映画「あの日のオルガン」
[2019年06月29日(Sat)]
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1か月の入院の佐藤さん、退院後活動再開 [2017年06月21日(Wed)]
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MF総研/大田
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悪戦苦闘です [2016年10月03日(Mon)]
悪戦苦闘です
パソコンを買い替えたこと、Windows10になったことで
操作方法が激変して、悪戦苦闘しています。
少しづつ回復しています。ホームページのhtml
が使用できなくなりました。
どうするか、困りました。行事など、しばらく、このブログでおしらせしようと思います。
http://mindful-therapy.sakura.ne.jp
ホームページにこのようなおしらせをのせました。
明日から、そうします。
また、ブログの連続記事も明日には再開したいと思っています。
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MF総研/大田
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(51)自己を知る所に現在がある [2016年05月11日(Wed)]

マインドフルネスSIMTのロゴです。
(51)自己を知る所に現在がある
自己洞察瞑想療法(SIMT)は、西田哲学を理論的ささえにしています。
西田哲学の意志的自己、叡智的自己、人格的自己の実践をしようというものです。観る、考える、行為するすべての局面のマインドフルネス実践です。叡智的自己、人格的自己のマインドフルネスは、東洋的な「自他不二的」な自己世界観です。二元観ではありません。
マインドフルネス瞑想療法士の育成講座では、意志的自己まで理解できればいいのですが、なぜ、そいう「マインドフルネス」実践が出てくるのか、その根源までも、一応、学習します。短時間の講座ですから、理解できる人と、できないひとがいるのは当然のことです。深いところまで探求したいという人は、研究会で継続します。1割くらいが継続します。かまいません。うつ病、不安症/不安障害などの回復支援は、意志的自己の西田哲学実践をクライエントに伝達できれば回復します。クライエントの本人の実践次第です。
西田博士はいいいます。
「自己が自己自身を知る所、そこに現在があり、現在が現在自身を限定する所、そこに自己があるのである。」(『永遠の今の自己限定』)(旧全集6巻185頁)
自己が意識される所に現在がある。何かを今意識する時、自己がある。見ている意識がある時には、視覚的自己がある。今考えている意識がある時には、思惟的自己がある。意識作用には、判断作用、視聴覚作用、思考作用、意志作用などがある。さらに深いのが行為的直観、創造的直観。そこには深い自他不二的な自己がある。
「自己」の意識に、浅いものと深いものがあります。最も深い自己をいうのが、西田博士によれば、道元禅師、親鸞聖人などです。自己意識は、浅いものから、判断的自己、知的自己、意志的自己、叡智的自己、人格的自己です。多くの人が意志的自己です。自己と世界を別と思う、二元観です。
この二元観でも、しっかりと意志作用を行使できれば、うつ病、不安症/不安障害などにならず、回復もできます。その方針で構成されたものが自己洞察瞑想療法(SIMT)です。意志的自己レベルのSIMTです。
「自己」とそれがそこに生まれ生き、死に行く「世界」の構造はどういうものであるかを、東洋では2千年にわたって探求して、「ああでもない、そうでもない」と西田哲学にたどりついた。その宝を日本人が捨てています。この日本国内のあちこちに、地下資源があるのに、外国にさがしているようなものです。西田哲学は難しいです。それほどに、人間、自分、自己は難しい構造をしています。だから、自分が一番だと争い、
世界の立場からみるとすぐれた他を否定して「あわれな子羊」を囲い込むことをする。
一流企業の経営者でもうそをいい我利に働く。結果的に企業全体を滅亡させようとする。
うつ病、不安症/不安障害などで自殺しかけている人も、症状が重く長く治らない場合、つまり、衝動的反応パターンが深刻になっている場合、それを変える、回復してもらうには、1,2年もかかるのです。
【目次】日本のマインドフルネスの再興を
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MF総研/大田
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(33)現代のためのマインドフルネスの臨床を実践する人の研究 [2016年03月26日(Sat)]
(33)現代のためのマインドフルネスの臨床的支援を実践する人の研究発表
☆日本マインドフルネス精神療法協会のHP
