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御還幸 @ 山口祇園祭2025 [2025年07月28日(Mon)]
7月27日、山口祇園祭御還幸・・・8日間、御旅所に滞在された御神輿が八坂神社にお還リになる日ですぴかぴか(新しい)

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着々と準備が整えられていました。

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18:30より御旅所で御還幸御旅所祭が執り行われ、浦安の舞が奉納されました。

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19:30より御還幸式 御神輿発輿式

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四角は女みこし光るハート

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村岡県知事も大殿地区の一員として六角を担がれていました。

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鷺替は22:00までやりました四つ葉
皆様、ありがとうございました。
笙 @ 山口祇園祭2025 [2025年07月27日(Sun)]
山口祇園祭ではが大活躍ぴかぴか(新しい)

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演奏されている方は、地福の大藏嶽神社 (おおくらだけじんじゃ)の宮司さんです。
引っ張りだこで、20日は、山口祇園祭の御神幸の前に、津和野の弥栄神社の祇園祭りでも演奏されたそうですひらめき

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笙は、(かしら)または(ほう)と呼ばれる椀型のものに17本の細い竹管を差し込んで金属製(多くは銀や真鍮)ので丸く束ねた形の楽器です。
竹管の上方に屏上(びょうじょう)という細長い穴が空いており、音の高さはこの屏上の位置によって決まります。

竹管が上になるように両手で頭を持ち、
竹管の根元に空いた小さな指穴を指でふさぎ、
頭の横側に空けられた吹口に唇を当てて息を吹き込んだり、吸い込んだりすることで、
17本のうち15本の根元に付いた金属の(した:リード(発音体))が振動して音になります。

竹管1本につき1つの音が出、吸っても吐いても同じ音が出るので、途切れずに演奏できます。

竹管には、吹口から向かって右側から時計回りに、千十下乙工(く)美一八也(や)言(ごん)七行上几(ぼう)乞毛比という名前が付いています。

複数の指穴を押さえることによって一度に複数の音を出すことができ、和音を鳴らすことを合竹(あいたけ、がっちく)といい、一つづつ音を出すのを単竹(たんちく)といいます。

笙の楽譜は、“一”とか“十”とか、書いてあり、これは合竹の名前です。
黒い音符が中心となる音です。

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その音色は「天から差し込む光」を表すとされ、パイプオルガンやアコーディオンのルーツであるともいわれています。

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リードが湿りやすいので、演奏前や間に火鉢(専用の電熱器などもある)に笙をかざしくるくると回し、楽器及び内部の空気を暖める(「笙を焙じる」)ことが不可欠です。
出先では、笙保温器を使うそうです。

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そして、ななんと、笙を吹かせていただきました。
初めて笙に触った私ですが、意外と簡単に「音」が出るのにびっくりしました。
中日 @ 山口祇園祭2025 [2025年07月26日(Sat)]
7月24日(木)は、山口祇園祭中日ぴかぴか(新しい)

御旅所では、山口祇園囃子保存会(会長:真庭宗雄)による祇園囃子の奉納がありました。
締め太鼓、能管という笛、鉦と呼ばれる鐘の3つの楽器で、「日和神楽」など3曲演奏されました。
奉納の後、小方宮司を囲んで祇園囃子保存会の人達がカメラ

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浦安の舞の踊り娘さん達がお祓いをしていました。

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20時よりの御中日祭では浦安の舞が奉納されました。

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今年から浦安の舞の指導が私の40年来の知人のMさんに代わられていて、びっくり。

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市民総踊りは、34団体から過去最多の1700人の市民が参加し、「大内のお殿さま」の踊りを楽しんでいました。
今年は、御旅所のちょっと先が折り返し地点となっていて、ホッとしました。

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御神幸 @ 山口祇園祭2025 [2025年07月23日(Wed)]
7月20日(日)は、山口祇園祭御神幸ぴかぴか(新しい)

