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こどもと本ジョイントネット21・山口


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『ちっちゃいこえ』 @ アーサー・ビナードが下竪小路にやってくる!C [2020年08月07日(Fri)]
【前回の続き】

休憩の後の第二部は、紙芝居『ちっちゃいこえ』(アーサー・ビナード/脚本 丸木俊・丸木位里/絵 「原爆の図」より 童心社 2019.5)です。
ちっちゃいこえ.jpg

アーサーは23歳の時、池袋図書館のおはなし会で紙芝居初体験をします。
『すてきな三にんぐみ』(トミー=アンゲラー/作 いまえよしとも/訳 偕成社 1969.12)のビッグブックなどの読み聞かせがあり、
すてきな三にんぐみ.jpg

紙芝居の上演がありました。日本の昔話だったそうです。
本当はおとなの参加はできないのですが、日本人学校に通い、日本語を学んでいたアーサーは特別に参加させてもらうことができました。
アーサーは、アメリカにはなかった、観る者を巻き込む力をもつ紙芝居に夢中になりました。

紙芝居は演じ手によって異なります。
弁士による街頭紙芝居についても話されました。

「原爆の図」は、丸木位里・俊夫妻が原爆投下直後の広島に入り、目の当たりにした光景と体験者の証言を基に制作した作品で、15部にわたる大連作です。アーサーは、「原爆の図」が、観る人を傍観者から当事者へと引き込む力があると感じ、そしてそれは、紙芝居とつながる、と考えました。
そうして、2012年に「原爆の図」の紙芝居制作がスタートしました。
「原爆の図」から絵を選んで、切り取り、再構成し、16枚の場面にし、独自の物語を紡ぎます。
7年の月日を経て、2019年に出版することができました。

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取りかかって2年ぐらい経った時、童心社の酒井会長に「こんなこと誰もやったことないですからね」と言われたそうです。
紙芝居は、普通、最初に脚本があって、それに絵をつけます。既にある絵を基に後から脚本を作るという、誰もしたことがなかったことにアーサーはチャレンジしていたのです。

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アーサーは、「原子爆弾」は、原爆を落とした側あるいは遠くからキノコ雲を眺める傍観者の視点からの言葉であり、体験者の目線に立った言葉である「ピカ」「ピカドン」とは違う、と言います。

ピカの本質は何だろうと考えます。放射能被害をわかりやすく伝えるにはどうしたらいいか考えます。
そして、どんな生きものの体も細胞でできているのだから、細胞そのものを主人公にするのが一番いい、と考え着きました。
命の尊さを細胞を通して伝えることにしました。
そして、語り部としてネコをキャスティングしました。
 
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紙芝居の中で、じいちゃんが子守唄を歌います。

ぼうや ねんね ねんねしな
とうさん つよい へいたいさん
ねんね ねんね ねんねすりゃ
おみやげくれる きかんんじゅうと てつかぶと


モデルとなった子守唄「戦線子守唄」(佐伯孝夫/作詞 細田義勝/作曲 1938)を紹介してくださいました。

寝んねする子にや
御土産(おみや)あげる
鉄の兜に機関銃
坊や良い子だ寝んねしな


 
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きれいだろ? サイボウたちが あつまって ずんずん はたらいて いるんだ。
じっと みみを すませば きこえるはず。
ずんずん るんるん ずずずんずん るんるんるん 
ちっちゃい サイボウの こえ

 
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じりじり じりじり ころされる

サイボウは みえるけど げんきじゃない。
あたらしい サイボウが もう つくれないんだ。
ぼくの サイボウも じりじり やられて
からだの ちっちゃい こえは もう きえてしまった。


きみの なかの ちっちゃい こえは きこえてる?
きみの サイボウは げんきかい?
ずんずん るんるん ずずずんずん るんるんるん  
もし きこえていたら 
ずんずん るんるん
ずっと いきているんだ。

 
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原爆症の症状の一つに赤痢に似た血便があって、8月6日の夜から、市内や周辺部にちくそ(血屎)つまり赤痢が多数発生したとされていました。医学者は赤痢パンデミックが起こったと考え、患者を隔離しました。実はそれは「原爆症」で、感染症の赤痢ではありませんでした。

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「コッホの原則」Koch's Postulates 感染症の病原体を特定する四原則も教えてくださいました。
1.ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
2.その微生物を分離できること
3.分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
4.そしてその病巣部から同じ微生物が分離されること

井伏鱒二『黒い雨』にも言及されました。

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最後に、昨年のアーサーの講演会でいただいた「ちっちゃいこえ」のリーフレットからアーサーの言葉を引用します。
ADB4F50C-2FC3-4CD5-9851-C3110E7BC9F8.jpeg ちっちゃいこえ リーフレットA.jpg

ぼくの紙芝居の初体験は遅い。23歳になってからだ。来日して、近所の池袋図書館の児童書コーナーに入り浸って絵本を読んでいた。スタッフと親しくなって、ある日「おはなしたんぽぽ」という催しに参加させてもらえた。テーブルの上に木の箱が置かれ、不思議に思ったら扉が開き、舞台に変身した。昔話の世界にぼくは吸いこまれて夢中になった。
どこにでもありそうな紙芝居。でもアメリカにはなく、出合わずに育ったぼくは、無謀なことを考え始めた。「いつか作ってみたい……」
何年もたって、やっと紙芝居の創作にとりくんだときも、ぼくはまた無謀なことを考えていた。丸木俊さんと丸木位里さんが作りあげた大連作「原爆の図」をもとにして、絵を切りとってストーリーをつむいでみようと……。
「原爆の図」の前に立つと、だれでもどんどんまきこまれて、追体験することになる。丸木夫妻は遠くから眺めるのではなく、ピカにさらされた生き物に寄りそって描き出している。
美術作品としてのその力学が、まさに紙芝居と共通していると、ぼくは思った。観客たちをまきこむ装置として、「原爆の図」も、紙芝居もはたらくのだ。
それから7年間、どこにでもありそうで、どこにもない紙芝居をさがし、ピカの体験者に耳をかたむけつづけた。いのちの源であるサイボウにも耳をすまして、『ちっちゃい こえ』が形になった。さあ、これからひとりひとりの中の声と、どのようにひびき合って広がるのか。



