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(11)「マインドフルネス」「無評価で観察」の種々の問題 〜 要旨 [2022年08月09日(Tue)]

(11)「マインドフルネス」「無評価で観察」の種々の問題 〜 要旨

 自分の意識の観察の方法や範囲を科学的、学問的に研究する「マインドフルネス学」は、まだ未成熟の学問であると思う。未解明の問題が多すぎると思う。「学問」として認知されるかどうか、瀬戸際にあると思われる。

(1)研究者(特に大学の)はさらに深いマインドフルネスを研究開発すべき

以下、次のようなことを考察の予定(他の人たちと研究会などで議論していく)

(2)「無評価で観察」ですむのは、人間の行動のすべての場面ではない
 人は誰もが常に瞑想時にあるわけではない。働く時、趣味の行動もある。そういう行動時に、自己の意識の観察をしなくていいわけではない。なぜなら、例えば、発言した内容によって「差別だ、ハラスメントだ」と批判されるおそれがある。すなわち、まさに発言しようと思い浮かべた瞬間、その内容が、差別、ハラスメントでないかどうか評価して、そのまま発言するか、変更するか、抑制するか評価するのが、誠実というものである。

(3)還元主義、画一主義はやさしいので、全体主義で多数派になる
 マインドフルネス学にも、その傾向が
 「無評価で観察」は、MBSRの7つの態度から、一つだけにした。還元主義のように見える。重要な心理の観察が捨てられた可能性がある。無評価観察でよい、として批判する少数意見を多数決で排除するのは、全体主義的傾向である。
 還元主義、画一主義、全体主義は、ナチスに拘束された精神科医、ヴィクトール・フランクルが厳しく批判した。複雑、多様な人間の事実を、一面だけにみてしまうからである。
 道元の仏教は「坐禅のみ」というのも、似ていないか。しかし、道元には深い「超個」の体験も重視していたという禅僧が昭和の時代に多くいた。そして、学問的に明らかにしたのが竹村牧男氏の『道元の哲学』である。そして、そのほかに、道元には、エゴイズムを捨てよということが厳しく主張されている。これも、捨てられた重要な点である。

◆マルクス・ガブリエルも警告している。
    「全体主義の克服」集英社新書

    「上から」の力によって、
    民主主義が攻撃されているわけではありません。
    民主主義を破壊しているのはわたしたち自身なのです。
       ー マルクス・ガブリエル
(4)無評価で観察のマインドフルネスは、MBSRの7つの態度を一つに還元か?
 還元するとやさしいから多数に賛同されて、多数派となる。
 しかし、現実の人間や世界は、そんな一つに還元できるものではない。捨てられた6つの態度の中に、エゴイズムの抑制があると思う。とすれば、無評価ではあるが、エゴイズムがないことも観察の態度となるはず。その詳細を明らかにすべきである。MBSRの観察態度は無評価で観察だけではないのではないか。

(5)還元主義、画一主義によって捨てられたものが解決するはずだった問題が見捨てられる

 捨てられた領域の例として、うつ病を完治に導くマインドフルネス、死の恐怖を乗り越えるマインドフルネスなどがある。ほかに、不安、孤独、虐待、差別、バイアス、ハラスメント防止、など専門家や学者の「加害」の心理の観察がある。

(6)うつ病にある自殺の減少という重要な課題
 (SGSsターゲット3.4)
 私は、うつ病になった時、禅によって回復したので、その心理療法化に大きな関心を持つ。うつ病には、自殺念慮があるからである。一方、リネハンの弁証法的行動療法(DBT)には敬意を払っている。難病であるパーソナリティ障害の支援だからだ。
 ところが、DBTでの中核的な手法であるところのマインドフルネスなどの4つの技法では、自傷、自殺のリスクを高めるおそれがあるという。一方、マインドフルネスSIMTでは、自殺念慮の強い人でも、完治する事例が多い。SIMTは、「無評価」ではない。なぜ、自殺念慮の回復に差異があるのか、これも実践的に研究しなければならない。臨床しないで理論だけの差異分析だけでは危ない。慎重に臨床に用いながら検討しなければならない。自殺するかもしれないというリスクがあるからだ。とにかく、自殺の減少のためには、これは、無視する問題ではない。臨床するひとが、研究してほしい課題である。

(7)哲学(理論)と実践は相互に一致すべき
   臨床によって理論も実践も修正改善されていく、それが科学
 なぜ、哲学(理論)と現実が遊離し、学問が現実の問題に貢献できないのか。学者は、文献研究と学生への教育に時間を割くので、実際の臨床を行わない。革新は大学人ではない、NPOからになる。村木厚子氏のいうとおりである。だから、NPOが行うことが、学者の説を超えるものがある時に、無視、排除するところに、社会の問題の解決よりも、自己保身を優先させる心理があるのではないか。

(8)MBSRのジョン・カバットジンも弁証法的行動療法のリネハンも東洋哲学、禅を重視したという。そういうのだから、日本のマインドフルネスの推進者も、東洋哲学、禅の哲学を参照して、「マインドフルネス学」を洗練深化させるべきでは?
 アメリカでは、ポージェスのポリヴェーガル理論によって、無評価観察は限界が指摘された。これは外部からの批判だが、アメリカでは内部からの批判もでているだろう。春木豊氏がマインドフルネスを紹介した2005年の書籍((『マインドフルネス&アクセプタンス』)を見ると、多様な学者が真剣にマインドフルネスの効果を理論的にあきらかにしようとしていた。そして、(6)のように、最も深いとみられた弁証法的行動療法のマインドフルネスの手法では、自傷。自殺のリスクを増加させることも明らかにした。アメリカは、実証研究が真剣である。もう、次の段階にはいっているだろう。

(9)ジョン・カバットジンは「マインドフルネス」は「全体性」まであるという
 MBSRは、全体性への扉とジョン・カバットジンはいう。さらに深いものがあるのだ。マインドフルネスが学問というならば、これを明らかにすべきだ。それで、全貌があきらかになる。MBSRの究極は六道輪廻からの解脱ではあるまい。観察のしかたが違ってくるだろう。

 次の警告は「マインドフルネス学」にも通用するだろう。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4417
★内部だけでしか通用しない理論枠に縛られ
 日本人の舶来重視の批判(次の11)もある。

(10)自分ファーストの「闇の心」、エゴイズム、の心理の観察
 壁を壊せ、長老に抗おう、という哲学者の言葉は、ここでもいえるのではないか、大変な時代だ、以前の学説が通用しないことが起きる。MBSRには、ないのか。ないのならば、それでとどまってよいことにはならない。「観察」はどこまであるのか、学問ならば展望を示してよいはず。 

(11)舶来主義
 外国からの輸入ばかりという識者。日本人は、独創しないのか。
 内面の観察は、インドで始まり、中国に渡り、日本に伝わり、深化した。そして、禅でいえば、日本では昭和が最盛期だった。今や竹村牧男氏が解明したような深い観察は日本にはないようだ(*)。翻訳書でみれば、外国で深い実践者がいる。中国で禅がなくなったように、50年後、禅は日本からなくなり、「マインドフルネス」だけが実践として残り、深い内面の実践は、日本になくなり外国にあるのか。仏教は、どこの地域でも、(外からもたらされて)勃興、成熟、衰退、消滅という推移を示すのだろう。
(*)実はほそぼそと静かに生きている禅がある。極少数者であり著書もなく、研究者からもメディアからも知られていない。鈴木大拙が発掘した「妙好人」のような、深い禅のひとがいる。大拙がしたように、どなたかが、インタビューして聞き書きを公刊してくださるのがいいような気がする。西田、鈴木、井筒などの哲学者が、道元にも絶対無、超個の重視があったことを指摘していたが、2022年、 竹村牧男氏がこれを論証する書籍 を出版した。道元がいう坐禅で超個の体験まですることができる。(公案によらずに)

(12)悪用の恐れ、宗教の宣伝の恐れ、カルト組織の被害の恐れ、宗教すべてを悪いかのような偏見
 「マインドフルネス」は科学ではない、単なる「技術」「スキル」である。「マインドフルネス」が「科学」というならば、禅宗教団、仏教教団の坐禅、瞑想も」「科学」となる。「観察」が科学であると定義すると、カルト組織からも悪用されるおそれがあるのではないか。

 マインドフルネスが悪用、乱用されると、家庭や仕事を軽視させて、苦悩する人を自殺に招くおそれがあるので、これも重要なテーマである。「マインドフルネス」の提供者に、精神疾患やうつ病が治癒していない人に提供しないという倫理条項の規定が必要であろうか。

(12)瞑想指導者は哲学で方向を示すべき
 瞑想者は、悪用もするし、医療にも貢献する。カルトも瞑想を行う。消費者保護のために、提供者は、己の瞑想のめざす方向を示すべき。 (13)研究の方向もいくつかある〜応用研究と理論の精緻化
 「無評価で観察」も応用領域が多いだろう。「集中力」の向上のほかの、応用研究。そして、理論、哲学の学問的研究。理論、哲学と現実の関係があきらかになれば、従来の手法も修正変化させる。こうして、臨床に用いられる手法は、理論と手法が相互に影響しながら深化発展するはずである。科学は、宗教のように固定していない。
 マインドフルネスSIMTも応用領域が、ほかにありそうである。中学生の「いじめをなくすためのマインドフルネスSIMT」や「産後うつ病のためのSIMT」「虐待する母親のためのSIMT」など関心がある。
 次は、著作で発表済みである。
大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社
大田健次郎(2022)『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』佼成出版社

(要するに)
 マインドフルネス学は、まだ、未成熟である。学問的な論争をすべきである。不明な点、課題が多いのに、大学の研究者、教育者が議論をせず、無評価で観察だけを強調することを批判する少数者を排除するのは、アカデミック・ハラスメントの疑いがある。学問は批判に真摯に向き合うべきだ。誠実でない一部の宗教者が自分の思想を強制するのと同じ過ちではないか。観察して気づき抑制すべきだと評価判断すべきではないか(誠実な宗教もある)。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/2635
☆宗教でないと救われない問題もある

