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こどもと本ジョイントネット21・山口


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興隆寺(5)梵鐘(大内義隆寄進) @ 大内氏遺跡指定60周年記念バスツアー2019J [2020年03月31日(Tue)]
【前回の続き】

氷上山興隆寺には大内義隆が願主となって寄進した梵鐘があり、
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梵鐘(大内義隆寄進)」として重要文化財(工芸品)に指定されていますぴかぴか(新しい)
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総高189.0p、口径111.8pの大きな鋳銅の釣鐘です。
1532(享禄5)年、筑前芦屋(現在の福岡県)の鋳工 大江宣秀が造ったものです。

朝鮮鐘を模倣した形の特異な和鐘です。
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竜頭(釣鐘の頭部に付けた竜の頭の形をしたもの)は和式です。
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鐘身と笠(鐘の上部)との境に鋳出した雲文の吹き返し、
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乳廓文様(乳のような突起物が並んでいる所)などに朝鮮鐘の形式が取り入れられています。

撞座(つきざ)(撞木 (しゅもく) が当たるところ)は蓮華文で、対称的位置に二箇設けられています。
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撞座がある部分にのみ縦帯を設けています。縦帯は通常は4本で鐘身を縦に4分割していますが、この梵鐘は、銘文をたくさん彫るため2本になっているのが特徴です。
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乳廊は唐草文の廊に乳を配列し、四区あります。
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乳廊の間に四天王を鋳出しています。
5D2AC43C-A6C8-4C8E-BA9F-BB830531E564.jpeg広目天 
CC1A959D-EA6F-4489-A8CD-EAADE0C41068.jpeg増長天 
B444BF38-3948-4F95-9FB4-D2B18B9AF7A2.jpeg持国天 
80A37372-E04B-415E-BA04-6FBB7DA3A3AD.jpeg多聞天

中帯上部は中央に宝珠を表わし、左右に雲としています。
中帯下部は雲竜文様としています。
90ECFF20-01F1-4474-BDBA-086EF796A6D2.jpeg 58F52E86-9F0C-4545-A7AD-5D9F363129C3.jpeg 0EB385B1-486F-4A04-8B9A-0EEC21971EF4.jpeg宝珠 ABEDA946-59AE-408C-B133-575DBCB9C82D.jpeg

駒の爪は覆蓮で飾っています。
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池の間(鐘身の中央部で、乳の間と中帯の間)は二区に作っています。

銘文は、鐘腹中央の池の間に施されています。
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(以下、陰刻銘文)
周防国吉敷郡      
氷上山興隆寺
  涅槃経云
 諸行無常是生滅法
 生滅々己寂滅為楽
  阿含経云
 若打鐘時三悪道
 一切苦悩停止五百
 億却重罪滅魔怨
 聞鐘聲悉皆怖畏
  地獄経云
 鐘是大聖信鼓
 聞声一切衆生
 皆離憂苦
  天台座主親王(花押) (以上、15行陰刻)

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(以下 陽鋳銘文)
 亨(享)禄五年辰壬八月吉曜日  
     葦屋元金屋大工  (本行冒頭5字は追銘で、陰刻)
           
大江宣秀
 
  奉行
   権大僧都法印大和尚位仙祐
 別當
  権大僧都法印大和尚位祐慧
 大願主
  従五位上守左亰大夫多々良朝臣義隆
 (以上9行陽鋳)


法量は、
総高 189p
龍頭高 424p
笠高 7.3p
胴高 139.4p
口径 111.8p
口厚 14.8p
撞座径 20.3p
撞座中心高 30.6p


そばには「梵鐘」の説明板が立っています。
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国指定重要文化財
 興隆寺の梵鐘
  工芸品 昭和三四年一二月一八日国指定
  所在地 山口市大字大内御堀四三一番地
この梵鐘は室町時代周防長門など七か国の守護であった大内義隆が享禄五年(一五二三)に大内氏の氏寺興隆寺に寄進したものである。総高が一八九センチ、口径が一一一.八センチの巨鐘で、朝鮮鐘の影響を多く受け、乳の間四区の間に四天王、草の間に雲竜文様を鋳出すなど、随所に装飾がにぎやかにつき、大内文化を代表する工芸品である。 銘文から筑前葦屋(福岡県遠賀郡芦屋町)の大江宣秀の作であることがわかる。
興隆寺は大内氏の氏寺で、大内氏全盛の時は非常に栄えたが、大内氏滅亡後は衰え、明治になり堂塔もなくなった。



鐘楼は、1957(昭和32)年に再建されたそうです。
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(『山口市史 史料編 大内文化』(山口市 平成22年)P851、P872参照)


【次回に続く】
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