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こどもと本ジョイントネット21・山口


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中原中也「蛙声」 × アーサー・ビナード再話『ポチャッ ポチョッ イソップ:カエルのくににつたわるおはなし』 [2022年08月31日(Wed)]
前回の続き

アーサー・ビナード再話『ポチャッ ポチョッ イソップ:カエルのくににつたわるおはなし』のところで、福田百合子先生が取り上げられた中原中也「蛙声」ですが、中原中也記念館の前庭で今展示されていますぴかぴか(新しい)
中也の詩を紹介する「屋外展示」の今年度のテーマ「天気の詩」の3篇の中の一つとして、9月末までの展示です。

IMG_E5323.JPG

  蛙声

天は地を蓋[おほ]ひ、
そして、地には偶々[たまたま]池がある。
その池で今夜一と夜さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであらう?

その声は、空より来り、
空へと去るのであらう?
天は地を蓋[おほ]ひ、
そして蛙声[あせい]は水面に走る。

よし此の地方(くに)が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶、余りに乾いたものと感(おも)はれ、

頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走つて暗雲に迫る。


「蛙声」は雑誌『四季』昭和12(1937)年7月号に発表されました。中也晩年(1937年10月22日死亡)の作品です。 

IMG_E5324.JPG

〈暗雲〉は、地を蓋う〈天〉と呼応し詩に閉塞感をもたらすとともに、湿潤な〈此の地方〉を象徴している。乾きを癒やせず体の不調を訴える詩人をよそに、蛙の声はそれ自体が意志をを持っているかのように〈暗雲〉に迫る。


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中也が蛙を詠った以下の詩については、福田先生は取り上げられませんでしたが、参考までに記しておきます。


  蛙 声(郊外では)

郊外では、
夜は沼のやうに見える野原の中に、
蛙が鳴く。

それは残酷な、
消極も積極もない夏の夜の宿命のやうに、
毎年のことだ。

郊外では、
毎年のことだ今時分になると沼のやうな野原の中に、
蛙が鳴く。

月のある晩もない晩も、
いちやうに厳かな儀式のやうに義務のやうに、
地平の果にまで、

月の中にまで、
しみこめとばかりに廃墟礼讃の唱歌のやうに、
蛙が鳴く。



  (蛙等は月を見ない)
 
蛙等は月を見ない
恐らく月の存在を知らない
彼等は彼等同志暗い沼の上で
蛙同志いつせいに鳴いてゐる。

月は彼等を知らない
恐らく彼等の存在を思つてみたこともない
月は緞子(どんす)の着物を着て
姿勢を正し、月は長嘯(ちようしよう)に忙がしい。

月は雲にかくれ、月は雲をわけてあらはれ、
雲と雲とは離れ、雲と雲とは近づくものを、
僕はゐる、此処(ここ)にゐるのを、彼等は、
いつせいに、蛙等は蛙同志で鳴いてゐる。



  (蛙等が、どんなに鳴かうと)

蛙等が、どんなに鳴かうと
月が、どんなに空の遊泳術に秀でてゐようと、
僕はそれらを忘れたいものと思つてゐる
もつと営々と、営々といとなみたいいとなみが
もつとどこかにあるといふやうな気がしてゐる。

月が、どんなに空の遊泳術に秀でてゐようと、
蛙等がどんなに鳴かうと、
僕は営々と、もつと営々と働きたいと思つてゐる。
それが何の仕事か、どうしてみつけたものか、
僕はいつかうに知らないでゐる

僕は蛙を聴き
月を見、月の前を過ぎる雲を見て、
僕は立つてゐる、何時までも立つてゐる。
そして自分にも、何時かは仕事が、
甲斐のある仕事があるだらうといふやうな気持がしてゐる。



  Qu’est-ce que c’est?

蛙が鳴くことも、
月が空を泳ぐことも、
僕がかうして何時までも立つてゐることも、
黒々と森が彼方(かなた)にあることも、
これはみんな暗がりでとある時出つくはす、
見知越(みしりご)しであるやうな初見であるやうな、
あの歯の抜けた妖婆(ようば)のやうに、
それはのつぴきならぬことでまた
逃れようと思へば何時でも逃れてゐられる
さういふふうなことなんだ、あゝさうだと思つて、
坐臥常住の常識観に、
僕はすばらしい籐椅子にでも倚つかゝるやうに倚つかゝり、
とにかくまづ羞恥の感を押鎮(おしし)づめ、
ともかくも和やかに誰彼のへだてもなくお辞儀を致すことを覚え、
なに、平和にはやつてゐるが、
蛙の声を聞く時は、
何かを僕はおもひ出す。何か、何かを、
おもひだす。

Qu’est-ce que c’est?