「御神幸」とは、神の行幸のことで、祭事や遷宮などのとき、ご神体がその鎮座する神社から他所へ赴くことです。
裸坊による御神輿の巡行、山鉾(眞車山と菊水鉾)での祇園囃子の演奏、鷺の舞、浦安の舞が行なわれます。

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17:30〜 例祭・御神幸本殿祭(浦安の舞奉納) <八坂神社>

浦安の舞」は、扇の舞鈴の舞の2部からなります。
今年は宮野、良城、小郡南小の5年生が舞いました。


18:30〜 御神輿発輿祭 のち鷺の舞奉納 <八坂神社>

「鷺の舞保存会」による「鷺の舞神事」は、鷺に見立てた頭と羽をつけて雌雄の鷺に扮した成人男性2人が優美な舞いです。
鷺舞が現在も伝承される例は少なく、弥栄神社(島根県津和野町)に伝わる鷺舞いも、山口から伝えられたものです。京都から伝わった当時のままといわれる演舞を地元住民が代々守り伝えてきています。山口県指定無形民俗文化財です。
鷺の舞の初舞は、17:00からの萬福寺(堂の前町1)黒地蔵前の舞です。続いて頭屋前、札の辻で披露され、八坂神社は4回目の舞になります。


19:00〜 御神幸式・御神輿出発 <八坂神社>

大殿、白石、宮野各地区の町内有志のほか、市内事業所・個人・団体の有志たち約400人からなる裸坊(はだかぼう)と呼ばれる上半身裸に晒を巻き白足袋姿の「男衆」が担ぐ八角(手名槌命・足名槌命、700キロ)、六角(素盞嗚尊、650キロ)、四角(稲田姫命、600キロ)の三基の神輿が、八坂神社を出発し、中心商店街など約2キロの市中を、御旅所まで練り歩きました。
神輿の露払いは、1990(平成2)年に復活した祇園囃子を奏でる2基の山車、菊水鉾(きくすいぼこ)と真車山(しんぐりやま)、30人からなる備立行列と鷺の舞が務めます。八坂神社から御旅所を通り、西門前商店街までを一緒に巡行しました。


21:00頃〜 御神幸お旅所祭(鷺の舞・浦安の舞奉納) <お旅所>

神輿がお旅所に渡御すると、鷺の舞と浦安の舞が奉納されました。


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山口祇園祭の前夜祭・御神輿遷霊祭に参列しました [2025年07月20日(Sun)]
7月19日(土) 、いよいよ明日から27日までの8日間、山口祇園祭ですぴかぴか(新しい)

午前中は駅通りの御旅所鷺替の準備をしましたぴかぴか(新しい)

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20:00より上竪小路の八坂神社において山口祇園祭の前夜祭御神輿遷霊祭が執り行われましたぴかぴか(新しい)

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前夜祭・御神輿遷霊祭は、提灯の炎だけがほのかに揺らめく浄闇の中、本殿から御神霊を四角、六角、八角の三基の御神輿に遷(うつ)す神事です。

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まず、祝詞が奏上されました。

「低頭(ていとう)ください。」と言われ、参列者は眼を閉じ、頭を深く下げると同時に暗くなりました。
笙の音色が響く中、「ぎぃ〜」と神殿の扉が開くような音がしました。
宮司が「おぉぉ〜」という声を発します。「警蹕(けいひつ)」といって、神殿から御神輿へ神様の分霊がお遷りになるとき、神様が自らお出ましになりますよ、神様がお通りになられますよ、ということをお伝えする蹕(さきばらい)で、これが3度繰り返され、本殿から、神輿庫に並べてある「六角神輿」に出雲で八岐大蛇を退治した「素盞嗚尊(スサノオノミコト)」、「四角神輿」に素盞嗚尊の妻「稲田姫命(イナダヒメノミコト)」、「八角神輿」に 素盞嗚尊の両親「手名槌命(テナヅチノミコト)・足名槌命(アシナヅチノミコト」の分霊がお遷りになられました・・・・・・。
そうして、また、扉が閉じられるよう音がしました。
そして「頭」を上げてください、と言われ、同時に明るくなりました。

