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「幸福」の要素=幸福だと思えるならば「生きがい」を感じる [2019年08月10日(Sat)]
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4329
☆相談会、体験会
 9月はじめに、子どもの自殺が多い。うつ病になっているのです。無理に登校させないほうがいい。

「幸福」の要素=幸福だと思えるならば「生きがい」を感じる

 幸福であるならば、依存症になるようなことはしないだろう、うつ病にならないだろう。幸福ならば、自殺しないだろう。だから、生きる価値は幸福と密接な関係がある。
 だれもが幸福になりたい。「なぜ」という問いをする人は少ないだろう。幸福になりたたいから幸福になりたい。そういう重大なものが「幸福」だ。
 では「幸福」であることはどういうことであるか、哲学者はどういっているのか。
 現代哲学にける幸福の議論には、3つの代表的な説がある。

(1)快楽説
 肉体的、精神的な快楽こそが幸福を形成するという説。

(2)欲求充足説
 快楽を得ることではなく欲求を満たすこと(選好を充足すること)が幸福であるという説。

 以上の2つは、主観的なものである。

(3)客観的リスト説
 幸福な人生には満たされるべき「客観的なよさ」のリストが存在するという説。

 (注)下記参考書による。

 (1)(2)は短期的、瞬間的な幸福感を得るであろう。しかし、(3)に反するもの(たとえば、反社会的なもの、健康を害するもの、家族を苦しめるものなど)であれば、幸福は長く続かず、不幸になるだろう。

 アルコール依存は、短期的に(1)(2)を満たすが、(3)を満たさない。
 子どもが学校に行きたくないのに、うつ病になっていて、自殺する不幸がある。以前は(1)(2)(3)を満たしていたが、何かの出来事でこの3要素とも満たされなくなった。不幸になった。不幸の度合いが弱いとひきこもり、不登校で生き延びるが、不幸度が強いと自殺も起きるだろう。

 さて、上記の3つは、単独では、幸福にはなれないという。どうなれば、幸福なのか。
 西田哲学では、叡智的自己が無限の喜び(=幸福)だというが。類似するか。叡智的自己は、自分が好きで(2)選択した社会貢献の領域(3)で、実現できていて快感(喜び)を得ている。類似する。
 そして、自分の幸福を優先するので、自分中心のエゴイズム(自己の利益、収入の部、名誉、地位などを優先)の悪をおかすこともある点も類似するのだ。だから、エゴイズムの心理(大乗仏教は煩悩、我利我執という、SIMTは本音という)を観察し抑制しなければならないと大乗仏教、西田哲学はいうのだ。深い仏教、西田哲学のマインドフルネス(観察気づき抑制)は、それを要求する。自己保身から市民の利益、救済を妨害することが起きる。悪いことをしているという良心が働かない。学問する学者にもそれが起きる。最も科学らしく見える医学に携わる医師にも起きる。 (続く記事で青山氏の説明をみる)

参考書)青山卓央「幸福はなぜ哲学の問題になるのか」太田出版,2016

(続く)


https://blog.canpan.info/jitou/archive/4333
【目次】生きがい、生きる意味、依存症、うつ自殺・・・

Posted by MF総研/大田 at 22:52 | カウンセラーのストレス | この記事のURL
(114)手術が終わった時から始まる医師による心の癒し [2016年08月09日(Tue)]

(114)手術が終わった時から始まる医師による心の癒し

 7月26日、BS テレビ8チャンネルのの「がん哲学外来」について。
 石飛さんは樋野さんの活動を絶賛する。石飛さんは外科医だった。手術をする、「勝ち戦」ならいい。患者のところに行って、ムダ話をする。しかし「負け戦」の場合、患者のところに行きたくたい。そんな自分がいやになった、という。

 治せなかった患者や、脚を切断して苦悩に陥るはずの患者。 手術が終わった時点から、患者の苦悩が始まるので、医師による心のケアがほしい。これが、されていない医療の現場。

 フランクルは、次のように言う。

「医師は、たえず人間的態度に立ち戻らねばならないでしょう。・・・・(中略)
これは、外科的な行為が止む、まさにその時に始まります。例えば外科医が、検査の ために開腹手術をしてガンが手術不可能であることを確認したり、あるはそれでも摘出 手術を行ったり した後で、手術用手袋を脱ぎ、いわばただ懐手(ふところで)をして見ているほかはな くなったとき、医師による心の癒しが始まるのです。」 『意味への意志』86頁
 
 患者に「手遅れでした」と告知するか、家族だけにいうか。どちらにしても、本人は苦しむ。かかわった医師が心のケアまでしてほしい。樋野さんなら1時間くらいだという。しかし、現代の医師には無理だと樋野さんはいう。
 このほかに、宗教レベルのケアをしないとすまない患者さんもおられるでしょう。
 がん患者さんの心のケアは、誰もができるわけはないし、医師、宗教者、マインドフルネス者、心理士のすべてが価値をおくわけでがない。どの人材でもいいから、このことを生きがい、価値にしたいと思う人が行うしかない。 これに生きがいを発見する人は少ないと思う。がん哲学カフェが95か所もあるという。すばらしい。新しい生きがい、新しい価値の発見。あるいは、新しい職業になってもいい。場合によって、専門k的なスキルも必要であるから。
「がん哲学外来」に寄せて ⇒目次

【目次】日本のマインドフルネスの再興を
Posted by MF総研/大田 at 13:37 | カウンセラーのストレス | この記事のURL