泉鏡花『外科室』 @ 「フランス音楽と朗読ライブ」
[2019年06月08日(Sat)]
6月2日(日)、山陽小野田市港町のコミュニティカフェ&リカーショップ wakayamaで行われた「フランス音楽と朗読ライブ」に行きました
自宅を14:00過ぎに出発し、湯田温泉駅から15:02発の新山口行き列車に乗りました。
新山口で乗り換えた下関行き列車を小野田駅で降り、初めての小野田線です。
一両編成ですが、高校生くらいの人たちが結構乗っていて、賑やかな車内。
これが小野田港駅。
予想と違って、ちょっとさびしい感じ(すみません)の駅でした。
帰り列車に乗り遅れたら、大変なことになりそうです。
開場までの時間調整のため須恵健康公園へ。
たくさんの人が集っていて、市民の憩いの場という感じでした。
「白い花」日田敦子
「不抜」大井秀規
コミュニティカフェ&リカーショップ wakayamaが開店しました
お店の名物はカレーとのことで、私は焼カレーを注文しました。
1部は、上野美科さんのヴァイオリンと久保千尋さんのピアノで、フランス音楽の小品の演奏です。
サン=サーンスの「死の舞踏」で始まりました。
フランスの詩人アンリ・カザリスの詩に霊感を得て作られた曲で、カザリスの詩を松原さんが朗読されました。
次にサティ。
「右や左に見えるもの〜眼鏡なしで」
第1曲 『偽善的なコラール』
第2曲 『暗中模索のフーガ』
第3曲 『筋肉質なファンタジー』
「ジュトゥヴ」(ピアノソロ)
ドビュッシー
「ゴリウォークのケークウォーク」
「美しい夕暮れ」
「月の光」
15分間の休憩の後、
2部の音楽物語《外科室》。
泉鏡花の原作です。
時は明治。高峰医師によって、貴船伯爵夫人の手術が行われようとしていた。しかし、伯爵夫人は麻酔を受付けようとしない。麻酔をかぐと、心に秘めた秘密をうわごとでいってしまう、そのことを恐れているのだという。夫人が隠し通そうとする秘密とは何か。(Wikipediaより引用)
朗読ライブでは、文語体が原文の格調はそのままに口語体に変えてありました。
フランク「ヴァイオリン・ソナタ」
サティ「グノシエンヌ第1番」(ピアノソロ)
J.S.バッハ「ゴールドベルク変奏曲より アリア」
J.S.バッハ「ヴァイオリン・ソナタ第4番より 第1楽章」
エルガー「朝の歌」
ヘンデル「私を泣かせてください」
が効果的に朗読の合間に演奏され、音楽と朗読が一体となって一つの物語「外科室」を紡いでいました
さすがにコンサート中は、写真を撮るのをはばかれたのですが、2枚だけ撮影させていただきました。
実は好奇心の故に、然れども予は予が画師(えし)たるを利器として、兎も角も口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰を強(し)いて、某(それ)の日東京府下の一(ある)病院に於て、渠(かれ)が刀(とう)を下すべき、貴船伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを余儀なくしたり。
(略)
「そんなに強いるなら仕方がない。私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤(ねむりぐすり)は譫言(うわごと)を謂(い)うと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快(なお)らんでもいい、よして下さい。」
(略)
「刀を取る先生は、高峰様だろうね!」
(略)
謂う時疾(はや)く其(その)手はすでに病者の胸を掻(かき)開けたり。夫人は両手を肩に組みて身動きだもせず。
恁(かか)りし時医学士は、誓ふがごとく、深重厳粛なる音調もて、
「夫人、責任を負つて手術します。」
時に高峰の風采は一種神聖にして犯すべからざる異様のものにてありしなり。
「何(ど)うぞ。」と一言答(いら)へたる、夫人が蒼白なる両の頬に刷(は)けるが如き紅を潮しつ。ぢつと高峰を見詰めたるまま、胸に臨める鋭刀(ナイフ)にも眼(まなこ)を塞さがむとはなさざりき。(略)
「あ。」と深刻なる声を絞りて、二十日以来寝返りさへも得せずと聞きたる、夫人は俄然器械の如く、その半身を跳(はね)起きつつ、刀取れる高峰が右手(めて)の腕(かいな)に両手を確(しか)と取縋(とりすが)りぬ。
「痛みますか。」
「否(いいえ)、貴下(あなた)だから、貴下だから。」
恁(かく)言懸けて伯爵夫人は、がつくりと仰向きつつ、凄冷(せいれい)極まりなき最後の眼に、国手(こくしゅ)をぢつと瞻(みまも)りて、
「でも、貴下は、貴下は、私を知りますまい!」
謂う時晩(おそ)し、高峰が手にせる刀(メス)に片手を添へて、乳(ち)の下深く掻切(かきき)りぬ。医学士は真蒼(まつさお)になりて戦(おのの)きつつ、
「忘れません。」
其(その)声、其呼吸(いき)、其姿、其声、其呼吸、其姿。伯爵夫人は嬉しげに、いとあどけなき微笑(えみ)を含みて高峰の手より手をはなし、ばつたり、枕に伏すとぞ見えし、脣(くちびる)の色変わりたり。
其(その)時の二人が状(さま)、恰(あたか)も二人の身辺には、天なく、地なく、社会なく、全く人なきが如くなりし。
数うれば、はや九年前なり。高峰が其頃はまだ医科大学に学生なりし砌(みぎり)なりき。一日(あるひ)予は渠とともに、小石川なる植物園に散策しつ。
(略)
中なる三人の婦人等(おんなたち)は、一様に深張(ふかばり)の涼傘(ひがさ)を指翳(さしかざ)して、裾捌(すそさばき)の音最(いと)冴(さや)かに、するすると練来(ねりきた)れる、ト行違(ゆきちが)ひざま高峰は、思わず後を見返りたり。
「見たか。」
高峰は頷(うなず)きぬ。「むむ。」
恁(かく)て丘に上りて躑躅を見たり。躑躅は美なりしなり。されど唯赤かりしのみ。
(略)
「高峰、ちつと歩かうか。」(略)高峰はさも感じたる面色(おももち)にて、
「ああ、真の美の人を動かすことあの通りさ、君はお手のものだ、勉強し給へ。」
予は画師たるが故に動かされぬ。行くこと数百歩、彼の樟(くす)の大樹の鬱蓊(うつおう)たる木(こ)の下蔭(したかげ)の、稍(やや)薄暗きあたりを行く藤色の衣(きぬ)の端を遠くよりちらとぞ見たる。
(略)
其後九年を経て病院の彼のことありしまで、高峰は彼の婦人のことにつきて、予にすら一言をも語らざりしかど、年齢に於ても、地位に於ても、高峰は室あらざるべからざる身なるにも関らず、家を納むる夫人なく、然も渠は学生たりし時代より品行一層謹厳にてありしなり。予は多くを謂わざるべし。
青山の墓地と、谷中の墓地と所こそは変りたれ、同一(おなじ)日に前後して相逝(ゆ)けり。
語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。
【初出:明治28年6月『文芸倶楽部 第六編』】
文語体ですが、短編で、内容が凝縮されていて、読みやすいと思いますので、ぜひ読んでみて下さい。
といいつつ、ついついかなりの分量を引用してしまいました。
自宅を14:00過ぎに出発し、湯田温泉駅から15:02発の新山口行き列車に乗りました。
新山口で乗り換えた下関行き列車を小野田駅で降り、初めての小野田線です。
一両編成ですが、高校生くらいの人たちが結構乗っていて、賑やかな車内。
これが小野田港駅。
予想と違って、ちょっとさびしい感じ(すみません)の駅でした。
帰り列車に乗り遅れたら、大変なことになりそうです。
開場までの時間調整のため須恵健康公園へ。
たくさんの人が集っていて、市民の憩いの場という感じでした。
「白い花」日田敦子
「不抜」大井秀規
コミュニティカフェ&リカーショップ wakayamaが開店しました
お店の名物はカレーとのことで、私は焼カレーを注文しました。
1部は、上野美科さんのヴァイオリンと久保千尋さんのピアノで、フランス音楽の小品の演奏です。
サン=サーンスの「死の舞踏」で始まりました。
フランスの詩人アンリ・カザリスの詩に霊感を得て作られた曲で、カザリスの詩を松原さんが朗読されました。
次にサティ。
「右や左に見えるもの〜眼鏡なしで」
第1曲 『偽善的なコラール』
第2曲 『暗中模索のフーガ』
第3曲 『筋肉質なファンタジー』
「ジュトゥヴ」(ピアノソロ)
ドビュッシー
「ゴリウォークのケークウォーク」
「美しい夕暮れ」
「月の光」
15分間の休憩の後、
2部の音楽物語《外科室》。
泉鏡花の原作です。
時は明治。高峰医師によって、貴船伯爵夫人の手術が行われようとしていた。しかし、伯爵夫人は麻酔を受付けようとしない。麻酔をかぐと、心に秘めた秘密をうわごとでいってしまう、そのことを恐れているのだという。夫人が隠し通そうとする秘密とは何か。(Wikipediaより引用)
朗読ライブでは、文語体が原文の格調はそのままに口語体に変えてありました。
フランク「ヴァイオリン・ソナタ」
サティ「グノシエンヌ第1番」(ピアノソロ)
J.S.バッハ「ゴールドベルク変奏曲より アリア」
J.S.バッハ「ヴァイオリン・ソナタ第4番より 第1楽章」
エルガー「朝の歌」
ヘンデル「私を泣かせてください」
が効果的に朗読の合間に演奏され、音楽と朗読が一体となって一つの物語「外科室」を紡いでいました
