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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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第39回やまぐち朗読Cafe 〜朗読と蓄音器ジャズの夕べ〜A第2部 自由朗読 [2022年09月29日(Thu)]
【前回の続き】

第2部 自由朗読

1.山口
坂口安吾「桜の森の満開の下」 抜粋+中原中也記念館特別企画展「坂口安吾と中原中也――風と空と」パンフレット(P.25 「桜の森の満開の下」要約)より

(略)
 彼の目は霞んでゐました。彼はより大きく目を見開くことを試みましたが、それによつて視覚が戻つてきたやうに感じることができませんでした。なぜなら、彼のしめ殺したのはさつきと変らず矢張り女で、同じ女の屍体がそこに在るばかりだからでありました。
 彼の呼吸はとまりました。彼の力も、彼の思念も、すべてが同時にとまりました。女の屍体の上には、すでに幾つかの桜の花びらが落ちてきました。彼は女をゆさぶりました。呼びました。抱きました。徒労でした。彼はワッと泣きふしました。たぶん彼がこの山に住みついてから、この日まで、泣いたことはなかつたでせう。そして彼が自然に我にかへつたとき、彼の背には白い花びらがつもつてゐました。
 そこは桜の森のちやうどまんなかのあたりでした。四方の涯は花にかくれて奥が見えませんでした。日頃のやうな怖れや不安は消えてゐました。花の涯から吹きよせる冷めたい風もありません。たゞひつそりと、そしてひそひそと、花びらが散りつゞけているばかりでした。彼は始めて桜の森の満開の下に坐つてゐました。いつまでもそこに坐つてゐることができます。彼はもう帰るところがないのですから。
 桜の森の満開の下の秘密は誰にも今も分りません。あるいは「孤独」といふものであつたかも知れません。なぜなら、男はもはや孤独を怖れる必要がなかつたのです。彼自らが孤独自体でありました。
 彼は始めて四方を見廻しました。頭上に花がありました。その下にひつそりと無限の虚空がみちてゐました。ひそひそと花が降ります。それだけのことです。外には何の秘密もないのでした。
 ほど経て彼はたゞ一つのなまあたゝかな何物かを感じました。そしてそれが彼自身の胸の悲しみであることに気がつきました。花と虚空の冴えた冷めたさにつゝまれて、ほのあたたかいふくらみが、すこしづゝ分りかけてくるのでした。
 彼は女の顔の上の花びらをとつてやらうとしました。彼の手が女の顔にとゞかうとした時に、何か変つたことが起つたように思はれました。すると、彼の手の下には降りつもつた花びらばかりで、女の姿は掻き消えてたゞ幾つかの花びらになつてゐました。そして、その花びらを掻き分けようとした彼の手も彼の身体も延した時にはもはや消えてゐました。あとに花びらと、冷めたい虚空がはりつめてゐるばかりでした。



T・Hさんのように上手に要約できないので、今、中原中也記念館で開催中の「坂口安吾と中原中也――風と空と」のパンフレットにあった文章を本文を朗読する前に読ませていただきました。
今回のパンフレット、コロナ禍で万が一特別展が中止になって展示を鑑賞することができなくても、読み物として楽しめるように配慮して作られたそうです。ぜひ、ご一読ください。

『坂口安吾と中原中也―風と空と』
(中原中也記念館/編集・発行 2022.7.28)
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2.N・Mさん
宮沢賢治「あすこの田はねえ」
(『震災学』Vol.14 第5章 震災と文学 「言葉のありか、心のありか、震災9年、10年へ。」で和合亮一さんが紹介)

『震災学』Vol.14
(東北学院/発行 荒蝦夷/発売 2020.3)
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一〇八二  〔あすこの田はねえ〕
   一九二七、七、一〇、