問題をあきらかにし改善の方向を検討する会議、試案作成会議 2022年秋

 このほかにも、あるに違いない。「マインドフルネス」は、検討すべきことが多い。 この問題は、極めて重要である。うつ病の治療法、自殺の減少、ハラスメントの防止、不安孤独の人がカルトによって家庭や人生を破滅させる被害防止などに関わるからである。
★「マインドフルネス」も、「仏教各宗派」も、どの団体組織も、宗教者も学者もマインドフルネス者も、簡単に「全体主義」的(*)になり、メンバーの自由を蹂躙します。それを防ぐためには、幹部、メンバーはどうしたらいいのか。
(*)典型的なものが、カルト組織、独裁国家。どの集団もそうなりやすい。
会場=埼玉県蓮田市、または隣接の市町の公的施設で。(もし、ご自分の町で開催してほしいという希望があれば検討します。)
(参加希望者がなければ中止します。必要としないのでしょうから。)

 全体主義的になるのを防止するためにはどうしたらいいのか。検討のきっかけになるような話題を発表してくださるかた、みなで議論する会議に参加したい方がおられませんか。上記のテーマの一つでもよろしいです。 2,3人おられるならば、この秋に、研究大会かシンポジウム、または、参加者のみなさんで、議論する討論会などを開催したい。 意見発表、討論してくださるかた、参加したい方は、マインドフルネス総合研究所のメールあてに、おしらせください。

 元来、私は専門家ではない。このようなよびかけをするような器でもない。しかし、止むにやまれずよびかけます。

 次の世代の日本を担う若手の参加を切に願う。学問に自由があるのでしょうか、このような日本でいいのでしょうか。

 禅の学問も疑問があります。マインドフルネス学も似たような状況になりつつあります。
 新しい環境になっています。外から覇権主義国家による脅威があります。日本内部で、小さな組織で内部抗争している時代ですか。
 大学でさえも、科学的学問的な議論が封殺されてしまう。このようなことで、日本の人のこころの平安、精神疾患の治療、大切な生命、家庭の維持はどうなるのでしょうか。様々な形の独善的な行動によって国民が苦しめられているのではありませんか。


【関連記事】

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5031
★「マインドフルネス」が個人の尊厳をうばう全体主義を克服するにはどうしたらいいのか。 検討大会、みなで議論し試案を作成していく会議。試案は機関誌8号に州債したい。=2022年秋。

★「マインドフルネス」も、「仏教各宗派」も、どの団体組織も、宗教者も学者もマインドフルネス者も、簡単に「全体主義」的(*)になり、メンバーの自由を蹂躙します。それを防ぐためには、幹部、メンバーはどうしたらいいのか。
(*)典型的なものが、カルト組織、独裁国家。どの集団もそうなりやすい。
(参加希望者がなければ中止します。必要としないのでしょうから。)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5034
★西田哲学も理解せずして否定する学者
 仏教でさえも「全体主義」的だといわれています。それならば、無評価で観察も似ていますね。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5035
★ガブリエルによる批判〜全体主義的な学者、宗教者も
 ならば、マインドフルネス者も全体主義的?

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5036
★マルクス・ガブリエルは西田幾多郎を否定していない
 世界中で注目されているガブリエル、「全体主義」を批判する。多くの点で西田哲学と似ています

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2425
★専門家の倫理
 世界の苦悩、問題は限りがないので、専門家は自分を超えたひとの活動を排除してはならない。 これが最高だと固執してはならない。仏教や禅、心理学、マインドフルネス学などの領域の大学人、精神科医、宗教者などが犯しやすい。
 そんなことをしていると(実際にしているから)国民が苦しんでいる問題について若手の研究者やNPO活動の芽をつみ、排除して、国民の問題が解消されない。結果、うつ病が治らない、依存、自傷、自殺、犯罪、反社会的カルトの犠牲、、、、。
 貴重な生命が失われていきます。専門家、研究者のエゴイズムはゆるされません。考えていきましょう。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4719
★SDGs 4 質の高い教育をみんなに
 社会に貢献できる少数派の学説も教育を

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4714
★マインドフルネスSIMTで自殺の減少の取り組み

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5018
【目次】無評価で観察のマインドフルネスの限界

 これは、連続記事の一部である。
Posted by MF総研/大田 at 20:51 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
(9)禅学は停滞していたが幾十年ぶりか今年重要な研究が [2022年07月26日(Tue)]
当法人のプログラムや提案

◆ SDGs ターゲット3.4 自殺の減少

★蓮田市立老人福祉センターでの「心の健康体操」
 7月は26日です。8月は休みです。次は9月です。毎月2回。

★蓮田市椿山自治会館での「マインドフルネス心の健康クラブ」
 7月29日です。8月は休み、次は9月です。毎月1回。

★蓮田市社会教育課で募集の「学びま専科」に応募
 (9月の蓮田市のホームページに掲載予定)
 「うつ病・自殺予防の心得」
 感情・本音を観察するマインドフルネスSIMTの視点から。
 11月12日、中央公民館で。
 (ご要望があれば、他でも行います。ご連絡ください。)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5020
★募集しています 〜 当法人のプログラムへのリンク

◆ SDGs ゴール4 質の高い教育

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5027
★仏教、禅の再生のための学会や研究施設

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5028
★マインドフルネスの学の領域も「無評価の観察」は限定的だから、それを超えた質の高い教育をどのような形でできるか

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5029
★うつ病、不安症、PTSDなどの精神疾患と治療法、予防法の教育

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5030

★地方創生SDGs 官民連携プラットフォームの会員としての活動
 内閣府、埼玉県、さいたま市のSDGsの会員、パートナー
【連続記事】専門家の倫理〜学者・医師・宗教者・マインドフルネス者

(9)禅学は停滞していたが幾十年ぶりか今年重要な研究が

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3481
★戦前の昭和のころからの道元の学問的解釈論争

 道元の禅の学問的解釈については、大論争が続いていた。主な論文をすべて収録した大著が『曹洞宗正信論争』(平成16年)である。昭和3年から昭和46年までの論文が収録されている。

 マインドフルネスでも、深い自己をいうものが出てきたが、禅では特に、意識される自己は真の自己ではないという禅の主張があった。自己を超えた働きがあり、それを悟るのだという学派があった。自己を超えたものを「超個」という、意識される自己を「超個の個」という。これを主張する学派と否定する学派があった。今も続く。しかし、竹村牧男氏は、道元においても、 「超個の個」をいうことを詳細に論証した。道元も「超個」を体験することを否定したわけではないという。これは、深い心理療法にあっては、重要なことである。自己の「死」に関わることである。ロゴセラピーのフランクルは、日本でもよく読まれているが、彼のいうことも同様のものがある。
( https://blog.canpan.info/jitou/archive/4516 ★超個、超個の個 )

 「このように、道元の人間観・世界観にあっては、脱落即現成の理路を踏まえて、特に宗教的実存に関して、「超個の個」という内実をしばしば語っているのである。西田のいうように、「故に我々の自己は、何処までも自己の底に自己を超えたものに於て自己を有つ、自己否定に於て自己自身を肯定するのである。」(竹村牧男、2022年『道元の哲学』p274)
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5015
★「禅マネジメント」小森谷浩志
★「道元の哲学」竹村牧男

 すべての人の共通の根源、人種、性別、宗教に関わらず、すべての人間の平等であることにつながる重要な哲学である。
 これを否定すると、人間の無差別、平等であることを宗教が認める論理を示すことが困難であろう。

 大竹晋氏は、日本の仏教から利他が失われて「いると指摘した。宗教の核心は「利他」ではないのかという疑問がある。(次に述べるが、坐禅に似た「マインドフルネス」が一種の利他を始めた。)
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3930
★仏教学の新しい研究がすすんだ事例=大乗仏教は、利他のはず。

 竹村氏は仏教の学問が進展しないことを嘆いていた。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3467
★学問においてもなぜ、視野狭窄がおこり、気づかないのか
「日本の仏教学を 担う大半が、宗門の関係者であり、自己の所属する宗門の思想・価値の再検討を避ける傾向にあ り、価値判断をともなわない客観的研究に向くことが多い」2009年

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3470
★宗門内に強力なリーダーが必要
「宗門内に内向きに活動するだけでなく、積極的に宗門の外の民衆に語りかけていくこと、自分 を見つめることができるような場を適切な方法で提供すること、などが大事です。 それには、組織的に対応するとともに、現代人にアピールし得る特別のリーダーの出現が望ま れるのかもしれません。今まさに、将来において中興の祖と呼ばれるような、強力なリーダーが必 要なことでしょう。」(2015年)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3471
★教団の外の人々に期待できる
「ところで、人間は何らかの世界観や価値観なしに生きていくことはできません。したがって宗教 や哲学などを求める心は誰にでもあります。しかし既成の閉鎖的な教団に参加することには、た めらいを覚える人も多いに違いありません。そうしたとき、人々は一般的な仏教書を読み学ぶこと によって、自己の思想形成を果たしていくことは大いにあり得ることです。そうしたかたちで、仏教 がひそかに個々の人々の心のなかに生きていく可能性は十分あります。それは、既成の宗門を 離れたところで展開されていく仏教ということになります。自然科学に打ち込んでいる研究者が、 仏教的な世界観に共通のものを見出すことも、珍しくありません。西洋哲学を学ぶ研究者が、仏 教思想にも深い関心を寄せていることもしばしば見受けられます。さまざまな分野の人が、仏教の 魅力にひかれ、仏教の救いについて語り、それらが人々に浸透していく。そうしたかたちで、今後、 仏教が生き延びていくことは十分、考えられます。この動きのなかから、仏教の再生もあるのかも しれません。」 (2015年)

 竹村氏は、宗門内と宗門外の学問的な研究の進展を期待していた。大竹氏と、ご自身とが、学問的な研究を発表された。宗門外の動きである。

 ドイツの哲学者ガブリエルも、西田幾多郎や鈴木大拙を知っていて、日本に来てみて禅の方向を気にしていた。学問も実践も西田・鈴木から知ったものと違うのを見たのだ。そして、壁を破れともいう。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4120
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4131

