CE.jpeg

中原中也を読む会は、テーマに沿った中也の詩などを読み込んだり、詩に曲をつけたものを聞いたり、記念館の展示を学芸員の解説とともに見学するなど、気軽におしゃべりしながら、中也の詩の世界を楽しく味わう会です。 詩にちょっと興味はあるけど、なんか難しそう…という方にお薦めでするんるん

D4419F6E-9197-408B-AA6F-8FCEA87D448A.jpeg

企画展I「〈汽車が速いのはよろしい〉― 中也の詩と乗り物」を学芸員による解説と共に見学し、その後、中也の詩を読み深めます。

るんるん日 時るんるん 2020年6月26日(金)13:30〜15:00
るんるん場 所るんるん 中原中也記念館
るんるん参加費るんるん 無料 
るんるん定 員るんるん 5名(要申込・先着順)
  ※新型コロナウィルス拡大防止のため定員が設定されました
るんるん申込・問合先るんるん 中原中也記念館 電話083‐932-6430

※新型コロナウィルスの影響により急遽中止・内容変更する場合があるそうです。

1E30EF30-63C8-468C-A972-DBB48324C5D4.jpeg
シランが花盛りです [2020年05月29日(Fri)]
シランはランの中ではとてもポピュラーで、鮮やかな赤紫色で春を彩る花の一つですが、我が家にはありませんでした。
そのシランを4本いただき、枯れてはいけない、と別々の場所に2本ずつ植え、その一つに今年やっと花がつきましたぴかぴか(新しい)
77BB5F28-E366-47FB-8F76-1BBD6D20AA64.jpeg

維新記念公園(5月1日)に行ってみると、あちこちで咲き誇っていました。
維新記念公園はシランの名所ですわーい(嬉しい顔)
9FF4E31D-5972-4EF3-B0E2-97F0AE54BE31.jpeg

花が紫色の蘭ということから紫蘭(シラン)という名前がついたようです。
別名は、ベニラン(紅蘭)、シュラン(朱蘭)、シケイ(紫宦jといいます。
AF184CCD-7EB7-4711-832F-79AABD812770.jpeg

国立東京国立博物館が所蔵する重要文化財に紙本墨画「蘭專ッ芳図」というのがあります。
南北朝時代に、建仁寺や南禅寺の住持をつとめた名僧 玉畹梵芳(ぎょくえんぼんぽう)(1348〜1424)が描いたものです。
蘭專ッ芳図 (2).jpg
▲「蘭專ッ芳図」(玉畹梵芳/筆)(国立東京国立博物館蔵)


「蘭專ッ芳」は、蘭と宸ェともによい香りを発するので、優れた人徳のたとえに用いられることに由来します。
この宸ェ、シランのことです。

日本最古の漢詩集『懐風藻』(751(天平勝宝3))の「暮春於弟園池置酒」(従三位兵部卿兼左右京大夫藤原朝臣万里〈藤原麻呂〉)に

絃歌迭奏、蘭專ッ欣
絃歌迭奏し、蘭專ッじく欣ぶ

とあります。
前賢故実 巻第2 藤原朝臣麻呂 62-25 (2).png
▲「藤原朝臣麻呂」(『前賢故実 巻第2』(菊池容斎 (武保)/著 雲水無尽庵 明1)(国立国会図書館蔵)


万葉集には「(けい)」という名で登場しますかわいい
ただ、歌の中には読み込まれていませんが、
巻17ー3967,3968の題詞にあります。
[曼朱院本]萬葉集 巻17-3967,3968 (2).jpg
『[曼朱院本]萬葉集』巻17-3967,3968(京都大学附属図書館蔵)

万葉集(清水浜臣 国立国会図書館蔵)巻17-3967,3968 (2).png
『万葉集』巻17-3967,3968(清水浜臣 国立国会図書館蔵)

忽辱芳音翰苑凌雲 兼垂倭詩詞林舒錦 以吟以詠能蠲戀緒春可樂 暮春風景最可怜 紅桃灼々戯蝶廻花儛 翠柳依々嬌鴬隠葉歌 可樂哉 淡交促席得意忘言 樂矣美矣 幽襟足賞哉豈慮乎隔藂琴趨ウ用 空過令節物色軽人乎 所怨有此不能黙已 俗語云以藤續錦 聊擬談咲耳


『畫本野山草』(橘保国/作)には「紫宦@しらん シケイ」という名前で載っています。
畫本野山草 巻1 シラン 31-6 (2).png
『畫本野山草』巻1「紫宦v(国立国会図書館蔵)

畫本野山草 巻1 シラン 31-9 (2).png
『畫本野山草』巻1「志らん」(国立国会図書館蔵)

