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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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第43回やまぐち朗読Cafe 〜朗読と蓄音器ジャズの夕べ〜 A 第2部 自由朗読 [2022年12月30日(Fri)]
前回の続き

第2部 自由朗読

1、原明子さん
高村光太郎「冬が来た」(詩集『道程』より)

  冬が来た

きつぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹(いてふ)の木も箒(ほうき)になった

きりきりともみ込むような冬が来た
人にいやがられる冬
草木に背そむかれ、虫類に逃げられる冬が来た

冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食(ゑじき)だ

しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のやうな冬が来た


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2、山口智子
更科源蔵「蒼鷺」(第二詩集『凍原の歌』より)
「七戸の自由民」『北海道・草原(くさはら)の歴史』(佐藤忠良/装画・カット 新潮社 1975)より)

『凍原の歌』は、戦争中の1943年10月にフタバ書院成光館から出ました。1934年、文圃堂から出た中原中也の第一詩集『山羊の歌』と同じく、装幀は高村光太郎です。
さすがに実物は見たことがない、と言うと、 中原中也記念館の中原豊先生が持っていらっしゃるそうで、機会があったら見せてくださるとのこと🥳 ラッキーわーい(嬉しい顔)揺れるハート

IMG_E6902.JPG 凍原の歌.jpg

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ところで、詩に

耳毛かすかに震へ

胸毛を震はす絶望の季節か

とありますが、ここにある「耳毛」は側頭から後頭部に長く伸びる黒い「冠羽」、「胸毛」は首下部から胸の下に長く伸びる白い「飾り羽」のことと思われます。

なお、『北海道・草原の歴史』に、

これを読むと蒼鷺は留鳥のように書いているが、実は渡り鳥である。

とありますが、確かにアオサギは北海道では夏鳥ですが、山口県では留鳥です。

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(2022.12.10 山口県立美術館で撮影)

さて、「蒼鷺」には曲が付けられています。
一つは、伊福部昭作曲でソプラノのための歌曲(伴奏はピアノ、オーボエ、コントラバス)、もう一つは、長谷部匡俊作曲の合唱曲(混声四部)です。

後者では、

蝦夷榛に冬の陽があたる

出だしの「蝦夷榛」を「エゾハンノキ」ではなく「エゾハル」と唱い、また、

凍れる川の(そこ)流れの音か

の部分が、

凍れる川の底流(ていりゅう)の音か

と変えられていてちょっと残念ちっ(怒った顔)



3、M・Tさん
北原白秋「クリスマスの晩」

  クリスマスの晩

雪の教会、クリスマス
なんときれいなあのあかり
   なかでおいのりきこえます
   今夜オルガン弾いてます。

雪の教会、クリスマス
ここは街角、ふきさらし
   僕はこごえて佇[た]つてます
   なにかしんしんしてきます。

雪の教会、クリスマス
星も出ました、あの屋根に
   はいつてみよか、どうしよか
   僕は無いんだ 母さんが。

雪の教会、クリスマス
あゝら、誰だか出てきます
   マリヤさまではないかしら
   かわいい赤さん抱いてます。

         
『子供之友』(婦人之友社)1933(昭和8)年に掲載された深澤紅子の「クリスマスの晩」の画に添えられた詩です。
雪の積もった街。赤い帽子をかぶった少年が、柵の外から教会を見ています。明りのともった教会。教会の扉の向こうに黒いシルエットの聖母マリア像が見える……そんな絵です。


8月11日(木・祝)、秋吉台国際芸術村のラルゴで「チャイコフスキー「四季」に寄せて 十二の詩の朗読」が開催されました。その際「12月 クリスマス」で朗読されたそうです。チョイスされたのは中原豊 中原中也記念館館長です。



4、M・Aさん
小川たまか「自分と向き合い掘り出した言葉」
伊藤詩織『裸で泳ぐ』(岩波書店 2022.10)書評
(『赤旗』文化面 2022年12月18日掲載)
https://blog.goo.ne.jp/uo4/e/c0a60ae734721c4d7d7c4d24be5f4232

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5、H・Mさん
自作ショートストーリー「砂糖菓子」



6、N・Mさん 
「一匹の馬」
『原民喜のガリバー旅行記』(晶文社 1977.12)より)