自己を超えた超個の悟りも否定し、ただ坐禅だけというのは「仏教」と言えるのかという深刻な問題提起

 道元の思想、哲学とは違うことになっているかもしれないという。

 「曹洞宗における悟り体験批判は、近現代から始まったものにすぎず、もともと歴史的に道元に結びつけることが難しい。仮に「悟り体験はいらない」と考えるにせよ、道元の名を借りて悟り体験を批判するのではなく、あくまで「自分に悟り体験はいらない」と表明することが必要になるのではなかろうか。」(大竹晋、p269)

 「近現代の曹洞宗における宗学者たちの悟り体験批判は、仏教が従来果たしてきた、現世に拮抗する役割を低下させ、仏教を、単に現世において楽に生きるための道具へと堕落させてしまう危険性をはらんでいる。・・・そこまで現世否定を欠く仏教を、はたして仏教と呼んでよいか否かは、容易には判定できない問題である。」(大竹晋、p272)大竹晋,2019『「悟り体験」を読む』新潮社
    (注)こういう意味ではないか。
     これに関係する。
    https://blog.canpan.info/jitou/archive/4975
    ★西田哲学、鈴木禅哲学が、学者を批判していたが、一向に変わらない
    ★自分の立場を自己弁護する解釈が、ゆがめる、浅いものとする学説
    https://blog.canpan.info/jitou/archive/3103
    ★自分の立場でなく世界の立場
    https://blog.canpan.info/jitou/archive/2607
    ★エゴイズムの自覚
     悟ることができない自分の立場、または、深い哲学を理解できない自分の立場からさとり(超個の体験)を否定する、というようなことが学問の名において発表されているという意味が西田幾多郎や大竹大竹晋氏、竹村牧男氏の懸念である。私もそう思う。それによって、カルトの被害やうつ病その他種々の精神社会問題などで苦しむ人々の解決に禅が貢献するかもしれない研究がなされない(アメリカでは西田、鈴木が肯定されているようだ)。苦しみ、自殺していく、苦しむのは国民。幸福なのは、自分のできる範囲、理解できる範囲を自己弁護する解釈、学説で教育していれば地位や収入を得る学者。環境が変化していく中で、消費者、受益者の要求に応えない学説が何十年も続く。ビジネスならば、倒産するような学問、教育が続く。
 現在の大学は、こういう少数の至誠の学説、現代の社会から遊離した学説を批判し現代の問題を解決できる方向を示すかもしれない少数派の学問が、教育されない。多数派説のものが多くて、仏教や禅やその学問に魅力を感じさせないのではないか。禅には深い自己探求があることも若手に教育されず、数々の精神社会問題の解決に、無評価で観察のマインドフルネスを超える自己の観察法に、禅が活用できそうだということも、若手の研究者などが教えられることもない。
 孤独の人、悩む人、死にたくなる人に開かれた人生の哲学、禅を見つけることがむつかしい。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4345
★専門家は叡智的自己の立場。自分のもの、自分の組織を死守しようとする傾向=自己保身。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4100
★オルテガ「大衆の反逆」
 大学における多数派が新説、若手を抑圧

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4859
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4922
★学問の自由がない日本
 長老が若手の革新説、批判説を抑圧


 従来の学説では解決できない現実が起きていて、解決すべき新説、枠を超えた説を提起しても排除されて、いつまでも社会問題の解決が遅れる。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2513
★日本には深い人間を探求したひとが多様な分野にいました。今もそういう分野に。
 芸術家、小説家、茶道、俳諧、詩歌、精神療法者、・・・。
 こういう深いものがあるのに、多数派説の学問はいかにも異なっています。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2425
★専門家の倫理
 世界の苦悩、問題は限りがないので、専門家は自分を超えたひとの活動を排除してはならない。 これが最高だと固執してはならない。仏教や禅、心理学、マインドフルネス学などの領域の大学人、精神科医、宗教者などが犯しやすい。

仏教「再生」の学会、質の高い講座を提供する組織を

 上記の引用のように、竹村牧男氏は、自然科学の研究者、西洋哲学の研究者、さまざまな分野の人が、仏教の再生をはかる可能性を指摘している。
 うつ病などが治らない、孤独、不安、自殺、おいこまれての犯罪、差別、ハラスメント、カルトによる被害、様々な社会心理的、精神社会的な問題をかかえている日本。仏教の再生をめざす学会の設立を期待する。そして、多数説だけではなくて、質の高い内容の講座を 提供する組織の設立を期待する。
 (各地の大学におられる学者先生がたは、自説のみ(しかも多数派説が多い)を教えておられる。学生も社会人も解決したい問題をかかえた人たちも魅力を感じないだろうからです。「質の高い教育」ということを考えないと、未来を担う若手が不安です。)
 私は、資格がない、動かす力がない、あまりに高齢。ぜひ、こころある研究者がたがたちあげていただきたい。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4417
★内部だけでしか通用しない理論枠に縛られ
 「科学である以上、実証研究は重要だ。だが、重箱の隅をつつくことばかりに夢中になって、哲学の議論や認識論の考察に耳を塞いではいけない。米国心理学会の重鎮ジェローム・ブルーナーの嘆きを聞こう。・・・」

地方創生SDGs ゴール4「質の高い教育」のうち仏教、禅、マインドフルネス学、うつ病やその治療法などの学問領域に

 これは、地方創生SDGsのうちのゴール4「質の高い教育をみんなに」の一つの提案です。これに関連するプログラムを提案した場合、仏教や禅の学問の領域については、ここに、追記していきます。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4719
★SDGs 4 質の高い教育をみんなに

 もう一つの新しい動きが「マインドフルネス」である。目的を持たないという坐禅と似た「マインドフルネス」が、一種の「利他」(社会で苦悩する人の問題解決支援)に乗り出した。しかし、・・・・。

【関連記事】

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4417
★内部だけでしか通用しない理論枠に縛られ

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2425
★専門家の倫理
 世界の苦悩、問題は限りがないので、専門家は自分を超えたひとの活動を排除してはならない。 これが最高だと固執してはならない。仏教や禅、心理学、マインドフルネス学などの領域の大学人、精神科医、宗教者などが犯しやすい。
 そんなことをしていると(実際にしているから)国民が苦しんでいる問題について若手の研究者やNPO活動の芽をつみ、排除して、国民の問題が解消されない。結果、うつ病が治らない、依存、自傷、自殺、犯罪、反社会的カルトの犠牲、、、、。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4719
★SDGs 4 質の高い教育をみんなに

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4578
★西田哲学の共生

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4094
★ガブリエル

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3461
★見て見ぬふりする社会
 今の自分の職、地位で幸福な専門家。治らないで苦しんでいる人、領域を見て見ぬふり。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4651
★追放される「カサンドラ」
 広い立場から見て、従来の多数派、幹部を批判して追放される

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3577
★多数説、少数説の例

(続く)

【連続記事】専門家の倫理〜学者・医師・宗教者・マインドフルネス者
(1)  (2)  (3)  (4)  (5)  (6)  (7)  (8)  (9この記事)  (寄り道です)  (寄り道です)  (10)  (11)  (12)  (13)
【連続記事】専門家の倫理〜学者・医師・宗教者・マインドフルネス者 (1)問題提起

(2)なぜ、エラい人は高圧的に振る舞ってしまう?

(3)多数派の「自覚なき力」に要注意
 〜 外よりも内をひいきする心のメカニズム

(4)多数派の絆の強さが歪んでしまう「黒い羊効果」

(5)内集団ひいきが社会の問題の解決をおくらせる弊害

(6)民主主義だからこそ、少数派の声に耳を傾ける
 難治性の病気は、少数派であり、その研究者治療医師は少数
 少数だからといって、「無用」といってはならない
 薬物療法で治らないうつ病を研究、治療する医師は少数派である
 少数派だからといって、多数決で排除してはならないはずなのに
 「うつ病を治すという評価観察のマインドフルネスを必要とするのは少数だから無用」 といって排除する多数派

(7)民主主義国家である日本も、多数派がマイノリティを不当に扱っている
〜 多くの社会心理学者が指摘

(8)禅学もマインドフルネス学も認知行動療法学も停滞

(9)禅学は停滞していたが幾十年ぶりか今年重要な研究が

(他のテーマ)

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(10)「マインドフルネス」も「無評価で観察の瞑想」の限界
 〜 現場での種々の深刻な社会の解決の心の闇の観察が見えない

(11)「マインドフルネス」も「無評価で観察の瞑想」の限界
 〜 要旨

(12)認知行動療法の学問研究も期待したが

(13)研究者の倫理 〜 誠実であれ、マイノリティのための少数説を排除せず共生を=西幾多郎や鈴木大拙、社会心理学者
Posted by MF総研/大田 at 22:00 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
(5)内集団ひいきが社会の問題の解決をおくらせる弊害 [2022年07月15日(Fri)]
【連続記事】専門家の倫理〜学者・医師・宗教者・マインドフルネス者

(5)内集団ひいきが社会の問題の解決をおくらせる弊害

 「内集団ひいき」が社会の発展、問題解決を遅らせる弊害については、2019年11月にも、考えていました。
 これも「社会心理学」という人文科学です。仏教、禅、マインドフルネスなどの専門家も、「社会心理学」のような行為をしていて、自覚がない(アンコンシャスバイアス)ように見えてしまうところがあると感じるのは、私だけではないのです。少数説が、長い年月、主張されてきましたが、ほとんど教育されません。多数派が多いからです。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4432
★ 内集団びいき

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4434
★屈辱感から敵視=学者や宗教者さえも

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2425
★専門家の倫理
 世界の苦悩、問題は限りがないので、専門家は自分を超えたひとの活動を排除してはならない。 これが最高だと固執してはならない。仏教や禅、心理学、マインドフルネス学などの領域の大学人、精神科医、宗教者などが犯しやすい。