★4月3日(日)、マインドフルネス精神療法研究会(D1)です。会員のかた、ご参加ください。
★機関誌『マインドフルネス精神療法』第2号
の締め切りが近づいています。
投稿のかたは、お願いいたします。記事は順調にあつまっています。多少おくれてもかまいませんが、雑誌全体の割付があります。31日以後に遅れる場合、予定ページをご連絡ください。
自己洞察瞑想療法(SIMT)は改善実績の効果のある精神療法です。この機関誌『マインドフルネス精神療法』(編集者:大田健次郎)は
「医中誌WEB」および、
「メディカルオンライン」(6月から)
にて収集される雑誌になりました。
2つの機関は、寛い立場から、SIMTを紹介するこの雑誌を医学的に收集すべき内容を含むものと認めてくださいました。真剣にとりくんでくださって効果を証明したクライエントのみなさまとマインドフルネス瞑想療法士のおかげです。
第2号は、「パニック症のマインドフルネス」を特集します。薬で治らないパニック症もSIMTで治っています。2号で紹介します。ペーパー版の購入ご希望は日本マインドフルネス精神療法協会へどうぞ。
★マインドフルネス精神療法研究発表大会2回目、5月21日(土)です。発表、聴講のお申し込みをお願いいたします。
今緊急の仕事があり・・・
<ブログ>の更新が遅れています。
どうしても、今月中にしなければならないことがあります。
「後期西田哲学の実践論」の論文をある大学の宗教哲学論文集に掲載していただくために、最後の追い込みをしています。
あと、マインドフルネス瞑想療法士の講座でお預かりした実践記録の【コメント】です。これは今週中に発送いたします。
【目次】日本のマインドフルネスの再興を
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MF総研/大田
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受講者の日記 [2015年12月23日(Wed)]
受講者の日記
19日に「マインドフルネス瞑想療法士」(登録商票)の7回目を行い、預かった日記を拝見している。【コメント】を返す。
深く洞察する人、浅く見る人。違いがある。深く洞察する人は、現在、仕事や家庭でまさに大きなストレス状況にある。そして心の葛藤を文字にして書いている。大田に見られることを意識しても。こちらから、対話を引き出してくださる。
つらい状況にありながら、もがき、観察し、闇の心の洞察のマインドフルネスになる。「艱難汝を玉にす」。こういう人は、すばらしいマインドフルネス者になるだろうと思う。心の闇で深刻に悩む人が多いはず。どんぞこまで自分を洞察した人は、深く悩む人を支援できる。
悩みをなくすのが、社会的マインドフルネスではない。悩みは家族と仕事から起きる。悩みをなくすのであれば、出家する。家族と仕事を捨てる。食物は乞食と布施。家族と仕事からの悩みがなくなる。それができればいいが、今はこういうことはできない。
つらい時だけ、静かな環境の寺院で坐禅するのはどうか。できる人はそれでいい。それもできない環境のひとも多かった。そういう人も救済されなければならなかった。大乗仏教や親鸞上人は、そういう人たちのためであった。それは宗教である。宗教の定義を知り、宗教ではない範囲で心理療法やマインドフルライフ、人生を生きる智慧にする。
家族と仕事の中、感情が渦巻く中で、苦悩を乗り越えて社会から出家せずに生産活動(西田哲学によればポイエシス)をしていく中での内面の実践(西田哲学によればプラクシス)が開発された。大乗仏教の中でも仕事と家族の中での実践。この方針のある仏教実践が、現代的マインドフルネスの源流となる。環境、足場が違いすぎるので、現代的にくふうしなければならない。それが、現代的社会的マインドフルネスである。
家庭や職場での感情や闇の心を消すことはしない。自分の感情や闇に気づき観察し、その害を洞察し消すことはせず、自分や他者を傷つけないで社会のための創造的行為をしていく。自分には負の感情や闇があるが、それでもいいのだと、自分の底からまるごとささえてくれる絶対的場所の中にいる。安心して悩み、社会的行動をしていく。すべてを底から受け入れている場がある。そうすると「物となって見、物となって考え、物となって働く」という西田幾多郎の言葉が腑におちる。実践し実感するまでも悪戦苦闘がある。
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MF総研/大田
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「いい本はいいね」 [2015年12月22日(Tue)]
「いい本はいいね」
時々、触れますが、この本はいいですね。
「明日この世を去るとしても、
今日の花に水をあげなさい」
樋野興夫氏、幻冬舎新書
がん患者さんのために書かれた本です。
「がん」になったらという現代の状況を足場にした心得。
でも、がんにならなくても、
いわゆる「マインドフルネス的生き方」が豊富に紹介されています。
すべての人に、おすすめしたいです。