【次回に続く】
『父さんがかえる日まで』 @ アーサー・ビナードが下竪小路にやってくる!A [2020年08月06日(Thu)]
前回の続き

第一部は、絵本『父さんがかえる日まで』(モーリス・センダック/作 アーサー・ビナード/訳 偕成社 2019.11)についてのお話です。
父がかえる日まで.jpg

研究会の方が、4人で分担して読み聞かせ。
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その後、アーサーのお話。 
“Where the Wild Things Are”(1963)(『いるいる おばけが すんでいる』(ウェザヒル翻訳委員会/訳 三島由紀夫他/監修委員 ウエザヒル出版 1966.5)、『かいじゅうたちのいるところ』(神宮輝夫/訳 冨山房 1975))、
かいじゅうたちのいるところ.jpg

“In the Night Kitchen”(1970)(『まよなかのだいどころ』(神宮輝夫/訳 冨山房 1982))
まよなかのだいどころ.jpg

の二作と並んで、“Outside Over There” (1981)は、「センダック三部作」と呼ばれる代表作です。

『まどのそとの そのまたむこう』として脇明子さんの訳で1983年4月に福音館から出版されています。
まどのそとの そのまたむこう.jpg

一言でいえば、「ゴブリンにさらわれた妹を取り戻すアイダの冒険物語」ですが、表紙の少女と赤ん坊の可愛いというよりは、ちょっと不気味な顔。ページをめくると、どんな場所なのか分からない風景、不穏な空の色、虚ろな目をした母親、顔が黒く塗られ表情の読み取れないゴブリン……。脇さんの文章は簡潔で、リズムはあるのですが、他の2作品のようには、この本の持つ不思議な雰囲気をすんなりと受け入れることができず、私のお薦め本のリストに入っていませんでした。

アーサーは新しい訳で、脇さんの訳では伝わりにくかった作品の持つ深い意味を読者に伝えようと試みます。

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1967年生まれのアーサーは、アメリカで “Outside Over There” が刊行された当時、中学生でした。

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センダックが好きだったので、繰り返し何度も読んだそうですが、本に込められた意味についてはその時はあまり意識していなかった、と言います。

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高校生になって、父が死に、病気がちの母を助けて、5歳だった妹 Emily の面倒をみなくてはならなくなりました。
エリック・カールの ”Walter the Baker” などの絵本を読んでやりました。
奇しくもこの作品を後にアーサーは、『プレッツェルのはじまり』(エリック・カール/著 アーサー・ビナード/訳 偕成社 2013.2)として翻訳することになります。
プレッチェルのはじまり.jpg

そして、絵本の一生続く面白さに気づきました。
もちろん “Outside Over There” も読みました。

ただ、高校生のアーサーには、やはり子守りが面倒な時もあり、テレビに子守りをさせた時もあったそうです。
子どもと向き合わないでテレビに子守りをさせることをアメリカでは、「エレクトリック・ベビーシッター(elctric baby‐sitter)」というとか。

80年代、テレビばかり見て、本気に向き合っていない、そんな時代にセンダックはこの物語を書きました。

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アーサーは、英語本を読んでくださいました揺れるハート

父さんがかえる日まで 1ページ.jpg

「いってらっしゃい。」
父さんは 海をわたる ふなのりです。


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母さんは じっと とおくを 見つめながら 父さんの かえりを まちます。

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いもうとは まだあかんぼうなので、
アイダが 子守りを しなければなりません。

ないている あかんぼうでも
きれいな メロディを きけば
しずかに なります。

アイダは とくいの うずまきホルンを
ふいてあげました。
ちょっと よそ見を しながら・・・・・・


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とそのときです。
だぶだぶふくの ゴブリンが
まどから しのびこんできて、
あかんぼうを さらっていきました。
かわりに おいたのは
氷で できた そっくりさん。

アイダは ちっとも 気が つきません。


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氷が溶け、妹がさらわれたことに気がついたアイダ。
 
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アイダは母さんのレインコートを着て、ホルンをポケットに入れ、妹を助けに向かうのですが、
 
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アイダは まどから そとにでるとき、うしろむきに でたのです。
ちゃんと まえを むいて でないと だれでも・・・・・・
ふわふわの うわのそらを さまようことに なってしまうのです。


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「アイダよ、うわのそらのアイダよ
 よそ見しないで くるりと むきを かえれば
 ゴブリンたちが 見つかるぞ
 とくいの ホルンを やつらに ふいてごらん!」


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「ゴブリンとは何か?」という質問を、参加者一人ひとりにアーサーは投げかけます。
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アーサーは、センダックからの当時では「新しすぎる」メッセージに気づきます。
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妹がさらわれてしまう前半には、母さんやアイダ、かたわらにいる犬までもが、みんなそれぞれ別のところを見ています。

赤んぼうの方を向かないで窓の外を見ながら、うずまきホルンを吹いているアイダ。
赤んぼうをあやすために吹いているはずなのに。
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アイダは赤んぼうと向き合っていないから、氷が溶けて初めて、妹がさらわれたことに気づきます。

物語を通してセンダックは、「互いに向き合わない」ということを問い、警鐘を鳴らしていたのでは?と考えるようになりました。

そして、絵本に込められた奥の意味が、1980年代に出版された当時よりも、現代の方がより分かりやすくなっているのでは思うようになったそうです。

生身の人間同士が直接向き合わず、スマートフォンなどを通してコミュニケーションをとるようになった現代と、重なるところがあるのでは、とアーサーは言います。
(実はアーサーは携帯電話を持っていないそうです!
 ブログに載せること快諾してくださっているけど、きっと読んでいないんでしょうね。)

「現代人は、一見つながっているように見えて、実は向き合っていないのではないか。夫婦でも親子でも、形の上では関係が成立しているが、本気で相手を思って心を込めて見つめ合うということを今、していないのではないか。」とアーサーは言います。

読者が、精緻に描き込まれた絵による幾重にも重なっている物語の世界に、奥へ奥へと入って行くことができるようにと、新しい訳文を生み出したそうです。

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帯にはこうあります。
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人と人がむきあわない今の時代に、センダックから届いた美しい手紙
あなたは、大切な人と
見つめあって歩いていけますか?