 ここに、多数説、少数説を紹介しましたが、このあとにも、禅の学問、「マインドフルネス」の学問にも、新しい研究が出てきて、多数派説をゆるがすようなことが起きています。多数説は、広く浸透するので、学生や社会人に新しい情報は届きにくいでしょう。しかし、学問だから、新説が徐々に教えられていくでしょう。
 さすがに、科学、学問です。長い年月の経過で修正されていきます。しかし、宗教は変わりにくいでしょう。「学問」のような、「論理的」でないところがあり、検証不能なところがありますから。教義について宗教の自由がありますし、非課税であるために公的な調査も入りにくい。
 少数説の学問成果も、教育される制度ができればいいのですが、どうも、うまくいきません。SDGs ゴール4「質の高い教育をみんなに」ということは、自殺、家庭崩壊、人生を狂わせるような重大な領域については、本当に実現してほしいです。今の大学は、その学者の説だけが教育されます。偏ってしまいます。何かいい仕組みができないものでしょうか。

 瞑想時だけの観察だけではなくて、現場で評価している自覚なき執着嫌悪差別偏見などの心理も観察すべきだというマインドフルネス心理療法SIMTは、少数説です。うつ病などにいささか完治する実績がありましたが、これをいいと「評価」してくださることがないままに、消えていきます。
 ただし、文字で残したので、10年か20年後に、次世代のひとが再興してくださることを期待します。ぞして、SIMTは学問ですから、粗いところを精密に、間違いを修正して、発展させていただきたいと思います。これからの1年ほど、種まきをしたいと計画しています。一粒でも10年後に、花咲き実ることを期待して。

【連続記事】専門家の倫理〜学者・医師・宗教者・マインドフルネス者
(1)  (2)  (3)  (4)  (5この記事)  (6)
【連続記事】専門家の倫理〜学者・医師・宗教者・マインドフルネス者 (1)問題提起

(2)なぜ、エラい人は高圧的に振る舞ってしまう?

(3)多数派の「自覚なき力」に要注意
 〜 外よりも内をひいきする心のメカニズム

(4)多数派の絆の強さが歪んでしまう「黒い羊効果」

(5)内集団ひいきが社会の問題の解決をおくらせる弊害

(6)難治性の病気は、少数派であり、その研究者治療医師は少数
 少数だからといって、「無用」といってはならない
 薬物療法で治らないうつ病を研究、治療する医師は少数派である
 少数派だからといって、多数決で排除してはならないはずなのに
 「うつ病を治すという評価観察のマインドフルネスを必要とするのは少数だから無用」 といって排除する多数派

Posted by MF総研/大田 at 21:44 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
専門家の倫理 学者・医師・宗教者・マインドフルネス者 [2022年07月07日(Thu)]
【連続記事】専門家の倫理〜学者・医師・宗教者・マインドフルネス者

自己を観察させる専門家の倫理〜問題提起

 私は、残り短い生命をSDGsのターゲット3.4自殺防止に専念したい気持ちがあります。 ぎりぎりの時に、竹村牧男氏が、道元禅師には「ただ坐禅するのが尊い」というだけではなかった、深い人間哲学があったという学術書を出版されて、嬉しく思います。禅、道元の学問が進展することを期待します。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4950
★今、東洋の哲学で警告していたことを現実に見ている
  空海、道元にも、西田、鈴木がいうような深い「超個」、「超個の個」があった
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5015
★日本には、深い自己洞察「マインドフルネス」があった
 禅の学問に新しい展開=
 小森谷浩志(中国の「禅の十牛図」を元に「禅マネジメント」)
 竹村牧男氏(「道元の哲学」)

 日本には、深い観察の哲学があるのに、真剣な学問的な議論がされずに、見捨てられていると思います。反対の意見があるならば、学問的な反論をすべきです。重大な問題は、多数決で決めないように。周りの人々(檀家信者、学生、自分の家族までも)の人生や生命を左右するのです。

 だから、学問の成果を教育するのも内容が多数派説の学問だけでは危険であると感じています。うつ病の治療法の教育も、薬物療法の教育だけでは、質が高いとはいえないでしょう。認知行動療法やマインドフルネスもそうです。多数派説の教育だけでは「質が高い」とは言えないと思います。 ゴール4も重視しています。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4719
★地方創生SDGs4 質の高い教育をみんなに

 ジョン・カバットジン氏の「マインドフルネス」にも、エゴイズムの観察、最も深い「全体性」が示唆されているので、深い禅と、ジョン・カバットジン氏のマインドフルネスが学問的に深化していくことを期待します。

 学者・医師・宗教者・マインドフルネス者には、周りに深い問題を知りたい人がいますので、責任は重大です。その言動が人生を左右します、生命を左右します。学者の倫理、医師の倫理、宗教者の倫理、マインドフルネス支援者の倫理を本人はどう堅持しておられるのでしょうか。

 時間がありませんので、断片的に取り上げておきます。考えていただきたいのです。後の学問で間違ったと指摘されることをしているかもしれません。うつ病のような生命にかかわる科学の発展を妨害しているかもしれません。
 宗教といいながら、自分を強固に残して自分の「考える概念としての」一つの見方に過ぎないかもしれません。宗教は「自己を超えたもの」ではないのでしょうか。哲学者はそう教えています。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3031
★医師の宗教観が、倫理に関係
 フランクルは医師でしたが、宗教レベルは宗教者にまかせるといい、医学と宗教を峻別しました。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3159
★マインドフルネスは危険なこともある

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3855
★正しさをゴリ押し 〜 学者、医師、宗教者がすると大きな影響

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2787
★専門家はみなエゴイズムになりやすい
 学者、医師、宗教者、マインドフルネス指導者は叡智的自己の典型。大丈夫でしょうか。自分のものを最上だとみなす慢心高慢。深層意識の自分の利益、地位、立場、結局、自利。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2425
★専門家の倫理
 世界の苦悩、問題は限りがないので、専門家は自分を超えたひとの活動を排除してはならない。 これが最高だと固執してはならない。仏教や禅、心理学、マインドフルネス学などの領域の大学人、精神科医、宗教者などが犯しやすい。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2814
★田宮虎彦の小説

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3873
★忖度はびこる日本 〜 学問、医学、宗教、マインドフルネスの現場はどうでしょうか
 弱者、マイノリティ、少数派の声が排除される

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4413
★専門家多数派のエゴイズムを考える
 社会・世界の立場でなく自己の利益

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4760
★自分の頭で善悪評価判断しなくなることを嘆く哲学者

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3611
★誇大誇張広告 自利優先 生命を失うかもしれないのに
 「寛解」「改善の効果」は「完治」とは違う

 「無評価」のつもりは 「非意識の偏見、アンコンシャスバイアス」 の可能性が大です。学問、医療、宗教、マインドフルネス支援の現場は、評価が必須です。善悪、すべきすべきでないなどの連続です。家庭でも、虐待はいけない、厳し過ぎるしつけはよくない。
 「マインドフルネス」といえば、外国産のものがいい、というのも「評価」です。無評価で観察だけですまして7つの態度で観察しない方法の選択も非意識の評価です。
 学者、医者、宗教者、マインドフルネス者の無意識の偏見が横行していませんか。必然的に、うつ病の心理療法も発展しないのではありませんか。
 入手しやすい本があります。
「あなたにも無意識の偏見アンコンシャスバイアス」(北村秀哉)河出書房新社




【連続記事】専門家の倫理〜学者・医師・宗教者・マインドフルネス者
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【連続記事】専門家の倫理〜学者・医師・宗教者・マインドフルネス者 (1)問題提起

(2)なぜ、エラい人は高圧的に振る舞ってしまう?

(3)多数派の「自覚なき力」に要注意
 〜 外よりも内をひいきする心のメカニズム

(4)多数派の絆の強さが歪んでしまう「黒い羊効果」

(5)内集団ひいきが社会の問題の解決をおくらせる弊害

(6)民主主義だからこそ、少数派の声に耳を傾ける
 難治性の病気は、少数派であり、その研究者治療医師は少数
 少数だからといって、「無用」といってはならない
 薬物療法で治らないうつ病を研究、治療する医師は少数派である
 少数派だからといって、多数決で排除してはならないはずなのに
 「うつ病を治すという評価観察のマインドフルネスを必要とするのは少数だから無用」 といって排除する多数派

(7)民主主義国家である日本も、多数派がマイノリティを不当に扱っている
〜 多くの社会心理学者が指摘

(8)禅学もマインドフルネス学も認知行動療法学も停滞

(9)禅学は停滞していたが幾十年ぶりか今年重要な研究が

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(他のテーマ)

(10)「マインドフルネス」「無評価で観察の瞑想」の種々の問題
 〜 現場での種々の深刻な社会の解決の心の闇の観察が見えない

(11)「マインドフルネス」「無評価で観察の瞑想」の種々の問題
 〜 要旨

(12) 他者を不幸にしてまでも大将になりたい、金がほしい、地位名誉が欲しい、そして、ついていく幹部、物や心を収奪されるあわれな子羊

(13)認知行動療法の学問研究も期待したが

(14)西田哲学も理解せずして否定する学者
  =道元も西田も世界にほこれるのに日本人が矮小化、否定するおかしさ

(15)ガブリエルによる批判〜全体主義的な学者、宗教者も

(16)マルクス・ガブリエルは西田幾多郎否定していないだろう
 〜 ガブリエルも西田幾多郎も全体主義を批判

(17)専門家、研究者の良心・倫理はいかにあるべきか
 (1)学者、宗教者はエゴ的になりやすい

(18)専門家、研究者の良心・倫理はいかにあるべきか
 (2)集団のトップが内外の人権を侵害

(19)専門家の倫理
  〜 誠実であれ、マイノリティのための少数説を排除せず共生を=西田幾多郎や鈴木大拙、竹村牧男氏、社会心理学者
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4960
★暫定的にこれをリンクしておきます。
Posted by MF総研/大田 at 07:53 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
禅と無評価観察マインドフルネス、SIMTの違い [2022年07月04日(Mon)]
医療従事者は、うつ病、自殺が多い。その原因が医師によるハラスメントにあるようです。なんとも ひどい状況が明らかになりました。やはり、この領域には、医師から独立して改善支援できる心理職の創設が望ましい、その対策を政府がとってほしい。精神科医の反対があろうとも、それをしないと、医療従事者はおろか、国民のうつ病が治らないで自殺がなくならないでしょう。(次の記事)