  一匹の馬

 五年前のことである
 私は八月六日と七日の二日、土の上に横たわり空をながめながら寝た、六日は河の堤のクボ地で、七日は東照宮の石垣の横で――、はじめの晩は、とにかく疲れないようにとおもって絶対安静の気持でいた、夜あけになると冷え冷えして空が明るくなってくるのに、かすかなのぞみがあるような気もした、しかし二日目の晩は、土の上にじかに横たわっているとさすがにもう足腰が痛くてやりきれなかった。いつまでこのような状態がつづくのかわからないだけに憂ウツであった、だが周囲の悲惨な人々にくらべると、私はまだ幸福な方かもしれなかった、私はほとんど傷も受けなかったし、ピンと立って歩くことができたのだ
 八日の朝があけると私は東練兵場を横切って広島駅をめざして歩いて行った、朝日がキラキラ輝いていた、見渡すかぎり、何とも異様なながめであった
 駅の地点にたどりつくと、焼けた建物の脇で、水兵の一隊がシヤベルを振り回して、破片のとりかたずけをしていた、非常に敏ショウで発ラツたる動作なのだ、ザザザザと破片をすくう音が私の耳にのこった、そこから少し離れた路上にテーブルが一つぽつんと置いてある、それが広島駅の事務所らしかった、私はその受付に行って汽車がいま開通しているものかどうか尋ねてみた
 それから私は東照宮の方へ引かえしたのだが、ふと練兵場の柳の木のあたりに、一匹の馬がぼんやりたたずんでいる姿が目にうつった、これはクラもなにもしていない裸馬だった、見たところ、馬は別に負傷もしていないようだが、実にショウ然として首を低く下にさげている、何ごとかを驚き嘆いているような不思議な姿なのだ
 私は東照宮の境内に引かえすと石垣の横の日陰に横臥していた、昼ごろ罹災証明がもらえることになったので、私はまた焼津の方へ向う道路を歩いて行った、道ばたの焼残った樹木の幹を背に、東警察署の巡査が一人、小さな机をかまえていた
 罹災証明がもらえて戻ってくると今度はまもなく三原市から救援のトラックがやって来た
 私は大きなニギリ飯を二つてのひらに受けとって、石垣の日陰にもどった、ひもじかったので何気なく私は食べはじめた、しかしふとお前はいまここで平気で飯を食べておられるのか、という意識がなぜか切なく私の頭の片隅にひらめいた、と、それがいけなかった、たちまち私は「オウト」を感じてノドの奥がぎくりと揺らいできた


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米文学者 柴田元幸さんの翻訳の『ガリバー旅行記』(ジョナサン・スウィフト/原作 朝日新聞出版 2022.10)が書籍化されたことから、大好きな「馬」つながりで、原民喜訳の本著を図書館で借りてきて朗読されたそうです。

ガリバー旅行記.jpg

原民喜訳『ガリバー旅行記』は、青空文庫で全文を読むことができます。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000912/files/4673_9768.html
「一匹の馬」だけも読むことができます。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000293/files/4780_6649.html

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随筆「一匹の馬」は、書き出しに「五年前」とあることから、1950(昭和25)年に書かれたと推測できますが、初出未詳の作品で、民喜没後14年に出版された『原民喜全集』(全二巻)(芳賀書店 1965(昭和40).8)に収録されました。

『ガリバー旅行記』は、主婦之友社より『少年少女名作家庭文庫』の一冊として1951(昭和26)年6月に出版されました。死の3ヶ月後のことで、民喜は出版された本を手にすることはありませんでした。
遺された遺書の一つに、

ガリバーの本が出たら 別記の人々に送って頂きたいので お願ひ致します

とあります。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000293/files/4788_7030.html

広島市立図書館のWEB広島文学資料室「原民喜の世界」の画像ギャラリー「手書きで味わう原民喜の世界」で、民喜の自筆原稿で『ガリバー旅行記』を読むことができます。
https://www.library.city.hiroshima.jp/haratamiki/07gallery/gallery01.html#01



7、K・Kさん
『種田山頭火 うしろすがたのしぐれてゆくか』(種田山頭火/句 石寒太/文 石井昭/影絵 新日本教育図書 1999.4)より

あの雲がおとした雨にぬれてゐる

山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬      
あしたもよろし
ゆふべもよろし


越えてゆく 山また山は 冬の山

うしろすがたのしぐれてゆくか

種田山頭火 うしろすがたしぐれてゆくか.jpg



8、S・Rさん
「月とうさぎ」
(朝日新聞「天声人語」令和4年12月14日)

 新しい手帳やカレンダーが店に並び、年末の到来を告げている。残り2週間余りで、さて、どうやって仕事を片付け、部屋のほこりを払い、新年の支度をしようか。暦とにらめっこが続く。
 カレンダーの語源にはお月さまが関係していると『暦と占い』(永田久著)に教わった。古代の人は、細い月が昇るのを1カ月の始まりとした…
(略)

来年7歳のウサギになるというSさんはスケジュール管理を2年前からスマホでされているそうですexclamation×2



9、T・Hさん
室生犀星「あにいもうと」

T・Hさんの室生犀星「あにいもうと」の朗読は今回が3回目、最終回でした。

『日本近代短篇小説選 昭和篇1』(岩波文庫)
(紅野敏郎・紅野謙介・千葉俊二・宗像和重・山田俊治/編 岩波書店 2012.8)
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10、O・Yさん
中原中也「雪が降つてゐる……」 (未刊行誌篇より)

  雪が降つてゐる…
    
雪が降つてゐる、
  とほくを。
雪が降つてゐる、
  とほくを。
捨てられた羊かなんぞのように
  とほくを、
雪が降つてゐる、
  とほくを。
たかい空から、
  とほくを、
とほくを
  とほくを、
お寺の屋根にも、
  それから、
お寺の森にも、
  それから、
たえまもなしに。
  空から、
雪が降つてゐる
  それから、
兵営にゆく道にも、
  それから、
日が暮れかゝる、
  それから、
喇叭がきこえる。
  それから、
雪が降つてゐる、
  なほも。
     (一九二九・二・一八)




11、F・Kさん
新川和江「わたしを束ねないで」

『わたしを束ねないで』(新川和江/詩 童話屋 1997.9)
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12、中原豊さん
和田健「初冬」「父病む」

山口ひとものがたりセミナー「雑誌『詩園』の軌跡 ー 中原中也・種田山頭火とやまぐちの若き詩人たち ー 」の第1回目「雑誌『詩園』とその時代」で講師を務められ、この作品を紹介されたそうです。

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