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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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田布施町郷土館 @ 国木田独歩の足跡を訪ねて@ [2020年08月17日(Mon)]
『山の力』を読んでから、学校の大先輩でもある国木田独歩にどはまりしている私ですが、「柳井の方に行ってみよう」と声をかけていただき、喜び勇んで出掛けましたわーい(嬉しい顔)

途中、田布施を通りました。
田布施といえば、独歩の波野英学塾のあったところ揺れるハート
また、『帰去来』『富岡先生』『少年の悲哀』『酒中日記』などは田布施が舞台となっています。

駅なら何か情報があるのではないかと、JR田布施駅に寄りました。
駅前に看板がありました。
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田布施町郷土館というのがあるようです。
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それも、程近くに。
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なので、田布施郷土館へ行ってみましたぴかぴか(新しい)
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もちろん独歩のコーナーがありました揺れるハート
田布施町ゆかりの人々の遺品展示室というところです。

パネル「国木田独歩」。
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 詩人・小説家
国木田独歩
 1871〜1908
明治4年(1871)7月、千葉県銚子に生まれる。本名 哲夫。
東京専門学校(現早稲田大学)に学ぶ。青年時代一時期父親の勤め(柳井津句裁判所平生出張所書記)の関係上、熊毛郡麻郷村吉見家に寄寓(この間、隣村麻里府村浅海家の別宅に仮寓)。在住中、田布施村に波野英学塾を開設し、子弟に英語、数学の教授をした。
『酒中日記』をはじめ、この地方を舞台とした数々の小説を残している。
明治41年(1908)6月逝去、享年38歳。



写真。
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田布施町の馬島が舞台となった『酒中日記』(しゅちゅうにっき)の主人公・大河今蔵は、実在する小川今蔵の名を借りたものですが、その小川今蔵宛の独歩の手紙が展示してありました。

(年月不明)三十一日 小川今蔵宛(封書)
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前略失禮
此三冊御母上御歸宅に付托し申候
御一讀あらまほしく候
先達借用の□少しの間願上候
      國木田哲夫
   卅一日     
 小川今藏大兄 貴下



明治31年5月7日 小川今蔵宛(封書、毛筆、封筒なし) 
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海洋嶌海戰記念品一個
右はC國軍艦より發せし砲丸の我西京丸に中て破裂せし者の斷片なり
小生西京丸便乘の節船員より受けし品也
右進呈□
幾久しく御秘藏被下度□
     國木田哲夫  
  丗一年五月七日
 小川今藏大兄



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小川今蔵が自分宛の独歩の手紙を山本信次に引き継ぐという手紙。
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富永有隣を田布施の定基塾に訪ねたことを独歩が書いた文章「吉田松陰及び長州先輩に関して」
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そばには『富岡先生』のモデルである富永有隣のコーナーがありました。
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写真。
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『占録』『中之説』(複本)。
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富永家伝来の天秤・分銅。
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田布施町の地図。
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国木田独歩仮寓吉見家の跡
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富永有隣旧跡
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その他、考古学的資料などが展示してありました。
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田布施町のホームページ「国木田独歩の紹介」はわかりやすいので、チェックしてみてください。

『田布施時代の国木田独歩』(郷土館叢書第二集)(林芙美夫/著 田布施町教育委員会 1995.11)には田布施町時代の独歩のことが詳しく載っています。


「富岡先生」という題名の短編が、明治の小説家の国木田独歩にある。この富永有隣がモデルであることがあきらかな作品で、世に捨てられた田舎塾の先生をしている老人のすさまじい狷介ぶりを、作者自身、愛情をもってかいている。
 国木田独歩は長州人ではなかったが、父専八が山口裁判所の事務職員として山口県に赴任したため、ここで少年期をおくった。萩にもいたらしく、いまでも萩の商店街のひとすみに、独歩が住んでいたという借家ふうの家がのこている。
 独歩は、明治二十年代に吉田松陰の文章に関心をもち、註釈に似たようなことまでしたが、そういうことがあって松陰にうちこむようになり、あるとき松陰とともに松下村塾をやったという老人がまだ生きているということをきき、東京から訪ねて行った。明治二十四年の春である。

【国木田独歩と富永有隣(出所:司馬遼太郎 「世に棲む日々」第二巻「村塾のひとびと」から引用)】

【次回に続く】
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