【次回に続く】
『知らなかった、ぼくらの戦争』 @ アーサー・ビナードが下竪小路にやってくる!@ [2020年08月05日(Wed)]
7月20日(月)、山口市児童館で行われたアーサー・ビナード研究会主催の「アーサー・ビナードが下竪小路にやってくる!」に参加し、スタッフとしてお手伝いしました。

私は、Nさんと書籍の担当。
密を避けるため、アーサーの控室としてお借りしていた部屋に本を並べました。
アーサーは私たちのところに、ちゃんと挨拶に来てくれました。人柄の良さが伝わります揺れるハート

事前申込みされた方とスタッフ40名が参加し、三密にならないように椅子と椅子の間をあけ、換気、消毒の徹底、マスクの着用、検温をしての実施ですひらめき

最初に、林事務局長からアーサー・ビナード研究会についてのお話。
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今日のメニューの紹介。
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アーサーの挨拶。
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2015年4月から2016年3月に放送された「文化放送・戦後70周年特別企画「アーサー・ビナード『探しています』」」のお話からです。

アーサーは、番組で、戦後70年、薄れゆく戦争の記憶を探して訪ね歩きました。
51回の放送で、47人の戦争体験を聞いたそうです。

その中から23人の証言を採録し、それぞれに小エッセイを添えて構成したのが『知らなかった、ぼくらの戦争』(アーサー・ビナード/編著 小学館 2017.3)です。
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いつまで知らないでいるつもり!?
アメリカ出身の詩人アーサー・ビナード氏(1967年生まれ)が、日本人の太平洋戦争体験者たちを訪ね歩き、戦争の実態と、個人が争いから “生き延びる知恵” を探ります。
登場する語り手は、真珠湾攻撃に参加したゼロ戦の元パイロット、「毒ガス島」で働いた元女子学徒、戦後GHQで働いた元事務員など、実にさまざま。日本人以上に日本社会に詳しいビナード氏が、自身の受けたアメリカの教育とも照らし合わせながら戦争に対する考察を深めます。日本民間放送連盟賞・2016年番組部門[ラジオ報道番組]最優秀賞を受賞した、文化放送「アーサー・ビナード『探しています』」を採録して再構成した書籍です。

小学館HP

文化放送に番組ゲストとして吉永小百合を呼んだ時のお話など、掴みはOK。

日本に対する深い知識、美しい日本語・・・・・・日本人以上に日本人らしいアーサーの話に引き込まれていきます。


【次回に続く】
紙パックコンポスト始めましたA [2020年08月04日(Tue)]
前回の続き

るんるん3日目るんるん 7月7日(火)  雨
@コーヒーかすと細かく刻んだ野菜くずを入れます。
 コーヒーかす、ナスとミズナ110gを入れました。
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A米ぬかを入れます。
 野菜とコーヒーかすの間にも入れました。
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るんるん4日目るんるん 7月8日(水) 曇り
@コーヒーかすと細かく刻んだ野菜くずを入れます。
 コーヒーかす、ミズナ30gを入れました。
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A米ぬかを入れます。
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B腐葉土をギュウギュウに詰めます。
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Cガムテープで密閉します。
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《観察日記》
4日で満杯になりました。コーヒーかすばかりのようです。
生ごみ325g入れることができました。
これで1ヶ月置いてみます。


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《観察日記》
もうすぐ1ヶ月が経ちますが、堆肥化はまだまだのようです。
白カビが目立ちます。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

続けて、腐葉土の代わりに、古土を用いてやってみましたぴかぴか(新しい)

@古土を入れます。
  ※日光で一度カラカラにさせてから湿らせた古土
A生ごみに米ぬかをまぶして入れます。
  ※細かく切って水気を切った生ごみ
B交互にいっぱいになるまで詰めます。
C一番上には古土をかぶせます。
Dぴっちりとガムテープで封をします。
E一ヶ月位そのまま室内に置きます。

るんるんるんるん1日目るんるんるんるん 7月20日(月) 曇り
生ごみ30g投入。【コーヒーかす、きゅうり】
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るんるんるんるん2日目るんるんるんるん 7月22日(水) 雨
生ごみ120g投入。【コーヒーかす、麦茶から、キュウリ、ダイコン、ミズナ、ナス】
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るんるんるんるん3日目るんるんるんるん 7月24日(金) 雨
30g投入。【コーヒーかす、トマト、ビーマン】
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《感想》
・園芸に使った古土が有効活用できるので、エコ! 費用も0円。
・古土をサンドするので、生ごみが余り入れることができない。(3日で満杯になった)
 腐葉土を使う方法では365g投入できたが、古土を使う方法では180g。
・生ごみに米ぬかをまぶすのは結構面倒。
・土を使うので家の中で作業するのは抵抗がある。


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《観察日記》
白カビが目立ちます。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

できた生ごみ堆肥を比較してみようと思います。


【次回に続く】
長門国一宮 住吉神社に行きましたC本殿 [2020年08月03日(Mon)]
前回の続き

長門一の宮・住吉神社は、福岡県の住吉神社、大阪府の住吉大社と並び「日本三大住吉」に数えられます。

本殿
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  九間社流造、正面五ヵ所千鳥破風附、檜皮葺
  附 玉殿 五基
    棟札 四枚
 応安三年(一三七〇)長門国守護大内弘世が再建、以後、何度も修理が施されていますが、再建当時の室町初期の神社建築形式をよく留めています。
 祭神を祭る本殿は、一間社流造の五つの社殿を相の間(あいのま)で連結し九間社流造の形式を採っていますが、正面に千鳥破風が設けられ、流造としては異例です。身舎(もや)側面は一間で、正面には浜床(はまゆか)および浜縁(はまえん)が取りついています。
 また、組物、軒廻り、蟇股(一部後補)などの構造意匠は非常にまとまりがよく、優れています。


桁行22.8m、梁間4.6mあります。
五つの社殿の各正面には、千鳥破風という小さい屋根がつけてあります。
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千鳥破風とは、屋根の流れ面に設けた三角形の破風のことをいいます。
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各社殿内には玉殿があり、五基とも同一意匠で、本殿の建築と同時代のものと思われ貴重だそうです。また内部の板壁には、彩色された絵が施されています。
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2010年11月2日から8日、極彩色の板絵が施された社殿内部と玉殿が公開されました。その時の写真を見ると、玉殿の左右と背面施された板絵には、弓矢を持った武将などの人物画、竹やぶを飛ぶスズメなどの風景画が精密な筆致で描かれています。

玉殿は櫓皮ぶき入母屋造で、御神体を奉安しています。
西の第一殿表筒男命・中筒男命・底筒男命(住吉大神)の荒魂を主神として祀り、
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西の第二殿応神天皇
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▲「古画類聚 後集 古画 人形服章 肖像1 応神天皇像」(松平定信/編 寛政7年(1795))(原本:応神天皇像(河内国誉田八幡旧蔵))(東京国立博物館蔵)