あすこの田はねえ
あの種類では窒素があんまり多過ぎるから
もうきっぱりと灌水(みづ)を切ってね
三番除草はしないんだ
  ……一しんに畔を走って来て
    青田のなかに汗拭くその子……
燐酸がまだ残ってゐない?
みんな使った?
それではもしもこの天候が
これから五日続いたら
あの枝垂れ葉をねえ
斯ういふ風な枝垂れ葉をねえ
むしってとってしまふんだ
  ……せはしくうなづき汗拭くその子
    冬講習に来たときは
    一年はたらいたあととは云へ
    まだかゞやかな苹果のわらひをもってゐた
    いまはもう日と汗に焼け
    幾夜の不眠にやつれてゐる……
それからいゝかい
今月末にあの稲が
君の胸より延びたらねえ
ちゃうどシャッツの上のぼたんを定規にしてねえ
葉尖を刈ってしまふんだ
  ……汗だけでない
    泪も拭いてゐるんだな……
君が自分でかんがへた
あの田もすっかり見て来たよ
陸羽一三二号のはうね
あれはずゐぶん上手に行った
肥えも少しもむらがないし
いかにも強く育ってゐる
硫安だってきみが自分で播いたらう
みんながいろいろ云ふだらうが
あっちは少しも心配ない
反当三石二斗なら
もうきまったと云っていゝ
しっかりやるんだよ
これからの本当の勉強はねえ
テニスをしながら商売の先生から
義理で教はることでないんだ
きみのやうにさ
吹雪やわづかの仕事のひまで
泣きながら
からだに刻んで行く勉強が
まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
どこまでのびるかわからない
それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ
ではさやうなら
  ……雲からも風からも
    透明な力が
    そのこどもに
    うつれ……

 
   (『春と修羅 第三集』より)



3.原明子さん
坂口安吾「ピエロ伝道者」

 空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。
 屋根の上で、竹竿を振り廻す男がいる。みんなゲラゲラ笑ってそれを眺めている。子供達まで、あいつは気違いだね、などと言う。僕も思う。これは笑わない奴の方が、よっぽどどうかしている、と。そして我々は、痛快に彼と竹竿を、笑殺しようではないか!
 しかし君の心は言いはしないか? 竹竿を振り廻しても所詮はとどかないのだから、だから僕は振り廻す愚をしないのだ、と。もしそうとすれば、それはあきらめているだけの話だ。君は決して星が欲しくないわけではない。しかし僕は、そういう反省を君に要求しようと思わない。又、「大人」になって、人に笑われずに人を笑うことが、君をそんなに偉くするだろうか? なぞとききはしない。その質問は君を不愉快にし、又もし君が、考え深い感傷家なら、自分の身の上を思いやって悲しみを深めるに違いないから。
 僕は礼儀を守ろう! 僕等の聖典に曰く、およそイエス・ノオをたずぬべからず、そは本能の犯す最大の悪徳なればなり、と。又曰く、およそイエス・ノオをたずぬべからず。犬は吠ゆ、これ悲しむべし、人は吠えず、吠ゆべきか、吠えざるべきかに迷い、迷いて吠えず、故に甚しく人なり、と。
 竹竿を振り廻す男よ、君はただ常に笑われてい給え。決して見物に向って、「君達の心にきいてみろ!」と叫んではならない。「笑い」のねうちを安く見積り給うな。笑い声は、音響としては騒々しいものであるけれど、人生の流れの上では、ただ静粛な跫音である時がある。竹竿を振り廻す男よ、君の噴飯すべき行動の中に、泪や感慨の裏打ちを暗示してはならない。そして、それをしないために、君の芸術は、一段と高尚な、そして静かなものになる。

 日本のナンセンス文学は、行詰っていると人々はいう。途方もない話だ。日本のナンセンス文学は、まだナンセンスにさえならない。井伏氏や中村氏の先駆者としての立派な足跡は認めなければならない。そして彼等はよき天分をもつ芸術家である。しかし正しい見方からすれば、あれはナンセンスではない。ことに中村氏は、笑いの裏側に、常に心臓を感じさせようとする。そして或時は奇術師のように、笑いと涙の混沌をこねだそうとする。ナンセンスは「意味センス、無しノン」と考えらるべきであるのに、今、日本のモダン語「ナンセンス」は「悲しき笑い」として通用しようとしている。此の如き解釈を持つモダン人種のために、「悲しき笑い」は美くしき奇術であるかも知れない。そして中村氏のナンセンスは彼等を悲しますかも知れない。しかし、人を悲しますために笑いを担ぎ出すのは、むしろ芸術を下品にする。笑いは涙の裏打ちによって静かなものにはならない。むしろその笑いは、騒がしいものになる。チャップリンは、二巻物の時代だけでも立派な芸術家であったのだ。
 いつであったかセルバンテスのドン・キホーテは最も悲しい文学であると、アメリカの誰かが賞讃していたのを記憶している。アメリカらしい悪趣味な讃辞であると言わなければならない。成程、空想癖のある人間ならば、ドン・キホーテの乱痴気騒ぎを他人ごとでは読みすごせない。我々は、物静かな跫音に深く心を吸われる。それでいい。なぜ「笑い」が「笑い」のまま芸術として通用できぬのであろうか? 笑いはそんなにも騒々しいものであろうか? 涙はそんなにも物静かなものであろうか?

 すべて「一途」がほとばしるとき、人間は「歌う」ものである。その人その人の容器に順って、悲しさを歌い、苦しさを歌い、悦びを歌い、笑いを歌い、無意味を歌う。それが一番芸術に必要なのだ。これ程素直な、これ程素朴な、これ程無邪気なものはない。この時芸術は最も高尚なものになる。素直さは奇術の反対である。そして、この素直さから、その人柄にしたがって、涙の裏打をした笑いがほとばしるなら、それはそれで一番正しい。そして中村氏は、かなり本質的に、「悲しき笑い」の持ち主ではある。しかし中村氏は、往々にして無理な奇術を弄している。それはいけない。

 日本では、本質的なファースとして、古来存在していたものは、寄席だけのようである。勝れた心構えの人によって用いられたなら、落語も立派な芸術になる筈である。昔は知らない。少くとも今の寄席は、遺憾ながら話にもならない。僕の知る限りで、「莫迦々々しさ」を「歌」った人は、数年前に死んだ林屋正蔵。今の人では、古今亭今輔。それだけ。

 日本のナンセンス文学は、涙を飛躍しなければならない。「莫迦々々しさ」を歌い初めてもいい時期だ。勇敢に屋根へ這い登れ! 竹竿を振り廻し給え。観衆の涙に媚び給うな。彼等から、それは芸術でない、ファースであると嘲笑されることを欣快とし給え。しかしひねくれた道化者になり給うな。寄席芸人の卑屈さを学び給うな。わずかな衒学をふりかざして、「笑う君達を省みよ」と言い給うな。見給え。竹竿を振り廻す莫迦が、「汝等を見よ!」と叫んだとすれば、おかしいではないか。それは君自身をあさましくするだけである。すべからく「大人」になろうとする心を忘れ給え。
 忘れな草の花を御存じ? あれは心を持たない。しかし或日、恋になやむ一人の麗人を慰めたことを御存じ?
 蛙飛び込む水の音を御存じ?


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4.F・Kさん
小池真理子「抱きしめ、抱きしめられたい」
「月夜の森の梟」36(朝日新聞土曜別刷り「be」2021年3月6日掲載)

『月夜の森の梟』
(小池真理子/著 朝日新聞出版 2021.11)
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5、T・Hさん
山川方夫「夏の葬列」

(略)
「なんの病気で死んだの? この人」
 うきうきした、むしろ軽薄な口調で彼はたずねた。
「この小母さんねえ、気違いだったんだよ」
 ませた目をした男の子が答えた。
「一昨日(おととい)ねえ、川にとびこんで自殺しちゃったのさ」
「へえ。失恋でもしたの?」
「バカだなあ小父さん」運動靴の子供たちは、口々にさもおかしそうに笑った。「だってさ、この小母さん、もうお婆(ばあ)さんだったんだよ」
「お婆さん? どうして。あの写真だったら、せいぜい三十くらいじゃないか」
「ああ、あの写真か。……あれねえ、うんと昔のしかなかったんだってよ」
 洟はなをたらした子があとをいった。
「だってさ、あの小母さん、なにしろ戦争でね、一人きりの女の子がこの畑で機銃で撃たれて死んじゃってね、それからずっと気が違っちゃってたんだもんさ」