最後に、榊を供えて、神事は終わりました。

神事は、笙と太鼓の生演奏で行なわれました。
終わってからマジマジと笙を見ていると「吹きますか?」
なんと笙を吹かせていただきました。

その後の直会(なおらい)では、明日からの最終的な打ち合わせをしました。
初日の御神幸が参院選と重なり、御神輿の担ぎ手の確保が難しいと予想され、コロナ禍や災害時のようにトラックで運ぶようになるかもという噂もありましたが、例年より少ないけれど、400名集まってくださったそうで、無事例年通りの御神幸ができるとのこと……本当によかったです。

賑やかな祭になりますように・・・揺れるハート
山口祇園祭、鷺替(福みくじ)も好評です [2024年07月25日(Thu)]
山口祇園祭、鷺替(福みくじ)も好評ですぴかぴか(新しい)

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鷺替は、1910(明治43)年に始まりました。
当時の鷺替は、木製の鷺を買った人のなかから抽選で金鷺・銀鷺などが当たる一種の福御籤で、祭時期間中、御旅所で鷺籤を販売し、祭の終わった28日に八坂神社で抽籤(ちゅうせん)していたようです。
鷺替のところに、昔の景品の鷺の人形が2種類、飾ってありるので、ぜひ、チェックしてくださいね。

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祭は27日まで続きます。
山口祇園祭、始まっています [2024年07月24日(Wed)]
山口祇園祭、始まっていますぴかぴか(新しい)

「山口祇園祭」は、今年1月にニューヨーク・タイムズで「2024年に行くべき52カ所」の3番目に山口市が取り上げられた際、

山口は約600年前から、山口祇園祭を開催してきた。京都に比べると規模は小さいが、歴史があるという点では引けを取らない。みこしの巡行、衣装、舞の奉納などが見所。

と紹介されましたわーい(嬉しい顔)

室町時代の1369(応安2)年に大内氏24代当主弘世(1325〜1380)が京都から「祇園社」を勧請したのが山口市の八坂神社の始まりで、1459(長禄3)年に28代当主教弘(1420〜1465)が京都から「祇園会」を伝えたのが山口祇園祭の始まりです。

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【八坂神社の歴史、まとめてみました】
1369(応安2)年、弘世が京都の祇園社勧請
1370(応安3)年、竪小路(伝。鎮座地は不明)に祇園社を建立
1459(長禄3)年、教弘のとき上宇野令向水の上に移設
  ※香積寺門前・一の坂川の木町橋から下流右岸一帯にかってエノキの森があり、そこが祇園社の古跡だったという
1519(永正16)年、義興が高嶺太神宮(現在の山口大神宮)の創建にあたり、鴻ノ峯の麓の大神宮境内に社殿を移設
   ※義興が伊勢皇太神宮のご分霊を勧請したのは、1520(永正17)年
1520(永正17)年、社殿を新築(一部は従前のもの)
1864(元治元)年、旧築山館跡で当時畑であった現在地に遷座し、本殿は解体移設し、拝殿と楼門は新築
  ※1863(文久3)年、毛利敬親が萩より山口に藩庁を移す(山口移鎮)に際し、警備上の問題から、遷座
1869(明治2)年、「神仏判然令」を受け「祇園社」より「八坂神社」と改称



20日の、上竪小路の八坂神社から駅通りの御旅所までの御神幸は、村岡山口県知事が八角神輿を担がれたこともあってか、盛り上がりました!
御旅所は、22時近くまで、人で溢れていました。

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今年は、鷺替の方が忙しくて、写真が撮れませんでしたちっ(怒った顔)


うって変わって、平日はひっそりとした御旅所です。
連日30度越えの酷暑では仕方ないですね・・・あせあせ(飛び散る汗)