中の第三殿武内宿禰命
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▲『武者かゞみ 一名人相合 南伝二』「武内宿禰」(一猛斎芳虎/画 山庄 〔安政6〕)(『慶応頃錦絵帖』より)(国立国会図書館蔵)

東の第四殿神功皇后
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『武者かゞみ 一名人相合 南伝二』「神功皇后」(一猛斎芳虎/画 山庄 〔安政6〕)(『慶応頃錦絵帖』より)(国立国会図書館蔵)

東の第五殿建御名方命を配祀します。

祭神については、『住吉開基造営等之覚書』は「応神天皇・武内宿祢・神功皇后は、聖務天皇の神亀年中、筑紫の宇美から勧請。建御名方命は後世に奉祭」、
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▲宇美八幡宮(福岡県糟屋郡宇美町)

『長門国一宮略記』には、「応神天皇・神功皇后は、聖務天皇の神亀年中。武内宿祢・建御名方命は、朱雀天皇の承平年中の奉祭」、『長門国志』は「応神天皇・神功皇后は、聖務天皇の神亀年中、筑前より勧請。武内宿祢・建御名方命は、勧請年不詳。」

『日本書紀』巻第九「氣長足姬尊 ~功皇后」によれば、三韓征伐の際、新羅に向かう神功皇后に住吉三神(住吉大神)が「和魂服王身而守壽命、荒魂爲先鋒而導師船(和魂は玉身に服いて寿命を守り、荒魂は先鋒となりて師船を導かん)」と神託してその渡海を守護し、
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『日本書紀』巻第九「気長足姫尊 神功皇后」(国立国会図書館蔵)

帰途、三神が「我荒魂、令祭於穴門山田邑也(我荒魂は穴門の山田邑に祀れ)」と再び神託し、穴門直践立(あなとのあたえほんだち)を荒魂を祀る神主として、「祠立於穴門山田邑(社を穴門(長門)の山田邑に建てた)」のを起源としています。
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『日本書紀』巻第九「気長足姫尊 神功皇后」(国立国会図書館蔵)

他方、和魂を祀ったのが摂津国一宮の住吉大社です。

927(延長5)年成立の『延喜式』巻10「神名帳」では「長門国」「豊浦郡」に「住吉坐荒御魂神社三座 並名神大」と記載され、三座が名神大社に列しています。
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『延喜式』巻十 神祇十(藤原時平他)(日本古典全集刊行会 昭和4)(国立国会図書館蔵)

天安3(859)年1月27日、「住吉荒魂神」の神位が従五位下から従五位上になったことが、『日本三代実録』にみえます。その後も、貞観17(875)年10月8日、従五位上から正五位下 (「住吉荒御影神」『日本三代実録』)、貞観17(875)年12月5日、従四位下から従四位上 (「住吉荒魂神」『同』)、仁和2(886)年11月14日、従四位上から正四位下 (「住吉荒魂神」『同』)に進められています。
寛平3(891)年8月21日、「住吉荒御魂神」の神位が正四位下から正四位上になったことが『日本紀略』にみえます。

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普通、社殿は中央に第一祭神を祀るのですが、ここ住吉神社では左端に第一祭神の住吉三神が祀ってあります。1370年建立の現在の社殿は南面していますが、それ以前は第一殿の場所に社があり、西の方(新羅の方)を向いており、そこまで、海が迫っていたそうです。(神職の方のお話)

蟇股の大内菱ですが、2つあり、東端の第五殿(前回紹介済)と西端の第一殿のところにあります。
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参考文献:
『山口市史 史料編 大内文化』(山口市 2010)
  P659〜63「住吉神社」
  P115〜19「長門国守護代記」
『武者かゞみ 一名人相合 南伝二』(一猛斎芳虎/画 山庄 〔安政6〕)(『慶応頃錦絵帖』より)
『延喜式』巻9・10「神名帳」
『日本書紀』
  ※以上3点は国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています
『古画類聚 図版篇』後集
  ※東京国立博物館の研究情報アーカイブズでインターネット公開しています。
長門国一宮 住吉神社に行きましたB拝殿 [2020年08月02日(Sun)]
前回の続き

拝殿
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屋根は一重切妻造で、妻側が正面になっています。
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神額には、「住吉荒魂本宮」とあります。
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古文書に、1539年(天文8)に毛利元就が建立したとあります。
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  桁行三間(6.9m)、梁間一間(4.9m)、一重切妻造、妻入、檜皮葺
 天文八年(一五三九)、安芸国(広島県)の戦国大名毛利元就が建立した、四方吹放ちの建物です。木鼻、蟇股、組物などの細部手法に創建時の特徴が見られます。
 この種の拝殿を縦長に配置する例は少なく、本殿とともに貴重な文化財です。


拝殿は本殿の正面中央に接して、これに直角に建てられています。
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参考文献:
『山口市史 史料編 大内文化』(山口市 2010)
  P660〜1「住吉神社」「拝殿」


次回に続く
絵本作家 ヨシタケシンスケのお気に入り絵本 [2020年08月01日(Sat)]
7月31日(金)のNHK「あさイチ」のプレミアトークのゲストは絵本作家のヨシタケシンスケさんでしたぴかぴか(新しい)

ヨシタケさんは、1カ月の間に5分間だけポジティブな思考になるそうで、「あさイチ生出演のお話を頂いたときにその5分間だったみたいで、イケる!と思っちゃったんです」と言われていましたが、いえいえ、絵本から溢れるそのままの語り口、しっかり膝を閉じて小さくなって座っている姿に好感が持てました。

デビュー作の絵本『りんごかもしれない』(ブロンズ新社 2013.4)や
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『りゆうがあります』 (PHP研究所 2015.3)
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の制作秘話から自宅(特に自宅アトリエexclamation×2、リビングに飾ってある立体作品「強いんだか弱いんだか」(2008年))や、いつも持ち歩いて日常を独特の目線で切り取りスケッチを描き込んでいるシステム手帳の公開、大学時代の立体作品(コンセントの人間スイカ割り「ACcess100」(1995年)、箱になれる羽「WING」(1996年))の紹介など、ヨシタケシンスケ ファンとしてはとても楽しい番組でした。

『りゆうがあります』を一緒に作ったPHP研究所の編集者の阿部聡子さんが、最初にヨシタケさんに「絵本を作ってみませんか?」と声をかけたそうですが、なかなかアイディアを出すことができなかったそうです。そうこうしているうちに、ブロンズ新社の編集者から「何か1つのモチーフをいろんな見方をしてみる」というお題が与えられて、苦手な色塗りもデザイナーさんがしてくれ(これは結構衝撃でした!)、初めての絵本『りんごかもしれない』ができたそうです。

