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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

子どもと本をむすぶ活動をしています


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ロベルト・ピビリ X 児嶋文憲による現代アート展「ぽっぷ 阿吽展」 in 洞春寺 [2022年03月22日(Tue)]
洞春寺ロベルト・ピビリ X 児嶋文憲による現代アート展「ぽっぷ 阿吽展」を観に行きましたぴかぴか(新しい)

ポップな立看です。

IMG_E3395.JPG

鐘楼門には、「春萌」の暖簾が懸かっていました。

IMG_E3417.JPG

作品が展示してある書院に行ってみました。

かわいいロベルト・ピビリ 『夢』かわいい

IMG_E3399.JPG 
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かわいい児嶋文憲 『古呂那三尊』かわいい

IMG_E3400.JPG 
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たっぷり鑑賞した後は、本堂へ。

本堂の釘隠しには沢瀉紋が使用されています。
毛利家では、毛利元就が沢瀉に蜻蛉が止まったのを目にし「勝ち草に勝ち虫、勝利は疑いなし」と全軍に号令し合戦に大勝利したことにちなみ、沢瀉紋を使い始めたと伝えられます。

IMG_E3412.JPG


もともとこの洞春寺のあったところには、大内盛見(1377(天授3/永和3)〜1431(永享3))の開基による国清寺がありました。その後、常栄寺、藩武器庫と変遷し、1871(明治4)年に再び洞春寺が萩から現在地に移ってきました。


本堂から重要文化財の観音堂を臨みます。
現在「洞春寺観音堂」と呼ばれるこの建物は1430(永享2)年に大内持盛(1394(明徳5)〜1433(永享5))の開基、竜岡玄珠(りゅうこうげんじゅ)の開山で創建された滝の観音寺の本堂(仏殿)として今の山口市滝町に建てられたものです。観音寺は後に勝音寺と改まり、さらに江戸時代に大通院となりましたが、幕末には衰退して本堂一宇だけが辛うじて残っていました。その後荒廃が甚だしくなったので、1915(大正4)年に現在地に移築されました。

IMG_E3414.JPG

2月9日放送のNHK・BSプレミアム「英雄たちの選択」で紹介された木造大内義弘坐像が安置されています。

桧材の寄木造で、高さは71.6cm。円頂(えんちょう)で玉眼の眼を大きく見開いています。法衣を着、袈裟をかけ、膝の上で両手を重ねて左右の親指を合わせた禅定印を結んでいます。
現在の香山公園にあった、義弘の開基で石屏子介(しっぺいすかい)の開山の香積寺に安置されていましたが、1604(慶長9)年毛利輝元による香積寺解体・萩移転に伴い、一時五重塔内に安置され、香積寺の管理に当っていた洞春寺に移されました。

ということで、観音堂内部には、塑造竜岡玄珠禅師坐像@、木造石屏子介禅師坐像A、木造大内義弘坐像【香積寺開基大内義弘像】B、木造大内持盛坐像【観音寺開基大内持盛像】C、木造大内盛見坐像【国清寺開基大内盛見坐像】Dが安置されています。

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山羊は、香山公園への近道の階段辺りで、元気に草を食べていました。

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