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こどもと本ジョイントネット21・山口


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萩城址(5)着見矢倉・雁木・天守閣跡 @ はぎ散歩E [2021年10月16日(Sat)]
前回の続き

着見矢倉
本丸南東部にあります。
IMG_E1382.JPG

着見矢倉を内堀の方から望みます。
IMG_E1458.JPG 

本丸門の左側の石垣に登ることのできる階段があるので、登ってみました。
IMG_E1383.JPG

石垣は左に着見櫓まで続いてます。
IMG_E1384.JPG

石垣を右に少し行くと、途中で。 右に折れて、
IMG_E1385.JPG

十数メートル先でまた、左に折れ曲がり(振り返ってみたところ)、
IMG_E1388.JPG 

その先は天守台の下まで続いていて、
IMG_E1389.JPG

途中に面白い石柱もあり
IMG_E1390.JPG

天守台に続く内堀沿いの石垣に長い雁木(石段)が設けられており、
IMG_E1391.JPG

天守台の手前まで石垣の上を歩きました。
IMG_E1392.JPG

雁木。 
全国でも最大規模だそうです。
有事の際には一斉に兵士が石垣の上(多聞櫓)に上がることが出来る構造になっています。
IMG_E1393.JPG IMG_E1394.JPG


天守台への階段。
IMG_E1053.JPG

「萩城天守閣跡」標識。
IMG_E1395.JPG

「萩城天守」説明板。
IMG_E1054.JPG

 萩城は、関ヶ原の戦いに敗れた毛利輝元が防長二州・三十六万石の居城として、慶長9年(1604)に起工し、同13年(1608)に完工した。 
 (桃山初期の形式を示す)白亜五層の天守は、高さ8間(14.4m)。初層平面規模は東西11間(19.8m)、南北9間(16.2m)、最上層は東西3間半(6.3m) 、南北3間(5.4m)である。初層は石垣全面にわたって半間分を張出し、俯射装置(石落し)とした。
 明治7年(1874)に解体されるまで270年間 天守は、 毛利氏13代にわたる萩城の象徴として偉容を誇っていた。


天守台へ登ってみましょう。
天守閣の礎石が礎石がしっかり残っています。
IMG_E1397.JPG

古写真によると、5層の天守は2層の入母屋造の台座の上に3層の望楼型が載っている形で、1層目が石垣より大きい張出構造になっていいます。史料によると赤瓦を葺き漆喰壁を持つ白亜の望楼型天守だったようです。
IMG_E1400.JPG  

天守台の上から北西方面の内堀を見下ろすと、堀が複雑な形になっています。
北側、指月山の眺望。
IMG_E1399.JPG

西側の眺望。
IMG_E1396.JPG IMG_E1398.JPG 

東側、極楽橋の眺望。
IMG_E1401.JPG


IMG_E1378 (4).JPG


【次回に続く】
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