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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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藤波の花は盛りになりにけり @ フジ@ [2020年05月05日(Tue)]
我が家のフジの花が満開です。
鉢植のフジですが、この何年かで勢いを増して、すごい状態になっています。
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フジの花は古来より日本人に愛され続けています。

『万葉集』では26首に登場します。
〈巻八・「秋相聞」・一六二七 〉には、家の庭に移植したフジの花の咲く様子を愛でたのでしょう、こんな歌があります。

万葉集第8巻 1627 曼朱院本 京都大学図書館蔵 (2).jpg
『[曼朱院本]萬葉集 20巻』(京都大学附属図書館蔵)

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『万葉集 20巻』(近衛文庫 京都大学附属図書館蔵)

大伴宿祢家持攀非時藤花并芽子黄葉二物贈坂上大嬢歌二首
吾屋前之 非時藤之 目頬布 今毛見壮鹿 妹之咲容乎  
(一首略)
 右二首天平十二年庚辰夏六月徃来

大伴宿祢家持 時じき藤の花 并(あは)せて萩の黄葉(もみち)の二つの物を攀(よ)ぢて、坂上大嬢(さかのうえのだいじょう)に贈る歌二首

大伴宿祢家持」つまり大伴家持(おおとものやかもち)が季節はずれの藤の花と萩の紅葉の二つをよじって折り取り、坂上大嬢に贈った歌二首のうち一首です。

わがやどの ときじきふぢの めづらしく いまもみてしか いもがゑまひを

  「咲容」は「えまい」と読みます。
  「咲」は「笑」の古字で、「咲(わら)う」「咲(え)み」と読みます。
  「乎」はここでは「を」と読みます。

我が宿の 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が笑まひを
  
  「我が宿の時じき藤の」は「めづらしく」を導く序詞です。
  「時じき」は形容詞連体形で、「その季節にはずれている」の意です。
  「めづらしく」季節はずれに咲く藤の花が清新であることと、「妹」の「笑まひ」がすばらしいことの両方にかかります。

我が家の庭に咲いた季節はずれの藤の花がめずらしいように、いますぐにでもみたいものです。あなたの笑顔を。

ちなみに、家持が贈ったもう一首はこちらです。

吾屋前之 芽子乃下葉者 秋風毛 未吹者 如此曽毛美照
わがやどの はぎのしたばは あきかぜも いまだふかねば かくぞもみてる
我が宿の 萩の下葉は 秋風も いまだ吹かねば かくぞもみてる
我が家の庭の萩の下葉が秋風もまだ吹かないというのに、ほれ、こんなに色づきました。
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▲ハギ(2019年10月28日元興寺(奈良市)にて撮影)

大伴家持
(巻子『三十六歌仙像』 清家文庫 京都大学附属図書館蔵)
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〈巻三・「雑歌」・三三〇〉に
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『万葉集 20巻』(近衛文庫 京都大学附属図書館蔵)

防人司佑大伴四綱謌二首
(一首略)
藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君  

防人(さきもりの)司佑(つかさのすけ)大伴四綱(おおともよつな)の謌二首

歌い手は大宰府の防人の次官 大伴四綱。
奈良を離れて遠く大宰府に赴任している大宰府の長官 大伴旅人(おおとものたびと)に向けて詠んだ歌といわれています。

ふぢなみの はなはさかりに なりにけり ならのみやこを おもほすやきみ
 
 「尓」は「に」と読みます。
 「平城京」は「平城の京」つまり「ならのみやこ」です。
 「乎」は「を」と読みます。
 「念」は「おもほす」です。 

藤波の 花は盛りに なりにけり 平城の京を 思ほすや君

 「藤波」は、藤の花。藤の花房が風になびくさまを波に見立てていう語。
 「君」は、大伴旅人を指すと考えられます。

波打つように咲き誇る藤の花は今こそ盛りを迎えています。(長官は)奈良の都を思い出されておられますでしょうか。

これに答えるように、〈巻三・三三一〉から大伴旅人の望郷の歌が続きます。

帥大伴卿歌五首
吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成

(以下四首略)

 「復」「を(つ)」(〈変若〉つ)(自動詞)もとに戻る。若返る。
 「殆」「ほとほと(に)」(副詞)@もう少しで。すんでのところで。危うく。Aおおかた。だいたい。

わがさかり またをちめやも ほとほとに ならのみやこを みずかなりなむ
我が盛り また変若めやも ほとほとに 寧楽の京を 見ずかなりなむ
わが権勢を誇っていた頃にまた復帰できるだろうか。いやいや、このまま奈良の都を見ずじまいになりそうだ。


「盛りになりにけり」と詠われている「藤の花」もおそらくは「藤原家」のことを遠回しに表現したのではないかとも言われています。
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フジは鑑賞するだけでなく有用植物でもあります。
奈良時代、フジの蔓は、樹木を伐採し、運び、建物を建てるためにも使われました。
また、「藤布」といって、縄文時代から山野に自生するフジの蔓の外皮の繊維で織ってが作られていました。

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そんな藤布を使って作った衣服を「藤衣」といい、織り目が粗く、肌触りが硬い。貧しい者の衣服とされていました。
粗末な作業着である藤衣を着た海女を詠んだ歌があります。

〈巻三・「譬喩歌」・四一三〉
万葉集巻3 須磨の海女 大綱公人主 (2).png
『万葉集』(清水浜臣 国立国会図書館蔵)

大網公人主宴吟歌一首
須麻乃海人之 塩焼衣乃 藤服 間遠之有者 未著穢

大網公人主(おおあみのきみひとぬし)が宴会の時に戯れて詠んだ歌です。

すまのあまの しほやききぬの ふぢころも まどほにしあれば いまだきなれず  

須磨の海女の 塩焼き衣の 藤衣 間遠にしあれば いまだ着なれず

須磨の海女の塩焼き作業に着る藤衣は織目が粗いので、まだ着慣れないです。

 「塩焼き衣の藤衣」の「の」は同格の格助詞。「塩を焼くときの作業着である藤衣」という意です。
 「藤衣」は、藤の皮の繊維で織った庶民の衣服。序詞として用いて、織り目が粗い意から「間遠に」に、衣のなれる意から「馴れる」にかかります。
 「間遠」は、織り目が粗いさま。衣の繊維の目が粗いことと、会う間隔が長い、つまり、逢える日の少ない意味を重ねています。
 「いまだ着なれず」は、まだ着古して身体になじんでいないことで、うち解けられない意味を重ねています。



参考文献:
『[曼朱院本]萬葉集 20巻』(京都大学附属図書館蔵)
『万葉集 20巻』(近衛文庫 京都大学附属図書館蔵)
巻子『三十六歌仙像』( 清家文庫 京都大学附属図書館蔵)
  ※以上3冊は京都大学貴重資料デジタルアーカイブでインターネット公開されています。
『万葉集』(清水浜臣 国立国会図書館蔵)
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。


【次回に続く】
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