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こどもと本ジョイントネット21・山口


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「朗読会」&「ミニライブ GOMESS」 @ 中原中也生誕祭2023 「空の下の朗読会」 [2023年05月06日(Sat)]
4月29日(土・祝)は、中原中也の116回目の生誕日ぴかぴか(新しい)

中原中也生誕を祝って、「中原中也生誕祭「空の下の朗読会」」が、ホテルニュータナカ 2F 平安の間で開催されましたぴかぴか(新しい)

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あいにくの雨雨 それもどしゃぶりで、昨年に続き、中原中也記念館前庭で開催されず、「屋根の下の朗読会」となりました。
この数年「空の下の朗読会」は雨が続いている気がしますもうやだ〜(悲しい顔)

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第一部「朗読会」では、詩の朗読を好んだ中也にならい、 応募された皆さんが3分間の制限時間のなかで愛読の本や詩を朗読されました。
福島からも来山されて朗読してくださいました。

中原中也賞を受賞された青柳菜摘さんは、「蝉」(中原中也)

蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかになんにもない!
うつらうつらと僕はする
……風もある……
松林を透いて空が見える
うつらうつらと僕はする。

『いいや、さうぢやない、さうぢやない!』と彼が云ふ
『ちがつてゐるよ』と僕がいふ
『いいや、いいや!』と彼が云ふ
『ちがつてゐるよ』と僕が云ふ
と、目が覚める、と、彼はとつくに死んだ奴(やつ)なんだ
それから彼の永眠してゐる、墓場のことなぞ目に浮ぶ……

それは中国のとある田舎の、水無河原(みづなしがはら)といふ
雨の日のほか水のない
伝説付の川のほとり、
藪蔭の砂土[しゃど・さど]帯の小さな墓場、
――そこにも蝉は鳴いてゐるだろ
チラチラ夕陽も射してゐるだろ……

蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!
僕の怠惰? 僕は『怠惰』か?
僕は僕を何とも思はぬ!
蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!

(一九三三・八・一四)



と第28回中原中也賞受賞詩集『そだつのをやめる』から「セミ」を朗読されました。

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▲『そだつのをやめる』(thoasa 2022)

https://youtu.be/YsTtak8CmGY


『キーウの月』

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▲『キーウの月』
(ジャンニ・ロダーリ/作 ベアトリーチェ・アレマーニャ/絵 内田洋子/訳 講談社 2022.8)



「鯨法会」(金子みすゞ)

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▲『金子みすゞ 空のかあさま』 (石井昭/影絵 テレビ山口/編 新日本教育図書 1997.2.1)

鯨法会は春のくれ、
海に飛魚採れるころ。

浜のお寺で鳴る鐘が、
ゆれて水面をわたるとき、

村の漁師が羽織着て、
浜のお寺へいそぐとき、

沖で鯨の子がひとり、
その鳴る鐘をききながら、

死んだ父さま、母さまを、
こいし、こいしと泣いてます。

海のおもてを、鐘の音は、
海のどこまで、ひびくやら。



併せて「サンデー山口」No38「中原中也 詩の栞」(2022.5.21)に掲載の
「また来ん春……」

また来ん春と人は云ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るぢやない

おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せても猫(にやあ)といひ
鳥を見せても猫(にやあ)だつた

最後に見せた鹿だけは
角によつぽど惹かれてか
何とも云はず 眺めてた

ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……



と中原中也記念館の中原豊館長による解説を朗読されました。

https://nordot.app/900230042827456512


「春宵感懐」 (中原中也)

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▲『出会い? 発見?! 感動!! 中也読本』(中原中也記念館/編 中原中也記念館 2015.10)

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。


なんだか、深い、溜息が、
 なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、掴めない。
 誰にも、それは、語れない。


誰にも、それは、語れない
 ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢやないですか、
 けれども、それは、示(あ)かせない……


かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合せれば
につこり笑ふといふほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ


雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。



と『中也読本』の解説も読まれました。
すぐ後に同じ「春宵感懐」を他の方も朗読され、読み手による違いが堪能できました。


「頑是ない歌」(中原中也)

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▲『中原中也 汚れっちまった悲しみに……』
(中原中也/詩 石井昭/影絵 福田百合子/監修 新日本教育図書 1998.8)