これがあれば「マインドフルネス」は不要ですね。大切なことは、表面的な瞑想体験ではなくて、家族、職場、病床、仲間間での社会生活現場(ポイエシス)での内面のこころ(プラクシス)ですから。いい本を読むことでわかることが多い。西田幾多郎は、坐禅を必須とはしていません。自分は坐禅と公案にとりくみましたが、それでは満足できず、その後の悲しみの生活を至誠になりきるうちに悟りを得たそうです。坐禅をしない親鸞上人にも、
聖書にも深いものがあるというほどです。大切なことは、己を尽くす(=無我)至誠のこころですから。この本は、禅ではないのに、この人生での使命に徹して、がんであっても今ここをいきる心得が豊かです。
内村鑑三は、教会を介在した解釈によらずに、聖書を自己の目で解釈したのでしょう。禅も、他の人の解釈によらず、原典に直接あたってみると、違うことが書いてあります。注釈書もあります。
体験もいいが、読書もいい。私も、たくさんいい本を読みました。違う本を読んだのに樋野先生の本に似たことがわかります。源流は多くないのですね。
毎月1回の読書会があるそうです。
また、全国80か所に、がん患者さんが気軽にいける「カフェ」があるそうです。
★がん哲学外来 メディカルカフェ
がん患者さんの心のケアがされていないと言われていましたが、安心しました。がん哲学外来 メディカルカフェでは、「生きることの根源的な意味」を考えると書いてあります。それこそ、西田哲学もフランクルの哲学も、「生きることの根源的な意味」を探求しています。きっと、源流のさらにその底は同じでしょう。
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MF総研/大田
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究極のマインドフルネス [2014年05月31日(Sat)]
究極のマインドフルネス
西田幾多郎は、私たちが自分の真相を知らないと言います。
私たちには意識上に表現されるものしか見えていませんが、自分の奥底で知らない動
きがあるというのです。 時が消えて時が生まれています。時間は一直線に流れているだ
けではなく、時が消えて過去もなく未来もない瞬間があります。そういうのです
〔6:315〕。(西田幾多郎全集、旧版、6巻315頁を表します)
自己がなくなり、ということは自己が死に、自己が生まれるということが起きています。自
己が消えて自分の死という意識はありません。そして次の瞬間自己と世界が現れて、過去
現在未来の時が現れます。 〔6:313,11:379,〕
自分は絶対に接し、絶対に包まれていて、自分の底で対象的に考えられた神もなく仏
もないので、神からも責められていません〔6:148〕。 自己が消えていて神もありません。し
かし全くの空虚ではなく、あるものがあるがままにあります〔5:182〕。
私たちの底では常に、真もなければ、偽もなく、善もなければ、悪もないのですから、究極の無評価、マインドフルネスと、究極の苦の消滅、アクセプタンスが起きています。
「宗教的意識においては、我々は身心脱落して、絶対無の意識に合一するのである、
そこに真もなければ、偽もなく、善もなければ、悪もない。宗教的価値というのは価値否定
の価値である。価値否定の価値といえば、背理の如く思われるかも知れぬが、いわゆる
価値というのはノエマ的方向に考えられた対象的価値である。これに反し、ノエシス的方
向に無限の超越を考え得るならば、すなわち存在価値というものを考え得るならば、かか
る方向にあるものは、いつも当為的価値の否定の立場に立つものでなければならない、
存在価値は当為的価値を否定するごとに高まるのである。 例えば、主語となって述語と
ならない基体より、かかる主語的限定を否定する意識的自己は一層深い実在であり、そ
の中でも知的自己より意志的自己は一層深い存在価値をもつと考え得るであろう。」
〔5:177〕
私たちは、自分の価値実現のために一定の時間、直線的に行動しているように見えま
す(直線的限定と言っています)が、実は根底で、上記のように時が消え、自己が消えて
いるといいます。これを円環的
限定と言っています。
西田哲学は私たちの深い真相を論理的に説明しようとしています。
今、世界中でマインドフルネスが盛んに研究されていますが、おそらく日本に、究極のマ
インドフルネスがあるのではないかと思います。
欧米の人は論理的に考える傾向があるので、マインドフルネス心理療法者が西田哲学に着目すれば、ここまでのマインドフルネスを開発してくれるのではないでしょうか。深い自己はフランクルも言っています。一人類教になるべきであると。
https://blog.canpan.info/jitou/archive/1872
【目次】西田哲学とマインドフルネス
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MF総研/大田
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2冊目の日本的マインドフルネスの本 [2014年05月30日(Fri)]
