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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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馬頭観音B [2020年07月10日(Fri)]
【前回の続き】

中矢原の矢原河川公園の馬頭観音ぴかぴか(新しい)
御堂に祀られています。
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55cmの光背型浮彫坐像です。
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一面二臂。
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持物(じぶつ)は何でしょうか?蓮華?
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いやいや、戟(げき)では。三叉戟のような気がするのですが・・・・・・。
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頭上に馬像が彫られています。
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左肩に彫られた碑文に
明治十季丑五月日(1877年)
とあります。
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ここは昔石津の馬場(競馬場)のあった処(石津橋上流の石津河原(現在の矢原河川公園を含む一帯)で、その近くにこの観音が祀られていたそうです。
石津の馬場は、1927(昭和2)年に大歳競馬場となりました。山口県公営競馬場の発祥の地です。

説明板がありました。
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「矢原河川公園馬頭観音由来」。
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「馬頭観音縁起」。
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馬頭大士とも言う、怒りの烈しさによって人々の苦しみを救う力を示す観音様。六観音の一つで観音菩薩の化身とも言われ、煩悩を断じる功徳がある。姿は憤怒相で人身馬頭と頭上に馬頭を戴く像があり、三面八臂、四面八臂等種々とある。俗に牛馬の病気と安全とを祈り、馬頭観音を刻み信仰することが多い。昭和の中頃まで(戦後暫く)血採(取)り場として使われた場所に祀られていることが多い。


上矢原(穂積町)の馬頭観音。
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53cmの光背型浮彫坐像です。
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一面二臂。
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頭上に馬頭を戴いています。
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説明板。
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明治12年人間の救済に為にこの地区の人の善意によって建立されたものだそうです。
写真を撮りに行った日、熱心にお参りされている先客がいらしゃったので、かなりの時間待っていました。


富田原の豊年橋傍の馬頭観音ぴかぴか(新しい)
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56cmの光背型浮彫坐像です。
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一面二臂。  
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蓮華の蕾を持っています。
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頭上に馬像が彫られていうようです。
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昔はこの近くに馬の血取場があったとのことです。
血取場とは馬の蹄鉄を取り替えたり、馬の健康管理上定期的に血を抜き取る所だったそうです。
馬を木につないで、口を開いて舌をひきだし、上のあごの血ぶくろにとくべつなはりをさして、悪い血をぬく治療です。



馬頭観音の近くに遥拝燈があります。
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「遥拝燈」説明板。
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以前、椹野川の流れ、出合より西に向かい、富田原の西側を迂回して秋穂渡瀬橋の付近で現在の川筋へとなっていましたので、富田原地区は平井村に属していていました。産土神(氏神様)も姫山西麓にある日吉神社でした。
大出水により椹野川の川筋が現在のようになりましたので、氏神様へのお参りは渡河しなくてはならず難渋しました。そこで、ここに灯籠を建て、日吉神社を遥拝していたと思われます。
(略)
そして明治十二年(一八七九)十一月、椹野川を村界として飛地の解消が図られ、富田原は矢原村に編入されますが氏子関係は日吉神社から離れることなく、遥拝燈も大切に守って現在に至っています。


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参考文献:
『山口市の石仏・石塔(1)―平川・大歳・吉敷―』(山口の文化を守る会/編 山口市教育委員会 2002.3)
  P147〜8「大歳の観音」No.8,No.9,No.10 
『郷土大歳のあゆみ』(大歳地区史編集員会(大歳史談会)/編 大歳自治振興会 平成14.12)
  P382「馬頭観音信仰」
  P194〜6「石津河原に競馬場」
『郷土読本 ふるさと大内』デジタル版(山口市立大内小学校)
  「馬頭観音」
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