CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

子どもと本をむすぶ活動をしています


検索
検索語句
<< 2021年07月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
カテゴリアーカイブ
プロフィール

こどもと本ジョイントネット21・山口さんの画像
月別アーカイブ
最新コメント
タグクラウド
日別アーカイブ
https://blog.canpan.info/jointnet21/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/jointnet21/index2_0.xml
築山大明神U @ 築山跡G [2021年07月02日(Fri)]
前回の続き

築山大明神は大内氏の崇敬する社であったようで、『大内氏壁書』にも築山大明神のことではないかと思える記述がありますぴかぴか(新しい)


 築山掃除之事
築山社頭至松原同小川?)掃除之事(、)可為毎月晦日也(、)普請衆之事(、)百石分限仁壱人宛(、)司有支配之(、)普請奉行人并可出普請衆之人数(、)兼日可被相定之(、)若風雨之時者(、)可待天気也(、)此等之次第(、)所被仰出(、)壁書如件
  文明十九年三月晦日
   修理進 奉 弘途


群書類従 大内氏壁書 築山掃除之事 (2).jpeg
▲『群書類従』巻第四百一 武家部二「大内氏壁書」(第501−502冊)(国立国会図書館蔵)

【書き下し文】
 築山掃除の事
築山社頭より松原同小川(門?)に至る掃除の事、毎月晦日たるべき也。普請衆の事、百石分限に一人宛、之を支配有るべきなり。普請奉行人并(ならび)に普請衆を出すべきの人数(にんじゅ)、兼日(けんじつ・兼ねての日)之を相定めらるべし。若し風雨の時は、天気を待つべき也。此等の次第、仰せ出さるる所、壁書件の如し。
  文明十九(1487)年三月晦日
   修理進 奉(うけたまわる) 弘途

【意訳】
 築山掃除の事
築山社頭から松原同小川(門?)までの掃除に関しては、毎月末日に行うこととする。掃除に従事する人は、所領百石につき一人を割り当てるものとする。掃除責任者ならびに掃除従事構成員は、期日までに定めておかなければならない。もし、当日が風雨の時は、天気のよい日に実施することとする。  

「築山社頭」の「社」というのは、まさに、築山大明神のことかもexclamation
「奉」というのは、奉行人が大内政弘の命を受け、壁書が発布されたことをしめしていますので、「修理の進」という修理職の役人よることや、「普請」という言葉があることから、単に清掃だけでなく、築地などの補修も定期的に実施していたのではないでしょうか。


祇園祭や築山のところでも取り上げた「築山築地ノ上ニ於テ祇園会其外自然ノ見物制禁」ですが、

築山築地之上(、)祇園會其外自然之見物(、)被加制止訖(、)御寶殿(、)鎮守邊諸人群集(、)剰於右築地之上(、)構棧敷事(、)堅固御禁制也(、)m新豊院殿仰之時者(、)従寺家對寺奉行可尋之(、)若此旨有違背之族者(、)可被處厳科之由(、)所被仰出(、)壁書如件(。) 
 延徳四年壬子 六月 日


群書類従 大内氏壁書 祇園会 (2).jpeg
『群書類従』巻第四百一 武家部二「大内氏壁書」(第501−502冊)(国立国会図書館蔵)

【書き下し文】
築山築地の上に於いて、祇園会其の外自然の見物、制止を加えられ訖(きつ)んぬ。殊に御宝殿、同鎮守辺に諸人群集し、剰(あまつさ)え石築地の上に於いて、棧敷を構うる事、堅固に御禁制なり。mし、新豊院殿仰せの時は、寺家より寺奉行に対し之を尋ぬべし。若し此の旨違背の族有らば、厳科に処せらるべき由、仰せ出さるるところ、壁書件の如し。
 延徳四(1492)年 六月 日

【意訳】
築山館の築地の上において、祇園祭やその外の見物を禁止する。ことに御宝殿や同鎮守あたりの築地にたくさんの見物人が群がり集まり、その上、石築地の上に棧敷を構える事は固く禁じる。ただし、新豊院殿がお言いつけの時は、寺から寺社奉行に対し見物について申し出ること。もしこの禁制に違反する者があれば厳罰に処する。

ここにある「御宝殿」とはまさに、築山大明神の御宝殿つまり本殿のことではないでしょうか。
「鎮守」も築山大明神のこと。


1551(天文20)年、相良武任(さがらたけとう)(1498〜1551)が大内義隆に対して弁明した「相良武任申状」に、

(略)
右、重矩言上の儀、若し、武任虚言を構へ申し候はば梵天、帝釈、四大天王、惣じて日本国大小神祇、殊に氷上山妙見大菩薩、築山大明神の御罸、子々孫々に至り罷り蒙る可く候。
此の状、上覧に備へられ候はば、一々御証明有る候条、誓詞に及ばずといえども、重矩謀略の儀、天道を仰ぎ奉る可きため、神名に載せ申し候也矣。
 天文二十年正月五日     
    武任
 杉豊後守殿