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祭は27日まで続きます。
山口祇園祭の前夜祭・御神輿遷霊祭に参列しました [2024年07月20日(Sat)]
7月19日(火)、いよいよ明日から27日までの7日間、山口祇園祭ですぴかぴか(新しい)

午前中は駅通りの御旅所鷺替の準備をしましたぴかぴか(新しい)
頼もしいJさんに加えて、今年から加わってくださったIさんとIさんのご活躍もあって、ゲリラ豪雨の前に、設営が終わりました。

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20:00より上竪小路の八坂神社において山口祇園祭の前夜祭御神輿遷霊祭が執り行われましたぴかぴか(新しい)

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前夜祭・御神輿遷霊祭は、提灯の炎だけがほのかに揺らめく浄闇の中、本殿から御神霊を四角、六角、八角の三基の御神輿に遷(うつ)す神事です。

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まず、祝詞が奏上されました。

「低頭(ていとう)ください。」と言われ、参列者は眼を閉じ、頭を深く下げると同時に暗くなりました。
笙の音色が響く中、「ぎぃ〜」と神殿の扉が開くような音がしました。
宮司が「おぉぉ〜」という声を発します。「警蹕(けいひつ)」といって、神殿から御神輿へ神様の分霊がお遷りになるとき、神様が自らお出ましになりますよ、神様がお通りになられますよ、ということをお伝えする蹕(さきばらい)で、これが3度繰り返され、本殿から、神輿庫に並べてある「六角神輿」に出雲で八岐大蛇を退治した「素盞嗚尊(スサノオノミコト)」、「四角神輿」に素盞嗚尊の妻「稲田姫命(イナダヒメノミコト)」、「八角神輿」に 素盞嗚尊の両親「手名槌命(テナヅチノミコト)・足名槌命(アシナヅチノミコト」の分霊がお遷りになられました・・・・・・。
そうして、また、扉が閉じられるよう音がしました。
そして「頭」を上げてください、と言われ、同時に明るくなりました。

最後に、榊を供えて、神事は終わりました。

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その後の直会(なおらい)では、明日からの最終的な打ち合わせをしました。

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ニューヨークタイムズで山口祇園祭が紹介されたということで、TVのキー局の取材が入るとのことです。
以前のような賑やかな祭になりますように・・・揺れるハート
山口祇園祭2023(1) [2023年07月19日(Wed)]
7月20日(木)より27日(木)までの8日間、山口祇園祭が開催されますぴかぴか(新しい)

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山口市上竪小路にある八坂神社の祭礼で、京都の祇園会(祇園祭)を模したものです。
社殿が水の上に遷った1459(長禄3)年が始まりといわれています。約565年の歴史があります。

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祭りの準備で、幟旗や提灯が飾られていました。

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昨年までの3年間、新型コロナウイルス感染拡大防止のため縮小して開催されていましたが、今年は、「裸坊」による御神輿の巡行、女神輿、山鉾(眞車山(しんぐりやま)と菊水鉾(きくすいぼこ))での祇園囃子の演奏、鷺の舞、浦安の舞、市民総踊り、御旅所(山口市駅通り1)での鷺替行事(福引き)、少林寺拳法の演武など、各種の神事・行事が4年ぶりに完全開催されるとのことで、心が躍ります。

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鷺の舞が舞われる「扇の芝」も幕が張られたりして準備がされていました。

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拝殿では、大殿小児童が「浦安の舞」の練習をしていました。
浦安の舞は、市内の大殿小と白石小の5年生女子が毎年持ち回りで披露します。

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ご祭神は、素盞嗚尊(すさのをのみこと)・稲田姫命・手名槌命・足名槌命。

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南北朝時代の1369(応安2)年大内弘世(1325〜1380)が京都の祇園社(現在の八坂神社)から勧請し、1370(応安3)年に祇園社を建立したといいます。最初の鎮座地は、竪小路と伝えるが詳らかではありません。