以上4篇の蛙を詠った詩は、昭和8(1933)年5〜8月制作(推定)で「ノート翻訳詩」にあります。


  桑名の駅

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ鳴いてゐた
夜更の駅には駅長が
綺麗な砂利を敷き詰めた
プラットホームに只(ただ)独り
ランプを持つて立つてゐた

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ泣いてゐた
焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは
此処のことかと思つたから
駅長さんに訊(たづ)ねたら
さうだと云つて笑つてた

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ鳴いてゐた
大雨(おほあめ)の、霽(あが)つたばかりのその夜(よる)は
風もなければ暗かつた
 (一九三五・八・一二)
 「此の夜、上京の途なりしが、京都大阪間の不通のため、臨時関西線を運転す」


妻 孝子と長男 文也と親子3人での上京時に関西地方で集中豪雨に見舞われ、「桑名の駅」で足止めされ、その際に制作されました。
桑名の駅には、詩碑があります。
「文学界」昭和12年12月号に発表されました。


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「屋外展示」の「天気の歌」は、「蛙声」の他には

IMG_E5327.JPG 

「六月の雨」と

IMG_E5326.JPG 

  六月の雨

またひとしきり 午前の雨が
菖蒲[しやうぶ]のいろの みどりいろ
眼(まなこ)うるめる 面長き女(ひと)
たちあらはれて 消えてゆく

たちあらはれて 消えゆけば
うれひに沈み しとしとと
畠(はたけ)の上に 落ちてゐる
はてしもしれず 落ちてゐる

      お太鼓叩いて 笛吹いて
      あどけない子が 日曜日
      畳の上で 遊びます

      お太鼓叩いて 笛吹いて
      遊んでゐれば 雨が降る

      櫺子(れんじ)の外に 雨が降る



「別離(抜粋)」です。

IMG_E5325.JPG

  別離

  

さよなら、さよなら!
  いろいろお世話になりました
  いろいろお世話になりましたねえ
  いろいろお世話になりました

さよなら、さよなら!
  こんなに良いお天気の日に
  お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛い
  こんなに良いお天気の日に

さよなら、さよなら!
  僕、午睡[ひるね]の夢から覚めてみると
  みなさん家を空(あ)ておいでだつた
  あの時を妙に思ひ出します

さよなら、さよなら!
  そして明日(あした)の今頃は
  長の年月見馴れてる
  故郷の土をば見てゐるのです

さよなら、さよなら!
  あなたはそんなにパラソルを振る
  僕にはあんまり眩[まぶ]しいのです
  あなたはそんなにパラソルを振る

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!

  2

 僕、午睡から覚めてみると、
みなさん、家を空けてをられた
 あの時を、妙に、思ひ出します

 日向ぼつこをしながらに、
爪(つめ)摘んだ時のことも思ひ出します、
 みんな、みんな、思ひ出します

芝庭のことも、思ひ出します
 薄い陽の、物音のない昼下り
あの日、栗を食べたことも、思ひ出します

干された飯櫃(おひつ)がよく乾き
裏山に、烏が呑気に啼いてゐた
あゝ、あのときのこと、あのときのこと……

 僕はなんでも思ひ出します
僕はなんでも思ひ出します
  でも、わけて思ひ出すことは
わけても思ひ出すことは……
――いいえ、もうもう云へません
決して、それは、云はないでせう

  3

忘れがたない、虹(にじ)と花
  忘れがたない、虹と花
  虹と花、虹と花
どこにまぎれてゆくのやら
  どこにまぎれてゆくのやら
  (そんなこと、考へるの馬鹿)
その手、その脣(くち)、その唇(くちびる)の、
  いつかは、消えてゆくでせう
  (霙(みぞれ)とおんなじことですよ)
あなたは下を、向いてゐる
  向いてゐる、向いてゐる
  さも殊勝らしく向いてゐる
いいえ、かういつたからといつて
  なにも、怒(おこ)つてゐるわけではないのです、
  怒つてゐるわけではないのです

忘れがたない虹と花、
  虹と花、虹と花、
  (霙とおんなじことですよ)

  4

 何か、僕に、食べさして下さい。
何か、僕に、食べさして下さい。
  きんとんでもよい、何でもよい、
  何か、僕に食べさして下さい!

いいえ、これは、僕の無理だ、
    こんなに、野道を歩いてゐながら
    野道に、食物(たべもの)、ありはしない。
    ありません、ありはしません!

  5

向ふに、水車が、見えてゐます、
  苔(こけ)むした、小屋の傍、
ではもう、此処からお帰りなさい、お帰りなさい
  僕は一人で、行けます、行けます、
僕は、何を云つてるのでせう
  いいえ、僕とて文明人らしく
もつと、他(ほか)の話も、すれば出来た
  いいえ、やつぱり、出来ません出来ません。
   (一九三四・一一・一三)
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