最新刊は、『欲が出ました』(新潮社 2020.7)で、「普段描きとめているスケッチについて、自分で解説したものを語りおろしという形でエッセイ風にまとめたもの」です。
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お菓子をもう一個取っていいんじゃない? もうちょっと寝ててもいいんじゃない? 人間って、プチ欲が出たとき、何とも言えなーい顔をする。そんな一瞬を、絵本作家ヨシタケシンスケが、「深く浅く」切り取ってみると……欲が出るから失敗するけど、欲が出るから人間って面白い!?新潮社HP


ヨシタケさんがこれまで読んできた&最近出会った絵本や写真集、漫画についても、その魅力を語られました揺れるハート

かわいいお気に入り絵本かわいい

『やっぱりおおかみ』 (佐々木マキ/作・絵 福音館書店 1977.4)
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ひとりぼっちのおおかみが「け」という、ふくみのあるセリフをつぶやきながら仲間をさがして町をさまよっています。「おれににたこはいないかな」うさぎ、やぎ、ぶた、しか……。いろいろな動物がたくさんいますが、どこへいってもおおかみは満足することができません。仲間に入りたいようで、入りたくないのです。とうとうおばけがたくさんいる墓場までやってきたおおかみですが、はたして仲間をみつけることができるのでしょうか?福音館書店HP

「絵本は、子ども時代、おとな時代、読む時代によって違う発見がある。
 この絵本は、子どもの頃は分からなかったが、おとなになって読むとよく分かる。」


『はなのあなのはなし』 (柳生弦一郎(やぎゅうけんいちろう)/作 福音館書店 1982.10)
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さあ、あつこちゃんも、おじいちゃんも、動物園のゾウさんもイルカ君も、上を向いて鼻の穴を見せて! ……ユーモラスな絵と文で、鼻の役目を絵ときします。福音館書店HP

「語り口が優しい。子どもの視線で描いている。子どもの頃、この作者は嘘がないと信頼できた。
 踏み込み過ぎないところが読んでいて心地よい。」


『エリック』(ショーン・タン/著 岸本佐知子/訳 河出書房新社 2012.10)
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ホームステイにやってきたエリックを、ぼくらは皆でもてなしたものの、興味をひくのは小さな変なものばかり。ショーン・タンの優しいまなざしが注がれた、宝物のような一冊。河出書房新社HP

「絵がきれい。
 交換留学生のエリックを喜ばせただろうか、と思い悩むが、自分がやっていることが思わない形で報われる。」

絵本は、教育的側面ばかりでなく、アートの側面もある。


かわいい読んできた漫画かわいい

『いしいひさいち選集1 ドーナツブックス 存在と無知』(いしいひさいち/著 双葉社 1992.12)
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「「笑い」のエッセンスを学んだ。
 「笑い」にはそもそも毒があるが、出し方加減」


『冬のUFO・森の怪獣』(クリハラタカシ/著 ナナロク社 2015.8)
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「世界観、色などクリハラさんになりたい位好き。おとなになって出合ってよかった。子ども時代に出合っていたら影響を受け過ぎていた。」


かわいい夢中にする写真集かわいい

『sight』(朝海陽子/写真 赤々舍 2011.2)
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朝海陽子『sight』は、自宅で被写体がリラックスしながら映画を見始め、映画に没頭して無防備な状態になったころ、朝海がそっとシャッターを切った写真集です。
映画の画面自体は写されていませんが、それを見る被写体の服装や表情、部屋のインテリア、タイトルとなっている映画題名と都市名などの情報から、被写体の人物像や日常の時間が想像され、映画の時間とその人の人生という長い時間が、重なりあうように表情に浮かび上がった不思議なユーモアのある作品集です。
「見ること」と「見られること」の接点から生まれる新しいポートレート。
赤々舍HPより抜粋)

「映画を観ている瞬間を撮った写真集。何もしていない時間、何でも無いときほどその人らしさが出る。」

ヨシタケさんは「3枚気に入った写真があったらその写真集を買う。」そうです。


『世界の祭りと衣装』(パイ インターナショナル 2019.9)
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華々しいカーニバルから、伝説上の生き物に仮装する伝統的な祭礼など、衣装や装飾が特徴的な世界各国の祭りを紹介します。人々の熱狂を写し取った写真とともに、祭りの歴史や成り立ちも解説。多彩な祭りと衣装が映し出す、文化の多様さに驚かされる1冊です。パイ インターナショナルHP

「人間は世界中同じ形をしている。 どう飾り立てれば特徴ができるか、競い合っている」


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長門国一宮 住吉神社に行きましたA南参道・西参道・社叢 [2020年07月31日(Fri)]
前回の続き

南参道
南の大鳥居。
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厳島神社。
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説明板「国宝「本殿」造営・寄進六五十年」。
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説明板「長門一の宮住吉神社社叢」。
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由緒書。
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楼門。
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国登録有形文化財です。
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1901(明治34)年に建てられました。
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狛犬。
マスクをしています。
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西参道
鳥居(明和六年(1769))、灯籠(寛政十一年(1799))、社号「住吉神社」、手水鉢(文化十一年甲戌(1814))。
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あちらこちらに幡「守護大名 大内弘世公 本殿造営・寄進六五〇年」が立てられています。
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神庫。
神紋の水巴がついています。
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神籠石(こうごいし)。
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宮地築(きづき)始(はじめ)紀念碑
東の斎宮(いわいのみや)の旧跡と相応ずるもの
東に祀る祭りの庭のしるしである



検非違使社。
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鐘楼。
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銅鐘は新羅時代のもので、重要文化財ですが、ここにはさげられておらず、宝物館に収蔵されています。
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この建物は、四方囲いの吊鐘堂で垂直に立つ四本の太柱は豪壮、古記録に天文八年(一五三九)毛利元就が拝殿・鐘楼を修造とある。
四隅に突出た挙鼻の刳形文様に室町時代の古式様相をとどめている。なお、古鐘(重要文化財・銅鐘は高麗時代初期・約九百年前)宝物殿収蔵 
高さ 一四二、二センチ 口径 七八、五センチ 厚さ 五センチ 重さ 八〇〇キロ 
渡来された銅鐘では巨大なもの。



