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●「鳩居堂」 (きゅうきょどう)

JR熊本駅前の電車通りで少々うるさく振動もある狭い住処を
じょうちゃんの「鳩居堂」と名付けました。
明治維新の頃、大村益次郎という人がいました。
その人は自分の住処を「鳩居堂」と言っていました。
その住処名にならいました。どうぞ、お立ち寄り下さい。

          住人 じょうちゃん


じょうちゃんの「ぼそぼそ」
鳩居堂の部屋名
鳩居堂のかかわり先
●「鳩居堂」訪問者の方のお部屋紹介 「思いつくまま」Fujita Yukariさん  http://nzpp.seesaa.net/         「ゆるすごたいむ」Benyさん https://blog.canpan.info/o222/     「きっと 夢の中」ピースケさん https://blog.canpan.info/munyamunya56/ 草鞋(わらじ)の緒さん    https://blog.canpan.info/faltboat/       蝸牛庵日乗/加藤哲夫さん  https://blog.canpan.info/katatsumuri/ 半田広宣「NOOS理論」   http://noos.cocolog-nifty.com/cavesyndrome/           ひととまち未来づくり・のりだーさん  https://blog.canpan.info/hitomachimirai/ ●「鳩居堂」お気に入りの方のお部屋 原田早穂さん      http://ameblo.jp/harada-saho/            大竹七未さん      http://ameblo.jp/otake-nami/ 
QRコード
娘が大学を卒業したらしい [2019年03月15日(Fri)]
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この間話してて
「なんだかんだであーたは逆転ゲームをしてきたようなもんだなぁ
 他人から見たら羨ましいかもしれんですなぁ」
という話になった
娘の名前に願った思い [2018年01月05日(Fri)]
ボンバー娘が就職用の何かを作らなきゃいけないからいろいろ教えてくれと言ってきた

■生まれた時の身長体重exclamation&question

 何か控えはあるのかと探すけど持っているものも限られていてこれは生まれた時のポラロイド写真に記載されたもの
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 8.12.31  22:14 2226g

 後で「出生証明書」のコピーを見つけたら 身長44.5cm 胸囲28.5cm 頭囲30.5cm だった

■名前は意味はexclamation&question

 いろいろ意味はあるけど
 "相手のことを思いやれる心の美しい子"に育って欲しいとつけた名前だ
 自分一人の思ったことをするとか 我を通すとかではなく 常時も相手のことを思い遣る心を持って欲しいという思いでつけた名前だ

 後いろいろ聞きたそーだが 話せる内容なら話してあげるとするかな
電柱にぶつかるボンバー娘 もうすぐ21歳 [2017年10月25日(Wed)]
自転車を電柱にぶつけて タイヤのスポークが曲がって「タイヤ替えやん」とボンバー娘携帯電話

自転車ごと拾って近所の自転車屋さんに預ける
二日くらいかかるらしい

実習に通うのに自転車がないので会社のチャリに乗るとサドルが低いとぶつぶつ
自分で上げてる

148cmで上げたら足届かないんじゃ? といらんことを言ってしまう
娘も二十歳 成人式 [2017年01月09日(Mon)]
娘も成人式を迎えた
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娘のお陰で両親への親孝行をさせて貰った
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娘が高校を卒業した [2015年03月01日(Sun)]
熊本の高校の卒業式は3月1日 今日でして・・・
うちのボンバー娘も卒業しました

phone to「おじいちゃんとこに行く お父さんも来て」と言ってきたので行くと留守だった
「おじいちゃん家はどー行けばよいかわからん」と言っていたのがバスでとっとと行けるようになった
これも成長かなぁ

玄関先でカメラ
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変顔は照れ隠しですな
誰に似たのやら

3年前は娘のことで「有り難う」と感謝を述べることになろうとは思ってなかっただけに素直に有りがたいと思う

3年間 自分で朝ごはんとお弁当を作り 遅くとも朝6時30分に家を出て自転車→JR→徒歩の通学時間片道1時間余を通った
後になってその毎日を懐かしむとともに努力のひとつの材料としてくれればと思う

娘に感謝しています 有り難う
30年振りの浦和の空気 [2013年07月05日(Fri)]
今日は9:30川崎の鶴見 13:00丸の内で打合せだ。
これが今回のメインだexclamation

昨夜は川越プリンスホテルは満室だったし、今朝の打合せに遅れたくもなかったので、全国計量器販売事業者連合会 平成24年度総会 後の懇親会 [2013年07月04日(Thu)]の後、浦和に移動した。

21時過ぎ、浦和に勤務している友達と会っていろいろ話をした。

浦和の街も散歩した。

30年前とは全く違った夜の顔をしていた。


朝起きてここから見える景色には以前の浦和の空気があった。

この先に母校である埼玉大学がある。
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この辺りの道は30年前もチャリで走ったり、トボトボと歩いていたことを思い出す。