思へば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気(ゆげ)は今いづこ

雲の間に月はゐて
それな汽笛を耳にすると
竦然(しようぜん)として身をすくめ
月はその時空にゐた

それから何年経つたことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひかなしくなつてゐた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど

生きてゆくのであらうけど
遠く経て来た日や夜(よる)の
あんまりこんなにこひしゆては
なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り
結局我(が)ン張る僕の性質(さが)
と思へばなんだか我ながら
いたはしいよなものですよ

考へてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやつてはゆくのでせう

考へてみれば簡単だ
畢竟(ひつきやう)意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさへすればよいのだと

思ふけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いづこ



その他にも、山口を第二の故郷だと言われる東聡海さんや英訳詩も一緒に詠まれた藤山照夫さんなど、懐かしい方々の朗読を聴くことができました。

山口の朗読屋さんの皆さんをカメラ

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第二部 「ミニライブ GOMESS」

ラッパーのGOMESSさんは、青柳菜摘さんによる「蝉」「セミ」の朗読に触発されて、急遽セットリストを変更して、自作の「蝉」という同じタイトルの詩を、楽曲なし声だけで朗読されました。

https://youtu.be/Z8yzRoofVjQ


また、もちろん中也の「盲目の秋」を原作にしたGOMESSさんのオリジナル曲「盲目の秋」を披露してくださいました。

 I
風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限の前に腕を振る。

その間(かん)、小さな紅(くれなゐ)の花が見えはするが、
  それもやがては潰れてしまふ。

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまへに腕を振る。

もう永遠に帰らないことを思つて
  酷白(こくはく)な嘆息するのも幾たびであらう……

私の青春はもはや堅い血管となり、
  その中を曼珠沙華(ひがんばな)と夕陽とがゆきすぎる。

それはしづかで、きらびやかで、なみなみと湛(たた)へ、
  去りゆく女が最後にくれる笑(ゑま)ひのやうに、

  
厳(おごそ)かで、ゆたかで、それでゐて佗(わび)しく
  異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

      あゝ、胸に残る……

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまへに腕を振る。

 II
これがどうならうと、あれがどうならうと、
そんなことはどうでもいいのだ。

これがどういふことであらうと、それがどういふことであらうと、
そんなことはなほさらどうだつていいのだ。

人には自恃(じじ)があればよい!
その余はすべてなるまゝだ……

自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、
ただそれだけが人の行ひを罪としない。

平気で、陽気で、藁束(わらたば)のやうにしむみりと、
朝霧を煮釜に填(つ)めて、跳起きられればよい!

   
 III
私の聖母(サンタ・マリヤ)!
  とにかく私は血を吐いた! ……
おまへが情けをうけてくれないので、
  とにかく私はまゐつてしまつた……

それといふのも私が素直でなかつたからでもあるが、
  それといふのも私に意気地がなかつたからでもあるが、
私がおまへを愛することがごく自然だつたので、
  おまへもわたしを愛してゐたのだが……

おゝ! 私の聖母(サンタ・マリヤ)!
  いまさらどうしやうもないことではあるが、
せめてこれだけ知るがいい――

ごく自然に、だが自然に愛せるといふことは、
  そんなにたびたびあることでなく、
そしてこのことを知ることが、さう誰にでも許されてはゐないのだ。

 IIII
せめて死の時には、
あの女が私の上に胸を披(ひら)いてくれるでせうか。
  その時は白粧(おしろい)をつけてゐてはいや、
  その時は白粧をつけてゐてはいや。

ただ静かにその胸を披いて、
私の眼に輻射してゐて下さい。
  何にも考へてくれてはいや、
  たとへ私のために考へてくれるのでもいや。

ただはららかにはららかに涙を含み、
あたたかく息づいてゐて下さい。
――もしも涙がながれてきたら、

いきなり私の上にうつ俯して、
それで私を殺してしまつてもいい。
すれば私は心地よく、うねうねの暝土(よみぢ)の径を昇りゆく。


https://youtu.be/Gmvs2mxs4mU


言葉のシャワーをたっぷり浴びた2時間でした。

どしゃぶりの雨雨の中、お茶の誘惑を振り切って、中原中也賞贈呈式の会場へ急ぎます。
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