西神門。
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東社叢
厄割玉お祓い所。
厄割玉を厄割石に投げて割ることにより厄を落とします。
投げる場所は、「厄」により、地面の石版で決められています。
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鳥居。
蛭子神」の神額があり、「天保十三年(1842)四月吉日  奉寄進 一ノ宮氏子」と彫られています。
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田尻社・若宮神社、蛭子社、七社。
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高元社。
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稲荷神社。
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御神霊樹 大楠。
案内板「御神霊樹 大楠」。
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石柱「武内大臣手植楠」。
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今は立っていませんが、以前はこのような説明板が立っていたようです。
武内宿禰命は孝元天皇(人皇第八代)の曽孫で、景行、成務、仲哀、応神、仁徳の五朝に仕えたといわれる。仲哀天皇の従って熊襲を征ち、天皇が崩御になると、神功皇后をたすけて、新羅を服えるなどの偉功があった。本社では第三殿に祀られている。その手植の楠の古株から新根が生え、根廻りは六〇メートル余にも及ぶ大木となっている。

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東神門の辺りにありました。
誰を祀っているのでしょうか?
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次回に続く
住吉神社で修復された本殿板戸絵を拝観しました@ [2020年07月30日(Thu)]
前回の続き

下関市立美術館で「国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 」を観た後は、修復された本殿板戸絵を観に住吉神社に行きましたぴかぴか(新しい)

板戸絵は、国選定保存技術保持者である馬場良治氏により復元されたそうです。


「ここより先には入らないでください」と表示がありますが、今回は日頃一般の人が入ることのできない「ここより先」に入ることができますわーい(嬉しい顔)
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本殿を囲む菱格子の透塀からコーン見え、そこが拝観場所です。
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神職の方にお祓いしていただき、塀の中の神域 内庭に入りましたひらめき
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大内菱と毛利の一文字三星の入った蟇股もチエックしましたexclamation×2
そして、いろいろなところに大内菱が使われているのを確認できて大感激揺れるハート 
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次回に続く
中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」Bモーツァルト「交響曲第39番」 [2020年07月29日(Wed)]
前回の続き

最後は、吉田秀和が「朝日新聞」に連載していたコラム「音楽展望」(2008年3月20日朝刊13面)「中也の目 時に悩み抜き苦しみ 祝いの夜は優しげに」という「中也の目」まつわるエッセイから、モーツァルト「交響曲第39番」です。
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吉田秀和は、成城高校時代に中也からフランス語を習っていました。

吉田が大学生だった1930年代前半頃、成城高校の教師 阿部六郎の家でバッハ「パッサカリアとフーガ」をストコフスキー編曲・指揮のレコードで聴いた時の中也の

怒りとも憎しみともつかない、あるいは両方のこもった、激しいものの燃えている目、まなざし

そして、

彼は、時々ぎらぎら光る強い目をした。

と、中也の「秋」の一節をあげています。


  
   
   V

草がちつともゆれなかつたのよ、
その上を蝶々がとんでゐたのよ。
浴衣ゆかたを着て、あの人縁側に立つてそれを見てるのよ。
あたしこつちからあの人の様子 見てたわよ。
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
お豆腐屋の笛が方々で聞えてゐたわ、
あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、
――僕、つてあの人あたしの方を振向くのよ、
昨日三十貫くらゐある石をコジ起しちやつた、つてのよ。
――まあどうして、どこで?つてあたし訊きいたのよ。
するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、
怒つてるやうなのよ、まあ……あたし怖かつたわ。

死ぬまへつてへんなものねえ……



1933(昭和8)年12月3日、 中原中也(26歳)は、遠縁の上野孝子と結婚し、東京四谷の花園アパートに住み始めます。
吉田(20歳)は、中也が結婚したと聞き、花園アパートを訪ねます。結婚祝いをするという吉田に対し、中也は

じゃレコードを買ってくれ。でも新しいものは高いから中古でいい。一緒に神田に行って選ぼう

と選んだのが、

モーツァルトの三十九番変ホ長調の交響曲。確かワインガルトナー指揮のコロムビア盤だった。もちろんSPの十二インチ盤。
 
3枚組のセットを脇に、アパートに戻って手回しの小さい蓄音機で孝子を入れて三人で聴きました。

中原とても真面目な顔をして聞いていた。その目は優しかった。

中也は酔って機嫌が良い時はよく自作の詩とかヴェルレーヌの詩とかに自流のふしをつけながら朗読したものですが、この時も、朗読をしたそうです。ただ、吉田は、何の詩だった思い出せず、もしかしたら、「ベトちゃんかシュバちゃんか」ではなかったか、と。


  お道化うた

月の光のそのことを、
盲目少女めくらむすめに教へたは、
ベートー※(濁点付き片仮名ヱ)ンか、シューバート?
俺の記憶の錯覚が、
今夜とちれてゐるけれど、
ベトちやんだとは思ふけど、
シュバちやんではなかつたらうか?

霧の降つたる秋の夜に、
庭・石段に腰掛けて、
月の光を浴びながら、
二人、黙つてゐたけれど、
やがてピアノの部屋に入り、
泣かんばかりに弾き出した、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?

かすむ街の灯とほに見て、
ウヰンの市まちの郊外に、
星も降るよなその夜さ一と夜、
虫、草叢くさむらにすだく頃、
教師の息子の十三番目、
頸の短いあの男、
盲目少女めくらむすめの手をとるやうに、
ピアノの上に勢ひ込んだ、
汗の出さうなその額、
安物くさいその眼鏡、
丸い背中もいぢらしく
吐き出すやうに弾いたのは、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?

シュバちやんかベトちやんか、
そんなこと、いざ知らね、
今宵星降る東京の夜よる
ビールのコップを傾けて、
月の光を見てあれば、

ベトちやんもシュバちやんも、はやとほに死に、
はやとほに死んだことさへ、
誰知らうことわりもない……



フェリクス・ワインガルトナー(Felix Weingartner)(1863〜1942)指揮のモーツァルト「交響曲第39番」は、
@ロンドン交響楽団(ロンドン・シンフォニー・オーケストラ、London Symphony Orchestra) 1923年
Aロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(ロイヤル・フィルハーモニー・オーケストラ、Royal Philharmonic Orchestra) 1928年4月12日
Bロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(ロンドン・フィルハーモニー・オーケストラ、London Philharmonic Orchestra) 1940年2月26日
のレコードがあるそうですが、Bは、1937年に亡くなった中也は聴くことはできません。