【連続記事:自殺対策〜心理職に期待】 >

マインドフルネス心理療法SIMTの特徴
観察の範囲、説明のしかたの違い
 〜禅と無評価観察マインドフルネス、SIMTの違い

 少数の禅の人(主に海外で活躍の人)もマインドフルネスをいっています。それが、無評価で観察をいう説と自己を超えた深い観察をいう説とがあります。 禅にも、承知の通り、「ただ坐禅するのが尊い」という曹洞宗の禅(以下、A「ただ坐禅のみの禅」と称します)と、自己を超えた深いものをいう臨済禅(以下、B「超個の個をいう禅」と称します)があります。

 ここでは、うつ病などの回復支援となるべきマインドフルネス心理療法SIMTとの類似性、相違性についての、学問研究の状況だけ簡単に述べます。詳細は、「科学的」「学問的」になりますので、すでに書いた記事や文献を参照してください。

 昭和の時代には、断片的に「道元にも深いB超個の個があった」とする禅僧や学者がいました。 学者では、西田幾多郎、西谷啓治、鈴木大拙、井筒俊彦、秋月龍aなどです。平成の時代には、もう、道元は、「この深いレベルである」とする学者の書籍はほとんど見たことがありません(見落としがあればお知らせ下さい)。すなわち、昭和の後期、平成の時代には、道元には深い禅の哲学(超個の個)があったと教えられた学生はいないでしょう。

 しかし、多数の学者は、道元は、A「ただ坐禅のみの禅」を主張した、超個などない、悟りなどない、と主張しました。つまり自我の根底の超個など認めない解釈です。書籍やインターネットなどで紹介される禅もこれが多いです。そして、無評価で観察のマインドフルネスに類似しているためでしょうか、「マインドフルネス」との協調のイベントがみられます。坐禅時でない時、瞑想時でない時の観察を言わない点が類似します。そういうマインドフルネスや禅を必要とするひとが多いのですから、共生社会として望ましいことです。しかし、深刻な問題の解決を必要とするマインドフルネスや禅も排除してはならないのです。そういう、異なる意見も尊重し排除しないことが、深い立場からの「共生社会」であることを教えた鈴木大拙でしたから。

 さて、ここで、マインドフルネスSIMTとの類似性、相違性ですが、最近、わかりやすくなりました。A「ただ坐禅のみ」という説は、「無評価で観察のマインドフルネス」と類似します。 この両方とも、自己の深まりは言いませんから。また、対人関係のただなかではありませんから。坐禅時、瞑想時ですから。
 マインドフルネスの中でも、やや違うのが、アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)です。自己の深まりをいうので、A「ただ坐禅」や「無評価で観察」のマインドフルネスやMBSRと違って、自己の深まりがあります。つまり、学問的に、相違するわけです。

 平成の時代には、道元についても、B「超個の個」であったとする禅の書籍(詳細な書籍)は、見つけることができませんでした。道元は、「無評価で観察のマインドフルネス」と類似するものだったのか、つまり、自我まるだしの自己をそのまま信じ認めて坐禅するのが宗教なのか(宗教とは自己を超えたものに頼むのではないのか)、うつ病さえも治すことができない程度のものだったのか、極めて重い疑問が出てきます。戦乱餓死で苦しみ死を覚悟する平安末期から鎌倉時代のころの人々にそのような教えですんでいたのか、という疑問がありました。現代人も、そのままの自己で坐禅して深刻な問題の解決になると思うでしょうか。

 このような中にあって、2つの禅の「学問的な」書籍が発売されました。

1,小森谷浩志『禅的マネジメント』内外出版社、2022年3月
    経営学の本です。禅は、10段階の深まりがあるとする中国の「十牛図」を参照しています。道元にも、深い超個の個の主張があると解釈しています。
     十牛図の第8が超個の悟りとしていますし、道元もこれがあると解釈しています。この超個の悟りを得たものには、すべてが、超個が自己否定した現成したものとされます。 だから、超個を悟ったもの、身心脱落したものの坐禅も、超個の現成としての坐禅になるので道元が重視するのは当然です。自己が残っている(第7)坐禅ではないわけです。このような深い超個の個の禅は、臨済宗に残っています。
2,竹村牧男『道元の哲学』春秋社、2022年6月
    道元のほとんどすべての文献を参照した本格的な道元論です。道元の文献には、「身心脱落」「脱落身心」の語がしばしば出てくるが、「身心脱落」は、西田、鈴木、井筒らの絶対無、超個、無分節に該当して、「脱落身心」は、「超個の個」に該当するということを 的確に論証しています。すなわち道元には、深い哲学があった、とする本格的な道元論です。道元のほかの学問的な解釈の相違があったことについて、新しい見解が展開されて、道元が現代によみがえったような印象があります。
     道元には「見性」の否定の言葉が出てきますが、それは、超個の体験の否定ではないようです。私も同様です(注)。私はある解釈をもっているのですが、機会があれば、著者にお伝えしてみたい気があります。
      (注)私も大学院修士課程で研究者のまねごとをしました。修士論文は『道元の仏道の階位』です。道元は、絶対無、超個の体験を否定していないことをあきらかにしました。そこは、竹村説と同じです。そして、竹村氏の書籍では、難解な道元の言葉を脱落現成(超個の個)の視点からのことばであると見事に説明しています。戦前から含めると100年も論争されてきた問題に学問的な解明がすすんだと感じます。(時間があれば、すぐれた学問成果を読むことが好きで、逐一詳しく竹村説をご紹介したい欲求にかられますが、SIMTの実践化に残りわずかな生命をかけるしかないことが残念です。うつ病などを改善する心理療法の必要性を訴えることに注力したいがあと数年、生命があることを望みます。)

      竹村牧男氏の本書は、道元に限らず、現代日本の仏教および、学問の再検討を促す画期的な書籍だと思います。禅にもジョン・カバットジン氏のマインドフルネスにも関係しますので、本書は、しばしば、触れます。
      https://blog.canpan.info/jitou/archive/5015(この記事)
      https://blog.canpan.info/jitou/archive/5018
      https://blog.canpan.info/jitou/archive/5027
      https://blog.canpan.info/jitou/archive/5028
 道元は、坐禅によって悟る(超個の体験をする)ことができると主張していたというのは、ここに記しました。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3277

 禅の2つの潮流、ただ坐禅するのが尊い、というのでは、無評価で観察のマインドフルネスに似ているので、現代人の深い社会問題には応えられないでしょう。事実、西田幾多郎がなくなってから、75年もたつのに、その禅は、現代の社会問題の解決に活用されていません。実践者数では、無評価で観察のマインドフルネスに席を譲ったような状況です。死の淵にあるがん患者の支援にも活用されてきませんでした。
 しかし、元来の道元禅と臨済禅には、現代の哲学にも耐える深みがあるのに、実践方法がわかりにくく、がん患者にも活用できません。

 道元には身心脱落の体験、超個、絶対無の体験の強調があったということのほかに、重要なことがあります。道元は、坐禅と我利我執の観察を重視しました。つまり、現代の哲学でいえば、(公案ではなくて) 坐禅(瞑想)の実践とエゴイズムの抑制によって、身心脱落(絶対無の体験)を得ることができる、ということです。ここに、現代的な意義があります。私は西田哲学によって、マインドフルネスSIMTを構成しましたが、道元の言葉によっても、現代的なマインドフルネス実践(坐禅時だけではなくて、我利我執の起きる家庭、職場まで拡張)を構成できるであろうという予測ができます。
 臨済禅も、公案での方法の前の段階の希望者に、やさしく説明して実践してもらう方法を開発できないでしょうか。公案の方法しかない、というのでは、普通の檀家信者一般の人を拒絶しているように感じます。少子化がすすむ現代ですが、臨済の宗門には危機感はないのでしょうか。

 宗教が許可される施設、宗教が尊敬されるところで、現代的な禅マインドフルネスを構成できるのです。それができれば、禅という宗教の再興になりそうです。多くの場所で貢献できることで、禅寺に多くの在家が通うかもしれません。

 大田健次郎(2022)の著書は、このレベルの実践論で、昭和の時代にたくさんあった、宗教史的なわかりにくい説き方ではなくて、マインドフルネス心理療法として、哲学的に説明したものです。宗教としての臨済宗の実践方法は、公開されず公案を用います。現代の在家の人にとってわかりにくいです。SIMTは、論理的に説明しますが、さすがに、レッスン第10の絶対無(超個の体験と論理的説明)はわかりにくいでしょう。実践してわかってくるものです。実践しないと信じられないでしょう。臨済禅もマインドフルネスSIMTも実践しない人は信じにくいでしょう。
そんなに深いSIMTでなくても、数年も治らない非定型うつ病が、まさかSIMTで治るとは、実践しない人には、信じられないのも同様です。多くの難治性のうつ病、非定型うつ病のひとが治っています。

 このように、禅について、経営学者と仏教学者から多数の人々が主張するのとは異なる説が発表されました。禅の学問もまだまだ発展途上です。
 禅でいう深い自己が真相かもしれないことを考えると、マインドフルネスの学問も、まだまだ歴史的に浅い学問です。MBSRは、「無評価で観察」だけではありません、7つの態度で観察するし、ずっと先に「全体性」があります。これも実践されていません。マインドフルネスも、これから、さらに、学問的な研究を重ねていかねばなりません。
 自殺という「死」を招く「うつ病」や適応障害などの患者を救済できる哲学を含む精神療法(心理療法)を開発できるかもしれないからです。「無評価で観察」のマインドフルネスでは、うつ病を完治できる効果は認められず、自殺念慮の重い患者には、自傷自殺のリスクが高まるという報告もありました。