2冊目の日本的マインドフルネスの本
実は、ここ2週間、7月に出版される2冊目の本の執筆に追われていました。
ようやくピークを過ぎました。でも、まだ来週もあります。
佼成出版社からの本が意志的自己レベルの日本的なマインドフルネス精神療法でした
。これは、マインドフルネスのうちでもうつ病、不安障害などを治療する領域の本
です。
2冊目の本は、叡智的自己のマインドフルネスの入門書です。
(出版社は別なところです)これも専門家向けではなく、一般向けにやさしく書かれています。西田哲学の原文の引用文も削除していますので、叡智的自己レベルの支援者になる人にはもっと詳しいテキストが必要になるでしょう。
叡智的自己、自他不二的の自己は、西洋哲学にないものです
から、まあ、世界で最初の(!!)の叡智的自己のマインドフルネスでしょう。もう病理レベル
ではありません。襌のように深い自己を探求するのですが、まだ宗教レベルには達しません。
宗教者に限らず成人のすべてが実践していただいて良いような内容のマインドフルネスです。やさしく書いてありますので。
さらに、この先の、人格的自己レベルのマインドフルネスが考えられます。自己を脱落するというレベルです。いつか、本にしたいと思いますが、かなり難しそうでできるかどうかわかりません。
本の追い込みで<ブログ>もお休みしています。そこで、
最終章かあとがきに書こうかとしているところの一部をご紹介します。
次のようなことです。叡智的自己のマインドフルネスも究極ではないということです。まだ変更される可能性がありますが。
2冊目の本の最終章
全世界がマインドフルネスを探求しており、いずれは、外国のマインドフルネス者によって宗教レベルの深いマインドフルネスに目が
向けられるに違いありません。日本には究極のマインドフルネス、アクセプタンスがあった
のです。
この究極のマインドフルネスについては、叡智的自己とは深い断絶があります。自己が残っ
ている叡智的自己にはありません。その叡智的自己が行うことを
自己が全くないという自覚で行うことになります。自己を脱落し、自分の価値実現が自分の価
値実現でない、世界の価値実現のものになることだと思います。その方向の理論とその方法の提案は将来の
マインドフルネス研究者の課題です。
宗教が公的な場所で敬遠されて、多くのひとが宗教に警戒感を持つようになってしまい
ました。そういうものにならないように、歴史的にマインドフルネスが必要な時代になったの
だと思います。
公的な場所でも学校でも問題ないものとされ、警戒感をもたれないマインドフルネスが開
発されてほしいと思います。これから世界中のマインドフルネス研究者が数十年、百年か
けて研究するかもしれません。
残念ですが、今はこう言っておきます。叡智的自己は、自己の価値を実現するとして自
己を強固に持っていますので、叡智的自己レベルの自己洞察法(SIMT)は決して宗教で
はありません。自分が(と、自分が自分がという自我が残っている)自分のいきがいを社会の現場で実現していくためのマインドフルネ
スです。自分が残っている叡智的自己のマインドフルネスは、宗教ではありませんから、安心(?)してすべて
の領域で活用研究をしていただきたいものです。
3冊目の本
そして、次の段階の、公的な場所でも行うことができ
て警戒もされない人格的自己レベルのマインドフルネスを研究開発していきたいものです
。それは絶対に触れて自己の脱落ですから<宗教的>ではありますが、宗教とは言わないでいいのかもしれません。神秘的
でもなく、信じるしかないという手法を用いないからです。西田哲学で説明しているからです。人格の問題(傷ついた、死ぬ、など)で苦悩する人も多いのですから、できればあるほうがいいと思います。
西田幾多郎は個人の成立を説明しえたと評価されます(*注)。
全人類に共通で最も根源的で何をなすかという当為価値によらず、ただ存在するだけで
価値がありながら、それでいて、しかも唯一の個性的なものとして現れるのが個人であり人
格と思われますが、そのありようを説明したのでしょう。そのようなありようを西田は人格的自
己と呼びます。人格的自己のマインドフルネスが可能なのか研究する価値があります。
(*)『西田幾多郎』永井均、NHK出版
(2021年追記)
ここで触れた、人格的自己レベルのマインドフルネスまでカバーしたマインドフルネスSIMTの3冊目の本を2022年3月に発売します。もちろん、無評価で観察を超えた自己洞察瞑想法です。
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MF総研/大田
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自己実現に向けて生き生きと生きる [2014年05月22日(Thu)]
苦悩の現実の中で世界を創造して生きていく(42)
<第4章>深いマインドフルネスで生きる叡智的自己 (13)
=自己実現に向けて生き生きと生きる