塊茎を漢方で白及(びゃっきゅう)といい止血薬にします。


維新記念公園のシランは5月27日現在は殆ど刈り取られていていました。葉もとてもいいのに残念ですもうやだ〜(悲しい顔)



参考文献:
「蘭專ッ芳図」(玉畹梵芳/筆)
  ※東京国立博物館「研究情報アーカイブズ」でインターネット公開されています。
『[曼朱院本]萬葉集』
  ※京都大学貴重資料デジタルアーカイブでインターネット公開されています。
『前賢故実』(菊池容斎 (武保)/著 雲水無尽庵 明1)
『万葉集』(清水浜臣)
『畫本野山草』
  ※以上3点は国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。
続きを読む...
特定外来生物オオキンケイギクが満開です!! @ 山口県S会館そばM川土手 [2020年05月28日(Thu)]
山口県S会館そばのM川の土手にキバナコスモスに似た花が咲き誇っていますぴかぴか(新しい)
これって、もしかしたらオオキンケイギクではどんっ(衝撃)
BA4CD259-3C8B-4D8B-8B53-E880EB1FBA3F.jpeg C3364A97-8FFA-43C7-B22D-62ACFBB88BDE.jpeg

見分ける方法としては、葉っぱを見るのが一番だそうです。
キバナコスモスの葉は幅が広くてギザギザとしています。
オオキンケイギクの葉は、細長くてへら状をしています。
23C27DD1-0571-42F6-8443-E8D605D62A66.jpeg

ということは、やっぱり、オオキンケイギクですねむかっ(怒り)

以前、吉敷川の河川敷に群生しているのを見かけたことがありますが、最近見ないような気がしていました。
まさか、こんなところに生えているなんてちっ(怒った顔)
そういえば、今年コロナの影響で、川土手の草刈り(市内一斉清掃)ができなかったからでしょうかexclamation&questionexclamation&question

38154B3F-0D83-498D-9598-5CE043440424.jpeg以上2020年5月20日撮影

ご存知でしょうが、オオキンケイギクは、特定外来生物です。

和 名 オオキンケイギク
科 名 キク(Compositae)
学 名 Coreopsis lanceolata
英語名 Lanceleaf tickseed
原産地 北アメリカ(ミシガン〜フロリダ、ニューメキシコ)原産である
特 徴 キク科の多年生草本で、高さは0.3〜0.7m程度である。
    温帯に分布する。路傍、河川敷、線路際、海岸などに生育する。
    開花期は5〜7月。頭状花。虫媒花。痩果をつける。
    ホソバオオキンケイギク、アラゲオオキンケイギクを区別する文献もある。
定着実績 1880年代観賞用、緑化用に導入。全国的に逸出している。

環境省「オオキンケイギク」より抜粋)

「特定外来生物」とは、外来生物(海外起源の外来種)であって、生態系、人の生命・身体、農林水産業へ被害を及ぼすもの、又は及ぼすおそれがあるものの中から指定されます。
特定外来生物は、生きているものに限られ、個体だけではなく、卵、種子、器官なども含まれます。

環境省「外来生物法」より抜粋)


外来種被害予防三原則
1.入れない
 〜悪影響を及ぼすおそれのある外来種を自然分布域から非分布域へ「入れない」。
2.捨てない
 〜飼養・栽培している外来種を適切に管理し、「捨てない」(逃がさない・放さない・逸出させないことを含む)。
3.拡げない
 〜既に野外にいる外来種を他地域に「拡げない」(増やさないことを含む)。

環境省「外来種被害予防三原則」より引用)


では見つけた私はどうしたらいいのでしょうか?
山口県のサイトを検索したところ

もし、家の周りで見つけた場合には、種ができないうちに刈り取るか、根を残すことなく引き抜くようにしましょう。
山口県環境生活部自然保護課自然・野生生物保護班「オオキンケイギクについて」より抜粋)

とありました。


私には、急斜面の土手で刈り取り作業をする実力はないので、とりあえず、当該地区の町内会役員の方に相談してみますパンチ


環境省の特定外来生物のサイトに「特定外来生物オオキンケイギク」のリーフレットがありました。
C86EF04D-B48C-4848-8F79-19E5F66BC24B.jpeg 07EA5D81-E2C5-4117-A393-3C811B5EEE93.jpeg
(リーフレット『特定外来生物オオキンケイギク 中国・四国版』(環境省・中国四国環境事務所 野生生物班 2017.2改訂))【PDF 外面 内面