 SIMTの実践方法も3冊公刊しましたが、学問(哲学、生理学、精神疾患医学など)ですから、完成はありません。研究し、新しい科学的知見によって発展させていくものです。心理学、臨床心理学なども考慮すれば、種々の領域で新しい方法が開発されるでしょう。種々学問的な考慮も推奨されます。ちなみに、この精神療法は、臨床には、難治性の患者、深刻な事情をかかえる患者のカウンセリングになるので、多大の時間とスキル上達の自己実践が必要であり、種々の学問的な研究とは時間が両立しにくい特徴があります。心理学や哲学を研究することは大変面白いです。しかし、それに時間を割きすぎると、臨床の時間がとれなくなります。臨床者と研究者とがお互いを尊重しあって協調しながら患者さんのためによりよい方法に改良していくのがいいと思います。これまでは、学問するひとが、臨床もせずに、臨床の苦労も知らずに、臨床者を無視、排除する傾向を敏感に感じました。文献にむかって学問をするだけではなくて、臨床から得られる理論の乖離を指摘する現場の意見、若手の変化を感じ取ったうえでの新しい意見を尊重してほしいと思います。 村木厚子氏のように、学者は異なる実践を開始するNPOを排除せず、寛大な目で受容していただきたいものです。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3928

 うつ病が薬物療法で治らない患者がいます、これまでの認知行動療法(第三世代まで)では、治らない患者がかなり多くおられます。新しい心理療法の研究開発が必要です。
 経営難から医師が取り組めないならば、心理職が研究開発し、心理職が臨床に従事する制度を作ってほしいと、細い1本の糸をたよりに政府に提案します。
https://match.future-city.go.jp/pages/platform/c301/2200159 
★内閣府・地方創生SDGs官民連携プラットフォーム

(注)マインドフルネス心理療法SIMTとは
 自己洞察瞑想療法のこと。日本で開発された深い観察。
大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社
大田健次郎(2014)『 不安、ストレスが消える心の鍛え方――マインドフルネス入門』清流出版
大田健次郎(2022)『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』佼成出版社

【第4世代の認知行動療法】
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4236
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4887
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4947

【連続記事】
うつ病や不安・不眠の人が薬を減らす時の 重要な注意事項 〜 ベンゾジアゼピン離脱症候群
【1】   【2】   【3何年か後の予定、成功した!と】
【自殺対策〜心理職に期待】
 【1】  【2】  【3】  【4】  【5】  【6】  【7】  【8】  【9】  【10】  【11】  【12】  【13】  【14】  【15】  【16】  【17】  【18】  【19】  【20】  【21】  【22】  【23】  【24】  【25】  【26この記事】  【27】
【目次ー自殺対策〜心理職に期待】
【1】うつ病を完治に導くSIMTのこれまでの経過
【2】地域での自殺対策に心理職の関与が少ない
【3】心理職と自殺対策の関わりについて3つの印象
【4】地元の人も行動をおこしてみませんか
【5】医大付属病院と心理職共同で検証実験を
【6】心理職がうつ病の治療に共同で実験を(2)
【7】医師による心理カウンセリング
【8】がん患者の心のケアも心理職が
【9】慢性の痛みを抱える人にマインドフルネス心理療法SIMTを
【10】ながびく「ひきこもり」のところにも心理療法を
【11】うつ病や不安・不眠の人が薬を減らす時の 重要な注意事項 〜 ベンゾジアゼピン離脱症候群
【12】ベンゾジアゼピン系薬剤の離脱症候群について 〜 厚労省のマニュアル
【13】子どものうつ病の回復、自殺防止の領域にも心理職が
【14】うつ病を予防・改善し自殺を防止する対策〜自治体・企業が
【15】産前産後うつ病の支援にも心理職による認知行動療法
【16】どこかで試験的に認知行動療法センターを
【17】内閣府「地方創生SDGs官民連携プラットホーム」に「ソリューション」登録
【18】自殺防止対策〜相談機関が連携を
 〜 精神科医の治療を受けていても自殺
【19】子どもに多い不安症の一つ「場面緘黙」(選択性緘黙)
【20】小中高の学校の教師のうつ病による休退職、自殺
【21】過労うつ病、過労自殺〜精神障害の労災認定
【22〜2?】マインドフルネス心理療法SIMTの特徴
【22】(1)観察の範囲の違いー生活場面・時の違い
【23】(2)観察の方法の違い
        ー無評価だけ、さらに6つの態度、本音・価値
【24】(3)観察の範囲の違いー自己の深さの違い
        ー自己とは何かという存在論の哲学
【25】(4)観察の範囲の違い
         ーハラスメントする心理・エゴイズムの心理
【26】(5)観察の範囲、説明のしかたの違い
  〜禅と無評価観察マインドフルネス、SIMTの違い
【27】医療従事者の自殺が多い
  ハラスメントがうつ病に追い込み自殺もあることを最も知るべき医師が!!

(以下続く)
Posted by MF総研/大田 at 14:56 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
(4)観察の範囲の違いーハラスメントする心理・エゴイズムの心理 [2022年07月01日(Fri)]
【連続記事:自殺対策〜心理職に期待】 >

マインドフルネス心理療法SIMTの特徴
(4)観察の範囲の違い
    ーハラスメントする心理・エゴイズムの心理

 自己の種々の意識現象を観察することによって、自分の苦悩を解決しようというところが仏教であるが、時代が変わるにつれて、苦の内容も変化しました。それを解決する精神療法に似て、当然、その時代の苦を解決しようとしました。 だから、観察の内容も変化していきました。たとえば、エゴイズムの心理の観察をするかどうかの違いを検討しましょう。

 マインドフルネス心理療法SIMTは、感情を引き起こす自分の独自の評価基準を観察します。好き(強くなると「執着」)、嫌いがあります。評価基準が、各人ちがっています。
 仏教ならば、禅が嫌い、禅が好き、悟りをいう臨済禅が嫌い、悟りを言わない曹洞禅が好き、嫌い、密教が嫌い、好き、などあります。
 マインドフルネスも、無評価で観察のマインドフルネスが好き、いや、嫌いだ、とあります。
 学校に行くべきだ、いや、行かなくてもいい、マスクをすべきだ、いやしなくていい、ワクチンを打つべきだ、いや、打たなくていい、個人によって違います。

 ロシアの行動には、反対だ、賛成だ、あるでしょう。

 見たもの、考えたことが、個人の基準に違うと、不愉快な感情を起こします。 その感情が起きたとき、どう反応するかによって、人間関係が悪化したり、うつ病になったりします。
 自分の勝手な欲求(好き、執着)によって、他者にハラスメント、いじめ、差別、排除、暴力などで苦しめます。他国を 侵略して、苦しめることもあります。

 自分が、つらく感じる「感情」、他者をつらくさせる感情を観察することは、無評価で観察するマインドフルネスでは、ただ、感情をそのままにしているだけでしょう。対人場面ではなくて、瞑想時だから、すぐに対処行動をしなくてすみます。それでは、深い問題は解決しません。MBSRもMBCTも、うつ病を治す効果はないことが知られています。

 観察、マインドフルネスには、感情の背後にあるエゴイズムの心理を観察するものとしないものがあります。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3605
★マインドフルネス心理療法SIMTは、自覚することの少ない「本音」を観察します。
    (注)大乗仏教では「煩悩」といい、西田哲学では「独断偏見」というのに似ています。他者から意識される「エゴイズム」に類似します。うつ病などになる本人には「エゴイズム」という用語ではふさわしくないし。「煩悩」では苦悩する人に、この用語は難しく、宗教用語は使いたくないので、心理a療法としてなじみやすく、使いやすい用語として「本音」と呼ぶことにしました。また、日本では、「宗教」とみなされると、公的場所を利用できませんので。「宗教」が日本では、尊重されていません。公的場所では「ふさわしくない」と「評価」されているのですね。幸い、マインドフルネスSIMTは、「公的場所ですから、利用できません」と断られることはなくなりました。どうして、日本では、宗教が尊重されないのでしょうね。

    https://blog.canpan.info/jitou/archive/4136
    ★「本音」を英語ではどういうでしょうか。アメリカにはない概念でしょう。アメリカの学生に、日本のマインドフルネス心理療法として説明しました。通訳の方が、適切に訳してくださいました。「煩悩」の和訳(passions?)はつかわれませんでした。
    http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/english/japanese-mindfulness.htm
 人は、自分の仕事の専門家になり、権力(人事権、評価する上司、政治家、宗教者、大学教員、院長も)を持つと、他者を苦しめる行為をするものがいます。権力を持つ者に迎合、忖度する者も同じです。独断偏見の気づき抑制を、西田哲学では重視します。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2228
★専門家のエゴイズム  無意識的に、あるいは、意図的に、好き嫌いの基準、独断、偏見を持つものであるから、これを「本音」といいます。幅広い概念です。宗教者、政治家、学者の独自の解釈もそれに執着すると「本音」です。SIMTでは本音を観察します。

 道元禅も、独断偏見を観察します。次で説明しています。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3251

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3277

 瞑想や坐禅でない時に、不快な感情が起こります。そこにある独自の好き嫌いの基準に気づき、言葉や行為を抑制しないと、他者を傷つけるが、自分も批判されて苦しめられます。
 このように、家庭や職場のようなところでは、独断、本音に気づくことで、衝動的、独断的な発言や行為を抑制できるようになります。

 自己、他者を苦しめる言葉、行為は、瞑想でない 時に、起こります。従って、家族の対面時、職場での行動時、インターネットでの言葉、映像の受け取り、発信時のエゴイズムの心理の観察、その影響の評価、抑制するかしないかの判断のあるマインドフルネスと、それがない「瞑想時」だけの、観察では、圧倒的な違いが予想されます。

 最近、無評価で観察のマインドフルネスの限界が報告されています。
 一方、行動時の評価現場でのマインドフルネス心理療法SIMTは、まだ、臨床試験をしてくださるところがない(マインドフルネスの専門家からSIMTはつまらないと「評価」されているのでしょう、まさに「評価」です)ために、限界が確認されていません。効果は、ある程度、報告されています。難治性のうつ病、パニック症などに寛解でなく完治の効果がみられます。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4988
★SIMTによる効果

