「大岡昇平と中原中也」を観に行きましたB @ 中原中也記念館
[2018年08月22日(Wed)]
【前回の続き】
今回の展示物70点のうち3分2は、大岡家より県立神奈川文学館へ寄贈された資料です
また、今回の展示は、県立神奈川近代文学館で寄贈時のお披露目として展示(特別展「大岡昇平展」1996(平成8)年10月19日〜11月24日)されて以来2度目の展示で、大岡ファンには見逃せません
レプリカや展示替もほとんどないのも特長です
草稿「昭和三年の中原中也」は初公開で、中原中也記念館の学芸員の方が総力で翻刻されていて、本展の目玉となっています
大岡の字は小さく薄く、クセ字で、とても大変な作業であったことが推測できます。
見慣れているからかもしれんが、中也の字のなんと読みやすいことでしょう。
「展示2 大岡と中也のけんか交遊録」は、あくまでも、大岡の視点に絞られており、過去の展示から感じていた中也と大岡はけんかばかりしていたというのとは少し違った印象を受けました。
中也の大岡に対する不満が端的に表現されているのが、「昇平に」という副題が添えられた「玩具の賦」という詩です。
玩具の賦
昇平に
どうともなれだ
俺には何がどうでも構はない
どうせスキだらけぢやないか
スキの方を減[へら]さうなんてチヤンチヤラ可笑[をか]しい
俺はスキの方なぞ減らさうとは思はぬ
スキでない所をいつそ放りつぱなしにしてゐる
それで何がわるからう
俺にはおもちやが要るんだ
おもちやで遊ばなくちやならないんだ
利得と幸福とは大体は混(まざ)る
だが究極では混(まざ)りはしない
俺は混(まざ)らないとこばつかり感じてゐなけあならなくなつてるんだ
月給が増(ふ)えるからといつておもちやが投げ出したくはないんだ
俺にはおもちやがよく分つてるんだ
おもちやのつまらないとこも
おもちやがつまらなくもそれを弄[もてあそ]べることはつまらなくはないことも
俺にはおもちやが投げ出せないんだ
こつそり弄べもしないんだ
つまり余技ではないんだ
おれはおもちやで遊ぶぞ
おまへは月給で遊び給へだ
おもちやで俺が遊んでゐる時
あのおもちやは俺の月給の何分の一の値段だなぞと云ふはよいが
それでおれがおもちやで遊ぶことの値段まで決まつたつもりでゐるのは
滑稽[こつけい]だぞ
俺はおもちやで遊ぶぞ
一生懸命おもちやで遊ぶぞ
贅沢[ぜいたく]なぞとは云ひめさるなよ
おれ程おまへもおもちやが見えたら
おまへもおもちやで遊ぶに決つてゐるのだから
文句なぞを云ふなよ
それどころか
おまへはおもちやを知つてないから
おもちやでないことも分りはしない
おもちやでないことをただそらんじて
それで月給の種なんぞにしてやがるんだ
それゆゑもしも此の俺がおもちやも買へなくなつた時には
写字器械奴(め)!
云はずと知れたこと乍[なが]ら
らおまへが月給を取ることが贅沢だと云つてやるぞ
行つたり来たりしか出来ないくせに
行つても行つてもまだ行かうおもちや遊びに
何とか云へるがものはないぞ
おもちやが面白くもないくせに
おもちやを商ふことしか出来ないくせに
おもちやを面白い心があるから成立つてゐるくせに
おもちやで遊んでゐらあとは何事だ
おもちやで遊べることだけが美徳であるぞ
おもちやで遊べたら遊んでみてくれ
おまへに遊べる筈はないのだ
おまへにはおもちやがどんなに見えるか
おもちやとしか見えないだらう
俺にはあのおもちやこのおもちやと、おもちやおもちやで面白いんぞ
おれはおもちや以外のことは考へてみたこともないぞ
おれはおもちやが面白かつたんだ
しかしそれかと云つておまへにはおもちや以外の何か面白いことといふのがあるのか
ありさうな顔はしとらんぞ
あると思ふのはそれや間違ひだ
北叟笑(にやあツ)とするのと面白いのとは違ふんぞ
ではおもちやを面白くしてくれなんぞと云ふんだろう
面白くなれあ儲かるんだといふんでな
では、ああ、それでは
やつぱり面白くはならない写字器械奴(め)!
――こんどは此のおもちやの此処ンところをかう改良(なほ)して来い!
