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こどもと本ジョイントネット21・山口


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仁壁神社に行きました [2020年06月18日(Thu)]
6月2日、周防国三宮の仁壁神社に行きましたぴかぴか(新しい)

仁壁神社は義興の「五社参詣」の神社として知られています揺れるハート
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▲大内義興騎馬像(龍福寺)

『五社参詣之次第』(山口県文書館蔵 多々良氏家法「多賀社文庫」)には、

一 十六日丑剋、於大前一宮(略)
一 巳剋至得地庄御着、則二宮へ御社参之、(略)
一 申剋至宮野庄御着、則三宮へ御参詣、(略)
一 同剋至吉敷庄御着、則赤田宮へ御参詣、(略)
一 酉剋吉敷庄御立、則浅田着、五宮へ御参詣、(略)
(略)今日路次行程十七八里、(略)


とあります。
近藤清石の『大内氏実録』「巻第十 世家第十 義興」にも五社参詣のことが書かれています。
大内氏実録 巻第10-12 世家第10 義興A (2).png

(明応)六年丁巳春三月十三日、(少弐と)博多の聖福寺門前に戦ふ。十五日、筑紫村及び城山に戦ふ。廿三日、肥前国朝日城を攻めて之を抜く。夏四月十四日、少弐政資を小城城に囲む。十六日先是山口に還り、本日本国一宮佐波郡玉祖神社(大崎村鎮坐、式内)二宮同郡得地の出雲神社(堀村鎮坐、式内)三宮吉敷郡宮野荘の仁壁神社(宮野下村鎮坐、式内)四宮同郡吉敷荘の赤田神社(吉敷村鎮坐、官知)五宮同郡同荘の浅田神社(朝田村鎮坐、未官知)に参詣す。(五社参詣次第○五社参詣の行程十七八里なり。今に至り山口の土人、必ず上の五社には限らねど五社詣とて五社に参詣する慣習あり)


「式内 仁壁神社」碑。
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「県社」碑。
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一の鳥居。
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瓦の素敵な家がありました。
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石橋。
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二ノ鳥居。
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手水舎。
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「仁壁神社」案内板。
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仁壁神社  通称 さんのみやさま
主祭神
 右殿 下照姫命したてるひめのみこと 織物・衣類の神
 中殿 表筒男命うわつつのおのみこと、中筒男神なかつつおのみこと、底筒男命そこつつのおのみこと 国家安泰 家内安全 交通・海上安全の神
 左殿 味鉏高彦根命あじすきたかひこねのみこと 五穀豊穣の神
配祀神 
 瑞珠殿 神産日神かみむすびのかみ 他七柱 五穀豊穣の神
由緒
 社伝によると、大和時代の崇神天皇の御代七年(前九一)までさかのぼることが出来る。しかし文献「文徳実録」には社格として平安時代の嘉祥三年(八五〇)従五位に、貞観九年(八六七)従四位下に昇叙された記録を見ることが出来る。
「延喜式神名帳」(九二七)にも、式内社として「周防國吉敷郡の小一社」と記載されている。
鎌倉時代の建久六年(一一九五)の「周防国宮野荘立野文」に、宮野荘仁戸の社(仁壁)に神領のあったことがうかがえる。明治六年に県社に列せられる。
当神社は衣・食・住に関係する神様をお祀りしており、家内安全・交通安全など生活全般に至るご加護をいただける神社である。


「仁壁神社の社叢(折本)」案内板。
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綿津見社(豊玉彦命)。
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綿津見社(豊玉姫命)。
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山縣有朋書の「征清紀念碑」。
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「木造獅子頭」説明板。
「慶長十三年二月吉日新見作」という刻名の獅子頭があります。慶長十三年は江戸時代初期(1608)にあたり、山口市の有形文化財に指定されています。
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ここからは玉垣の中です。 

社殿。
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E8A28915-CD6A-466B-A15C-07AC3601F37A.jpeg向拝 
582C1343-6096-47F2-AF20-191C8362256E.jpeg拝殿 
EA313E5E-57F6-4A0B-83E8-C82F646B7F6E.jpeg神額 
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7A0565F5-916A-45BC-B122-7A344204EC7C.jpeg幣殿 
0671AB48-B5E7-4C6C-B65C-F828014ECA8E.jpeg本殿 
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神楽殿。
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稲荷神社。
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具明社。
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「□□紀念之松」石碑。
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道祖神。
自然石。高さ33cm。宮野の奥にあったものを道路改修により場所がなくなったためもちこまれたものだそうです。
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河内社。
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江良神社。
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鳥居。
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手水。
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『明治神社誌料 : 府県郷社』下「仁壁神社」(国立国会図書館蔵)には、
明治神社誌料 府県郷社 下 仁壁神社 915-114 (3).png 明治神社誌料 府県郷社 下 仁壁神社 915-114 (4).png 明治神社誌料 府県郷社 下 仁壁神社 915-115 (2).png

山口県周防国吉敷郡宮野村大字宮野下神織機

という字から、養蚕や機織が盛んだったようです。

仁壁神社の創建年月は不明ですが、社伝によると、大和時代崇神(すじん)天皇7年(紀元前91年)、各地の神社の神封戸を定めたときに、当社にも宮野庄を神封戸としてあてたとの記録があります。『日本文徳天皇実録』の嘉祥3年(851)正月27日条の、従五位の神階を授けるという記述が正史に初めて登場し、また、『日本三代実録』などの正史や『延喜式』神名帳にその名が見える古社です。
当初、宮野下村に鎮座していましたが、1104(長治元)年、「宮ノ前ヨリ終夜玉光飛リ奇瑞」があり、宮の前の旧地から現地へ遷座したといいます。
古くから周防三の宮と呼ばれています。
1497(明応6)年、義興は九州の戦陣から帰り、五社参詣をしました。 (『五社参詣次第』)五社とは、防府右田の玉祖神社・徳地の出雲神社・この仁壁神社・吉敷の赤田神社・大歳の朝田神社(もとは朝田にありました)をいいます。この参詣の順に一の宮、二の宮……というふうに呼んでいます。
1569(永徳12)年、大内輝弘の乱の時焼失しましたが、程なく毛利輝元によって再興されました。
1712(正徳2)年にまた焼失し、1720(享保5)年に毛利吉元により重建されました。
1997(平成9)年に放火により全焼、2000(平成12)年に本殿、2001(平成13)年に拝殿・幣殿が再建、2009(平成21)年に神楽殿が再建されました。

これで、周防五社詣、コンプリートしました。
学生時代、毎週ここのすぐご近所のお宅にアルバイトで来訪していたのに、一度もお詣りしたことがなくて・・・・・・。火災で焼失する前の社を見てみたかったです。残念もうやだ〜(悲しい顔)



参考文献:
『山口市史 史料編 民俗・金石文』(山口市 2015)
  P891〜2「仁壁神社」
『山口市史 史料編 大内文化』(山口市 2010)
  P349〜50「五社参詣之次第」
『大内氏実録』(近藤清石/著)(国立国会図書館蔵)
『明治神社誌料 : 府県郷社』(国立国会図書館蔵)
  ※以上2点は国立国会図書館のデジタルコレクションでインターネット公開しています。
『山口市の石仏・石塔(4)―宮野・二保―』(山口の文化を守る会/編 山口市教育委員会 2012)
  P112「宮野の庚申」No.5
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