1459(長禄3)年大内教弘(1420〜1465)のとき上宇野令向水の上に移設。香積寺門前・一の坂川の木町橋から下流右岸一帯にかってエノキの森があり、そこが祇園社の古跡だったといいます。

1519(永正16)年大内義興(1477〜1529)が高嶺太神宮(現在の山口大神宮)の創建にあたり、鴻ノ峯の麓の大神宮境内に社殿を移設。翌1520(永正17)年に社殿を新築(一部は従前のもの)。
『高嶺太神宮御鎮坐伝記』には、「水の上は家が多く、穢れの恐れあり」とあります。
※義興が伊勢皇太神宮のご分霊を勧請したのは、1520(永正17)年です。

幕末の1863(文久3)年毛利敬親(1819〜1871)が萩より山口に藩庁を移す(山口移鎮)に際し、警備上の問題から、1864(元治元)年社殿を旧築山館跡で当時畑であった現在地に遷座、本殿は解体移設し、拝殿と楼門は新築。

社号は長く「祇園社」でしたが、「神仏判然令」を受け1869(明治2)年に「八坂神社」と改称しました。

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神紋は「五瓜に唐花(ごかにからはな)」(「木瓜(もっこう)」)。
模様が、キュウリを輪切りにしたものと似ているので、関係者は8日間キュウリを食べません​。

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上記にあるように、本殿は、室町時代の1520(永正17)年に大内義興が建てたものです。
永正17年の棟札が残っています。
1917(大正6)年特別保護建造物に編入され、1929(昭和4)年国宝建造物となり、1950(昭和25)年国指定重要文化財となりました。
本殿の周囲に配されている13個の蟇股は、優美な形で、室町時代特有の厚みと精緻な彫刻を良く表わしています。また、変化に富んだ他に類例の少ない珍しい図柄(花や果物、雲など)が彫刻されています。

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室町時代の延徳4年(1492)の大内家壁書に、「祇園会の時築山に上っての見物は禁止する」とあることから、すでにその頃には、大がかりで賑やかな祭礼であったようです。

▼パンフレット「山口祇園 八坂神社」
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かわいい2023年7月18日(火)、八坂神社にて撮影かわいい
山口祇園祭の前夜祭・御神輿遷霊祭 [2022年07月24日(Sun)]
7月19日(火)20:00より山口市上竪小路の八坂神社において執り行われた山口祇園祭前夜祭・御神輿遷霊祭に氏子総代の皆様と参列させていただきましたぴかぴか(新しい)

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前夜祭・御神輿遷霊祭は、提灯の炎だけがほのかに揺らめく浄闇の中、本殿から御神霊を四角、六角、八角の三基の御神輿に遷(うつ)す神事です。

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小方宮司以下神職の方5人でご奉仕されていました。

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まず、祝詞が奏上されました。

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「低頭(ていとう)ください。」と言われ、参列者は眼を閉じ、頭を深く下げました。
目を閉じていても暗くなったのが分かります。
笙の音色が響く中、「ぎぃ〜」と神殿の扉が開くような音がし、宮司が「おぉぉ〜」という声を発します。これは、「神おろし」というものではなく、「警蹕(けいひつ)」といって、神殿から御神輿へ神様の分霊がお遷りになるとき、神様が自らお出ましになりますよ、神様がお通りになられますよ、ということをお伝えする蹕(さきばらい)です。
こうして、本殿から、神輿庫に並べてある「六角神輿」に出雲で八岐大蛇を退治した「素盞嗚尊(スサノオノミコト)」、「四角神輿」に素盞嗚尊の妻「稲田姫命(イナダヒメノミコト))」、「八角神輿」に 素盞嗚尊の両親「手名槌命(テナヅチノミコト)・足名槌命(アシナヅチノミコト」の分霊がお遷りになられました・・・・・・。
そうして、また、扉が閉じられるよう音がしました。
そして「頭」を上げてください、と言われました。