 葬列は、松の木の立つ丘へとのぼりはじめていた。遠くなったその葬列との距離を縮めようというのか、子供たちは芋畑の中におどりこむと、歓声をあげながら駈(か)けはじめた。
 立ちどまったまま、彼は写真をのせた柩(ひつぎ)がかるく左右に揺れ、彼女の母の葬列が丘を上って行くのを見ていた。一つの夏といっしょに、その柩の抱きしめている沈黙。彼は、いまはその二つになった沈黙、二つの死が、もはや自分のなかで永遠につづくだろうこと、永遠につづくほかはないことがわかっていた。彼は、葬列のあとは追わなかった。追う必要がなかった。この二つの死は、結局、おれのなかに埋葬されるほかはないのだ。
 ――でも、なんという皮肉だろう、と彼は口の中でいった。あれから、おれはこの傷にさわりたくない一心で海岸のこの町を避けつづけてきたというのに。そうして今日、せっかく十数年後のこの町、現在のあの芋畑をながめて、はっきりと敗戦の夏のあの記憶を自分の現在から追放し、過去の中に封印してしまって、自分の身をかるくするためにだけおれはこの町に下りてみたというのに。……まったく、なんという偶然の皮肉だろう。
 やがて、彼はゆっくりと駅の方角に足を向けた。風がさわぎ、芋の葉の匂(におい)がする。よく晴れた空が青く、太陽はあいかわらず眩(まぶ)しかった。海の音が耳にもどってくる。汽車が、単調な車輪の響きを立て、線路を走って行く。彼は、ふと、いまとはちがう時間、たぶん未来のなかの別な夏に、自分はまた今とおなじ風景をながめ、今とおなじ音を聞くのだろうという気がした。そして時をへだて、おれはきっと自分の中の夏のいくつかの瞬間を、一つの痛みとしてよみがえらすのだろう……。
 思いながら、彼はアーケードの下の道を歩いていた。もはや逃げ場所はないのだという意識が、彼の足どりをひどく確実なものにしていた。



『日本近代短篇小説選 昭和篇3』 (岩波文庫)
(紅野敏郎・紅野謙介・千葉俊二・宗像和重・山田俊治/編 岩波書店 2012.9)
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T・Hさんは、本文を朗読される前に、いつも読まれない部分の要約を話されるのですが、それが、すごくいいんです。物語のドアがギイと開かれ、朗読が始まる時には、物語の世界にどっぷりと引き込まれています揺れるハート



6、S・Tさん
小池昌代「抱擁」
(『図書』2020年8月号より)

『図書』2020年8月号(岩波書店 2020.8)
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7、M・Aさん
2022年8月14日付中国新聞「天風録」