ほかのキク科の植物と同じように、中心部に管状花、その周りに舌状花があります。
形としては、コスモスの花に似ています。

9682A74F-658B-4043-BCA5-852783E3E7C1.jpeg FF37339A-2388-46AA-8E97-6BAD9D611C80.jpeg 3B5110AC-EA2D-4241-A392-FFCD090F91DB.jpeg 524F5C33-7ECB-40AD-B98D-4DC4F0757534.jpeg

下の方につく葉は鳥の羽根のように枝分かれするものや、深く切り込むだけなど様々な形をしています。茎の同じ場所から対になって葉が生えています(対生)。
C20C043F-8779-4ECE-957D-39646029BAE0.jpeg 549200E0-1290-4543-B1E8-906E50DC65E6.jpeg 76A76D93-86E0-4527-A47D-26FDD3FD70BF.jpeg 066D570B-CE80-4CC8-A6A7-DC58B8076B77.jpeg  

公園や川原、土手など公共の場所に生えている場合は、その管理者と相談しながら駆除を進めていく必要があります。
998B2793-12E3-4DFB-A13E-6DB3B82434A8.jpeg 70E2D03A-A3E1-43F6-8D1E-BE6153DF8C9B.jpeg 3E793C2C-BEE0-4225-908D-C6543CAA8E28.jpeg

山口県の管理する河川一覧」の中にM川があったので、山口県が管理者のようです。
山口県土木建築部河川課に連絡した方がいいのでしょうか?


山口市環境部のHPに山口市環境部の作ったチラシもありました。
33600345-B39B-4822-886F-17BD4CA8B205.jpeg A8F10E7A-77F0-439D-9E3D-F069E727EED8.jpeg
(チラシ「オオキンケイギクはみんなで駆除しましょう!」(山口市環境部環境政策課環境共生担当))
続きを読む...
ホオノキの花 × 西の魔女が死んだ @ ホオノキB [2020年05月27日(Wed)]
【前回の続き】

ホオノキの花は一斉には咲かず、開花日がバラバラになるように咲くので、花が変化していく様子が観察できます。
写真のように一つの枝に、これから咲く蕾、開きかけの蕾、開いたばかりの花、雄蕊が落ちた花、咲き終わって花被片の散ったものが混在しています。
5B9BF8ED-2053-4011-B937-E6AD6399FE2E.jpeg

その花は陽の光を浴びて開きます。少し古くなると開いたままですが、陽がかげると閉じ、陽が射して明るくなるとまた開くのです。

ホオノキの花は時期によって性転換します。
開花1日目は雌性期(しせいき)(雌蕊が開き、雄蕊は閉じている)、いったん花を閉じて2日目は雄性期(ゆうせいき)(雄蕊が開き、雌蕊は閉じている)です。
これを「雌性先熟」といいます。
同花受粉を防ぐためです。

朴の木が咲くと匂いでわかります

ホオノキの花は、蜜を出さないで香りで虫を誘う虫媒花です。
マルハナバチ、ハナアブ類、ハナムグリなどの甲虫類が花粉を食べる虫が訪れます。


撮った写真を見てみましょう。
中央にある赤い雌蕊の柱頭部をそり返らせ、花粉を受け取れる状態になっています。雄蕊は閉じています。【雌性期】
CC58AE78-24C0-41ED-83C0-23FAED4F74A0.jpeg 
84F8F000-8B27-4F04-82B0-645E7809634B.jpeg 
6C22D5CC-06EE-4514-B5D4-98D2F03E7FF8.jpeg

上部の雌蕊の柱頭は閉じた状態となり、下部の雄蕊の葯が裂開して花粉を出します。【雄性期】
花糸は赤色、葯は黄白色です。
4655DC62-CB91-4FC3-9F39-9CA5727EB6AC.jpeg

雄蕊の一部は花披片上に落ちています。
8F42875A-D855-42AE-A933-B99F59F4BEC6.jpeg

さらに雄蕊が落ちています。
E38DC337-E9B1-4CE1-B24B-39089A456660.jpeg E38DC337-E9B1-4CE1-B24B-39089A456660.jpeg

花被片は褐色になり、閉じた雌蕊の柱頭は緑色になっています。
6B15FC8C-79AA-4BD7-A842-8CEC8B00263E.jpeg

雄蕊は落ち、花被片も落ちかけています。
484260B9-6915-4BFB-8974-396DD1C8081E.jpeg

こちらは、花被片は落ち、雄蕊が少し残っています。
5DC005C7-0219-4EDC-B86F-A44C443B9126.jpeg

雄蕊も花被片もすっかり落ちています。
050F8DB2-CFDE-445F-B78A-F01808D28C64.jpeg

受粉できたのか雌しべだった子房が膨らんでいます。
BFCD4F49-0A00-49B1-BB96-5918870D5ADF.jpeg 
98300177-5011-4867-85E4-1C02485A8CFC.jpeg


