湯野・戸田の領主 堅田氏と徳地 〜高杉晋作を富海に送れ!〜 @ 第7回 徳地歴史講座
[2022年11月25日(Fri)]
11月27日(日)、山口市立徳地図書館で、第7回 徳地歴史講座「湯野・戸田の領主 堅田氏と徳地 〜高杉晋作を富海に送れ!〜」が開催されます

島地と湯野とは、わずか10kmの距離である。
長州藩内で、血で血を洗う激しい権力闘争が始まる元治元年(1864年)の10月27日、 追っ手から逃れて高杉晋作は雨降りしきる闇夜、正慶院の山縣有朋を訪ねる。「武力蜂起を!」。しかし山縣は動かなかった…。
失意の中、高杉晋作は筑前(福岡)行きを論じて 富海へと姿をくらましていく。
その時山縣有朋は、奇兵隊士の一人”伊藤伝之助”を高杉晋作に付けてやったと自伝「懐旧記事」に記す。
湯野と隔ててわずかに10kmの島地は、湯野や戸田の生活圏内にある。
毛利家寄組筆 頭(トップ)の堅田氏が、ここ湯野・戸田の領主であったこと。石高6千石の小大名にも匹敵する毛利家の名門であったこと。幕末には、学問を重んじた堅田氏が家老以下26名の若者を吉田松陰の「松下村塾」で学ばせたことなどは、ほとんど語られることはない。
郷土史家の山田文雄氏に、堅田氏と徳地に係るこの謎を語ってもらいましょう。
日 時
2022年11月27日(日)10:00〜12:00
場 所
山口市立徳地図書館 視聴覚室
講 師
山田文雄(徳地史談会会長)
参加費
無料
申 込
不要
問 合
山口市立徳地図書館
0835-52-0043

島地と湯野とは、わずか10kmの距離である。
長州藩内で、血で血を洗う激しい権力闘争が始まる元治元年(1864年)の10月27日、 追っ手から逃れて高杉晋作は雨降りしきる闇夜、正慶院の山縣有朋を訪ねる。「武力蜂起を!」。しかし山縣は動かなかった…。
失意の中、高杉晋作は筑前(福岡)行きを論じて 富海へと姿をくらましていく。
その時山縣有朋は、奇兵隊士の一人”伊藤伝之助”を高杉晋作に付けてやったと自伝「懐旧記事」に記す。
湯野と隔ててわずかに10kmの島地は、湯野や戸田の生活圏内にある。
毛利家寄組筆 頭(トップ)の堅田氏が、ここ湯野・戸田の領主であったこと。石高6千石の小大名にも匹敵する毛利家の名門であったこと。幕末には、学問を重んじた堅田氏が家老以下26名の若者を吉田松陰の「松下村塾」で学ばせたことなどは、ほとんど語られることはない。
郷土史家の山田文雄氏に、堅田氏と徳地に係るこの謎を語ってもらいましょう。












