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こどもと本ジョイントネット21・山口


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佐藤春夫と中原中也 [2023年12月18日(Mon)]
前回の続き

ところで中原中也の詩に「月夜の浜辺」という詩があります。


 月夜の浜辺

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを、捨てるに忍びず
僕はそれを、袂たもとに入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向かつてそれは抛(ほう)れず
   波に向かつてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?



石とボタンという違いもありますが、春夫は「月夜の海に石を投」げましたが、中也は「月に向かって」も「波に向かって」も「抛」ることができませんでした。


さて、中也は、最も敬愛していた高橋新吉『ダダイスト新吉の詩』(辻潤/編・跋 佐藤春夫/序 田口省吾/装 中央美術社 1923(大正12))に序文を寄せていたことから、

高橋の芸術と生活とはアカデミシャンの様子ぶった芸術に対する、又、平俗的幸福のなまぬくい生活に対する徹底的反抗と挑戦である

新吉の詩の理解者として、春夫に対して興味を抱いていました。


中原中也記念館で2022年2月16日(水)〜2023年2月12日(日)に開催された第19回テーマ展示「中也の本棚――日本文学篇」

IMG_E3166.JPG 中也の本棚.PNG

チラシには、佐藤春夫の『退屈読本』(新潮社 1926)、『窓展く』(改造社 1926)『支那短篇集 玉簪花』(新潮社 1923.8.5)、『花と實と棘』(金星堂名作叢書 15)(金星堂 1922.4)が見えます。

AC8E4ECF-5FFE-4F65-8EE1-EC198BF80B7D.jpeg

「展示1 中也が愛読した詩人たち」には、中原中也「新文芸日記(精神哲学の巻)」(1927(昭和2)年1月12日〜12月使用[推定]) が展示してありました。

佐藤春夫のいふことは、何だつて大抵賛成だ。併し岩野泡鳴だけは、佐藤春夫が考へるよりよほど好いものがあつた。(昭和二年一月二十四日)

佐藤春夫の 『退屈読本』(新潮社 1926(大正15).11.5)、『支那短篇集 玉簪花』(佐藤春夫/編 新潮社 1923(大正12).8.5)、『窓展く』(改造社 1926(大正15).4.13)が展示してありました。

「固定ケース 中也の本棚」には、 佐藤春夫の 『花と實と棘』(金星堂 1922(大正11).4.20)、『佐藤春夫詩集』(第一書房 1926(大正15).3.18)が展示してありました。

展示目録はこちら⇓で見ることができます。
https://chuyakan.jp/wp/wp-content/uploads/2022/01/b6ee0a2089af250c4434fab70b40ef81.pdf


さて、中也が『殉情詩集』を読んだかどうか分かりませんが、昭和二(1927)年の「新文芸日記(精神哲学の巻)」には、佐藤春夫の名がたびたび登場します。
「一月三十日」に

佐藤春夫のこと覚書

が記されています。
「一月の読書」欄に6冊の内の1冊として(※チラシに画像があります)

退屈読本 佐藤春夫 面白し愉快なり

「二月の読書」欄に9冊の内の1冊として

玉簪花 佐藤春夫

「三月の読書」欄に13冊のあげたその内の3冊

指紋 佐藤春夫
佐藤春夫詩集
窓展く 佐藤春夫

をあげています。
「四月十二日」には

佐藤春夫の詩が象徴とならないのは彼の孤独が淡泊だからだ。純粋性がまだ足りないからだ。情熱の争闘から生れる詩だ。理性とやらが、含まれてることになる。理性とは私にとつて悉皆マンネリズムだ。けれどもなほ且彼の詩を私が手許へ置く所以は東洋的緻密さとたしかに濾されたものだからだ。美しい!

とあります。
「六月四日」には

岩野泡鳴
三富朽葉
高橋新吉
佐藤春夫
宮澤賢治


と5人の現代詩人をあげ、棒線で区切り

毛唐はディレッタントか? 毛唐はアクテビティがある

とあります。
「九月十四日」には

(辻潤を訪問す)
佐藤春夫が文明批評の必要など説いたりなどするか、要するに国一般の智識の程か、(私より見れば、)とてもお話にならない低いものだから、不可なのだ。


「十月七日」には、

 (高橋新吉にはじめて會ふ)
 佐藤春夫は
 詩人でもない
 小説家でもない、
 その中間の変なもの。
 それでも現文壇では一番好いのだ……


続けて「十月八日」には、

佐藤春夫はかの美型の性情を殆ど徹定させて、そこからエピクテータスに避難する・・・・・・

「新文芸日記」は画像が公開されていて、活字とは違い、中也の息づかいが感じられます。
https://school.nijl.ac.jp/kindai/NCMM/NCMM-00215.html#174


林忠彦が『文士と小説のふるさと』(ピエブックス 2007.4)で、佐藤春夫について、

暗闇の中から出てきたキリンのような感じがしました。

と書いていて、その文章が忘れられません。

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出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/6085)

2018年9月27日(木)〜2019年4月14日(日)、中原中也記念館で開催された企画展U「文士の肖像――林忠彦写真展」で展示されていた春夫の写真(1948)と同じく応接間で撮った写真が国立国会図書館「近代日本人の肖像」にありました。

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出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/6085)

とまあ、こんなとりとめのない話を、「やまぐち朗読Cafe」で話したかったのですが、さすがに春夫の詩「少年の日」を朗読するだけにとどめておきましたふらふら
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