「それから、沢の向こうに、大きな白い花をいっぱいつけた木があったよ」
「ああ、それは朴の木です。その花は陽の光を浴びて開きます。少し古くなると開いたままですが、陽がかげると閉じ、陽が射して明るくなるとまた開くのです。朴の木が咲くと匂いでわかります」
「何か、甘ずっぱい匂いがしていた」
「そうでしょう。何だかふらふら誘われていきそうですね。」

(愛蔵版『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』(新潮社 2017.4)P152より引用)

4FBBE443-A847-41EE-B433-9C1DACBDAFAC.jpeg

森の中で、この花に出会ったら、甲虫でなくともふらふら誘われていきそうな高い香りの花です。
何ともいえない甘い爽やかな香りに包み込まれて、とても元気をもらいました揺れるハート

ADF687BF-45CC-4249-B86E-E65391CA0D9C.jpeg

『西の魔女が死んだ』は、学校生活に悩む人、社会に疲れた人に特にお勧めです。
ホオノキA [2020年05月26日(Tue)]
前回の続き

『西の魔女が死んだ』から少し離れます。

ホオノキは、山口県内の山地にも自生するモクレン科モクレン属の落葉高木です。
07DAE1A9-0184-432A-A916-EF9E9469A373.jpeg

木材は狂いが少なく、細工物やまな板などに利用されるそうです。
昔はマッチの軸木、下駄の歯(朴歯下駄)、鉛筆材、木版材(浮世絵の下絵に用いられました)、日本刀の鞘はホオノキを加工して作られていました。
216C6890-9F9B-4454-905F-E0F7BDD50C3B.jpeg

葉は20cmから40cmと大きいです。
153562A7-8AF5-482E-B21D-73E4DB51E635.jpeg

枝先に集まって付くので、輪生(1か所から3つ以上、輪のように葉が出ること)のように見えます。
86E7E255-ECAC-4D10-801B-338C02D2E46A.jpeg

こういうのを偽輪生というのだそうです。
A1CEB42A-AE00-4EFA-8F55-96FA0A4D6730.jpeg 

よく見ると、ちょっとだけ葉っぱの出る所がずれています。
D9B5CD8F-D651-4BE8-9FD2-9E61AA6F8A46.jpeg

互生です。
526D2AE8-898E-456C-B90B-D0C200763B8D.jpeg

葉の裏側は白い粉を吹いたような白っぽい色です。
6B00A84C-D493-40C7-98A3-090959265DD0.jpeg

ホオノキの大きな葉は「朴葉(ほおば)」とも呼ばれ、食べ物を盛るための器として利用され、包んだりするのに使われてきました。
福井で「朴葉飯」、高山で「朴葉味噌」「朴葉焼き」を食べたことがあります。

ホオノキの別名ホオガシワのカシワは、古来、食物を盛るのに用いる葉の総称です。

万葉集には「保寶葉」「保寶我之婆」「保寶我之波」(ほほがしは)として登場します。

万葉集巻19-4204、4205に「見攀折保寶葉歌二首」(攀(よ)ぢ折(を)れたる保寶葉を見る歌二首)です。
4204番は「講師僧恵行」(講師(国分寺の僧)である僧恵行)、4205番は「守大伴宿祢家持」(越中国守である大伴家持)の歌です。
万葉集 巻19-4205 [20]-41-36 (3).png 万葉集 巻19-4204 [20]-83-35 (3).png
『万葉集』巻19-4204〜5(清水浜臣)(国立国会図書館蔵)

吾勢故我 捧而持流 保寶我之婆 安多可毛似加 青盖
わがせこが ささげてもてる ほほがしは あたかもにるか あをききぬがさ
我が背子が 捧げて持てる ほほがしは あたかも似るか 青き盖
あなた様が高く差し上げて持っている(さしかざしている)ホオガシワはあたかも貴人にかざす青い蓋(きぬがさ)に似てますね。

「捧(ささ)ぐ」は「両手で高く差し上げる」こと。
「蓋(きぬがさ)」は「絹で張った長い柄の傘」で、貴人が外出の際、従者が背後からさしかざしました。
補注によると、蓋は、三位以上の者が用いることになっており、一位の者は「深緑色」であったとあります。
家持が青々としたホオノキの葉を持っている様子を、一位の人の「蓋」のようだと、僧恵行は讃えています。

皇神祖之 遠御代三世波 射布折 酒飲等伊布曽 此保寶我之波
すめろきの とほみよみよは いしきをり きのみきといふぞ このほほがしは
皇神祖の 遠御代御代は い重き折り 酒飲みきといふぞ このほほがしは
皇祖の遠い昔から代々、葉を折り重ねて酒を飲んだということですよ、このホオガシワは。