【専門家のエゴイズムに関する記事】
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3611

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4100

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3589

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3669

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3853

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3928

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4413

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4052

(続く)

(注)マインドフルネス心理療法SIMTとは
 自己洞察瞑想療法のこと。日本で開発された深い観察。
大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社
大田健次郎(2014)『 不安、ストレスが消える心の鍛え方――マインドフルネス入門』清流出版
大田健次郎(2022)『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』佼成出版社

【第4世代の認知行動療法】
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4236
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4887
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【目次ー自殺対策〜心理職に期待】
【1】うつ病を完治に導くSIMTのこれまでの経過
【2】地域での自殺対策に心理職の関与が少ない
【3】心理職と自殺対策の関わりについて3つの印象
【4】地元の人も行動をおこしてみませんか
【5】医大付属病院と心理職共同で検証実験を
【6】心理職がうつ病の治療に共同で実験を(2)
【7】医師による心理カウンセリング
【8】がん患者の心のケアも心理職が
【9】慢性の痛みを抱える人にマインドフルネス心理療法SIMTを
【10】ながびく「ひきこもり」のところにも心理療法を
【11】うつ病や不安・不眠の人が薬を減らす時の 重要な注意事項 〜 ベンゾジアゼピン離脱症候群
【12】ベンゾジアゼピン系薬剤の離脱症候群について 〜 厚労省のマニュアル
【13】子どものうつ病の回復、自殺防止の領域にも心理職が
【14】うつ病を予防・改善し自殺を防止する対策〜自治体・企業が
【15】産前産後うつ病の支援にも心理職による認知行動療法
【16】どこかで試験的に認知行動療法センターを
【17】内閣府「地方創生SDGs官民連携プラットホーム」に「ソリューション」登録
【18】自殺防止対策〜相談機関が連携を
 〜 精神科医の治療を受けていても自殺
【19】子どもに多い不安症の一つ「場面緘黙」(選択性緘黙)
【20】小中高の学校の教師のうつ病による休退職、自殺
【21】過労うつ病、過労自殺〜精神障害の労災認定
【22〜2?】マインドフルネス心理療法SIMTの特徴
【22】(1)観察の範囲の違いー生活場面・時の違い
【23】(2)観察の方法の違い
        ー無評価だけ、さらに6つの態度、本音・価値
【24】(3)観察の範囲の違いー自己の深さの違い
        ー自己とは何かという存在論の哲学
【25】(4)観察の範囲の違い
         ーハラスメントする心理・エゴイズムの心理
【26】(5)観察の範囲、説明のしかたの違い〜禅との違い
【27】医療従事者の自殺が多い
  ハラスメントがうつ病に追い込み自殺もあることを最も知るべき医師が!!

(以下続く)
Posted by MF総研/大田 at 19:30 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
(3)観察の範囲の違いー自己の深さの違いー自己とは何かという存在論の哲学 [2022年06月30日(Thu)]
【連続記事:自殺対策〜心理職に期待】 >

マインドフルネス心理療法SIMTの特徴 (3)観察の範囲の違いー自己の深さの違いー自己とは何かという存在論の哲学

 マインドフルネスには、種々の流派があります。仏教が苦の解決、自分とは何かという探求をするものであったために、時代、環境、思想、科学の発展などの変化によって、仏教も種々の宗派に分かれています。同様に、「マインドフルネス」も問題を解決したい、自己存在とは何かの探求をしたいという要求によって、多くの流派があります。 世界は、各人の夢を実現していくものですので、各人が違う価値を求めます。学問、医療、芸術、教育、ビジネス、・・・。
 世界観、人間観の見方の違いも観察されました。ここでは、「マインドフルネス」の「自己」とは何かの哲学の違いを見ておきます。

 西田哲学によれば、自己は図のように深くなっていきます。

知的自己から人格的自己まで.jpg

 無評価で観察のマインドフルネスは、自己については何も探求しません。 MBSRにもありません。

 アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)には、3つの自己を観察するといいます。最も深い「文脈としての自己」は、西田哲学の階層でいえば、叡智的自己の一番浅いところに該当すると解釈されます。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/2080
★ACTにおける自己の階層

 弁証法的行動療法にも、自己の哲学があります。

 賢明な自己が深いといいます。

 西田哲学でいう人格的自己なのかどうかわかりません。

 SIMTは、後期西田哲学の生活実践化ですので、西田哲学によります。最も深い自己が人格的自己です。これは、中国禅の「十牛図」でいえば、最も深い段階の「第十」です。道元も、ここを言います。日本の禅も深いのですが、宗教者の独特の言葉の使いかたがされた文献ですので、現代人にはわかりにくいです。西田哲学が論理的に説明しました。深い深刻な苦悩は、深い自己にかかわります。古代の思想、哲学による自己観で、現代人が納得して、真剣に実践するか考えたいものです。
 西田哲学は、図のように深まるとします。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3914
★叡智的自己です。
  内在の世界、世界の中に自分の生きがい(価値)を見つけて、それの実現維持に一生を捧げる自己。人はみな、違う叡智的世界を生きています。時に、それができる自分に執着してうぬぼれて、自分の価値を死守しようとするエゴイズムの行為をするひとがいます。異論の排除、殺戮、左遷、ハラスメント、差別、・・・。学問も争います。学問的な議論批評をすればいいのに、そして、受益者がちがうので共生すればいいのに、議論もせずに、異説、少数説を権力により排除します。
 叡智的自己は、執着する「自己」が残っています。「十牛図」でいえば、第7「忘牛存人」です。対象的に見る価値に執着なくても「人」つまり、「自分」が残っています。自己があるので、その自分の「死」の問題が残ります。「がん患者の死の問題」は、この階層の自己では解決しません。西田哲学は、第8以降は、宗教的であるといいますが、そこまで支援する宗教者を見つけることが難しい状況になっています。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3029
★人格的自己です。
 固定した自己はなかった、根底に自己を超えたもの(超越)がはたらいていることを知ります。叡智的自己、自分は、超越が超越自身を否定した影(脱落現成、超越即内在などと言われる)であったと自覚する段階です。最も深い大乗仏教、最も深い禅、最も深い自己の哲学は、ここまであると西田哲学は、教えています。自己の心を観察(=マインドフルネス)して、こうした、浅い自己から深い自己までの探求があります。

 自己の哲学は、精神療法にすれば、種々の問題に貢献できる可能性があるのに、学問的な検討が深まっていません。自己の意識を観察する「マインドフルネス」が科学学問とされたので、いい機会なのです。
 しかし、学者もまた、叡智的自己であるために、自分の解釈、学説、意見、それによる技術手法などで地位、名誉、収入、そして、生きがいを得ているので、自分のものを死守しようとすると、異説、少数説、革新説と学問的な論争をすることを避けるようなことをすると、国民、社会の利益を害します。
 こういう傾向のために、浅い療法、手法などに閉じ込めて、救える命も救えない状況も起きているでしょう。治せる精神疾患も治らないところに留めてしまうことも起きるでしょう。スキル、知識の未熟な支援者ならば、悪意はなくても、クライアント、支援される人の自立、回復を妨げるでしょう。
 マインドフルネスは、発展途上です。学問的な議論を重ねて、世界の問題のゴールに近づけるように、どこまでも学問的な検討を続けるべきでしょう。

(続く)

(注)マインドフルネス心理療法SIMTとは
 自己洞察瞑想療法のこと。日本で開発された深い観察。
大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社
大田健次郎(2014)『 不安、ストレスが消える心の鍛え方――マインドフルネス入門』清流出版
大田健次郎(2022)『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』佼成出版社

【第4世代の認知行動療法】
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【1】うつ病を完治に導くSIMTのこれまでの経過
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【4】地元の人も行動をおこしてみませんか
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 〜 精神科医の治療を受けていても自殺
【19】子どもに多い不安症の一つ「場面緘黙」(選択性緘黙)
【20】小中高の学校の教師のうつ病による休退職、自殺
【21】過労うつ病、過労自殺〜精神障害の労災認定
【22〜26】マインドフルネス心理療法SIMTの特徴
【22】(1)観察の範囲の違いー生活場面・時の違い
【23】(2)観察の方法の違い
        ー無評価だけ、さらに6つの態度、本音・価値
【24】(3)観察の範囲の違いー自己の深さの違い
        ー自己とは何かという存在論の哲学
【25】(4)観察の範囲の違い
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【26】(5)観察の範囲、説明のしかたの違い〜禅との違い

【27】医療従事者の自殺が多い
  ハラスメントがうつ病に追い込み自殺もあることを最も知るべき医師が!!