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最後に、榊を供えて、神事は終わりました。

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その後、直会(なおらい)がありました。 直会は神様にお供えした神饌を神様と共に頂くのですが、コロナ禍でもあり、お茶をいただくだけで済ませました。

祭りは20日から27日まで続きますが、今年も新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、縮小して開催されます。御神幸行列・御還幸行列・鷺替(福引き)及び市民総踊りなどは中止となります。

山口祇園祭は、室町時代に大内弘世が京都から勧請した八坂神社(もともとは祇園社)の例祭で約600年続いている伝統ある祭りです。
祇園祭はそもそも疫病を鎮めるために始まったもので、疫病退散の本義があるとし、神事は通常通り行われますが、御神輿はトラックにて御旅所に運搬されます。

来年こそはコロナ禍以前のお祭りに戻したいですね、とみんなで話しました。
山口祇園祭が終りました [2019年07月28日(Sun)]
山口祇園祭が27日で終わりましたぴかぴか(新しい)
山口にも本格的な夏が訪れます晴れ

27日の御還幸は、晴天に恵まれ、
女神輿を見るためにたくさんの人が集まっていましたかわいい
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女性が担ぐのは女の神様(稲田姫命(イナダヒメノミコト))を遷した四角神輿です。
揃いの鉢巻と法被を着け、重量が1トン近い神輿を担ぎます揺れるハート
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27日に山口祇園祭・御還幸が執り行われます [2019年07月27日(Sat)]
今年の山口祇園祭の御神幸は、激しい雨と強風の中、決行されましたぴかぴか(新しい)

眞車山と菊水鉾も、
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太鼓も、
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猿田彦も、
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宮司さんも、
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鷺舞の一行も、
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八角も、
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六角も、
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四角も、
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ずぶ濡れになりながら、皆さん頑張っていらっしゃいました。

今日27日の御還幸は晴天に恵まれそうです。
女神輿もあります揺れるハート

19:00 御還幸お旅所祭  (浦安の舞奉納)
19:30 御還幸式 御神輿出発
21:00 御還幸本殿祭
山口祇園祭の鷺替 [2019年07月26日(Fri)]
山口祇園祭の期間中、駅通り(今市)のお旅所で「鷺替」が行われていますが、これは明治43年に始まったものですぴかぴか(新しい)

「防長新聞」明治43年7月3日の記事に

【 ●祇園会の鷺替 】
 山口祇園祭の余興として鷺替の賑ひあるべきことは前号に記せしが初日より廿七日まで今市に事務所をおき鷺壱個を五銭に売出し廿八日上竪小路本社境内に於て午後八時より十一時まで鷺替を為す筈にて当選者へ渡すは第一金鷺壱個、第二銀鷺壱個宛二人、第三鏡餅宝付にして一個宛五人なりと聞く

「防長新聞」明治44年7月7日にも

【 ●山口祇園会 】
 有名なる当地八坂神社例祭は来二十日より廿七日迄執行する事なるが廿八日夜上立小路本社に於て鷺換の奉納あり
 鷺籤は祭事期間中今市町にて希望者に頒つべしと


「防長新聞」明治45年7月6日に

【 山口祇園会鷺替 】
 山口祇園祭は来る二十日より二十七日迄執行し同期間は今市事務所に於て木製鷺三千個を限り壱個五銭にて売出し(其買上金は八坂神社へ寄附す)廿八日午後八時より十時迄上立小路八坂神社境内に於て鷺替を行ひ神官御籤を上げ其番号に符号せしものは金製鷺壱個銀製鷺十三個御鏡餅二重を其翌日八坂神社に於て神授し番号に該当せざるものゝ木製鷺は神前に奉納するをよしとす 右は今市町藤井判四郎中河原町大島安治郎御局小路中村利介外七名の発起に係るものにて午後十時より抽籤に移り左の順序に依り当籤者を発表すべしと云ふ
 御籤順序   神授品
 第一御籤上  御鏡餅一重
 第二同    銀製大判一個
 第三同    同 中判一個
 第四同    同 同 一個
 第五同    同 同 一個
 第六同    同 同 一個
 第七同    同 同 一個
 第八同    同 大判一個
 第九御籤上  銀製中判一個
 第十同    同 同 一個
 第十一同   同 同 一個
 第十二同   同 同 一個
 第十三同   同 同 一個
 第十四同   同 大判一個
 第十五同   金製小判一個
 第十六同   御鏡餅一重


