• もっと見る
«「子どもたちの環境最悪」 ―これで良いのか日本の将来― | Main | 5月は孤独・孤立対策の強化月間です»
大学の役割は何か [2026年04月26日(Sun)]

大学の役割は何か

 経営難の私立大学、短期大学が増えているという。

https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20250411-OYT1T50081/
◆経営難の私大・短大174法人、19法人は「自力再生困難」…少子化・物価高が拍車 2025/04/11 読売新聞

 日本は、少子化、人口が減少していく時代にはいった。 こういう時に、大学の役割が問われるのだろう。大学の役割は、知識の教育だけではなくて、 社会がかかえる課題の解決、対策を研究していく役割が大きいはずであろう。

 社会の問題は、日々、変化していく。学問も、日々、研究を重ねて、新しい学説が発表されて変化していくのだろう。 既成の学説を教えるだけではないはずである。本を読んだり、ネットで見れば得られる情報程度を「教育」するだけの大学では、存続すべきかどうか問われるだろう。

 学問は、日々、学者の新しい研究で、発展変化していくはずであると思っていた。しかし、50年、80年も変化しない学問分野があるのを知った。

 それで、次のようにいう、三浦朱門氏の言葉が腑に落ちた。

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3525
 「自分の考えと矛盾する学説、自分の信条を根底からくつがえすような事実に接して、謙虚にそれを批判的に眺め、検討し、そして矛盾を解決しようとする態度が、知識人の基本的態度であろう。テキストと矛盾する現象を認めないようでは、学者とはいえないし、その種の学者を集める大学は、やがて生気を失ってゆくであろう。」

 これは、平成7年(1995年)1月22日に、読売新聞で読んだ言葉である。あれから30年たった。 この文章の前は、次のようになっていた。

 「日本の学者、殊に社会科学系に多いが、彼らは青春期に学んだ外国のテキストの影響から離れられない。 テキストの理論を日本に当てはめて、現実と理論が食い違えば現実が間違っている、あるいはそれだから日本は劣っている、と言うのが常であった。現実によって理論を疑うとか、修正することができないのが、このタイプの日本のインテリの通有であった。(中略)
 思えばわが国はこういう似非(えせ)インテリによって、どれほど毒されてきたことだろう。
 いずれにせよ、自分の考えと矛盾する学説、自分の信条を・・・(以下、上記のブログのとおり)」

 30年ほど前、私は、この言葉を私の著書(注1)の「まえがき」(p3)に引用していた。 この頃は、禅とはどういうものか、道元や白隠の禅はどういうものかを研究する「禅学」という学問の成果が何十年も変化していないことを疑問に思っていた。そして、何と私自身が、新しい学問領域「マインドフルネス学」で、研究、実践の現場の渦中に入った。禅は宗教であるから、解釈の違いがあるのもやむをえないこととは思っていた。各人が信じるもので生きていくのだろうから。

 しかし、「マインドフルネス学」は、宗教ではなくて、科学であると主張していた。それならば、異説は少なくて、現実の社会問題の応用について、進化発展がみられるだろう思っていた。
 しかし、どうだろう。学問的に発展しているだろうか。否。

 大学では、単に国内外の学説を教育するにとどまらず、変化しゆく現実の世界の問題に対して「自分の考えと矛盾する学説、自分の信条を根底からくつがえすような事実に接して、謙虚にそれを批判的に眺め、検討し、そして矛盾を解決しようとする態度」を持てるように学生に教育していかないといけないのではないか。

(注1)大田健次郎『道元禅師』近代文芸社、1996年

【関連記事】

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4100
★大学人(学者)のエゴイズムを批判するオルテガ

https://blog.canpan.info/jitou/archive/3461
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4733
https://blog.canpan.info/jitou/archive/5028
★見て見ぬふり 大学人も 現在のことで一杯、新しいものをいう説・人を排除

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5629
★科学者への信頼が低い日本  〜科学者への信頼度を高めないと

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5028
★若い人をつぶし、自分ファーストの大人ばかり

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4909
★大学にも怖いひとがいる

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2651
★他愛できてこそ、自分にも満足
 元来、人は社会的だから 

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2325
★縛られている仏教学
 臨床心理学が真に国民を救える可能性が

https://blog.canpan.info/jitou/archive/2633
★フランクルもいう
 元来、宗教は超越をいうのだが、日本の大学における仏教の学問はそこを知らない
【この記事は連載記事の一部です】

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5876
【目次】日本における「学問」に疑問
Posted by MF総研/大田 at 22:52 | この記事のURL