トツトといつて云つたやうにして来い!
(一九三四・二)
【続きはまた…】
今回の展示物70点のうち3分2は、大岡家より県立神奈川文学館へ寄贈された資料です
また、今回の展示は、県立神奈川近代文学館で寄贈時のお披露目として展示(特別展「大岡昇平展」1996(平成8)年10月19日〜11月24日)されて以来2度目の展示で、大岡ファンには見逃せません
レプリカや展示替もほとんどないのも特長です
草稿「昭和三年の中原中也」は初公開で、中原中也記念館の学芸員の方が総力で翻刻されていて、本展の目玉となっています
大岡の字は小さく薄く、クセ字で、とても大変な作業であったことが推測できます。
見慣れているからかもしれんが、中也の字のなんと読みやすいことでしょう。
「展示2 大岡と中也のけんか交遊録」は、あくまでも、大岡の視点に絞られており、過去の展示から感じていた中也と大岡はけんかばかりしていたというのとは少し違った印象を受けました。
中也の大岡に対する不満が端的に表現されているのが、「昇平に」という副題が添えられた「玩具の賦」という詩です。
玩具の賦
昇平に
どうともなれだ
俺には何がどうでも構はない
どうせスキだらけぢやないか
スキの方を減[へら]さうなんてチヤンチヤラ可笑[をか]しい
俺はスキの方なぞ減らさうとは思はぬ
スキでない所をいつそ放りつぱなしにしてゐる
それで何がわるからう
俺にはおもちやが要るんだ
おもちやで遊ばなくちやならないんだ
利得と幸福とは大体は混(まざ)る
だが究極では混(まざ)りはしない
俺は混(まざ)らないとこばつかり感じてゐなけあならなくなつてるんだ
月給が増(ふ)えるからといつておもちやが投げ出したくはないんだ
俺にはおもちやがよく分つてるんだ
おもちやのつまらないとこも
おもちやがつまらなくもそれを弄[もてあそ]べることはつまらなくはないことも
俺にはおもちやが投げ出せないんだ
こつそり弄べもしないんだ
つまり余技ではないんだ
おれはおもちやで遊ぶぞ
おまへは月給で遊び給へだ
おもちやで俺が遊んでゐる時
あのおもちやは俺の月給の何分の一の値段だなぞと云ふはよいが
それでおれがおもちやで遊ぶことの値段まで決まつたつもりでゐるのは
滑稽[こつけい]だぞ
俺はおもちやで遊ぶぞ
一生懸命おもちやで遊ぶぞ
贅沢[ぜいたく]なぞとは云ひめさるなよ
おれ程おまへもおもちやが見えたら
おまへもおもちやで遊ぶに決つてゐるのだから
文句なぞを云ふなよ
それどころか
おまへはおもちやを知つてないから
おもちやでないことも分りはしない
おもちやでないことをただそらんじて
それで月給の種なんぞにしてやがるんだ
それゆゑもしも此の俺がおもちやも買へなくなつた時には
写字器械奴(め)!
云はずと知れたこと乍[なが]ら
らおまへが月給を取ることが贅沢だと云つてやるぞ
行つたり来たりしか出来ないくせに
行つても行つてもまだ行かうおもちや遊びに
何とか云へるがものはないぞ
おもちやが面白くもないくせに
おもちやを商ふことしか出来ないくせに
おもちやを面白い心があるから成立つてゐるくせに
おもちやで遊んでゐらあとは何事だ
おもちやで遊べることだけが美徳であるぞ
おもちやで遊べたら遊んでみてくれ
おまへに遊べる筈はないのだ
おまへにはおもちやがどんなに見えるか
おもちやとしか見えないだらう
俺にはあのおもちやこのおもちやと、おもちやおもちやで面白いんぞ
おれはおもちや以外のことは考へてみたこともないぞ
おれはおもちやが面白かつたんだ
しかしそれかと云つておまへにはおもちや以外の何か面白いことといふのがあるのか
ありさうな顔はしとらんぞ
あると思ふのはそれや間違ひだ
北叟笑(にやあツ)とするのと面白いのとは違ふんぞ
ではおもちやを面白くしてくれなんぞと云ふんだろう
面白くなれあ儲かるんだといふんでな
では、ああ、それでは
やつぱり面白くはならない写字器械奴(め)!
――こんどは此のおもちやの此処ンところをかう改良(なほ)して来い!
トツトといつて云つたやうにして来い!
(一九三四・二)
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