真ん中の左側の建物は埼玉県庁だ。
この先の方に富士山がある。
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4月1日 平成25年度スタートです (^_^)v [2013年04月01日(Mon)]
4月1日 平成25年度スタートですexclamation

曇りが東からのびてるように見えます。
西風exclamation&questionなのか 曇りは東に流されてます。

朝は少しだけ冷たいけど 今日は21℃ 温っかですバイわーい(嬉しい顔)
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53歳の朝 思うことは・・・ [2013年03月05日(Tue)]
おはようございますわーい(嬉しい顔)

今日は53歳の誕生日です揺れるハート

去年52歳になった時は51歳はマイナスなことばかりいろいろあったなぁバッド(下向き矢印)と思ったけど、52歳もいろんなことがありましたバッド(下向き矢印)グッド(上向き矢印)

信じていたものが脆いものだと見せつけられる場面もありました。
するにしてもしないにしても様々な「決断」をする場面が多々ありました。
母親様の大腿骨骨折入院で会社も生活もすべての見直しを迫られることになりました。

51歳と52歳の違いは、51歳の時よりもっと振幅が大きかったです。

プラスと思えることは「いつかは」という長年の念願が叶ったことでしょうか(将来はどーなるかわからないけど)。
しかし、それによって価値観も変わり、優先順位も変わり、「決断」の基準も変わりました。

53歳は今までのことにとらわれず新しい価値観をもって過ごしていくことになるようです。

さて、どんな一年間になるのかexclamation&question するのかexclamation&question
そんなことを考えながら朝日を見ています。
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昨日より随分暖っかい朝 [2013年01月12日(Sat)]
おはようございます(゜▽゜)/

ちょっと雲が多いデス曇り

その分 昨日の危なっ!車にかけたお湯が走ってる最中 凍ってしまった!! [2013年01月11日(Fri)] より随分暖っかいデス わーい(嬉しい顔)
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2012年の感想 [2012年12月31日(Mon)]
2012年、生活が一変した

10月16日朝、母親が大腿骨骨折で緊急入院して以来、親父様の家に泊まり込み、親父様の面倒を診ることになった。
今まで、親父様と母親様二人だけの生活の場に入って行ったことで、知らなかったことや見えていなかったことまで解るようになってしまった。
ある意味、そこで突きつけられた現実は想像を超えているものであり、21年振りに「どーすればよいのだろうか?」と切なくなるくらい動揺をしてしまった。

それから一人3.5役をこなすことになった。

しかし、到底出来るものではなく、母親様がやっていたことをこなすことで精一杯で、自分自身のことまで手が及ばなくなってしまった。
このツケはきっと2013年に現れてくることだろうが、今は目の前のことをこなすだけで精一杯だ。
今まで「一日が30時間有ればよいのに」と言った台詞は何と陳腐なものだと思っていたが、今の生活ではいくら時間があっても足りない、というのが現実だ。しかし、30時間あったって同じだということは知っている。
朝5時20分起床。6時30分出発。8時朝礼。19時退社。19時30分母親様の病院見舞い。20時30分親父様宅帰宅。23時30分就寝。
この6時間の睡眠時間があって持ちこたえられていると感じる。
時間の貴重さを改めて知ることになった。


「52歳の修練」と言うべきものだろうかexclamation&question


最大の出来事は、突然やってきた。

ここ15年間、この一点だけを見続けて生きてきたアタシが、いざその状況になると何も考えられない、ということも実感してしまった。
それだけ2012年5月2日は「衝撃の一日」でした [2012年05月02日(Wed)]は今までの価値観を一変させるに十分すぎるものであった。
事実、それからの判断の基準は明らかに変わったと思う。

有り難いことに当事者の二人は多少ぎくしゃくしながらも関係を築きあげられることが解り、一歩一歩進んでいる。
いろんな人にことに感謝しなければならないと実感した。


その上で、大事な選択もした

自分自身と言って良いものを自分から手放すというのは重い決断ではあったが、自分自身の生き方と照らし合わせ生きてきた道程を鑑みたとき、自分ではないものを自分として存在させることは極めて異質であると感じた。
それが、自分自身が選択したものであれば納得出来るであろうが、到底自分の意思とは違うものが存在し、意思決定に全く関与していない状況が生み出され、その責任を負うことは自分自身の矜持に掛けて“是”とするべきことでないと判断した。

幸いなことに、アタシを見てきた方たちからは、その判断を“正”としていただいたし、事前に相談した方たちからも積極的に私の判断を“正”と指示されたし、そういう判断をするように薦められた。

これも有り難いことで感謝している。


こう考えると、2012年は自分自身の見直しを迫られた一年だったと思う。

感じ一文字でと言われると「削」(そぐ)

今までやってきたやり方やしていたものを一度きれいにそぎ落とす一年となった。

その上で、2013年は「生」(うむ)の一年としなければならない。

新しいものもあれば、再生もあるだろう。

そのための準備期間かもしれない。

心躍る2013年にしていこうexclamation

16年前 娘の誕生した時間に2012年を振り返った実感である。
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