「皇神祖(すめろき)」は「皇祖以来の歴代諸天皇」を指します。他に「天皇」「皇祖神」「皇祖」等とも表記されます。
「いしく」の「い」は接頭辞です。
「しき」は動詞「し(頻)く」で「くりかえし」「たびたび」の意で使われており、「いしきおり」で「くりかえし折る」の意です。
また、動詞「敷(し)く」で「(食物を盛るために、木の葉を)平らに広げる」の意で使われ、「いしきおり」で「平らに広げて折る」とも考えられます。
家持は、僧恵行の詩に対して、ホオノキの葉で酒を飲んだ昔を述べて葉を讃えました。


ホオノキの幹や枝の皮は、漢方の生薬として使われ、「厚朴(こうぼく)」と呼ばれています。
『本草図譜』巻82 喬木類1には「厚朴」として載っています。
本草図譜 第11冊 巻82喬木類1 厚朴 (2).png
『本草図譜』巻82 喬木類1「厚朴」

いわゆるホオノキです。日本産のものは「和厚朴」と呼ばれています。
本草図譜 第11冊 巻82喬木類1 ホオノキ 27-10 (2).png
『本草図譜』巻82 喬木類1「厚朴 一種」

そして、中国産の厚朴である「ほゝのき 唐厚朴」も載っています。
本草図譜 第11冊 巻82喬木類1 ホウノキ 27-9 (2).png
▲『本草図譜』巻82 喬木類1「ほうのき 唐厚朴」



参考文献:
『万葉集』(清水浜臣)
『本草図譜』(岩崎常正(潅園)/著)(巻5〜10 須原屋茂兵衛、山城屋佐兵衛/刊 1830(文政13) )(巻11〜96 筆彩の写本)
  ※以上は国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。


【次回に続く】
ホオノキの花 × 西の魔女が死んだ [2020年05月25日(Mon)]
5月はホオノキの花が見ごろ
5月に開花の見頃を迎えるのはホオノキ、白い大輪の花は夏の季語でもある。


14E5F079-DF44-4567-8E80-E68639F643FC.jpeg
▲『サンデー山口』第7232号(2020.5.16)

という記事を地域情報誌『サンデー山口』に見つけ、山口県林業技術部山口県林業センター(山口市宮野上1768-1)に行ってみましたぴかぴか(新しい)

ホオノキの花には、梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』を読んだ時からずっと会ってみたいと思っていました。
主人公まいが、「空中に咲く蓮の花」と呼んでいた花ですかわいい

『西の魔女が死んだ』については、「銀龍草(ギンリョウソウ) × 西の魔女が死んだ」で既にアップしました。
本書の初版の楡出版(1994.4)の表紙はホオノキの花のイラストが使われています。その後、小学館(1996.3)、新潮文庫(2001.8)、 新潮社(愛蔵版『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』 2017.4)から3冊出ましたが、初版とは装幀が変わってしまい、ちょっと残念ですふらふら
西の魔女が死んだ楡出版wKxysJ0cL.jpg
▲『西の魔女が死んだ』(梨木香歩/作 楡出版 1994.4)

さて、お目当てのホオノキは、樹木見本園ではなく、奥の駐車場のところに生えていました揺れるハート
F320ECE5-621C-46C5-9198-5D30F4FB9927.jpeg

車から降りると、「何かとても甘やかな匂い」に包み込まれました。
6F2654D9-7E0E-421D-AB5F-072A66A8182F.jpeg

高い大きな樹木に「白い大きな花」が咲いているので、これがホオノキだとすぐ分かりました。
8E516F1B-6BBA-4A6D-AE34-C094E6CA315C.jpeg

でも、他の花木のように一斉に鮮やかに咲き誇るのではなく、こちらにぽつん、あちらにぽつんという咲き方です。
92FD0487-A791-4F4D-843C-AB62BD77FEC5.jpeg

幾つも幾つもまるでぼんぼりを灯すようにしてつけている」と表現されています。
D9A471E3-6F69-42D5-B52A-64758FDE5721.jpeg

泰山木を一回り大きくした」ような大きな花です。
094EC7A9-8264-449B-BAF3-6D33595AEE8B.jpeg 9330FD6B-8B17-4886-B406-6993D4BF7B77.jpeg

萼と花弁は未分化だそうです。そんな萼と花弁をまとめて花被片いいます。
全体が花弁に見えますが、外側の3枚はなんとなく萼に見えないことはありません。
342771D3-7583-43C8-BB7E-D7E3A317E443.jpeg