と、「築山大明神」が見えます。


大内氏滅亡後も歴然たる社であったらしく、今八幡宮旧大宮司小方氏所蔵文書には、毛利元就(1497〜1571)の

改年の祈念の為、八幡春日築山の御久米到来

という記述があり、輝元(1553〜1625)の

築山御神事相調、従大宮司御久米到来

という記述が残っているそうで、輝元の時代も儼(厳)存していたようです。


では、いつ頽廃したのでしょうか?
江戸時代後期の多賀社大宮司 高橋有文は、父 勘解由が物語ったところによると祖父右近の代に、百年前までは焼残った鳥居などが野田町の方に向ってあった、と書いているとのことです。

1556(弘治2)年に大内家旧臣の杉重輔と内藤隆世による戦いで山口の町は焦土と化しており、この時に築山館とともに焼けたのでしょうか。

多賀社大宮司 高橋延実によれば、本社頽廃の後、常栄寺(つまり、もとの国清寺)の鎮守社に合わせて祀り、毎年十一月中の巳午の日、形ばかりの祭式を執行していたといいます。

C52F295D-E57B-42F1-9135-4B60E4AE7227.jpeg
▲国清寺山門

後に廃観音寺(大内持盛の菩提寺)、また廃凌雲寺(大内義興の菩提寺)の神牌には、その神名の中に築山大明神があるということです。
国清寺(大内盛見の菩提寺)など大内氏の菩提寺の鎮守社には築山大明神を祀っていたことと思われます。

5E842B02-CA78-441F-BB70-EF1F1D9A5AC0.jpeg
▲滝の観音寺 仏殿(現 洞春寺観音堂)

186B97C5-9BB5-46AD-AA25-A5A04A00811C.jpeg
▲凌雲寺跡

実は、昨年一年にわたり、陶氏館跡に建つ正護寺の古文書整理のお手伝いをさせていただいたのですが、その時、たくさんの神々にならんで築山大明神に回向する回向文が見つかりました。
大内滅亡後、江戸時代にも筑山大明神の信仰が脈々と続いたということが、ここでも分かります。
山口市歴史民俗資料館『令和2年度指定新指定速報展(西郷文書・築山神社)』(2021年4月6日〜25日)でその文書が展示されたのですが、残念ながら展示を見ることができませんでしたもうやだ〜(悲しい顔) どのような説明文が添えてあったのか、とても興味がありますわーい(嬉しい顔) 築山神社が昨年度、山口市指定文化財に指定されたことに因んでの展示だとは思うのですが、大内氏の時代に築山館にあった築山大明神と明治期になって築山跡に遷座した築山神社をどう関連づけていたのか、気になるところです。いや、名前が似ているけど、非なるものだとズバリ書いてあったのかも……。ああ、行きたかった・・・。

E906D8F8-2DD2-47C0-B9A2-26E44F9178F4.jpeg
▲正護寺

正護寺は陶氏二代目弘政の創建です。
正護寺が大内氏ゆかりのお寺だから築山大明神の名が見えるのか、または、陶地域として築山大明神が広く信仰されていたのか、研究成果が待たれるところです。

807EF287-4EB0-4854-BE9A-F69C7E9411AD.jpeg
▲左側は「正護寺殿」つまり陶弘政の墓、右側は「開山塔」つまり傑山寂雄(けっさんじゃくゆう)大和尚の墓


『山口名勝旧蹟図誌』に「築山大明神址」についてありましたexclamation
山口名勝旧跡図誌 築山大明神址2 (2).jpeg山口名勝旧跡図誌 築山大明神址 (3).jpeg
▲『山口名勝旧蹟図誌』「築山大明神址」(国立国会図書館蔵)

築山大明神址
同上の土塁の西方の上にあり。
文明十九年文明十九(1487)年三月晦日の壁書に築山社頭とある是にて。
今は小き石祠あり。本社の事。大内実録に委(くわし)くいへりことながけとば。更にいはんもうるさければ。ここには省けり。下に翻するは本社の址にある石なり。故高橋有文がかけるものに五扉ある様に見ゆとあれど。現今にては下に図するが如し


今近藤清石の頃とほぼ同じですが、傍の木が成長したせいか、少々動いていますね。
説明板を立て、大切な史跡として残していって欲しいものです揺れるハート


参考文献:
『大内氏實録』(近藤清石/著 中元壮作、宮川臣吉 1885)巻第八「世家第八 教弘」
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開(保護期間満了)されています
『群書類従』巻第四百一 武家部二「大内氏壁書」(第501−502冊)
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開(保護期間満了)されています
『山口名勝旧蹟図誌』(近藤清石/著 宮川博古堂 明26,27)
  P29〜30「築山大明神址」
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開(保護期間満了)されています
『趣味の山口』(防長史談会/編・出版 1931(昭和6).10)



次回に続く
| 次へ