(以下続く)
Posted by MF総研/大田 at 07:37 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
(2)観察の方法の違いー無評価だけ、さらに6つの態度、本音・価値 [2022年06月29日(Wed)]
【連続記事:自殺対策〜心理職に期待】 >

マインドフルネス心理療法SIMTの特徴 (2)観察の方法の違いー無評価だけ、さらに6つの態度、本音・価値

 うつ病、非定型うつ病、パニック症、適応障害などを改善して自殺を防止するマインドフルネス心理療法SIMTの特徴について、他のマインドフルネスや宗教の禅との違いを図とともに簡単に説明します。
 その第2です。

重要ポイントS4-ブログ5012.jpg

 図の左のみ変更しました。無評価で観察や、MBSR7つの態度は、図の中、右はありません。ここは、SIMTだけが観察方法をもっています。

 無評価で観察の「マインドフルネス」(MBSRの一部を使う)は、瞑想、ヨーガ、ボディスキャン、歩く、食べるなどの場所、時の観察ですが、「無評価で観察」です。他の6つの態度では観察しません。
 次に、元来のMBSRは、7つの態度で観察しながら瞑想、ヨーガ、ボディスキャン、歩く、食べる。そういう観察方法です。
MBSRにあったのに捨てられた6つの態度
 従って、無評価で観察のマインドフルネスは、MBSRではないのです。MBSRには、哲学がありますが、無評価には深い哲学が説明されません。たとえば、「自己という存在」はどういうものかという哲学的な観察がありません。それぞれの自我のままで「無評価」でいるつもりの観察になるおそれがあります。

 しかし、SIMTは、すべての場所、すべての行動時の観察ですので、図の中、右でも観察方法があります。そして、瞑想時(図の左)にも、観察方法があります。人生のすべての瞬間に、不幸になりたくないはず(そして他者も不幸にしたくないはず) ですから、自分のエゴイズム的な心など観察します。
 生きていく現場は、無評価ではありません。SIMTの方法は、MBSRの他の6つの態度に似ていますが、MBSRでは、瞑想時にさらに6つの態度というのですから、その具体的な方法がわかりにくいようです。だから、マインドフルネスは、無評価だけを実践するようになってしまったようです。とても、現場はそうではありません。たとえば、ハラスメントは悪いことと自分にいいきかせなければなりません。たとえば、「これは詐欺ではないのか、それなら悪い」と評価しなければなりません。
 SIMTでは、瞑想時でも、感情が起きることがあれば、本音に影響されたことを観察します。その瞑想の実行、中断、継続が価値に合致しているかも観察します。
 何のために瞑想するのかを確認します。自分の価値との関係を観察することになります。
 無評価のほかに、「目的」にかなうかどうかも観察するものや目的を持たないという坐禅もあります。人間の複雑なところです。あとで、禅についてみますが、禅の坐禅は、何の目的も持たないという集団の解釈の説もあります。ということでは、各人の人生価値(よりよく生きたいからとか)のためにする坐禅ではないことになるのでしょう。集団の目的か、自分の人生価値のためにするか、在家ならば疑問に思うことでしょう。

 うつ病、パニック症など、厳しい評価の現場で発症し、悪化します。現場での心の観察のしかたのあるSIMTが、これらを改善し自殺を防止する可能性があります。ただし、出版した本は、モデル的ですので、それぞれの専門領域の現場での詳細な、SIMTの応用は研究して開発していただかねがなりません。MBSRが種々の領域で応用されたように。無評価で観察のマインドフルネスは、種々の領域に応用されていくように、SIMTもそうです。 がん患者さんのための深いマインドフルネスSIMTの本も発行しました。無評価で観察は、自己の 存在の哲学がありませんので、死を意識するひとは、無評価で観察に類似することをいう宗教者に期待しないのでしょう。医療の現場の患者さんは、深い宗教をしりたがっているそうですが。

(続く)

(注)マインドフルネス心理療法SIMTとは
 自己洞察瞑想療法のこと。日本で開発された深い観察。
大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社
大田健次郎(2014)『 不安、ストレスが消える心の鍛え方――マインドフルネス入門』清流出版
大田健次郎(2022)『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』佼成出版社

【第4世代の認知行動療法】
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(以下続く)
Posted by MF総研/大田 at 16:48 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
投獄を覚悟で発言ーこれではいけないと評価 [2022年05月29日(Sun)]
【現実の世界は「評価」の世界
 〜 評価するマインドフルネスから考察 】

投獄を覚悟で発言ーこれではいけないと評価

 現実の世界は、自己の良心をかけて「評価」するものです。だから、「無評価で観察」というのは、対人場面ではない時にのみ実行できます。当然なのですが、社会参画の時には、評価して生きています。その時に、自分も他者も不幸にならないような発言、行動を選択しています。そして、多くの場面で他者から評価されます。自分の行動や言葉、仕事の質などを評価されます。
 しかし、時に、他者を苦しめるひとがいます。自分の利益になるように評価して行為しているのです。

 「侵略はいけない」「戦争は嫌だ」と評価します。決して無評価ではいきていけません。

 当たり前ですが、人はみな、瞬間瞬間、自分の良心や信念、思想などによって「評価」して感情を起こし、発言・行動します。たとえば、これです。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220527/k10013646851000.html
★ロシア地方議員、反戦訴え
 情報が真実かプロパガンダか、評価せよということも言われます。

 人々は、このまま続けていい、続けるべきだ、または、やめるべきだと「評価」します。 それで、政府に賛同、反対の発言や行動をします。あるいは、結果を評価して、黙っておこうと決意します。

 これほど重大な出来事でなくて、日常生活では、家族関係で、職場で、次々と「いい」「だめだ」「満足だ」「不満だ」と「評価」して、感情を起こすものです。 (相手も、自分の言葉、行為を評価して、批判してきます。)
 「無評価」「無感情」ではありません。その時に、共生共存していくべき社会ですから、自分も他者も不幸にならないような言葉や行為を表出しています。さもないと、厳しく「評価」されます。「パワハラだ」「セクハラだ」「差別だ」などと。

 「無評価で観察」は、限定した状況において実践できます。その実践によって、ある問題度の期待(集中力の向上、ストレス低減など)に応えることができると表明しています。しかし、深刻な問題には、向かないことが報告されてきました。

 「無評価で観察」ではない、自己洞察のしかたを研究して、深刻な問題の解決に貢献できないかどうか、学問的にすすめてほしいと思います。そういう研究を排除、妨害するのは、とんでもないことです。医学ならば、「難治性の病気の患者は少ないのだから治療法の研究は必要ない」というに等しい暴言ではありませんか。

 日本でも、世界でも、深刻な問題で苦しむ人がおられます。評価の現場で、自分の意識現象を観察する心理学的哲学的な方法の研究開発、教育、啓蒙は必須であると判断します。

 日常、不愉快、不満だと評価する出来事が起きています。「無評価で観察」というのは、無視、傍観、サボタージュ、忖度と同じでしょうか、違うのでしょうか。自分を取り巻く世界環境が変化してきます。常に新しい事態、世界が「どうするのか」と評価判断を迫ります。生死にかかわります。
 今、私の身近な問題では、うつ病は薬物療法だけでよいのか、評価すべきということです。
 また、マインドフルネスの研究を自認しておられる研究者は、自己の観察は、真に「無評価」だけか、真剣に学問的というほどに評価しているのかという点です。
 自己の利益を優先するエゴイズムの心理を観察する手法を研究開発すべきかどうか「評価」すべきではないのかという点です。
 ごく少数のあなたがたの利益よりも、多数の困ったひとのため、公益を優先させるためです。専門家のエゴイズムが公益を阻害するのです。

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(12)目的を持たない坐禅から無評価の観察マインドフルネス(平成)
Posted by MF総研/大田 at 22:29 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
無視・傍観されてきたうつ病の治療 [2022年05月11日(Wed)]
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無視・傍観されてきたうつ病の治療

 うつ病になるとつらいです。気分が悪い、仕事ができない、死にたくなる。

10年以上前にNHKがうつ病の治療の現実を紹介しました。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/1835
★NHK「うつ病治療 常識が変わる」<目次> (2009年9月)

 精神科医、心療内科医のかたがたは、薬物療法で治療しようと努めてこられました。

 しかし、近隣の科学や実践の専門家たちからは、無視・傍観され続けてきました。

 あれから10年以上、しかし、抗うつ薬では、3−4割は完治しないひとがいることが報告されています。そこから自殺が起きます。
(この記事の中に)

 それからもう一つの事例も多いでしょう。死にたくなるのが、うつ病になっているのだということを知らないこと、そして、うつ病なら薬物療法や認知行動療法で治る可能性があることを知らないこと、そのために治療を受けないままに、死んでしまうことが起きるでしょう。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/1812
★無視・傍観・軽視・放置・見放される病

 仏教、禅の実践でうつ病が治るひともいます。それは、自主的に患者本人がその気になって実践した場合です。積極的にうつ病の支援をする宗教者はいないでしょう。(こちらで把握していないところで、うつ病を治す支援をしているところがあれば、おしらせください。)
 専門家からは、無視、傍観されてきました。つまり、宗教者、宗教学者が、仏教や禅でうつ病は治せるという研究もおこさず、問いかけもありません。ごくわづかあったのを知っていますが、実用化されませんでした。

 近隣の科学、実践として「マインドフルネス」がブームになりました。アメリカでは、うつ病についても「マインドフルネス」は、たくさんの臨床、実験、研究がされてきました。多くの研究報告が発表されてきました。アメリカのマインドフルネス、うつ病などの研究者は、無視・傍観はしなかったのです。しかし、それでも、無評価で観察のマインドフルネスは、うつ病を完治させるようにはなりませんでした。

 日本でも、「マインドフルネス」は、うつ病を「完治」させる研究、実験は行いませんでした。従来の認知行動療法で、うつ病の患者さんを救済する仕組みは十分とはいえません。

 日本では、うつ病はなお、近接する諸科学、諸宗教、諸実践の専門家から、無視・傍観・軽視・放置・見放される病の状態が続いています。

 うつ病になって、相談しても、薬物療法を受けても治らない場合、ストレスの大きい出来事があると耐えきれずに、自殺されます。
 日本財団の調査でも、自殺念慮は持続することを明らかにしました。うつ病が治らないので、自殺念慮が何年も持続するのです。
 保護者によってささえられて生きていても、仕事ができない状態ではつらいですが、それが長年続くと、「8050問題」になります。
 無評価で観察のマインドフルネスを超えたマインドフルネス心理療法、SIMTで治るひともいます。これでも不十分でしょう。他の対策も研究すべきです。 SIMTは、 ボランティアベースでできるかと思いましたが、やはり無理です。するひとがいません。本務が忙しいから当然です。
 もうこれ以上、待てません。国による、新しい対策が必要です。薬だけではなくて、別の治療法の開発と、それを受けられる仕組みづくりを。
 つらい人が相談して、うつ病らしいとわかったら、
1)薬物療法を受けていないのなら、薬物療法を受けるようアドバイスする
2)もう薬物療法を受けているのだが、治らないのだというのであれば、難治性のうつ病の人を扱う機関を紹介する。

 今は、1)だけでしょう。2)の場所を、都道府県に1〜数か所作ってほしい。 薬物療法を何年、何十年と受けることから解放されれば、薬にかかる予算は減少できるでしょう。それを財源にして、2)の場所を維持できるでしょう。


https://blog.canpan.info/jitou/archive/4893
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Posted by MF総研/大田 at 11:25 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL
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