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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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『ちっちゃいこえ』 @ アーサー・ビナードが下竪小路にやってくる!B [2020年08月07日(Fri)]
前回の続き

休憩の後の第二部は、紙芝居『ちっちゃいこえ』(アーサー・ビナード/脚本 丸木俊・丸木位里/絵 「原爆の図」より 童心社 2019.5)です。
ちっちゃいこえ.jpg

アーサーは23歳の時、池袋図書館のおはなし会で紙芝居初体験をします。
『すてきな三にんぐみ』(トミー=アンゲラー/作 いまえよしとも/訳 偕成社 1969.12)のビッグブックなどの読み聞かせがあり、
すてきな三にんぐみ.jpg

紙芝居の上演がありました。日本の昔話だったそうです。
本当はおとなの参加はできないのですが、日本人学校に通い、日本語を学んでいたアーサーは特別に参加させてもらうことができました。
アーサーは、アメリカにはなかった、観る者を巻き込む力をもつ紙芝居に夢中になりました。

紙芝居は演じ手によって異なります。
弁士による街頭紙芝居についても話されました。

「原爆の図」は、丸木位里・俊夫妻が原爆投下直後の広島に入り、目の当たりにした光景と体験者の証言を基に制作した作品で、15部にわたる大連作です。アーサーは、「原爆の図」が、観る人を傍観者から当事者へと引き込む力があると感じ、そしてそれは、紙芝居とつながる、と考えました。
そうして、2012年に「原爆の図」の紙芝居制作がスタートしました。
「原爆の図」から絵を選んで、切り取り、再構成し、16枚の場面にし、独自の物語を紡ぎます。
7年の月日を経て、2019年に出版することができました。

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取りかかって2年ぐらい経った時、童心社の酒井会長に「こんなこと誰もやったことないですからね」と言われたそうです。
紙芝居は、普通、最初に脚本があって、それに絵をつけます。既にある絵を基に後から脚本を作るという、誰もしたことがなかったことにアーサーはチャレンジしていたのです。

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アーサーは、「原子爆弾」は、原爆を落とした側あるいは遠くからキノコ雲を眺める傍観者の視点からの言葉であり、体験者の目線に立った言葉である「ピカ」「ピカドン」とは違う、と言います。

ピカの本質は何だろうと考えます。放射能被害をわかりやすく伝えるにはどうしたらいいか考えます。
そして、どんな生きものの体も細胞でできているのだから、細胞そのものを主人公にするのが一番いい、と考え着きました。
命の尊さを細胞を通して伝えることにしました。
そして、語り部としてネコをキャスティングしました。
 
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紙芝居の中で、じいちゃんが子守唄を歌います。

ぼうや ねんね ねんねしな
とうさん つよい へいたいさん
ねんね ねんね ねんねすりゃ
おみやげくれる きかんんじゅうと てつかぶと


モデルとなった子守唄「戦線子守唄」(佐伯孝夫/作詞 細田義勝/作曲 1938)を紹介してくださいました。

寝んねする子にや
御土産(おみや)あげる
鉄の兜に機関銃
坊や良い子だ寝んねしな


 
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きれいだろ? サイボウたちが あつまって ずんずん はたらいて いるんだ。
じっと みみを すませば きこえるはず。
ずんずん るんるん ずずずんずん るんるんるん 
ちっちゃい サイボウの こえ

 
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じりじり じりじり ころされる

サイボウは みえるけど げんきじゃない。
あたらしい サイボウが もう つくれないんだ。
ぼくの サイボウも じりじり やられて
からだの ちっちゃい こえは もう きえてしまった。


きみの なかの ちっちゃい こえは きこえてる?
きみの サイボウは げんきかい?
ずんずん るんるん ずずずんずん るんるんるん  
もし きこえていたら 
ずんずん るんるん
ずっと いきているんだ。

 
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原爆症の症状の一つに赤痢に似た血便があって、8月6日の夜から、市内や周辺部にちくそ(血屎)つまり赤痢が多数発生したとされていました。医学者は赤痢パンデミックが起こったと考え、患者を隔離しました。実はそれは「原爆症」で、感染症の赤痢ではありませんでした。

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「コッホの原則」Koch's Postulates 感染症の病原体を特定する四原則も教えてくださいました。
1.ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
2.その微生物を分離できること
3.分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
4.そしてその病巣部から同じ微生物が分離されること

井伏鱒二『黒い雨』にも言及されました。

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最後に、昨年のアーサーの講演会でいただいた「ちっちゃいこえ」のリーフレットからアーサーの言葉を引用します。
ADB4F50C-2FC3-4CD5-9851-C3110E7BC9F8.jpeg ちっちゃいこえ リーフレットA.jpg

ぼくの紙芝居の初体験は遅い。23歳になってからだ。来日して、近所の池袋図書館の児童書コーナーに入り浸って絵本を読んでいた。スタッフと親しくなって、ある日「おはなしたんぽぽ」という催しに参加させてもらえた。テーブルの上に木の箱が置かれ、不思議に思ったら扉が開き、舞台に変身した。昔話の世界にぼくは吸いこまれて夢中になった。
どこにでもありそうな紙芝居。でもアメリカにはなく、出合わずに育ったぼくは、無謀なことを考え始めた。「いつか作ってみたい……」
何年もたって、やっと紙芝居の創作にとりくんだときも、ぼくはまた無謀なことを考えていた。丸木俊さんと丸木位里さんが作りあげた大連作「原爆の図」をもとにして、絵を切りとってストーリーをつむいでみようと……。
「原爆の図」の前に立つと、だれでもどんどんまきこまれて、追体験することになる。丸木夫妻は遠くから眺めるのではなく、ピカにさらされた生き物に寄りそって描き出している。
美術作品としてのその力学が、まさに紙芝居と共通していると、ぼくは思った。観客たちをまきこむ装置として、「原爆の図」も、紙芝居もはたらくのだ。
それから7年間、どこにでもありそうで、どこにもない紙芝居をさがし、ピカの体験者に耳をかたむけつづけた。いのちの源であるサイボウにも耳をすまして、『ちっちゃい こえ』が形になった。さあ、これからひとりひとりの中の声と、どのようにひびき合って広がるのか。



次回に続く
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