CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

子どもと本をむすぶ活動をしています


検索
検索語句
<< 2020年11月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
最新記事
カテゴリアーカイブ
プロフィール

こどもと本ジョイントネット21・山口さんの画像
月別アーカイブ
最新コメント
タグクラウド
日別アーカイブ
https://blog.canpan.info/jointnet21/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/jointnet21/index2_0.xml
NHK日曜美術館「田島征三 いのちのグリグリを描く」 [2020年11月03日(Tue)]
10月4日(日)、11日(日)、NHK『日曜美術館』で絵本作家 田島征三(たしませいぞう)さんの特集「田島征三 いのちのグリグリを描く」を放映していましたぴかぴか(新しい)

1940年1月生まれの田島さんは今年で80歳です。
年を重ねた今も、創作意欲は衰えを知らず、年に5冊のペースで絵本を制作されているそうです。
新型コロナの影響で家に籠もるしかなくなった中、自らと向き合う田島さんに密着した特集でした。

絵を描く場面から始まりました。
「上手になったらお終い」と田島さんは自分に言い聞かせています。
「上手でないまま、あかぬけないまま、60年やってきた。」

アシタバ。
イタブの実。落ちている実を拾います。
数万の木の実で作るアート作品もあります。

『ガオ』(福音館書店 2005.2)の紹介。
ガオ.jpg

『ガオ』は、福音館書店「こどものとも」2001年11月号で発表されました。
1998年に伊豆高原に移住してから、木の実を拾を拾って作品を作り始められた田島さん。
以前講演会で、「伊豆半島に移住し、森の中を歩いていた時、シロダモの大木に呼び止められ、その実を集めて制作した絵本です。 クリンと付いている緑の果柄が なかなか いい感じ、と気に入っています。 必要な色の木の実を得るには次の季節を待たなければならず、この絵本の製作には3年の月日を要しました。 実を拾うためには屈まなくてはならず、のぞきに間違えられ、大変でした。 実を拾わせてくれた木は、素晴らしい樹だったのに切り倒されてしまいました。」と話されていました(2019年2月11日(月・祝)、下関市こどもの本専門店「こどもの広場」主催「田島征三トークイベント」にて)


『とべバッタ』(偕成社 1988.7)の紹介。
命。
とべバッタ.jpg

以前読んだ田島さんのエッセイ『絵の中のぼくの村』(くもん出版 1992.8)(P.33〜34)に、病院通いをしていた時に、いつも現れたバッタの話があります。

セイゾウ、元気を出してここまできいや(おいで)」とバッタがいっているみたいで、ぼくはバッタに励まされような気分になって、てくてく歩き歩きゆく。

『とべバッタ』は、一歩踏み出すことの大切さ、意志を強く持つこと、自分の力を信じること、決して諦めないこと・・・がダイレクトに伝わってくる絵本です。


絵本『つかまえた』の製作風景。
2020年3月、描き始めて1年近くなるそうです。
今、渾身の力で向き合っているのが幼少期の体験です。
自然の中で、暴れる河魚を素手で手づかみで持った時の感触、掌の中で暴れる感触、心臓を捕まえ時のぐりぐりという命の鼓動、今でも手の平の中にその感触が残っている命の響き。捕まえた喜びと逃がすのではないかという喪失感。少年の動き。
それをどう形にするのか、どう描くかに取り組んでいらっしゃいます。


新潟県十日町市の鉢集落の廃校になった小学校を丸ごと絵本にした『空間絵本 - 学校はカラッポ にならない』の紹介。
IMG_0003.jpgIMG_0004.jpg 
IMG_0005.jpgIMG_0006.jpg

主人公は、廃校になり学校に通えなくなった最後の在校生、ユウキ、ユカ、ケンタ3人の子ども達です。
楽しい思い出がよみがえります。
「絵本と木の実の美術館」として、現在も開館中です。


絵本作家としての原点の作品『しばてん』
1962年、22歳の時、多摩美術大学図案科卒業を機に手刷りで作った作品です。
高知に伝わる話で、力持ちだということで排斥された太郎が主人公です。
田島さんの小学校時代に村に流れて来たセンジという少年がモデルとなっています。
田島さんはセイジをかばってやれなかったことを今でも後悔されています。

『しばてん』(田島征三/作 偕成社 1971.4)
しばてん.jpg


孫の手づくり絵本についてアドバイスされる田島さん。


3冊目を製作し、外国の賞を受けて売れっ子になった1969年27歳の時、東京都西多摩郡日の出町村(現日の出町)に移り住みました。ヤギやチャボを飼い畑を耕す生活をしながら、絵本などの創作を続けました。

当時、馬をスケッチさせてもらっていた宮岡さんを訪ねました。

移住して3年目、宮岡菜穂子さんをモデルにした『ふきまんぶく』(偕成社 1973.4)を製作しました。
人と大地の結びつきがテーマの絵本です。
ふきまんぶく.jpg

土を耕しながら、
1970〜80年 良い仕事ができた、と田島さんは回想されます。

2020年7月北京で原画展の予定でしたが、コロナ禍で流れました。

制作風景。
「じっくり描くと正確になってしまう。
 どんどん普通の絵になってしまう。」


「命のグリグリをつかまえる」をテーマにした理由は。

1989年、49歳の時に、日の出町に残る最後の美しい谷間が第2の巨大ゴミ処分場計画候補地になっていることを知りました。
1990年、ゴミ処理場が建つ計画廃棄物巨大処分場建設反対運動。日の出森水命の会を立ち上げました。
大好きだったエゴノキが、ある日パワーショベルでグシャグシャにされました。
全国を回り、絵を描く時間はなくなり、妻や物にあたる日々でした。

8年後心と体が悲鳴をあげました。胃癌でした。
1998年、57歳、30年暮らした森を後にしました。

田島さんを迎えたのは木の実でした。

さがそう さがそう なくした夢を 
さがそう さがそう わすれた歌を
きっとどこかに あるはずだ。


60代、70代 描けなかった時間を取り戻すように描きます。
80代、命の源を描きます。

「できあがった時に「すごい」と思いたい。」そうです。

4月19日絵本『つかまえた』が完成しました。
少年時代の特別な体験と向き合った絵本です。

『つかまえた』(田島征三/作 偕成社 2020.7)
つかまえた.jpg

『つかまえた』田島さん自身の読み聞かせ。
「いのちが暴れる。捕まえた。」

「あきらめて
 やったじゃないか。一生懸命だったじゃないか。がんばったじゃないか。
 もう一度元気に立ち上がっていこうという気持ちがあった。」

『ふきまんぷく』を描いた時以来の満足感だそうです。
| 次へ