さすがにコンサート中は、写真を撮るのをはばかれたのですが、2枚だけ撮影させていただきました。
実は好奇心の故に、然れども予は予が画師(えし)たるを利器として、兎も角も口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰を強(し)いて、某(それ)の日東京府下の一(ある)病院に於て、渠(かれ)が刀(とう)を下すべき、貴船伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを余儀なくしたり。
(略)
「そんなに強いるなら仕方がない。私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤(ねむりぐすり)は譫言(うわごと)を謂(い)うと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快(なお)らんでもいい、よして下さい。」
(略)
「刀を取る先生は、高峰様だろうね!」
(略)
謂う時疾(はや)く其(その)手はすでに病者の胸を掻(かき)開けたり。夫人は両手を肩に組みて身動きだもせず。
恁(かか)りし時医学士は、誓ふがごとく、深重厳粛なる音調もて、
「夫人、責任を負つて手術します。」
時に高峰の風采は一種神聖にして犯すべからざる異様のものにてありしなり。
「何(ど)うぞ。」と一言答(いら)へたる、夫人が蒼白なる両の頬に刷(は)けるが如き紅を潮しつ。ぢつと高峰を見詰めたるまま、胸に臨める鋭刀(ナイフ)にも眼(まなこ)を塞さがむとはなさざりき。(略)
「あ。」と深刻なる声を絞りて、二十日以来寝返りさへも得せずと聞きたる、夫人は俄然器械の如く、その半身を跳(はね)起きつつ、刀取れる高峰が右手(めて)の腕(かいな)に両手を確(しか)と取縋(とりすが)りぬ。
「痛みますか。」
「否(いいえ)、貴下(あなた)だから、貴下だから。」
恁(かく)言懸けて伯爵夫人は、がつくりと仰向きつつ、凄冷(せいれい)極まりなき最後の眼に、国手(こくしゅ)をぢつと瞻(みまも)りて、
「でも、貴下は、貴下は、私を知りますまい!」
謂う時晩(おそ)し、高峰が手にせる刀(メス)に片手を添へて、乳(ち)の下深く掻切(かきき)りぬ。医学士は真蒼(まつさお)になりて戦(おのの)きつつ、
「忘れません。」
其(その)声、其呼吸(いき)、其姿、其声、其呼吸、其姿。伯爵夫人は嬉しげに、いとあどけなき微笑(えみ)を含みて高峰の手より手をはなし、ばつたり、枕に伏すとぞ見えし、脣(くちびる)の色変わりたり。
其(その)時の二人が状(さま)、恰(あたか)も二人の身辺には、天なく、地なく、社会なく、全く人なきが如くなりし。
数うれば、はや九年前なり。高峰が其頃はまだ医科大学に学生なりし砌(みぎり)なりき。一日(あるひ)予は渠とともに、小石川なる植物園に散策しつ。
(略)
中なる三人の婦人等(おんなたち)は、一様に深張(ふかばり)の涼傘(ひがさ)を指翳(さしかざ)して、裾捌(すそさばき)の音最(いと)冴(さや)かに、するすると練来(ねりきた)れる、ト行違(ゆきちが)ひざま高峰は、思わず後を見返りたり。
「見たか。」
高峰は頷(うなず)きぬ。「むむ。」
恁(かく)て丘に上りて躑躅を見たり。躑躅は美なりしなり。されど唯赤かりしのみ。
(略)
「高峰、ちつと歩かうか。」(略)高峰はさも感じたる面色(おももち)にて、
「ああ、真の美の人を動かすことあの通りさ、君はお手のものだ、勉強し給へ。」
予は画師たるが故に動かされぬ。行くこと数百歩、彼の樟(くす)の大樹の鬱蓊(うつおう)たる木(こ)の下蔭(したかげ)の、稍(やや)薄暗きあたりを行く藤色の衣(きぬ)の端を遠くよりちらとぞ見たる。
(略)
其後九年を経て病院の彼のことありしまで、高峰は彼の婦人のことにつきて、予にすら一言をも語らざりしかど、年齢に於ても、地位に於ても、高峰は室あらざるべからざる身なるにも関らず、家を納むる夫人なく、然も渠は学生たりし時代より品行一層謹厳にてありしなり。予は多くを謂わざるべし。
青山の墓地と、谷中の墓地と所こそは変りたれ、同一(おなじ)日に前後して相逝(ゆ)けり。
語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。
【初出:明治28年6月『文芸倶楽部 第六編』】
文語体ですが、短編で、内容が凝縮されていて、読みやすいと思いますので、ぜひ読んでみて下さい。
といいつつ、ついついかなりの分量を引用してしまいました。
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