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こどもと本ジョイントネット21・山口


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大内氏館(12)ソテツとシャクヤク @ 大内氏遺跡指定60周年記念バスツアー2019㉗ [2020年04月16日(Thu)]
【前回の続き】

大内氏館の庭を彩った植物にソテツとシャクヤクがありますぴかぴか(新しい)

ソテツは、
F5533A48-E459-4352-963C-D58F3B05C2C4.jpeg龍福寺境内 6BA428F2-6688-4AC5-B609-D3829DB7B3E5.jpeg大内氏館復元池泉庭園

『蔭涼軒日録(いんりょうけんにちろく)(1435〜1493)の長享二年(一四八八)九月十六日の条に、次のようにあります。

十六日、(略)興文首座話云、大内庭仁ソテツト云草、自高麗来、カフヨリ葉出而、一間仁ハヽカルホトナリ、センマイノ大ナルヨウナ者也、若公方様御庭二、ウエセラレハ、進上可白由白、(略)

16日、(略)興文首座話して云う。大内の庭にソテツと云う草あり。高麗より来たる。かぶより葉出でて、一間にはばかるほどなり。ぜんまいの大なるような者なり。若し公方様御庭に、植えせられば、進上白(=申)す可く、由(なお)白(=申)す。

16日、(略)興文首座が来ていうには、大内氏の庭にソテツという草があります。高麗より取り寄せたものです。株より葉が出て、その葉は一間ほども茂ります。ゼンマイを大きくしたようなものです。もし公方様の庭にお植えになるのであれば、献上いたしますが、いかがでしょうか。

『蔭涼軒日録』(いん(おん)りょうけんにちろく)は、京都相国寺鹿苑院 (ろくおんいん) 内の蔭涼軒主の日記です。1484(文明16)〜1493(明応2)年の間は、亀泉集証(きせんしゅうしょう) が記しています。

長享2年(1488)といえば、足利将軍は九代の義尚(よしひさ)(1465〜1489)(在職は1473(文明5)〜1489(長享3))(1488年に名を義煕と改名しているので、正確には、義煕)。大内氏は政弘(1446〜1495)の時代です。
35A4E23C-884B-4421-B4DF-D3A7135CB9C3.jpeg 15D2A581-9031-436A-AD2C-39CBD692A382.jpeg

義興はこの年 義煕(義尚)より「義」の偏諱を受けています。

興文首座(こうぶんしゅざ)は、大内氏の雑掌で、在京して朝廷や幕府との交渉に当たった外交僧です。



シャクヤクは、
E1142D95-7295-4B20-945F-4B3ED5C85BEF.jpeg(2019.5.13維新百年記念公園にて)

『続群書類従』巻352 文筆部36『策彦和尚詩集』に、

 於大内義隆公之私第見高麗芍薬
駐春紅薬以紅顔。年少叢邊傳往還。古今雖花人以顯。三韓移住一庭間


と、「大内義隆の邸宅に於いて高麗の芍薬を見た」という記述があります。

『続群書類従』は、塙保己一が編纂した『群書類従』(ぐんしょるいじゅう)の続編です。国学・国史を主とする一大叢書で、『群書類従』に続いて塙保己一(はなわほきいち、1746〜1821)が計画し、没後は弟子たちが引き継きました。
『策彦和尚詩集』は、策彦周良(さくげんしゅうりょう)の詩文集で、『続群書類従 第十三輯 下』に、南禅寺二百五十九世となった、山口でもお馴染みの梅屋宗香の漢文集『梅屋和尚文集』などとともに所収されています。

策彦周良は、室町後期の臨済宗の僧で、義隆の命で、1539(天文8)年遣明副使(帰国は1541年)、1547(天文16)年正使(帰国は1550年)として明に渡りました。このときの見聞の克明な記録『策彦入明記』は、末期の日明貿易を知る上での貴重な史料となっています。また、入明の前後、山口周辺で過ごしています。


ソテツが植えてあった政弘の「大内庭」、シャクヤクが植えてあった義隆の「一庭間」は今では残っていませんが、時代の最先端をいっていた華やかな大内氏館の庭に思いを馳せます。



参考文献:
『山口市史 資料編 大内文化』(山口市 2010)
 「蔭涼軒日録(長享二年九月十六日)」P152
 「策彦入明記」P253〜258
『続群書類従第十三輯下 文筆部 消息部 第348〜365巻』(塙保己一/編 続群書類従完成会 1926))
 巻352 文筆部36「策彦和尚詩集」
 (※国立国会図書館のサイトでインターネット公開されています)
『大内氏館跡14』(山口市埋蔵文化財調査報告第109集)(山口市教育委員会文化財保護課/編 山口市教育員会 2013)コラム「大内義隆とシャクヤク」P43



【次回に続く】
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