8、K・Kさん
芥川龍之介「沼」

 おれは沼のほとりを歩いてゐる。
 昼か、夜(よる)か、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺(あをさぎ)の啼く声がしたと思つたら、蔦葛(つたかづら)に掩(おほ)はれた木々の梢(こずゑ)に、薄明りの仄(ほの)めく空が見えた。
 沼にはおれの丈(たけ)よりも高い芦(あし)が、ひつそりと水面をとざしてゐる。水も動かない。藻(も)も動かない。水の底に棲(す)んでゐる魚も――魚がこの沼に棲んでゐるであらうか。
 昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、この沼のほとりばかり歩いてゐた。寒い朝日の光と一しよに、水の(にほひ)や芦(あし)の奄ミがおれの体を包んだ事もある。と思ふと又枝蛙(えだかはづ)の声が、蔦葛(つたかづら)に蔽(おほ)はれた木々の梢から、一つ一つかすかな星を呼びさました覚えもあつた。
 おれは沼のほとりを歩いてゐる。
 沼にはおれの丈(たけ)よりも高い芦が、ひつそりと水面をとざしてゐる。おれは遠い昔から、その芦の茂つた向うに、不思議な世界のある事を知つてゐた。いや、今でもおれの耳には、Invitation au Voyage の曲が、絶え絶えに其処(そこ)から漂(ただよ)つて来る。さう云へば水の奄竏ーの奄送つて来はしないであらうか。
 昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、その不思議な世界に憧(あこが)れて、蔦葛(つたかづら)に掩はれた木々の間(あひだ)を、夢現(ゆめうつつ)のやうに歩いてゐた。が、此処(ここ)に待つてゐても、唯芦と水とばかりがひつそりと拡がつてゐる以上、おれは進んで沼の中へ、あの「スマトラの忘れな艸(ぐさ)の花」を探しに行(ゆ)かなければならぬ。見れば幸(さいはひ)、芦の中から半(なか)ば沼へさし出てゐる、年経(としへ)た柳が一株ある。あすこから沼へ飛びこみさへすれば、造作(ざうさ)なく水の底にある世界へ行(ゆ)かれるのに違ひない。
 おれはとうとうその柳の上から、思ひ切つて沼へ身を投げた。
 おれの丈(たけ)より高い芦が、その拍子(ひやうし)に何かしやべり立てた。水が呟(つぶや)く。藻(も)が身ぶるひをする。あの蔦葛(つたかづら)に掩(おほ)はれた、枝蛙(えだかはづ)の鳴くあたりの木々さへ、一時はさも心配さうに吐息(といき)を洩(も)らし合つたらしい。おれは石のやうに水底(みなそこ)へ沈みながら、数限りもない青い焔が、目まぐるしくおれの身のまはりに飛びちがふやうな心もちがした。
 昼か、夜か、それもおれにはわからない。
 おれの死骸は沼の底の滑(なめら)かな泥に横(よこたは)つてゐる。死骸の周囲にはどこを見ても、まつ青(さを)な水があるばかりであつた。この水の下にこそ不思議な世界があると思つたのは、やはりおれの迷(まよ)ひだつたのであらうか。事によると Invitation au Voyage の曲も、この沼の精が悪戯(いたづら)に、おれの耳を欺(だま)してゐたのかも知れない。が、さう思つてゐる内に、何やら細い茎が一すぢ、おれの死骸の口の中から、すらすらと長く伸び始めた。さうしてそれが頭の上の水面へやつと届いたと思ふと、忽ち白い睡蓮(すゐれん)の花が、丈の高い芦に囲まれた、藻の奄フする沼の中に、的皪(てきれき)と鮮(あざやか)な莟(つぼみ)を破つた。
 これがおれの憧(あこがれ)てゐた、不思議な世界だつたのだな。――おれの死骸はかう思ひながら、その玉のやうな睡蓮(すゐれん)の花を何時(いつ)までもぢつと仰ぎ見てゐた。
  (大正九年三月)



『文豪ノ怪談 ジュニア・セレクション 第一期第一巻「夢 夏目漱石・芥川龍之介ほか 」』
(夏目漱石・内田百閨E中勘助・芥川龍之介・谷崎潤一郎・佐藤春夫・志賀直哉・夢野久作・北杜夫・小泉八雲/著 東雅夫/編 山科理絵/絵 汐文社 2016.11)
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9、W・Kさん
自作「わが暴走」



10、M・Tさん
中原中也「更くる夜」

 更くる夜
   内海誓一郎に

毎晩々々、夜が更(ふ)けると、近所の湯屋の
  水汲む音がきこえます。
流された残り湯が湯気となつて立ち、
  昔ながらの真つ黒い武蔵野の夜です。
おつとり霧も立罩(たちこ)めて
  その上に月が明るみます、
と、犬の遠吠がします。