空中に咲く蓮の花」とは言い得て妙ですひらめき
528AC506-9237-4A7D-9787-085FB546390C.jpeg 25873216-D2CF-4FA3-82E6-2CC0E28018D0.jpeg 2F03C08E-01C0-4082-9B48-FB0F1380B442.jpeg

蕾も、けっこう、ハスの花に似ている気がします。
96087585-3FF6-4290-B9A8-5CF8E7B4FA87.jpeg 2B6E720D-32F9-4845-9F5C-5B4DD8F7AE61.jpeg 16C5BE67-980E-4AC3-B74C-65143BC2A23D.jpeg 00764BC3-58AC-41D4-B71A-F58507C48364.jpeg 9F183B80-FBA3-4C48-8980-EF5AC8E6E7CF.jpeg 

雄蕊も花被片もすっかり落ちた花がありました。
もしかしたら、まいにはこれが雪洞の蝋燭に見えたのかもしれません。
1C6E4F98-B124-4822-AB97-DCE8E5CEA2B8.jpeg


 ここはいつか来たことがあるような気がする、とまいはぼんやり思った。
 ふと、急に空が明るくなって陽が微かに射し込んだ。同時に何かとても甘やかな匂いがして、まいはその方角に瞳を凝らした。
 沢の向こう側の山の斜面に、二、三十センチはありそうな白い大きな花を、幾つも幾つもまるでぼんぼりを灯すようにしてつけているのが目に入った。花は泰山木を一回り大きくしたようでもあり、蓮の花のようでもあった。
 そうだ、あれは空中に咲く蓮の花だ。おばあちゃんは、蓮の花は空中には咲かないと言っていたけど、霧の中で夢のように咲いている。まいはすっかり魅了されて動けなかった。ああ、おばあちゃんの言うとおり、人間に魂があるのなら、その魂だけになってあの花の廻りをふわふわと飛遊していられたらどんなに素敵だろう。

(愛蔵版『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』(新潮社 2017.4)P140より引用)


【次回に続く】
シャクヤク × 和菓子 [2020年05月24日(Sun)]
シャクヤクの一重咲きで、雄蕊が大きく発達して盛り上がったを花を「金蕊咲き」と呼ぶそうです。
5AD73D1B-A8F1-4AB6-958D-CC077C4A0A28.jpeg

その雄蕊を見ていると、上生菓子を想い起しますぴかぴか(新しい)
735B7783-CD64-4016-BD80-3A001BA84DF7.jpeg

イメージでいうと、上生菓子のきんとん(金団)です。
餡・求肥などの芯に、練切り餡のそぼろをきせた生菓子です。
86D06619-6EA9-4972-AE67-F645177C57EA.jpeg

国立国会図書館の「あれもこれも和菓子」というサイトで、『御蒸菓子図』という江戸時代、菓子屋から出された和菓子のカタログを見つけました。
その中から、シャクヤクの蕊に似た御菓子を自分なりにセレクトしてみました。(達筆過ぎて読めないところもありますもうやだ〜(悲しい顔)

金飩は「きんとん」のことです。
御蒸菓子図2 53-4  (2).png黄金飩

毛毬栗とは「いがぐり」のこと、毛毬餅はイガグリをイメージしたのでしょうか。
御蒸菓子図2 53-10 (2).png毛毬餅

御蒸菓子図2 53-17 (2).png□春 
御蒸菓子図2 53-20 (2).png八重正□ 
御蒸菓子図2 53-29 (2).png□錦 
御蒸菓子図2 53-30 (2).png初紅葉 
御蒸菓子図2 53-36 (2).png千代□ 
御蒸菓子図2 53-37 (2).png□千代
▲『御蒸菓子図』(国立国会図書館蔵)

『船橋菓子の雛形』には、「黄巾頓」と他のお菓子との三種盛の見本がありました。
船橋菓子の雛形1 41-32 (2).png 船橋菓子の雛形1 41-36 (2).png
▲『船橋菓子の雛形』(国立国会図書館蔵)

その他『御蒸菓子図』(虎屋伊織)(東京国立博物館蔵)や『御蒸菓子絵形』(東京都立中央図書館特別文庫室蔵)などのいろいろな菓子見本帳を眺めていると楽しくなります。

シャクヤクの花弁を飴細工で作って、蕊は鶏卵素麺で作ったらどうかなどと、妄想しています。

28291284-7A92-4159-B29D-E156C36E0FED.jpeg DB99CC23-2D32-4E0B-8492-B4BFA992E5EF.jpeg 0551FD6C-2165-4B41-9E7A-5A2E67341436.jpeg 
(2020年5月22日撮影)