今、世界的にマインドフルネスということがブームになっていますが、つらい意識現象の
無評価観察および価値への行動が重要な要素になっています。
その時にマインドフルネスが対象とする意識現象に浅いもの深いものがあるのです。
V・E・フランクルの区分で言えば、身体的なものへのマインドフルネス、心理的なものへの
マインドフルネス、精神的なもののマインドフルネスが考えられます。
西田哲学は古来
日本に、徹底的な深いマインドフルネスがあったことを指摘しています。
無評価といっても、個人個人が違うものを苦悩します。評価の目も違います。エゴイズムを
避けることはできません。西田は「
物となって見、物となって働く」と言いました。
自我が絶対的に否定された時、全く個人的な評価のない世界の立場になります。
金子みすゞはしばしば広い立場から物事をみます。
大漁に沸く人間の喜びだけではなくて、海の中の世界まで見て、とらえられた魚の家族の
悲しみを見ます。
医師や製薬会社の側から見るのではなくて、患者の側からも見ると広い世界の立場から
見ることになります。薬の副作用があることを隠すと、無評価ではなく、製薬会社側の利益
優先になります。
自己と世界の構造
西田哲学はこうした自我の立場でない、世界の立場から見る自己と世界の見方があるこ
とを教えてくれます。日本に昔からあったもので、西田幾多郎が論理的に説明しようとした
ものです。このような見方を今このように言葉の解釈で知識として理解するだけでは何も
生活に活かされません。実際に体験して身につけて現実生活に活かすための方法があ
るのです。従来、修行とか宗教実践と言われていたものですが、最近はそれは実践され
なくなりました。そして、アメリカや日本で、「マインドフルネス」という実践として復活したと
いえます。しかし、マインドフルネスには、扱う対象の深さが違うものがあります。
自他不二的な哲学に見られるマインドフルネスは、日本に独特のものです。
東洋哲学が教えるところを環境世界の側と自分の心の側から簡単にみておきましょう。
まず、目を世界に向けてみましょう。
世界には、無数の人間が生きています。無数の人間が自分と同様に、自分の好きで選ん
だ価値の実現のためにさまざまなことを考えて行動しています。結局、自分の前に無数の
人間が選択したことを重視して自由に行動した結果が見える形や音になって押し寄せて
います。人間のほかに、地震、津波、台風、火山爆発などの自然も動いています。一瞬も
とどまらない変化の中にいます。
自分には予想もできないことが時々刻々と起きる「動揺的な世界」の中に生きています。
今度は自分の側を見てみましょう。外的環境からの情報が感覚として心に現れます。身
体的な情報です。常に何かを見たり聞いたりして、それについて考えたり、感情を起し、欲
求を起し、行動したりしています。心理的情報です。特によく考えているものです。考えが
常に動いています。過去や未来のこと、仕事のこと、遊びのこと、健康のこと、人のこと。そ
して感情も起します。怒り、イライラ、不安などなど。
こうして、外的刺激と内的な刺激が心に現れます。そして考え感情を起し、心は常に変
化しています。
世界も自分も片時も止まらずに動いています。新聞やテレビの報道を見ると、政治、経
済、スポーツ、教育、芸能、国際、環境、医療、福祉、など多様です。人生の価値を決め
た人は、たいていみなそうですが、
世界は無限に広いのに、個人は自分の価値によって狭い領域を選択して、そこだけで意
志を起して行動します。選択しなかった領域の方が無限というほどに広いのですが、その
広い領域を全く捨てます。
自分の心の場所に、選択して行動している場所のことが現れます。選択した領域だけを
重視しますので、当然、自分中心、他者他の事を考慮しないエゴイズム的な行為であるか
もしれません。
すべての人がそうやって生きています。また集団的エゴイズムも働きます。他の集団の利
益を考慮せずに、自分の集団の利益を優先するエゴイズムがあります。専門家のエゴイズ
ムもあります。自己の価値だけを重視します。当事者はエゴイズムだという意識なしにして
います。
自分の価値だけを重視して他の人の価値を無視することが本質的です。
つまり、無評価ではありません。自分の選んだ価値の目で評価するのが本質的です。しか
し、それでもやはり、他の人の価値や人格を尊重することが必要です。自分や他者の価
値、人格を尊重していくためには、やはり自分の自己中心の心を実際に体験的に観察し
ます。
思考レベルと意志作用レベルは違うのでした。
そして、意志的自己と叡智的自己も違うのでした。叡智的自己の自覚に向けて、そして人
格的自己をさらに生涯探求すべき方針として、日々実践していくことが望まれます。
【シリーズ】苦悩の現実の中で世界を創造して生きていく
<第4章>深いマインドフルネスで生きる叡智的自己
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MF総研/大田
at 21:27 |
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