その頃です、僕が囲炉裏(ゐろり)の前で、
  あえかな夢をみますのは。
随分……今では損はれてはゐるものの
  今でもやさしい心があつて、
こんな晩ではそれが徐(しづ)かに呟きだすのを、
  感謝にみちて聴(き)いるのです、
感謝にみちて聴(き)いるのです。




11、S・Mさん
西本喜美子「セルフポートレート」
(『ひとりじゃなかよ』より)

『ひとりじゃなかよ』
(西本喜美子/作 飛鳥新社 2016.7)
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12、中原豊さん
坂口安吾「ふるさとに寄する讃歌」より

(略)
 私は耳を澄ました。私は忍びやかに通りすぎた。私は窓を仰いだ。長くして、私はただ笑つた。私は海へ行つた。人気ない銀色の砂浜から、私は海中へ躍り込んだ。爽快に沖へ出た。掌は白く輝いて散乱した。海の深さがしづもつてゐた。突然私は死を思ひ出してゐた。私は怖れた。私の身体は、心よりも尚はやく狼狽しはぢめてゐた。私の手に水が当らなくなつてゐた。手足は感覚を失つた。私の吐く潮が、鋭い音をたてた。私は自分が今吹き出していい欲望にかられてゐることを、滑稽な程悲痛に、意識した。私は陸(オカ)へ這ひ上つた。私は浜にねた。私は深い睡りにおちた。
 その夜、病院へ泊つた。私は姉に会ふことを、さらに甚しく欲しなかつた。なぜなら、実感のない会話を交へねばならなかつたから。そして私は省るに、語るべき真実の一片すら持たぬやうであつた。心に浮ぶものは、すべて強調と強制のつくりものにみえた。私は偶然思ひ出してゐた。彼女に再び逢ふ機会はあるまい、と。それは、意味もなく、あまり唐突なほど、そして私が決して私自身に思ひ込ませることが出来ないほど、やるせない悲しみに私を襲ふのであつた。私は、かやうな遊戯に、この上もなく退屈してゐた。しばらくして、もはや無心に雲を見てゐた。
 姉も亦、姉自身の嘘を苦にやんでゐた。姉は見舞客の嘘に悩んで、彼等の先手を打つやうに、姉自身嘘ばかりむしろ騒がしく吐きちらした。それは白い蚊帳だつた。電燈を消して、二人は夜半すぎるまで、出まかせに身の不幸を欺き合つた。一人が真実に触れやうとするとき、一人はあわただしく話題を変へた。同情し合ふフリをした。嘘の感情に泪ながした。くたびれて、睡つた。
 朝、姉の起きぬうちに、床をぬけて海へ行つた。

 港に六千噸(トン)の貨物船がはいつた。耳寄りなニュースに、港の隆盛を町の人々が噂した。私は裏町に、油くさい庖厨(ほうちゅう)の香を嗅いだ、また裏町に、開け放された格子窓から、脂粉の匂に噎んでゐた。湯垢の香に私はしみた。そして太陽を仰いだ。しきりに帰心の陰が揺れた。
 東京の空がみえた。置き忘れてきた私の影が、東京の雑踏に揉まれ、蹂(ふ)みしだかれ、粉砕されて喘へいでゐた。限りないその傷に、無言の影がふくれ顔をした。私は其処へ戻らうと思つた。無言の影に言葉を与へ、無数の傷に血を与へやうと思つた。虚偽の泪を流す暇はもう私には与へられない。全てが切実に切迫してゐた。私は生き生きと悲しもう。私は塋墳(えいふん)へ帰らなければならない。と。
 バクダンがバクダン自身を粉砕した。傍に男が、爽快な空に向つて煙草の火をつけた。

 私達はホテルの楼上に訣別の食卓をかこんだ。街の灯が次第にふへた。私は劇しくイライラしてゐた。姉は私の気勢に呑まれて沈黙した。私達は停車場へ行つた。私達は退屈してゐた。汽車がうごいた。私は興奮した、夢中に帽子を振つた。
 別れのみ、にがかつた。



『ふるさとに寄する讃歌』 (角川文庫)
(角川書店 1971.10)
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