参考文献:
『御蒸菓子図』
『船橋菓子の雛形』
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。
『御蒸菓子図』(虎屋伊織)
  ※国立公文書館デジタルアーカイブでインターネット公開されています。
虹橋跨水 @ 山口十境詩 [2020年05月23日(Sat)]
萩往還の山口市木町橋の傍に、
4632104A-9F60-45E7-8128-23D20959B0F4.jpeg A3DAD2BF-5EE9-4511-8138-9CB310278437.jpeg

『山口十境詩』の一つである「虹橋跨水」 の詩碑がありますぴかぴか(新しい)
B4414ED1-22C7-4974-9520-EC68E84F5637.jpeg 8C634C82-026D-4450-8CFD-11811C990DB1.jpeg

虹橋は、木町橋のことではなく、山口市の天花にあった橋です。
1983(昭和58)年3月に治水ダムとして完工した一の坂ダム錦鶏湖に水没しました。
下の写真は、東鳳翩山山頂から一の坂ダム、錦鶏湖を写した写真です。
735FDCF9-C532-4B48-8B26-5553FD2CC7DD.jpeg B2EED580-25EB-4A91-9D6B-0397050D2D27.jpeg

「山口十境の詩について」の説明板。
F0F0EAD5-6373-485F-87F2-F42D83082E00.jpeg 49A803B9-E842-465D-B480-CD095C350AF9.jpeg

 山口市に天花という地名を持つ集落がある。室町時代の大内文化を偲ばせる優雅なひびきをもっている。
 大内文化は山口に「西の都」といわれる京風の街つくりをした大内弘世時代の五山文学普及によってつくられてきた。
 五山文学とは、室町幕府が京都五山として寺格を制定した天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺の各禅僧によって成立される。
 一三七三(文中二)年、明国から日本に渡来した趙秩が山口も訪れ、当時の景観から十カ所を選び作詩をした。今から約六三〇年前のことであった。

猿林暁月(古熊)
梅峯飛瀑(法泉寺)
初P晴嵐(宮野江良
C水晩鐘(宮野恋路
氷上滌暑(氷上)
南明秋興(御堀)
虹橋跨水(天花)
象峯積雪(象頭山)
鰐石生雲(鰐石)
温泉春色(湯田)
 
 以上の詩のうち、当時の風趣が残されていない場所はわずかであり、山口の自然はおだやかで美しい。十境の詩碑はその伝統に裏打ちされた歴史文化都市山口の証である。


「虹橋跨水」石碑。
5ED81D01-BAA8-43B6-8BD1-7A91990C1756.jpeg 7B40DCEC-802D-4589-A6ED-F608DF73EFF7.jpeg

盤浸甃玉按東流
鞭石尋仙興未休
借得紫虹飛欲去
扶桑何處是三洲


16C33AEF-9AA1-4236-A589-9180ED0E6EEC.jpeg

A195CA64-4D79-451C-B420-D7EB40D7D17C.jpeg

虹橋にじはし、水かわに跨またがる          
盤浸甃玉ぼんしんしゅうぎょく、東流に按じふ
石を鞭むちうち、仙せんを尋たずねて興きょういまだ休まず
りに紫虹しこうを得なば、飛んで去らんと欲ほっ
扶桑ふそう、何いずれの処ところか、是これ、三洲さんしゅう


「虹橋跨水」の詩の内容説明板。
5123EDBE-AE7F-49F2-8A1D-CA6FD6117620.jpeg

虹橋、水に跨る
水中に在る岩や美しく平らな岩が
東流する一の坂川に交わり出迎える
私は始皇帝よろしく海を渡り東方にある不老長寿の
神仙の世界を探し求めて興味が尽きない
仮に木造の虹橋ならぬ大空にかかる虹の橋を
渡れるならば空を浮遊して人間界から去ってしまいたい
仙界の扶桑はどのあたりか 、三州はいづこにありや

(虹橋はもと一の坂川上流の天花にあったが、ダム下に水没した。)

  詩の意訳と解説は郷土史家荒巻大拙氏による。


 【扶桑】日の出る東海(日本海)中にあり、扶桑(神木)が繁っている神仙の国
 【三州】渤海中にある蓬莱(ほうらい)、方丈(方壺)、嬴州(えいしゆう)の三神山

大空をわたる虹の橋に例えられような虹橋とは、どんな橋だったのでしょう。
学生の頃、一の坂川を上り、天花方面から東鳳翩山に登る学校行事がありましたが、もしかしたらその時、虹橋を渡っていたかも・・・・・・。

