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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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馬頭観音@ [2020年07月08日(Wed)]
亀山の「井戸端で説教するフランシスコ・サビエル像」の近くに馬頭観音がありますぴかぴか(新しい)
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55cmの光背型浮彫立像です。
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頭上にある馬像で、馬頭観音だということがすぐ分かります。
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一面二臂で、蓮華のつぼみを持っています。
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台座には文字が書かれていますが「明治」しか読めません。
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御堀橋の袂でも馬頭観音の石仏を見かけましたぴかぴか(新しい)
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53cmの光背型浮彫坐像で、
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写真では分かりにくいのですが、頭上に馬像を載せた一面二臂です。
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 明治八乙(1875年)十一月十日
馬像
 御堀村


と記してあります。


大橋町の吉敷川河畔にも、60cmの光背型浮彫立像の馬頭観音がありますぴかぴか(新しい)
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頭上に馬像が彫られていると思いますが、鮮明ではありません。
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一面二臂です。
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右に何か記されています(馬頭?)が、読めません。
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中尾の凌雲寺跡への道にある98cmの変形光背型浮彫立像は、馬頭一面二臂の馬頭観音ですぴかぴか(新しい)
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明治十年七月吉日
  立願中


と彫られており、明治10(1877)年頃にコレラが大流行し、牛馬も死亡したことものが多いようで、その供養塔として建てられたものと推測されるそうです。



方便林道入口にある64pの光背型浮彫坐像は、馬頭三面六臂の馬頭観音ですぴかぴか(新しい)
地蔵峠を越えて旭村へ往来した者が安全を祈願したものと考えられるそうです。
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天保十巳亥年(1839年)

と彫られています。


馬庭の大岩の大岩口橋近くにある41pの光背型浮彫立像は、
地蔵のように見えますが、馬頭観音ですぴかぴか(新しい)
馬の災害を痛んで此処に建てられ、馬頭観音として信仰されてきたそうです。
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岩富の岩富公会堂横には、いろいろな神や仏が集められておりそこに、49cmの光背型浮彫立像がありますが、一面二臂の馬頭観音ですぴかぴか(新しい)
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文政五(1822年)
         午三月日


と彫られています。


「自動車や自転車がなかった時代、馬とともに生活する当時の人々が、馬の無病息災や道中の安全祈願、死んでしまった馬の冥福を祈るため、馬の頭を頂いた石仏の馬頭観音をお祀りしていました。」と昨年5月の「中尾の文化財さんぽ」の折り、話されていました。



参考文献:
『山口市の石仏・石塔(2)―大殿・白石・湯田―』(山口の文化を守る会/編 山口市教育委員会 2004.3)
  P173「白石の観音」No.9
『山口市の石仏・石塔(3)―大内・小鯖―』(山口の文化財を守る会/編 山口市教育委員会 2009.3)
  P66「大内の観音」No.5
『山口市の石仏・石塔(1)―平川・大歳・吉敷―』(山口の文化を守る会/編 山口市教育委員会 2002.3)
  P145,146「大歳の観音」No.1,No.4
  P225,227,228「吉敷の観音」No.1,No.9,No.12



【次回に続く】
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