「防長新聞」明治45年7月30日に

【 ◎祇園の鷺替 】
 例年の通り当地八坂神社境内にて廿八日夜八時過より鷺替を始め同九時より抽籤を開始し同十時三十分終了したり
 参詣者約四千余名境内に充満し上り籤を今や遅しと待つ内に紋付羽織袴掛の世話人は扇子に恭しく籤を乗せて群衆の前に現はれ片手に籤を取り上げて番外一番(二、四六五号)と大声に読み上げたるを初め以下十六の籤を抽き最後に第十六番札二、二三九号を読み終るや一同鯨波をあげ籤外れの鷺札は雨霰の如く拝殿に向つて飛び乱れ同夜十一時に全く解散せり
 今当籤札の番号及び当籤者を挙ぐれば左の如し
 尚当籤者不明の者四個あり
 昨年不明の二個は番外として本年再び抽籤に附したるが若し今年の分にして申出でざる時は来年廻しとなるべきも第十六番上り札の鏡餅は処分凝議中なり
 因に今回の当籤者当地石原小路久保作太郎は昨年も当籤せし由
 幸運者と云ふべし


とあります。
当時の鷺替は、木製の鷺を買った人のなかから抽選で金鷺・銀鷺などが当たる一種の福御籤で、祭時期間中、御旅所で鷺籤を販売し、祭の終わった28日に八坂神社で抽籤(ちゅうせん)していたようです。
現在の鷺替とは少し違いますね。

鷺替のところに鷺の人形が2種類、飾ってありました揺れるハート
昔の景品だそうです。

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触らせていただきましたが、金属(青銅?)でできているようでとても重いです。
いつ頃の景品なのか関係者の方もわからないようです。
ただ、上の写真の鷺の方が古いとのことでした。

そんな人形も飾ってある山口祇園祭、いよいよ今日と明日になりました。
夕涼みがてら、おいでませ。
「京都の祇園祭と山口の祇園祭」 @ 大内氏遺跡指定60周年記念講演会 [2019年07月20日(Sat)]
山口の守護大名大内氏が京都から勧請した山口祇園祭の初日 御神幸にあわせ、大内氏遺跡指定60周年記念講演会「京都の祇園祭と山口の祇園祭」が開催されますぴかぴか(新しい)

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るんるん日 時るんるん 2019年7月20日(土)13:30〜16:00(開場13:00)
るんるん場 所るんるん 山口県立山口図書館レクチャールーム(山口市後河原150-1)
るんるん講 師るんるん 河内将芳氏(奈良大学文学部史学科教授)
るんるん聴講料るんるん 無料
るんるん申 込るんるん 不要 ※手話通訳・要約筆記有
るんるん問合先るんるん 山口市教育委員会文化財保護課
       電話083-920-4111
       fax to083-920-4112
       mail tobunkazai@city.yamaguchi.lg.jp
るんるん主 催るんるん 山口市教育委員会文化財保護課


山口祇園祭の初日今日 7月20日は「御神幸」@が行われます。

18:00〜 例祭御神幸本殿祭浦安の舞奉納A) <八坂神社>
18:30〜 御神輿発輿祭 のち鷺の舞奉納B <八坂神社>
19:00〜 御神幸式御神輿出発C <八坂神社>
21:00〜 御神幸お旅所祭(鷺の舞・浦安の舞奉納)D <お旅所>