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今回、用意されたレコードは、Bのレコードで、中也が実際に聴いたレコードではありませんが、誰がハンドルを回したんだろう、やはり主人たる中也、いやいや若輩者の吉田・・・?想像が膨らみます。
曲調も、新婚間もない中也と孝子の幸せそうな生活が思い起させ、中也の優しい眼差しが浮かんできます。

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中也の時代の音が、長い時を経て、なお生き続けて、こうして聴くことができることに喜びを感じました揺れるハート

中原館長は来年度も、中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」を実施する、と約束してくださいましたかわいい
参加されませんか?
中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」に参加しましたAメンデルスゾーン「無言歌ニ長調 作品109」 [2020年07月28日(Tue)]
前回の続き

次は、フェリックス・メンデルスゾーン「無言歌ニ長調 作品109」です。
「無言歌」とは「言葉のない歌」(Lied ohne Worte)で、歌詞がないけれど歌のような旋律に伴奏がついた曲です。
「言葉のない歌」(Lied ohne Worte)というタイトルは、メンデルスゾーンが最初に用い、生涯にわたって作曲し、『無言歌集』全8巻(48曲)として出版されました(48曲以外にも作曲しています)。
「無言歌 ニ長調 作品109」は、他のピアノのための無言歌とは異なり、チェロとピアノのための無言歌です。
フランス人の女性チェリスト リザ・バルビエ・クリスティアーニ(1827-1853)ために作曲しました。
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チェロはパブロ・カザルス(Pablo Casals)、ピアノはブラス・ネ(Blas Net)です。
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曲を聴く前に中也の第二詩集『在りし日の歌』に所収の「言葉なき歌」を鑑賞しました。
中原館長が朗読と解説をしてくださいました。
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▲『在りし日の歌 中原中也詩集』(角川文庫クラシックス)(中原中也/著 佐々木幹郎/編 角川書店 1997.6)

  言葉なき歌

あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処ここで待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼あを
ねぎの根のやうに仄ほのかに淡あは

決して急いではならない
此処で十分待つてゐなければならない
処女むすめの眼のやうに遥かを見遣みやつてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい

それにしてもあれはとほいい彼方かなたで夕陽にけぶつてゐた
号笛フイトルの音のやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない

さうすればそのうち喘あへぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜あかねの空にたなびいてゐた


「あれ」、「ここ」などの指示語が多用されており、思いが表現されています。
「ならない」と自分に言い聞かせる表現と「けぶつてゐた」「繊弱だつた」「たなびいてゐた」などの過去形の回想が交差しています。
「けれども」「しかし」逆説の接続詞で感情の揺れ動きが伺えます。
ヴェルレーヌ(1844〜1896)の詩集『言葉なき恋歌』(Romances sans paroles)(1874)が意識されています。

SPレコードは、10インチ盤か12インチ盤がほとんどです。
最初のシューベルト「楽興の時」は10インチ盤、次のメンデルスゾーン「無言歌」は12インチ盤です。
館長は、12インチ盤は曲の途中でゼンマイが終わるのではないかどドキドキするそうです。


次回に続く
中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」@シューベルト「楽興の時 第3番 ヘ短調」 [2020年07月27日(Mon)]
7月24日(祝・金)、中原中也記念館主催の「中原中也を読む会「蓄音器で聴く中也ゆかりの音楽」」に参加しましたぴかぴか(新しい)
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山口情報芸術センターで開催されました。
会場の多目的室からは、姫山がきれいに見えます。
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受付を済ませると、今日のテキストが渡されました。
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蓄音機は、レコードに刻まれた溝から、スチール針が小さな振動を拾い上げ、サウンドボックスで音を再生し、さらに、ホーンを通ることで音が拡大されます。
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使用する蓄音機は中原中也記念館所蔵のコロムビア製のものです。
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「やまぐち朗読Cafe」の際使われるビクター製の蓄音機のキャビネットのボディとは、
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▲「やまぐち朗読Cafe」の際使われる中原館長所有の蓄音機

木の材質も違っているようで、
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前面に張られた布もおしゃれで、全体の表情がずいぶん違います。
きっと、柔らかい木、固い木などの材質や装飾の違いが音と密接に関連するのでしょう。
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中原豊館長のお話で会は進みました。
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最初は、中也の友人 安原喜弘旧蔵で、今は寄贈され中原中也記念館の安原文庫所蔵となっているレコードから、シューベルト「楽興の時」
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「楽興の時」(がっきょうのとき、Moments Musicaux )は6曲構成のピアノ曲集ですが、今日は「第3番 ヘ短調」をチェロとピアノでの演奏で聞きました。パブロ・カザルス(Pablo Casals)(1876-1973)のチェロでニコライ・メドニコフ(Nicolaoi Mednikoff)のピアノです。
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「楽興の時 第3番 ヘ短調」は、NHKの「音楽の泉」のテーマ曲としても有名です。


【次回に続く】
国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 @ 下関市立美術館D [2020年07月26日(Sun)]
【前回の続き】

いよいよ最後のコーナーです。
鬼瓦や棟札など直接住吉神社の建物に関連する展示ですぴかぴか(新しい)
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第3章 文化財を「護り」「伝える」ということ
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14 鬼瓦
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15 鬼瓦
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16 鬼瓦
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84BFB04C-C32A-4EB3-AB4E-8C97E8574875.jpeg巴紋 
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パネル
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17 棟札 安永4年
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18 棟札 文化13年
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19 棟札 嘉永3年
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20 棟札 文久2年
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外には修復された本殿板戸絵が飾ってあります。
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▼第一殿・第二殿相の間板戸
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▼第二殿・第三殿相の間板戸 
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▼第三殿・第四殿相の間板戸 
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▼第四殿・第五殿相の間板戸 
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展覧会は、いよいよ今日までです。
今日26日まで、住吉神社の普段入ることができない神域に入ることができますexclamation×2
またとはない機会なので、お薦めしますわーい(嬉しい顔)
その際、大内菱と毛利の一文字三星の入った蟇股もチエックしてくださいねひらめき
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次回に続く
国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 @ 下関市立美術館C [2020年07月25日(Sat)]
【前回の続き】

第二章

次は住吉神社に奉納された品々の展示ですぴかぴか(新しい)
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09 金剛牡丹唐草透唐鞍
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室町時代の馬具が残っているって、すごいです。
金胴牡丹唐草透唐鞍は、重要文化財に指定されています。

大内義隆の奉納と伝えられる。唐鞍は、唐風を真似て作られた馬具で、儀式や祭りの際、馬を飾り立てるのに用いられた。室町時代の遺例として貴重である。(『山口市史 史料編 大内文化』より)