天花 (2).jpg


「山口ゲンジボタル発祥地」の説明板もありました。
EE7BBDD1-9C05-4AE9-A801-4AD989EF4313.jpeg

ホタルの舞う季節になりました。
D2462550-8445-4A42-A797-8006D0E0C0A3.jpeg蛍かご
テイカカズラが咲いていますB [2020年05月22日(Fri)]
【前回の続き】

もちろん自生しているものばかりでなく園芸種も豊富です。
CADEDD02-76B5-4732-8B9F-4A82C1A2EB02.jpeg
(2018年5月22日撮影) 
F9E6A62F-F2FA-40AE-A988-1A92DAB91F66.jpeg BED8C8B1-DFA9-4198-8C48-A86EC1C67B38.jpeg 735A5A02-9017-443C-AA4C-7A1DED3FD603.jpeg 728E6F7C-E9BD-4E9E-9575-405F2D787DAC.jpeg

ハツユキカズラ
BEF9CD7B-791C-4354-AAD8-91FBA7DE2CD3.jpeg 8B419DFE-EB90-40E6-94BD-CCB50A7B0872.jpeg

何カズラかな?我が家のです。何年も刈り込んだこともないのに花も実もなりません。
今、新芽がきれいです。
0A690D81-EFA1-4DAA-8805-C4EBE938E7D3.jpeg E8593556-B2B7-42AD-ADA1-D74689A024B7.jpeg EE69D01B-26C2-4466-8914-55657A06DE12.jpeg 7F55E8FD-78E3-4A2F-A286-D9CC2AF3B35A.jpeg


維新百年記念公園にある陸上競技場には、テイカカズラの仲間スタージャスミンの生垣が造られていまするんるん
DD6F5FC1-C25B-4FC5-9AC4-91DCFE87E3FD.jpeg D47EFD13-1947-47A0-AE5D-D5725FE5C66D.jpeg 74EA8C4C-79DF-450A-B02D-205CDE1B77DD.jpeg E163CD9C-71B4-4FD7-9FA4-9FE25BA584BE.jpeg
(2018年6月1日撮影)


万葉の時代は、テイカカズラは
都多(ツタ)・綱・津田(ツタ)・角(ツノ)・
石綱(いはつな)(イワツナ)・石綱(いはつた)(イワツタ)・石葛(いはつな)(イワツナ)
などと呼ばれていました。

『万葉集』巻6-1046に石綱を詠った歌があります。
平城京から恭仁京(くにのみやこ)に遷都した後、奈良の都が荒廃していくのを悲しんで詠んだ歌、三首のうちの一首です。

万葉集巻6ー1046(近衛文庫 京都大学附属図書館蔵)
万葉集 巻6-1046 近衛文庫 892-265 (2).jpg

[曼朱院本]萬葉集 巻6-1046(京都大学附属図書館蔵)
[曼朱院本]萬葉集 巻6-1046 849-254 (2).jpg

『万葉集』巻6-1044〜6(清水浜臣)(国立国会図書館蔵)
万葉集 巻6 1046 [7]-99-48 (2).png

傷惜寧楽京荒墟作歌三首
作者不審
ならのみやこのこうきょをいたみおしみてつくれるうたさんしゅ 

『万葉集』巻6-1046(清水浜臣)(国立国会図書館蔵)
万葉集巻6 1046 [7]-99-49 (2).png

石綱乃 又變若反 青丹吉 奈良乃都乎 又将見鴨
いわつなの またをちかえり あおによし ならのみやこを またもみむかも
石綱の また変若かえり 青丹よし 奈良の都を またも見むかも
イワツナのようにまた若返って、奈良の都が栄えるのをまた見ることができるでしょうか。

 「石綱の」  「をちかへる」に懸かる枕詞 
 「青丹よし」 「なら」に懸かる枕詞
 「変若」   をち→復ち。もとにかえること。

ここで思い出すのが、「藤波の花は盛りになりにけり @ フジ@」で紹介した太宰府に赴任中の大伴旅人の歌(巻3-331)です。

吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成
わがさかり またをちめやも ほとほとに ならのみやこを みずかなりなむ
我が盛り また変若めやも ほとほとに 寧楽の京を 見ずかなりなむ
わが権勢を誇っていた頃にまた復帰できるだろうか。いやいや、このまま奈良の都を見ずじまいになりそうだ。


巻2-135に「角」、巻3-282に「角」、巻3-423「葛」、巻9-1804に「都多」、巻13-3291に「津田」、巻13-3324・3325に「角」、巻17-3991に「都多」、巻19-4220に「都多」などと出てきます。



参考文献:
『万葉集』(近衛文庫)
『[曼朱院本]萬葉集』
  ※以上2冊は京都大学貴重資料デジタルアーカイブでインターネット公開されています。
『万葉集』(清水浜臣)
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。
| 次へ