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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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大内氏館(5)南東部の遺構 @ 大内氏遺跡指定60周年記念バスツアー2019S [2020年04月09日(Thu)]
【前回の続き】

石組井戸
池の南西岸で発見されました。
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石を組んでつくられた井戸で、内法(うちのり)の直径は約1.2m、深さは約4mあります。この井戸は池泉庭園と同時期につくられ、1500年代前半に埋め戻されました。この井戸からは、外面に金箔をはった土師器皿(はじきさら)が3枚出土しました。

石組井戸(3次調査)。
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1978(昭和53)年の3次調査で石組井戸から出土した3枚の金箔土師器皿。
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現在の石組井戸。
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建物基壇
井戸の先、南東の角にあります。
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南東岸で発見された石基礎建物は、池泉庭園の改修時に建てられ、庭を観賞する施設のひとつだった可能性があるそうです。
そこで、建物基壇の中から池泉庭園を望むと……。確かにわーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)
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石組かまど
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池泉庭園と同時期につくられたかまどで、東側から薪などの燃料をくべるつくりになっています。U字形に石を組んだ燃焼部が2つあり、北側のものは南北約0.8m、東西約1.2m、南側のものは南北約1m、東西約1.3mの大きさがあります。かまど周辺からは調理具などの日用雑器が多く見つかったことから、この場所は台所と考えられます。

『慕帰絵詞』(本願寺三世覚如の伝記を描いた絵巻。全10巻。1351年作。絵は藤原隆章・隆昌、詞書は三条公忠らの筆。第1・7巻は1482年の補作で絵は藤原久信、詞書は飛鳥井雅康。西本願寺所蔵。)に描かれたかまど。
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3次発掘調査で確認された2連の石組かまど。
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現在の石組かまど。
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塼列建物
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 池泉庭園と同時期につくられた建物で、地面には塼を埋め込んでいます。塼とは焼成した煉瓦のことで、この建物には、縦約30m、横約30m、厚さ2mの塼が使われています。
 建物の大きさは南北長約4.6m、東西幅は建物がさらに西に広がるため不明です。
 中世の遺跡で検出される塼列建物の多くは蔵であることから、この建物も大内氏館につくられた蔵の一つと考えられます。


北東側から見た塼列建物(灰色で表示した部分)。
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現在の塼列建物の跡。
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水路
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石組水路
1400年代末以降に造られ、やはり大内氏滅亡のころに埋まった石組水路が2011年に見つかりました。
そこからは高級品の青磁の酒海壺(しゅかいこ)の破片が出土し、大内氏の栄華が偲ばれます。
酒海壺とは、花弁などが全体に刻まれた、口の広い、肩の張った中国産の青磁の壷で、その当時、床の間などの座敷飾りの品として珍重されていました。 
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土橋
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【次回に続く】
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