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一背 
高さ28.8p 前輪馬挾41.8p 後輪馬挾46.1p 居木幅10.9p 長さ27.6p 居木先長3.3p
海無(うみなし)鞍、手形がある。木地黒漆塗、前後の輪の外面に鍍金牡丹唐草文透板を全面に張り、外縁に青貝微塵塗を施して覆輪とし、前後輪の中央に圧出鍍金牡丹文金物を打つ。居木(いぎ)の中央に横樋がある。



銀面(ぎんめん)
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二面
1.長さ46.1p 幅21.5p / 2.長さ40.9p 幅20.3p 角高10.6p
鍍金板金製、上部に鍍金板金の角形を立て、頭部に冠形、中央に眼鼻形、下部に連円文の線彫がある。一面角形欠失。



障泥(あおり)
(したぐら)
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障泥 
一双
縦60.6p 幅66.7p
牛革製、表面に唐花唐草の墨描がある。


韉 
一双
縦39.4p 幅57.6p
木心に鍍金板を張り鍍金覆輪を施す。上切付面は、紅地絹張りの周囲に鍍金地板を廻らし鍍金圧出牡丹文を餝る。



(くつわ)
雲珠(うず)
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轡 
二口
各々鏡板径8.5p 喰長23.6p 引手長13.3p 立聞長6.06p
鍍金鏡轡、立聞共一枚板作り、鏡板下方に二孔を穿け、一孔に遊鐶を付し喰と引手を連結す。

・鏡板:喰の両端にある板
・喰(馬銜 (はみ) ):馬の口に入るところ
・引手:手綱をつなぐ部分
・立聞(たちぎき):面繋 (おもがい) を受ける壺金

雲珠
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二箇
1.高さ19.7p 座径16.7p / 2.高さ15.2p 座径15.2p
1.鍍金魚子地線彫四花形の座に伏鉢を置き、四葉猪目透の受花上に火焔付宝珠を据う。
2.鍍金四葉座に小刻付伏鉢、四葉猪目透受花を配し、火焔付宝珠を据う。

・鞍をつなぐ鞦の交差する部分につける宝珠の形をした飾り。辻金具(つじかなぐ)の一部


杏葉(ぎょうよう)
(しおで)
鞍褥(くらしき)残片
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杏葉
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一箇
長さ10.6p 幅6.7p
鍍金打出し葉脈線彫。

・杏葉:面繋(おもがい)、胸繋(むながい)(鞅)、尻繋(しりがい)(鞦)につける装飾具。皮または金属製で、名は形がアンズ(杏)またはイチョウ(銀杏)の葉に似ていることに由来


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二箇
長さ8.8p
鍍金茱萊形管鞖。


鞍褥
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一枚
長さ36.4p 幅23.3p
牛革製、表裏墨漆塗。欠失あり。



革鞦(かわしりがい)残片
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二條
1.長さ100.9p 幅3.6p / 2.長さ36.4p
朱塗皺革製、表に鍍金花文辻金具を打ち二片共蛇尾金具を附す。



10 鉄錆地五十八間筋下部
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室町時代中期の作であろうと推定されています。


11 紙本墨書御陽成天皇宸翰御懐紙
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後陽成天皇(1571〜1617)は儒学や和学に造詣が深く、慶長4年に勅命により木活字本『日本書紀 慶長乙亥 季春新刊』(新刊 日本書紀 神代 上下)が刊行されました。題簽の墨書名「新刊 日本書紀 神代 上下」は後陽成天皇宸筆と伝えられています。
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題簽墨書名「新刊 日本書紀 神代 上下」(国立国会図書館蔵)
 

12 住吉神社社殿図
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13 住吉神社全景図
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高島北海は、1923(大正12)年、関東大震災を機に長府に戻り、図画教師の傍ら、画業を続けながら長門峡など山口県の名勝地の開発や紹介に努めました。
山口市阿東の長門峡には、長門峡開発記念碑があり、高島北海のことが刻されています。
また、山口市の最明寺には、北海の父 山下玄良の墓があります。
IMG_1951.JPG 423AEF58-3A73-4262-B9F8-2119394B8C1C.jpeg長門峡開発記念碑



参考文献:
『日本書紀』(2巻1冊 慶長4年(1599)刊 後陽成天皇勅版 古活字版 舎人親王〔等〕/撰)
  ※国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。
『大内文化 史料編 大内文化』(山口市 2010)
  P839「金胴牡丹唐草透唐鞍」


 
【次回に続く】
国宝本殿造営・寄進650年記念特別展 住吉神社―護り伝えられた文化財 @ 下関市立美術館B [2020年07月24日(Fri)]
前回の続き

次のコーナーは、大寧寺と住吉神社の結びつきですぴかぴか(新しい)
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パネル
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パネル「大内氏と大寧寺」
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パネル「鷲頭氏」
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06 大内氏歴代画像
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山口市歴史民俗資料館で開催された「大内氏遺跡指定60周年記念事業 特別展「大内氏のトビラ ― 山口をつくった西国大名 ― 」」にも展示されていました。
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右下に「法橋養巌」という落款が押されています。このことから、作者は萩藩お抱えの狩野派の絵師 大楽養巌だと判明しました。
毛利氏は大内氏の追善供養をしばしば行っているので、この絵は供養の時に描かせたものだと考えられるそうです。
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琳聖太子。
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大内義隆。
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07 大内義隆画像
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08 木造住吉大明神像
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大寧寺の奥の院である御開山堂には、千早直垂の上に袈裟を掛け、冠を戴いた髭を蓄えた老人の風貌の住吉大明神の木彫が、「當山傳法第四位當国一宮住吉大明神」と記された尊牌を前にして、開祖の石屋真梁禅師をはじめとする禅師の像と並んで鎮座しいます。江戸初期から中期の製作とされています。
長門一の宮の住吉大明神は、大寧寺三世定庵殊禅和尚の威徳を慕って説法を聴きに通い、参禅しました。仏道を修めた住吉大明神は、仏道修行の奥義を印可する菩薩大戒と錦の袈裟を授けられました。
住吉大明神は、大寧寺にとって、境内守護の鎮守の位を超える重要な神格として崇められ、今日に及んでいます。
本堂の西側には、住吉大明神が座禅したとされる座禅石があります。

湯本温泉は、住吉大明神の報恩の温泉で、1427(応永34)年に湧出しました。その伝説を裏付けるかのように今でも温泉の所有権は大寧寺にあるそうです。

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【次回に続く】
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