CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

子どもと本をむすぶ活動をしています


検索
検索語句
<< 2020年03月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
最新記事
カテゴリアーカイブ
プロフィール

こどもと本ジョイントネット21・山口さんの画像
月別アーカイブ
最新コメント
タグクラウド
日別アーカイブ
https://blog.canpan.info/jointnet21/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/jointnet21/index2_0.xml
琳聖太子供養塔 @ 臨済宗南禅寺派南明山乗福寺に行きましたA [2020年03月19日(Thu)]
【前回の続き】

山門。
CF597E96-1B4A-43F7-A6E7-CFA4A26A35C4.jpeg 45BBAEE0-CB2C-41CC-B6E4-1647C29F7C15.jpeg

風情があるといえばそうなんですが、土塀が大変なことになっています。
A5CD2446-9A55-4278-8C76-A9011A349D23.jpeg 96661970-5FC4-49A9-872B-4E311F05DE92.jpeg 2179A2C3-7E77-4926-A744-83710FFA4F0E.jpeg

気を取り直して山門をくぐってみました。
E9FA890F-7659-4316-8E78-3A7CFA90739B.jpeg

やっぱり土塀はヤバイ。
1B5A9CB9-0C90-474B-9E1B-77974520500A.jpeg F73742D1-C140-45B1-8B3D-3B4A0BD6DAA7.jpeg

手水。
9898B74A-45F8-4E27-A9FC-BB0DE46D5464.jpeg

観音立像。
7193EF4E-9ED9-4A4D-96E4-F55436D55C46.jpeg

本堂。
28899B43-CFD1-4A5A-9C7C-63FAE7859995.jpeg

山号「南明山」の扁額。
295D2F94-6219-45E0-800D-076D4F6EC9EF.jpeg

道祖神?
62BB5E1F-5A85-44AF-975E-1D77779189D3.jpeg 0A7200D1-C014-422C-93BD-CD295302809B.jpeg

乗福寺の裏に回ると鳥居があってその鳥居の奥に琳聖太子(りんしょうたいし)供養塔・大内重弘の墓、大内弘世の墓があります。
AECF50C1-B247-48D4-A04D-8E6883E5DC3A.jpeg FBE726BD-2898-446A-A8D3-9FAF9138EAF1.jpeg 
E1C0CEC2-5899-4367-8E61-37D24865CDF6.jpeg E5DD5670-E37B-404F-A098-56F54B7AF5FF.jpeg
DB596FD0-02E9-4EDD-B1AE-B9AAF183A576.jpeg 56FCA7C3-6329-4546-AA0F-1A6F54D231D9.jpeg
80EBA739-E3A3-485E-9939-C39BF06AB5D3.jpeg

琳聖太子供養塔。
DC6BC1F3-026C-41F3-BBDB-EDE9ECCAB287.jpeg 14D1376D-4D0E-496F-9432-69809B658226.jpeg

琳聖太子供養塔
大内氏の始祖琳聖太子は、百済国の王子で推古天皇の十九年(六一一)周防国佐波郡多々良の浜(現防府市)に着岸し、摂津国の四天王寺に上って聖徳太子に謁され、周防国吉敷郡大内県(山口市大内)を賜い、その地に下向されました。その子孫は中世山口を本拠として大いに栄え、西国七か国を領国とし、大内文化と呼ばれ京都をしのぐほどの華やかな文化を形成しました。

  (現地解説板より)

宝篋印塔(ほうきょういんとう)なのでしょうか?
塔身(とうしん)の部分は石の色が違うので後補だと思われます。
F2D4DECE-65F2-4B63-8CAD-42A354BD0AB1.jpeg

一般的な宝篋印塔はこんなものです。
この塔は七段も笠を重ねています。他にもこんな宝篋印塔はあるのでしょうか?
5BE27E0F-75DF-42E6-8669-519B2C26DEF2.jpeg 1BED1E70-78EA-4D1D-BF5B-967E3DB9EC13.jpeg

1396(応永3)年に慶屋定紹(けいおくじょうしょう)(1339(暦応2/延元4)〜1407(応永14))の開山、大内義弘(1356(延文元年/正平11)〜1400(応永6))の開基により創建された小鯖の禅昌寺には、誰の供養塔か分かりませんが、こんな立派な宝篋印塔があります。誰のか知っている方がいらっしゃれば、ご教示ください。
宝篋印塔禅昌寺 (2).png


【次回に続く】
| 次へ