@「御神幸」とは、神の行幸のことで、祭事や遷宮などのとき、ご神体がその鎮座する神社から他所へ赴くことです。
A「浦安の舞」は、扇の舞、鈴の舞の2部からなります。
B「鷺の舞神事」は、鷺に見立てた頭と羽をつけて雌雄の鷺に扮した成人男性2人が優美に舞います。鷺舞が現在も伝承される例は少なく、弥栄神社(島根県津和野町)に伝わる鷺舞いも、山口から伝えられたものです。京都から伝わった当時のままといわれる演舞を地元住民が代々守り伝えてきています。山口県指定無形民俗文化財です。鷺の舞の初舞は、17:00からの萬福寺(堂の前町1)黒地蔵前の舞です。続いて頭屋前、札の辻で披露され、八坂神社は4回目の舞になります。
C祇園囃子をのせた眞車山(しんぐりやま)と菊水鉾(きくすいぼこ)を露払いに、裸坊(はだかぼう)と呼ばれる上半身裸に晒を巻いた男衆が担ぐ三基の神輿が、八坂神社から御旅所まで練り歩きます。
D神輿がお旅所に渡御すると、鷺の舞と浦安の舞が奉納されます。
山口祇園祭 [2019年07月19日(Fri)]
京都の祇園祭・前祭(さきまつり)の山鉾巡行が17日ありましたぴかぴか(新しい)
7月1日の各山鉾町「吉符入」に始まり、31日の境内摂社「疫神社夏越祭」で幕を閉じるまで、1ヶ月にわたって各種の神事・行事が繰り広げられます。
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(▲7月18日付読売新聞)

一方、山口祇園祭は、7月20日から27日までですぴかぴか(新しい)

実は、山口祇園祭は、1909(明治42)年まで6月7日から14日まで行われていました。
1910(明治43)年6月30日の防長新聞に

当地八坂神社例祭は陰暦六月七日より十四日まで執行し来りしが今年より陰暦廃止に付太陽暦七月二十日より同二十七日までに変更の認可あり

とあり、この年より今と同じになりました。
1873(明治6)年より太陽暦が公式に使用されるようになりましたが、庶民生活ではずっと太陰暦が使用されていました。それが1910(明治43)年より暦に太陰暦が掲載されないことになり、全般に太陽暦に切り替わることになりました。全国的にもこの年より祭礼は太陽暦にあわせて行うようになりました。

山車についても

尚ほ古式として山口各町より飾山奉納は神幸の道筋電話線架設のため本年より上竪小路八坂神社境内半分と今市町御旅所の前へ半分を造り奉納の上廿六日より三日間参拝者の観覧に供することゝなり

とあります。
また、鷺替え行事も

其外鷺替の賑も執行することゝなりし由

とあり、この年より始まったようです。

C2AA992C-FBE9-49B8-9405-8654AF194403.jpeg鷺替え行事

0480CBD8-4B38-4295-8A85-422959FF7F4F.jpeg真車山

495A9DA9-CB6C-4836-A0A0-CC83CA763340.jpeg菊水鉾

51D7E570-0B45-4B40-9C36-71E0F8A598F7.jpeg鷺の舞

FD521AFC-04B1-4DF7-BE9A-1D2311258D9E.jpeg浦安の舞 鈴の舞


今日、7月19日(金)20:00より山口市上竪小路の八坂神社において、神輿遷霊祭が行われます。
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提灯の炎だけがほのかに揺らめく浄闇の中、本殿から「四角 稲田姫命(イナダヒメノミコト))」「六角 素盞嗚尊(スサノオノミコト)」「八角 手名槌命(テナヅチノミコト)・足名槌命(アシナヅチノミコト」の神輿三基へ神様の分霊がお遷(うつ)りになられます。
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山口祇園祭 主要行事 日程表。
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(以上写真は昨年の山口祇園祭に撮影)
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