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「寛容」であれというフランクル [2026年03月01日(Sun)]

ヴィクトール・フランクル
 〜それでも人生には意味がある

第5回 「何か」に支えられて
 〜 フランクルの超越、ヤスパースの包括者(14)
  「寛容」であれというフランクル

 2月22日、フランクルのテレビ放送の第5回「「何か」に支えられて」でした。

◆「寛容な宗教者」であれというフランクル

 第5回では、宗教者も人はすべて「寛容」であるべきだということも述べられました。 自分の意見、思想を押し付けるのは「寛容」ではないです。大乗仏教や西田哲学で言えば、「己見、独断、偏見」の押し付け、従うことの強制、批判する人の排除や不利な扱いをする人は、「非寛容」な人です。
 日本でも、指導的な立場にあってほしいと期待される宗教者、学者にも、「非寛容」な人がいます。仏教学、禅学、マインドフルネス学の領域です。
 政治家がこうすると「独裁国家」になります。大小の組織がこうすると「独裁集団」になります。研究室、NPO、宗教的集団でもそうなります。
 フランクルのテキストでは、次の言葉が該当します。

 「信仰の基盤にしっかり立っていない人ほど、両手を使って教義にしがみつき、そのために他の宗教から自分を切り離す結果になります。けれども自分の信仰の基盤がしっかりしていればいるほど、その人の両手は自由になり、同じ宗教に属さない人々にも手を差し伸べられるようになるのです。前者は狂信態度へと進み、後者は寛容に進みます。寛容というのは、ある人が他の人の信仰を受けいれるということではなく、その人を、人間として、みずからの信仰と人生を選び取る権利と自由を持つ人間として尊敬することに他なりません。」(注1,p131)

 ほかにもあげていますが、こういうことを言うことからも、フランクルは, 自国の人から、ユダヤ人からも嫌われ、仲間外れにされることになったといいます。(注1,p68,130)
 日本の宗教も学問的にも批判することを許されないようです。少数説が組織内のメンバーにも、組織外の国民に知らされません。

◆学者でも「非寛容」なひとがいる

 学者でもそういう「非寛容」なひとがいるでしょう。 そういうところでは、内部のメンバーも学問の自由、宗教の自由を抑圧されているのですから、不快に思っているはずです。学問は停滞するでしょう。国民は宗教から離れていくでしょう。

 フランクルは「品格ある人間」と「品格のない人間がある」といったのですが、「寛容」と「非寛容」も、この一例でしょう。西田哲学(後期)でいえば、「至誠」であることと「至誠ではないこと」につながります。

 「寛容」でないと、批判する人を組織から追放するとか、暴力で排除することもあります。国との関係でいえば、戦争を起こすのは「寛容」ではありません。

◆フランクルは患者の宗教の自由を尊重

 フランクルは、患者の信仰の自由を尊重しました。これは、精神科医の「寛容」です。

 「また、医療や心理治療に携わる人は、「決して自分の信仰を患者に押しつけてはならない」と厳しく戒めていました。セラピーの基本は、患者の自由意志を尊重する態度でいることだからです。」(注1,p125)

 日本でも、薬物療法の医師が、患者に「精神療法」を受けてはならないといって縛るとしたら(仮定です。実際にはいないでしょう)、寛容ではありません。許容してほしいと思います。精神療法を受ければ、治って自殺しないですむかもしれませんから。

◆ヤスパースの「愛の闘争」も

 テレビで放送されたヤスパースの第2回で紹介された「愛の闘争」も、「寛容」のすすめですね。言葉での論争、批判はどこまでもするが、暴力は用いないし、論争の場から排除もしません。

 「したがって、哲学的な対話を成り立たせる他者との関係性は、少なくとも見た目の上では、戦いの形をとります。つまりそれは、真理を追い求めて、もそも納得できないことがあれば妥協なく互いを批判し合う関係です。しかし、このような関係が成立するのは、互いに対して深い信頼を寄せているときだけなのです。
 ヤスパースはこのような関係性を、「愛の闘争」と呼びます。」 (注4,p42)

【関連記事】

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5859
★「品格のある人間」

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5570
★学者する人の良心

【注】

(注1)NHKこころの時代 テキスト 『ヴィクトール・フランクル 〜それでも人生には意味がある』勝田芽生、NHK出版

(注2)大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス』佼成出版社
SIMT:Self Insight Meditation Therapy(SIMT)、自己洞察瞑想療法

(注3)大田健次郎『「死」と向き合うためのマインドフルネス実践』佼成出版社

(注4)NHK E テレビ「100 分 de 名著」、『ヤスパース哲学入門』戸谷洋志

(注5)フランクル『人間とは何か』山田邦男監訳、春秋社

(注6)山口尚『幸福と人生の意味の哲学』トランスビュー

(注10)フランクル『識られざる神』佐野利勝・木村敏訳、みすず書房

(注11)竹内綱史「ニーチェ哲学における良心という問題」(『宗教哲学研究(第20号)』北樹出版

(注12)後期に属する西田哲学の論文が「実践哲学序論」、および、「ポイエシスとプラクシス」にまとめられている。 →
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3582
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3329
★後期西田哲学の実践論

(注13)フランクル『意味への意志』 山田邦男監訳、春秋社

https://blog.canpan.info/jitou/archive/5750
【目次】ヴィクトール・フランクルと後期西田哲学の実践論
 〜それでも人生には意味がある
Posted by MF総研/大田 at 18:53 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL